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「おい、起きろ」
次の日、春輝は貴之の声で起こされた。目を開けると、貴之も今起きたらしい、彼も部屋着のままだった。
「え……? 何でこの時間?」
寝ぼけ眼で起き上がると、お前を送ってから教室に行くなら、ギリギリじゃ遅刻するだろう、と返ってきた。どうやら本当に春輝に付く気らしい。
「……」
春輝はため息をつくと、仕方なく動き出す。
「ってか、犯人は水野って事はないのか?」
着替えながらそんな事を言うと、貴之は動きを止めてこちらを睨んでいた。
「……ごめん」
悪い冗談だった、と謝ると、もしそうならこんな回りくどい事しない、と言われ、それもそうかと納得する。
しかし何でまた貴之はそんな面倒な役を買って出たのだろう? 他人に興味がある感じでは無かったのに。
「なぁ水野」
春輝はネクタイを締めながら聞いてみた。
「何でこんな面倒な事に首を突っ込んでるんだ? オレに……っていうか、そんなに他人に興味が無かっただろ」
「……」
ネクタイを締め終わって貴之を見ると、彼は春輝をじっと見ていた。
「……なに?」
「いや。……お前があまりにも要領が悪いから、見かねただけだ」
「悪かったな。不器用なんだよ」
「悪いなんて言ってない」
貴之は笑った。クスクスと笑う程度だったけれど、彼の笑った顔を見たことが無かったので思わず固まってしまう。
「着替え終わったなら行くぞ」
貴之は歩き出した。春輝が要領が悪いのが、悪くないとはどういう意味だろう?
部屋から出て鍵を掛けると、食堂に向かう。
「なぁ、悪くないってどういうこと?」
「……見た目繊細そうなのに、大雑把で不器用な所が、みんなに好かれる要因なのだと思ったからだ」
「何それ」
貴之が言うには、寮長をしていて色んな生徒と接しているうちに、春輝の事を悪く言う生徒がいないことに気付いたと言う。みんな、口を揃えて「春輝ならしょうがない」と笑うのだそうだ。
春輝はバカにされているようで、気に食わない。しかし貴之は違うぞ、と言う。
「愛されてるんだなと思った」
「……っ」
不覚にも、春輝は貴之のその言葉にドキッとしてしまった。そしてそれを誤魔化すために、水野から愛なんて言葉、出てくるとは思わなかった、とそっぽを向く。
「実際言えばやる素直な奴だし、しかもやる時は一生懸命だしで、やっと最近みんなに愛される理由が分かってきた」
まぁ、面倒な事には変わりないが、と付け足す貴之を、春輝は恥ずかしくてまともに彼を見られない。
今まで人に興味が無いと思っていた貴之が、実はちゃんと人を見ていた。そうじゃなければ寮長に推薦される訳がないのだけれど、興味が無かったのは春輝の方だ。
食堂に着いてトレーを手にすると、貴之は真っ直ぐある席へ向かう。入口から一番奥の、端の席だ。
「何でここ?」
「前寮長から引き継いだ事だ」
ここなら食堂が見渡せるだろと言われ、何の為にと思ったけれど、食事中、彼は食べながら生徒の様子を観察しているのだ。
「水野先輩」
ふと、横から声を掛けられる。ネクタイの色からして二年生だ。
「風呂の電球が切れたみたいで……交換お願いします」
「分かった。確かお前は三〇五号室だったな。管理人さんに伝えとく」
「水野ー、やっぱエアコンの調子悪いわ。何とかしてくれ」
「了解。業者が来るまで扇風機で何とかなりそうか?」
「ああ、助かるー」
次々と声が掛かる要望に、貴之は淡々と答えていく。
