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クリュメエナの年末年始
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クリュメエナの年末年始は、派手に祝うらしい。薫は窓の外で、色とりどりの花を咲かせる空を見ながら、ぼんやりとそう思った。
時刻は午前零時を回ったところだ。新しい年を迎えたというのに、部屋はしんと静まり返っている。
薫はベッドのそばに椅子を持ってきて座っており、眠るエヴァンを見つめた。眉間に皺を寄せ、いつも綺麗な桜色をしている唇は色が少し薄く、カサカサしている。顔色も悪く、呼吸も苦しそうだ。
薫にとって、初めてクリュメエナで過ごした年末年始の思い出は、エヴァンと暮らしている部屋の中になった。しかもエヴァンは発熱して倒れ、薫は彼の看病をしている。
外では大きな花火の音と、騒ぐ仲間たちの声が聞こえていた。薫も仲間たちと一緒に騒ぎたかったが、恋人が苦しんでいるのに自分だけ楽しむことは、できない。
「薫……」
そんなことを考えていたら、エヴァンが起きたらしい。起きようとした彼を、薫は慌てて押さえる。
「ダメだよ寝てなきゃ。熱が高いんだから」
「すみません。……ですが、薫にも伝染るといけないので……」
「何言ってるの。まともに歩けもしないひとが自分で何とかするとか言わないの」
「ですが……」
よっぽど薫に看病されるのが落ち着かないらしい。エヴァンは目を覚ます度に、こうして自分で何とかしようとするのだ。薫は彼の言い分を無視する。
「お腹空いてる? スープにパンを浸したのならあるけど」
先程目を覚ました時には、食欲がないと言って断られた。薫はエヴァンの額に手を当てながら聞くと、彼はホッとしたように目を閉じ、小さく頷く。
じゃあ持ってくるね、と薫は立ち上がり部屋を出る。集合住宅の、キッチンだけは共用の建物だから、そこにも仲間がいて、酒を飲んで騒いでいた。
「おー薫、エヴァンの調子はどうだ?」
「ダメだね、まだ熱が高いよ。彼のご飯を取りに来た」
慣れ親しんだ彼らとの会話も、すっかり彼ら流に馴染んだ。仲間は薫たちが恋人同士だと知っているから、邪魔するなんて野暮はしない。
「せっかくのめでたい新年だってのに、ついてないねぇ!」
「薫! エヴァンが治ったらまたみんなで飲もうや!」
彼らなりに心配して声をかけてくれるのは嬉しい。薫は微笑むと、かまどの火を借り、鍋を温めた。
煮立ったところで鍋を火から下ろし、食器にスープをよそう。この世界の暮らしも慣れたものだな、とひとりで笑い、盆にスープと水とスプーンを載せて、エヴァンの元へと戻った。
「エヴァン、スープを持ってきたよ……って、また起きてる!」
薫はベッドの端に座るエヴァンを見つけて、盆を机に置いて駆け寄る。起きて大丈夫なの? と隣に座って背中をさすると、彼は小さく咳き込んだ。
「大丈夫です……ちょっと……」
そう言いかけたエヴァンの身体がぐらつく。薫は慌てて彼の身体を支えたけれど、重みに耐えられずベッドの上で倒れてしまった。
「え、エヴァン? 大丈夫っ?」
足をベッドの外に投げ出したまま、薫はエヴァンに押し倒される形で倒れてしまった。起き上がろうにも、エヴァンの身体が重くて動けない。
「エヴァン? 動ける?」
「……ちょっと無理です……」
間近にある彼の顔は目眩に耐えているのか、顰められている。どうしよう、と思っていると、彼の腕が薫の身体に巻きついた。
「……エヴァン?」
彼の身体が熱い。これはまた熱が上がったかな、と額に手を当てると、しっとりと汗をかいている。
「エヴァン、あの、スープ食べて寝よう?」
「無理です動けません……」
ボソリと即答したエヴァンはピクリともしない。それなのに薫の身体に回された腕はガッチリとホールドしており、彼の意図を察して薫はジト目でエヴァンを見た。
「嘘だ、今は少し楽になってるんでしょ?」
「そんなことはないです」
「じゃあ何でこの腕外れないのさ!?」
