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「純一……純一っ」

「んあ?」

純一は起こされて目を覚ますと、湊が顔を覗き込んでいた。

「着いたよ、降りよう」

そうだった、と純一は動き出す。今日から一泊二日で、親睦を深めるという名目の校外学習なのだ。

純一はバスを降りると伸びをする。山奥の福祉施設を借りて親睦なんか深まるか、と純一は思う。

「楽しみだねー。純一とも一緒の部屋だし」

「そうか? もっと楽しい所ならまだしも、何も無い、ただの山奥なんて拷問でしかないよ」

純一はスマホを見るとやはり圏外で、やっぱり拷問だ、と思う。

それを見ていた湊は良いじゃない、たまには、と肩を組む。

「湊くん、部屋の位置分かったら教えてねー」

女子が通りすがりにそんな事を言ってくる。相変わらずモテる湊は返事をせずに笑うだけだ。

「最近は純一といる方が楽しいからなぁ」

呟くように言われて、純一は照れる。素直に嬉しいけれど、中学の頃には絶対つるまないタイプの人なので、何故俺なんだろうと思わないこともない。

「あ、もしかして今ちょっと照れてる? 可愛い」

「近いっ」

間近で顔を覗かれ、純一は湊を押し退ける。基本人との距離が近い湊だから、こういう何気ない瞬間にも至近距離にいる。それも少しずつ慣れつつあった。

施設内に入りながら、湊は「えー?」と声を上げる。

「司には抱きつかせたくせに」

「……っ、あれは狭いとか何とか言いながら……撮影もどんどん進むし仕方なかったんだよ」

どうやら湊は先日撮ったプリントシールの事を言っているらしい。不可抗力だ、と言うと彼はわざとらしく口を尖らせた。

「じゃあこれならどう?」

湊は改めて肩を組む。

「お、おう?」

(ん? 肩を組むくらいなら、仲が良ければする、のか?)

純一は戸惑うが、なんせ仲の良い友達がそんなにいなかったので、分からない。嫌ではないのでされるがままになっていると、遠くで司がこちらを見ていた。

「あ、司がこっち見てる」

目ざといなと思いつつ、手を軽く振ると、彼はまっすぐこちらにやってくる。

「湊、離れろ」

「何でー?」

事もあろうに湊は、肩に回していた腕に力を入れて純一を抱きしめる。

「うわっ、何すんだっ」

抜け出そうと純一はもがくけれど、やっぱりビクともしない。

「……お前がそのつもりなら、分かった」

「へ?」

いつもより低い司の声がしたと思ったら、司も更に近付いて純一を湊ごと抱きしめる。

「うわー! やめろー!」

圧迫されて苦しくなった純一は叫ぶが、周りの男子は「あいつらバカやってんな」と笑っていた。

「お前らホントにふざけんなよ! 苦しい!」

「ほら湊、純一が苦しがってる、離せ」

「それを言うなら司も」

純一を挟んで小声で話す二人に、純一は「どっちもどっちだ!」と叫ぶけれど、彼らは離す気がないらしい。

「おい、お前らはしゃぎ過ぎだぞ!」

先生が止めに入ってくる。さすがにまずいと思ったのか、二人とも離れてくれた。

解放されて大きく深呼吸した純一は、険悪な雰囲気を醸し出す二人に、わざと明るい声で言う。

「お、お前ら俺の事好きすぎだろ。いくら友達でも、限度があるぞ」

司と湊が会う度にこんな事になっていたら、純一の身が持たない。

「ごめんごめん、純一と司、からかうと面白いから」

湊は笑って、純一の頭を撫でようとしたが、司にそれを払われる。

「俺は純一の事、友達と見た事は一度も無い。だからこういう事されるとムカつく」

司ははっきり、湊に言った。言ってしまった。周りに人がいるのに、司には関係無いらしい。

湊はそれを聞いて驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。

「そっか。司は純一の事、本当に好きなんだ。……分かったよ、じゃ、部屋に荷物置きに行こう」

「ああ」

湊は歩き出した。純一は一人置いていかれそうになり、慌てて追いかけた。

何だか話も置いてけぼりにされたみたいだぞ、と純一は思う。湊は分かったと言ったが、何に対して分かったのだろう?

(何だろう、あっさり引いた湊が怖い)

そこはかとない不安を覚えながら、純一は部屋に向かったのだった。
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