春輝は初めてまともに、貴之が寮長をしている姿を見た。実は人望が厚いのでは、と今までの彼のイメージがガラリと変わる。
「水野……お前ってひょっとして、結構良い奴?」
「……どんな奴だと思われていたんだ」
貴之は呆れたようにため息をついた。ま、お前の態度で分かってたけどな、と言われ、素直に謝る。
すると、貴之はまた何かに視線を送った。春輝もつられて見ると、間宮がこちらにやって来ていた。
「おはよう、春輝。珍しいね、この時間にいるなんて」
「あ、うん……早く起きちゃって」
春輝は不自然にならないように答えると、彼はそう、とだけ言って、去っていく。
「……彼はいつも一人だな。部屋も一人だし、クラスでは仲は良いのか?」
「うんまぁ……クラスでは一番仲が良いかな」
仲が良いと言えば、と春輝は食堂を見渡す。冬哉はまだ来ていないようだ。
「冬哉、まだ来ていないようだけど……」
「……木村はいつも早く来て、朝練しているからな」
「えっ?」
知らなかったのか? と言われ、春輝は何も返せなくなった。間宮がクラス以外では一人行動が多い事とか、仲が良いと言った割には、何も知らない事に気付く。
「……オレ、本当に鈍いしバカだなぁ」
春輝は視線を落とすと、今更だな、と言われる。でも、と貴之は続けた。
「お前だから許されてる。それはお前の長所だ」
何だか慰められているのか、貶されているのか分からない言葉に、春輝は複雑な心境になる。けれど、昨日から春輝の中で、貴之の株が爆上がりしているのは確かだ。
(まぁ、元々マイナスからのスタートだけど……)
春輝は貴之を見る。スマートな顔はいかにも真面目そうで、時折メガネを中指で上げるのが偉そうで似合うなと思う。そして意外とまつ毛が長いんだな、と気付くと、冬哉が貴之の事をカッコイイと言ったのも少し、分かる気がする。
「一之瀬」
不意に呼ばれて返事をすると、早く食べろと言われた。
「早く起きた意味が無くなる」
「はいはい」
春輝は食べながら、もう少し笑ったら良いのになぁ、と思う。
(いやいや……)
水野が笑おうが、オレには関係ないじゃないか、と思い直し、食事を終えた。
次の日、春輝は貴之の声で起こされた。目を開けると、貴之も今起きたらしい、彼も部屋着のままだった。
「え……? 何でこの時間?」
寝ぼけ眼で起き上がると、お前を送ってから教室に行くなら、ギリギリじゃ遅刻するだろう、と返ってきた。どうやら本当に春輝に付く気らしい。
「……」
春輝はため息をつくと、仕方なく動き出す。
「ってか、犯人は水野って事はないのか?」
着替えながらそんな事を言うと、貴之は動きを止めてこちらを睨んでいた。
「……ごめん」
悪い冗談だった、と謝ると、もしそうならこんな回りくどい事しない、と言われ、それもそうかと納得する。
しかし何でまた貴之はそんな面倒な役を買って出たのだろう? 他人に興味がある感じでは無かったのに。
「なぁ水野」
春輝はネクタイを締めながら聞いてみた。
「何でこんな面倒な事に首を突っ込んでるんだ? オレに……っていうか、そんなに他人に興味が無かっただろ」
「……」
ネクタイを締め終わって貴之を見ると、彼は春輝をじっと見ていた。
「……なに?」
「いや。……お前があまりにも要領が悪いから、見かねただけだ」
「悪かったな。不器用なんだよ」
「悪いなんて言ってない」
貴之は笑った。クスクスと笑う程度だったけれど、彼の笑った顔を見たことが無かったので思わず固まってしまう。
「着替え終わったなら行くぞ」
貴之は歩き出した。春輝が要領が悪いのが、悪くないとはどういう意味だろう?
