【完結】好きな人には気をつけろ!

大竹あやめ

文字の大きさ
上 下
2 / 39

しおりを挟む
放課後、春輝は部室に行くと、既にちらほら生徒が各々楽器を出していた。

この学校の吹奏楽部は全国的にも有名で、クラシックのみならず、J-POPなど音楽業界で有名人を多く輩出している。

春輝は部室に入ろうと、踏み出した時だった。

「はーるーきっ」

「うわぁ!」

後ろから勢いよく抱きつかれ、転びそうになる。思わずドアを掴んで堪えると、背中でにっこり笑う生徒がいた。

冬哉とうや……危ないだろ」

「えへへー、ごめん」

冬哉はわざとらしく舌を出して春輝から離れる。

彼は春輝と同学年で一組の木村きむら冬哉。一六〇センチも無い低身長ながら、明るく屈託ない笑顔で学年、いや、校内の華となっているという噂だ。

その噂は本物かもしれない、と春輝が思うのは、冬哉は女の子のように可愛い容姿をしており、ふわふわとした天然パーマの髪は栗色で肌ツヤも良く、春輝に負けない大きな目とふさふさしたまつ毛が一層人目を引いていた。おまけにこの学校の創業者、木村あさひの孫で、フルートの腕も全国レベルで良いときたら、色々凄くて嫉妬を通り越して尊敬すらする、と春輝は思う。

「毎度毎度、抱きつかないと気が済まないのか?」

呆れた声で部室の棚の扉を開くと、春輝と冬哉は自分の楽器を取る。今日は個人練習の後、週末のお祭りに向けての合奏なので、その楽譜も取り出すが、冬哉は手が届かないため、暗黙の了解で取ってあげる。

「ありがとー春輝」

全開の笑顔でこちらを見る冬哉は、弟みたいで可愛い。春輝も笑顔でどういたしまして、と言うと、冬哉は照れたように笑った。

「ね、個人練習一緒にやろ?」

「……それ個人練習じゃなくなるだろ」

それに、冬哉はフルートを持つと別人のように厳しくなるので遠慮したい。そう思って部室を二人で出ると、冬哉は横に並んで歩く。

「えー? 楽しいじゃん。お祭りでやる曲合わせようよ」

「お前は楽しくても、オレはついていくのがやっとだから大変なの」

どういう訳か、冬哉はこんな小さな身体をしているのに、音量も春輝より出る。技術もセンスも置いていかれないようにと、とにかく足を引っ張らないようにするのが大変で、冬哉と進んで練習したがる部員はいない。

「逆に春輝くらいだよ? ついてきてくれるの」

「それはオレを買い被り過ぎだ」

「そうかなぁ?」

クスクスと笑う冬哉。

「じゃあ、僕が思う春輝の音のいい所、教えてあげる」

冬哉は春輝の前に出ると、後ろ手に楽器と楽譜を持って見上げてくる。それは知りたい、と春輝は冬哉を見ると、彼はうっとりして両手を胸の辺りで組んだ。

「春輝の音は……とーっても色っぽいの!」

「はぁ?」

「何だろう、吹いてる姿も色っぽいけど、音も艶があってビブラート一つとっても、優しく愛撫されてる感じ?」

それから、と続けようとした冬哉に、春輝はストップをかける。恥ずかしくて聞いていられない。

「冬哉……もういい」

思わず顔を片手で隠すと、冬哉は照れてるの? と笑った。

「かーわいいなぁ、春輝は」

小さな声で冬哉は呟く。え? と春輝は冬哉を見ると、彼はいつものニコニコ笑顔だ。

「冬哉、お前……」

からかったな! と春輝は冬哉の首に腕を回し、締め上げる。もちろん本気ではないけれど、冬哉はすぐに笑いながら腕をタップした。

「ごめんって!」

春輝は腕を離すとまったく、とため息をついた。こうやって、人をからかうから油断も隙もない。それに、冬哉に絡まれると本気で嫉妬する生徒がいるので、程々にして欲しい。しかも本人は、あまり気にしていないように見えるので厄介だ。

