澄んだ声、重なる指先

大竹あやめ

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8 相手を知ること

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「あの、さ……僕たちって、つ……付き合ってるのかな?」
「えっ?」
「……えっ?」

 思い切ってしてみた質問に、稜は意外にも声を上げた。その反応はどういう意味だろう、と真澄も聞いてしまう。しかし、すぐに稜が勘違いしているのでは、という考えに至り、ごめんと謝った。

「あっ、いやっ、……両想いってことはわかってるよ? でもその……付き合うって話は出なかったから……」
「……あー」

 真澄が慌てて質問の意図をきちんと説明すると、稜は思い出したように声を伸ばす。二人して今まで気付かなかった事実に、真澄は笑えてしまった。

「あははっ、両想いなのに付き合わないのも変な話だよね、ごめん」
「俺こそ、もう付き合ってるていでいた。そういえば言ってないよな」

 稜も笑ってくれたおかげで、場が和む。

「じゃあ真澄、……俺と付き合ってください」
「う、……は、はい」

  優しくストレートに言う稜は、やっぱり照れなどないようだ。自分から話題にしたにも関わらず、真澄のほうが照れてしまう。

「そ、その……僕はお付き合いしたことがないから、これが普通なのかわからないんだけど……」

 真澄は正直に話してみる。
 稜の介助として触れられることはあるけれど、スキンシップとしてのそれは考えていなかったこと。それよりも稜に依存しないよう、重くならないようにするにはどうしたらいいか考えていたこと。

「そっか……」

 稜は柔らかい声でそう言った。しかしそれきり黙ってしまったので、真澄は彼を振り返る。

「……やっぱり変かな?」
「いや、変じゃないよ。俺とは考えが違うってだけ」
「……ごめん」

 恋人なのに、稜に合わせられなくて申し訳なくなる。けれど稜は謝らなくていい、と言うのだ。

「俺も真澄もそれぞれ人格があるんだから、違って当たり前」

 その上で、互いの妥協点を探すのが人付き合いだろ、と稜は言う。
 真澄はそうか、と納得した。今まで真澄の周りにいた人は、自分に合わせろと騒ぐ人たちばかりだったのだ。おかげでそれが普通だと思い、自分の意見が言えずにいた。はたしてそれは、人付き合いと言えるのだろうか?

「……稜はすごいな」

 同い年なのにどうしてこうも違うのだろう、と思わされる。やっぱり真澄にとって稜は、憧れる存在だ。
 すると彼は、くすぐったそうに笑った。

「ははっ、じゃあ、試しに手を繋いでみる?」
「え? でもここ外……」
「良いから。見えないよそんなの」
「いや、見えないのは稜だけじゃあ……」

 そう言って、肩にあった手を下ろし、手を掴んできた稜。隣に並んで歩き、彼が白杖を地面にスライドさせる音だけが辺りに響く。周りに人がいないとはいえ、恥ずかしい。真澄は耐えられなくなって声を上げた。

「稜……稜、ごめんだめだ、恥ずかしい……」

 好きな人と手を繋いで歩いているという事実が、耐え難いほど恥ずかしい。見られたらとか、男同士なのに、とかいう以前の問題で、早々にギブアップしてしまう。
 けれど稜はそんな真澄を咎めなかった。むしろ楽しそうに笑っていて、少しずつ慣れていこう、と言われる。なんだか彼だけ余裕そうなのが悔しくて、真澄は口を尖らせた。

「稜は余裕だね」
「余裕? そんなことない。すごくドキドキしてる」

 それでも笑ってそう言う稜は、とても緊張しているとは思えない。でも、正直にそう言ってくれるなら、真澄もちゃんと伝えようと思った。自分が稜のことを知りたいと思うのと同時に、稜も自分のことを、知りたいと思ってくれているはずだから。

「ぼ、僕も……心臓が口から飛び出そうだった」

 そう言うと、稜はクスクスと笑う。くすぐったそうなその笑いに、真澄は胸が温かくなった。

「……少しずつ、な?」
「うん」

 そう言って、二人は家に帰った。

◇◇

 それから、稜は本当に気を遣いながら接してくるようになった。真澄も、人目がなければ手を繋ぐくらいはできるようになり、慣れって怖いなと思う。
 しかし、半月も過ぎれば稜の夏休みが終わり、再びすれ違いの生活が始まる。
 そして真澄の大学も始まると、さらにゆっくり会う時間は減った。出会ったころと同じ条件になったのに、寂しいと感じるなんて不思議だな、と思う。
 さらに、大学の後期は遅い時間の講義も多く、一日の終わりに稜の家に行くことも難しくなってしまった。