部屋から出て鍵を掛けると、食堂に向かう。
「なぁ、悪くないってどういうこと?」
「……見た目繊細そうなのに、大雑把で不器用な所が、みんなに好かれる要因なのだと思ったからだ」
「何それ」
貴之が言うには、寮長をしていて色んな生徒と接しているうちに、春輝の事を悪く言う生徒がいないことに気付いたと言う。みんな、口を揃えて「春輝ならしょうがない」と笑うのだそうだ。
春輝はバカにされているようで、気に食わない。しかし貴之は違うぞ、と言う。
「愛されてるんだなと思った」
「……っ」
不覚にも、春輝は貴之のその言葉にドキッとしてしまった。そしてそれを誤魔化すために、水野から愛なんて言葉、出てくるとは思わなかった、とそっぽを向く。
「実際言えばやる素直な奴だし、しかもやる時は一生懸命だしで、やっと最近みんなに愛される理由が分かってきた」
まぁ、面倒な事には変わりないが、と付け足す貴之を、春輝は恥ずかしくてまともに彼を見られない。
今まで人に興味が無いと思っていた貴之が、実はちゃんと人を見ていた。そうじゃなければ寮長に推薦される訳がないのだけれど、興味が無かったのは春輝の方だ。
食堂に着いてトレーを手にすると、貴之は真っ直ぐある席へ向かう。入口から一番奥の、端の席だ。
「何でここ?」
「前寮長から引き継いだ事だ」
ここなら食堂が見渡せるだろと言われ、何の為にと思ったけれど、食事中、彼は食べながら生徒の様子を観察しているのだ。
「水野先輩」
ふと、横から声を掛けられる。ネクタイの色からして二年生だ。
「風呂の電球が切れたみたいで……交換お願いします」
「分かった。確かお前は三〇五号室だったな。管理人さんに伝えとく」
「水野ー、やっぱエアコンの調子悪いわ。何とかしてくれ」
「了解。業者が来るまで扇風機で何とかなりそうか?」
「ああ、助かるー」
次々と声が掛かる要望に、貴之は淡々と答えていく。
春輝は初めてまともに、貴之が寮長をしている姿を見た。実は人望が厚いのでは、と今までの彼のイメージがガラリと変わる。
「水野……お前ってひょっとして、結構良い奴?」
「……どんな奴だと思われていたんだ」
貴之は呆れたようにため息をついた。ま、お前の態度で分かってたけどな、と言われ、素直に謝る。
すると、貴之はまた何かに視線を送った。春輝もつられて見ると、間宮がこちらにやって来ていた。
「おはよう、春輝。珍しいね、この時間にいるなんて」
「あ、うん……早く起きちゃって」
春輝は不自然にならないように答えると、彼はそう、とだけ言って、去っていく。
「……彼はいつも一人だな。部屋も一人だし、クラスでは仲は良いのか?」
「うんまぁ……クラスでは一番仲が良いかな」
仲が良いと言えば、と春輝は食堂を見渡す。冬哉はまだ来ていないようだ。
「冬哉、まだ来ていないようだけど……」
「……木村はいつも早く来て、朝練しているからな」
「えっ?」
知らなかったのか? と言われ、春輝は何も返せなくなった。間宮がクラス以外では一人行動が多い事とか、仲が良いと言った割には、何も知らない事に気付く。
「……オレ、本当に鈍いしバカだなぁ」
春輝は視線を落とすと、今更だな、と言われる。でも、と貴之は続けた。
「お前だから許されてる。それはお前の長所だ」
何だか慰められているのか、貶されているのか分からない言葉に、春輝は複雑な心境になる。けれど、昨日から春輝の中で、貴之の株が爆上がりしているのは確かだ。
(まぁ、元々マイナスからのスタートだけど……)
春輝は貴之を見る。スマートな顔はいかにも真面目そうで、時折メガネを中指で上げるのが偉そうで似合うなと思う。そして意外とまつ毛が長いんだな、と気付くと、冬哉が貴之の事をカッコイイと言ったのも少し、分かる気がする。
「一之瀬」
不意に呼ばれて返事をすると、早く食べろと言われた。
「早く起きた意味が無くなる」
「はいはい」
春輝は食べながら、もう少し笑ったら良いのになぁ、と思う。
(いやいや……)
水野が笑おうが、オレには関係ないじゃないか、と思い直し、食事を終えた。
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