「でも春輝、ホントに恋愛した事ないの?」

何でそんなに色っぽいの、と音楽室に入った冬哉は不思議そうに言う。そう言われても、自覚がないので何とも言えない。

「ないない。好きな人がいた事さえないよ」

春輝は苦笑する。街中で可愛いな、と思って女の子を見てしまう事はあっても、好きになる事はなかった。でも、興味が無い訳じゃない。

「そういう冬哉は? 好きな人いるのか?」

春輝がそう聞くと、周りの生徒が聞き耳をたてる気配がする。すると冬哉にしては珍しく、大きな目を更に大きくして驚いたような顔をして、それからはにかんだように笑った。

「僕? ……内緒っ」

「木村! その反応絶対いるだろ! 誰だ?」

冬哉の返答を聞いた途端、周りから誰だ誰だと質問攻めにあい、あっという間に囲まれている。冬哉はニコニコしながら、落ち着いてよー、とか言って宥めていた。

「だって僕が名前を言っちゃったら、みんなその人に嫉妬するでしょ? 絶対言わなーい」

冬哉のその発言に、春輝はモテてる自覚はあるんだな、と思った。その上でのこの言動とは、思った以上に冬哉は食わせものなのかもしれない。

春輝は合奏の準備をすると、その場で基礎練習を始める。周りはまだ冬哉の想い人の話で盛り上がっているけれど、集中してしまえば気にならなくなる。

その後、顧問が来るまでその話が続き、注意されて合奏が始まった。冬哉は、みんなこういう話好きだよねー、と笑いながら席に着く。


 ◇◇


部活が終わり下校時間、春輝は冬哉と寮に向かっていた。と言っても、徒歩十秒なのですぐに寮内に入るのだが。

「あ、そうだ。春輝、今日一緒にご飯食べない?」

「え? 良いけど?」

いつもは自分のタイミングで食べているので、一人で食べる事が多かった春輝だが、誘われて困る事はないので話を受ける。

「良かったっ、じゃあ吾郎ごろう先輩と水野先輩にも声掛けとくねっ」

「は? 宮下先輩はともかく、何で水野まで……」

「良いじゃん、隣の部屋同士のルームメイトと食べるの、楽しそうじゃない?」

宮下吾郎とは、冬哉のルームメイトで三年生だ。三人だけでも良さそうだが、冬哉はそうもいかないようで、不満げな春輝の顔を見上げてくる。

「そんなメンツで食べて、誰得なんだよ……」

「うふふ、僕得~」

だって水野先輩カッコイイじゃない? と冬哉は笑う。

「アレが? カッコイイ?」

思わず声に力が入ってしまうと、冬哉はそれを見てまた笑った。そして先程の冬哉の想い人の話を思い出し、まさかと思って春輝は冬哉の両肩を掴む。

「冬哉、騙されんな? アイツは勉強だけが取り柄の、ただの小姑だぞ」

小さな肩を揺らすと、冬哉は何故か顔を赤らめた。何故そんな反応をする、と思っていると、力説するあまり、思い切り顔を近付けていることに気付く。

「春輝ったら……そんなに迫られたら……」

「いや! 違うから!」

叫んで離れると、思わず周りを見た。数名の生徒が、春輝たちを見て固まっている。春輝も恥ずかしさで顔が熱くなった。

「とにかく、アイツは止めとけ、な?」

冬哉が傷付くだけだ、と春輝は言うと、冬哉は何故かまだ顔を赤くしたまま小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

俺の幼馴染はストーカー

凪玖海くみ
BL
佐々木昴と鳴海律は、幼い頃からの付き合いである幼馴染。 それは高校生となった今でも律は昴のそばにいることを当たり前のように思っているが、その「距離の近さ」に昴は少しだけ戸惑いを覚えていた。 そんなある日、律の“本音”に触れた昴は、彼との関係を見つめ直さざるを得なくなる。 幼馴染として築き上げた関係は、やがて新たな形へと変わり始め――。 友情と独占欲、戸惑いと気づきの間で揺れる二人の青春ストーリー。

運命を知っているオメガ

riiko
BL
初めてのヒートで運命の番を知ってしまった正樹。相手は気が付かないどころか、オメガ嫌いで有名なアルファだった。 自分だけが運命の相手を知っている。 オメガ嫌いのアルファに、自分が運命の番だとバレたら大変なことになる!? 幻滅されたくないけど近くにいたい。 運命を悟られないために、斜め上の努力をする鈍感オメガの物語。 オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω 『運命を知っているアルファ』というアルファ側のお話もあります、アルファ側の思考を見たい時はそちらも合わせてお楽しみくださいませ。 どちらかを先に読むことでお話は全てネタバレになりますので、先にお好みの視点(オメガ側orアルファ側)をお選びくださいませ。片方だけでも物語は分かるようになっております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。 コメント欄ネタバレ全解除につき、物語の展開を知りたくない方はご注意くださいませ。 表紙のイラストはデビュー同期の「派遣Ωは社長の抱き枕~エリートαを寝かしつけるお仕事~」著者grottaさんに描いていただきました!

【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト

しゃもじ
BL
貴族の間で婚約破棄が流行し、歪みに歪んだサンドレア王国。 飛竜騎士団率いる悪役令嬢のもとに従者として転生した主人公グレイの目的は、前世で成し遂げられなかったゲームクリア=大陸統治を目指すこと、そして敬愛するメルロロッティ嬢の幸せを成就すること。 前世の記憶『予知』のもと、目的達成のためグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後、少しずつ歴史は歪曲しグレイの予知からズレはじめる…… *主人公の股緩め、登場キャラ貞操観念低め、性癖尖り目、ピュア成分低めです。苦手な方はご注意ください。 *他サイト様にも投稿している作品です。

スノードロップに触れられない

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
*表紙* 題字&イラスト:niia 様 ※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください (拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!) アルファだから評価され、アルファだから期待される世界。 先天性のアルファとして生まれた松葉瀬陸真(まつばせ りくま)は、根っからのアルファ嫌いだった。 そんな陸真の怒りを鎮めるのは、いつだって自分よりも可哀想な存在……オメガという人種だ。 しかし、その考えはある日突然……一変した。 『四月から入社しました、矢車菊臣(やぐるま きくおみ)です。一応……先に言っておきますけど、ボクはオメガ性でぇす。……あっ。だからって、襲ったりしないでくださいねぇ?』 自分よりも楽観的に生き、オメガであることをまるで長所のように語る後輩……菊臣との出会い。 『職場のセンパイとして、人生のセンパイとして。後輩オメガに、松葉瀬センパイが知ってる悪いこと……全部、教えてください』 挑発的に笑う菊臣との出会いが、陸真の人生を変えていく。 周りからの身勝手な評価にうんざりし、ひねくれてしまった青年アルファが、自分より弱い存在である筈の後輩オメガによって変わっていくお話です。 可哀想なのはオメガだけじゃないのかもしれない。そんな、他のオメガバース作品とは少し違うかもしれないお話です。 自分勝手で俺様なアルファ嫌いの先輩アルファ×飄々としているあざと可愛い毒舌後輩オメガ でございます!! ※ アダルト表現のあるページにはタイトルの後ろに * と表記しておりますので、読む時はお気を付けください!! ※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

処理中です...