『体調崩してないか?』

 その代わり、以前はボイスメッセージでやり取りしていたことを、電話で話すようになる。大学の合間にバイトをこなし、授業を終えて帰ってくると正直ヘトヘトだけれど、真澄は稜の柔らかい声に癒されていた。

「大丈夫だよ。稜こそちゃんと食べてる?」
『うん、美味かった、レンコンのはさみ揚げ。毎日あれでも良い』
「それ、唐揚げの時も言ってたよ?」
『それくらい美味いってこと』

 会える時間が減ったから、こうして話す時間は何よりも大切だ。真澄が笑うと、稜も嬉しそうに笑う。だから真澄も嬉しくなる……幸せの相乗効果だ。

「あ、そうそう。新しい友達ができたんだ」
『友達? 内藤みたいな奴じゃないだろうな?』

 真澄は苦笑する。あれから、内藤とは挨拶を交わす程度になったけれど、稜は相変わらず彼を警戒しているようだ。少し過保護な気もするけれど、悪い気はしない。

「違うよ。同じ選択授業を受けてる人。前からよく見かけてはいたんだけど、その人、スマホ忘れて大学からの連絡が見れなくてさ……」

 そこで困っていた彼に真澄が声をかけ、話すようになった。彼も奨学金で大学に通っており、授業が終わればバイトに走る日々らしい。

(本当は、内藤くんの仲間だった人たちが絡んできて、助けてもくれたんだけど。それは内緒にしておこう)

 学内で不適切な行動をしている学生がいる、と大学に通報したのも彼だ。以前の真澄なら助けを求めることもできずにいただろうけれど、たまたま近くにいた彼に助けを求め、そのあとは不思議と――本当に不思議なことだけれど、自分に人が寄ってくるようになった。ある学生から「もっと取っ付きにくいかと思った」と言われたので、これも稜のおかげかな、なんて思う。

『ふーん?』

 しかし稜は疑いの声だ。案外彼も嫉妬深いのかなと笑うと、まあ良いや、と彼は強がる。

『二十七日には会えるわけだし? そこでじっくり聞かせてもらう』

 稜が言った日は彼の誕生日だ。真澄は笑って楽しみにしてると言うと、「ほんと、魔性度上がったよな」と稜は意味不明なことを呟いている。

「当日何食べたい? 稜のお父さんからも許可下りたんだよね?」

 お互いの誕生日を祝い合うという約束通り、真澄はその日、彼の家に泊まりに行く。奮発して少し豪勢な食事と、二十歳のお祝いにお酒を一緒に飲もうということになり、真澄も本当に楽しみにしていた。

『やっぱ肉かな。肉なら何でも』
「……ふふ、了解」
『あ、でももし、作るのしんどかったら……』
「大丈夫だよ。作るの好きだから」

 稜はデリバリーでも十分嬉しいと言うけれど、真澄も彼のために腕をふるいたい。凝ったものは時間がかかるため、量が欲しい二十代男子には物足りないだろう。自分の誕生日なのに、作る真澄のことを考えてくれるのが、嬉しい。

『……あー』

 稜と親密な仲になってわかったこと。彼は照れている時や言い淀んでいる時、声を伸ばす癖がある。何か言いたいことがあるのかと思って待っているけれど、話す気配はない。

「どうしたの?」
『ん? あー、いや……』

 また声を伸ばした稜。真澄もどうしようか、と思う。
 スルーしてもいいのだろうけれど、彼が何か言いたいなら聞きたい。

「聞かせて? 稜」
『う……』

 責めるような声にならないよう、柔らかく言うと、電話口で稜は呻いた。彼は大きく息を吐き出したようで、小さく『やばい……』と呟いている。

「稜?」
『……早く会いたい』
「うん。僕も」

 こんな会話、傍から見ればイチャついている以外の何物でもない。けれど言われたら嬉しいし、自分も同じ気持ちだと伝えたくなる。そして気付く。相手も自分も嬉しいのが幸せなのだと。
 結局通話を切るのが惜しくて長電話してしまい、気付いた時には日付けを跨いでいた。楽しい時間はあっという間だな、なんて浮かれながら、真澄は眠りについた。
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