薫はエヴァンの腕を掴んで離そうとするけれど、ビクともしない。しかし、普段こんな風に甘えてくることはないエヴァンの珍しい行動に、やはり本調子ではないことを悟った。それなら甘えさせてあげよう、と薫は諦める。
「……伝染ったら、看病してよ?」
「もちろんです……」
スープを食べよう、と声を掛けたけれど、もう少しこのまま、と言われてしまった。
薫は少し身体の角度を変えて、エヴァンの綺麗な髪を梳く。美しいエヴァンの容姿は、いつまで経っても薫をドキドキさせた。薄紫色の瞳が優しげにこちらを見ていて、胸が温かくなる。
「あけましておめでとう、エヴァン」
「今年も貴方にとって、実りある一年になるよう、祈っています」
新年の挨拶を互いに交わし、顔を思わず近付けそうになり、二人で笑う。でも、これだけ近くにいたらもう同じか、と薫は身体を伸ばした。
後日、薫が発熱して倒れたのは、言うまでもない。
[完]
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致します! 皆さんにとって、良い一年になりますように☆。.:*・゜
時刻は午前零時を回ったところだ。新しい年を迎えたというのに、部屋はしんと静まり返っている。
薫はベッドのそばに椅子を持ってきて座っており、眠るエヴァンを見つめた。眉間に皺を寄せ、いつも綺麗な桜色をしている唇は色が少し薄く、カサカサしている。顔色も悪く、呼吸も苦しそうだ。
薫にとって、初めてクリュメエナで過ごした年末年始の思い出は、エヴァンと暮らしている部屋の中になった。しかもエヴァンは発熱して倒れ、薫は彼の看病をしている。
外では大きな花火の音と、騒ぐ仲間たちの声が聞こえていた。薫も仲間たちと一緒に騒ぎたかったが、恋人が苦しんでいるのに自分だけ楽しむことは、できない。
「薫……」
そんなことを考えていたら、エヴァンが起きたらしい。起きようとした彼を、薫は慌てて押さえる。
「ダメだよ寝てなきゃ。熱が高いんだから」
「すみません。……ですが、薫にも伝染るといけないので……」
「何言ってるの。まともに歩けもしないひとが自分で何とかするとか言わないの」
「ですが……」
よっぽど薫に看病されるのが落ち着かないらしい。エヴァンは目を覚ます度に、こうして自分で何とかしようとするのだ。薫は彼の言い分を無視する。
「お腹空いてる? スープにパンを浸したのならあるけど」
先程目を覚ました時には、食欲がないと言って断られた。薫はエヴァンの額に手を当てながら聞くと、彼はホッとしたように目を閉じ、小さく頷く。
じゃあ持ってくるね、と薫は立ち上がり部屋を出る。集合住宅の、キッチンだけは共用の建物だから、そこにも仲間がいて、酒を飲んで騒いでいた。
「おー薫、エヴァンの調子はどうだ?」
「ダメだね、まだ熱が高いよ。彼のご飯を取りに来た」
慣れ親しんだ彼らとの会話も、すっかり彼ら流に馴染んだ。仲間は薫たちが恋人同士だと知っているから、邪魔するなんて野暮はしない。
「せっかくのめでたい新年だってのに、ついてないねぇ!」
「薫! エヴァンが治ったらまたみんなで飲もうや!」
彼らなりに心配して声をかけてくれるのは嬉しい。薫は微笑むと、かまどの火を借り、鍋を温めた。
煮立ったところで鍋を火から下ろし、食器にスープをよそう。この世界の暮らしも慣れたものだな、とひとりで笑い、盆にスープと水とスプーンを載せて、エヴァンの元へと戻った。
「エヴァン、スープを持ってきたよ……って、また起きてる!」
薫はベッドの端に座るエヴァンを見つけて、盆を机に置いて駆け寄る。起きて大丈夫なの? と隣に座って背中をさすると、彼は小さく咳き込んだ。
「大丈夫です……ちょっと……」
そう言いかけたエヴァンの身体がぐらつく。薫は慌てて彼の身体を支えたけれど、重みに耐えられずベッドの上で倒れてしまった。
「え、エヴァン? 大丈夫っ?」
足をベッドの外に投げ出したまま、薫はエヴァンに押し倒される形で倒れてしまった。起き上がろうにも、エヴァンの身体が重くて動けない。
「エヴァン? 動ける?」
「……ちょっと無理です……」
間近にある彼の顔は目眩に耐えているのか、顰められている。どうしよう、と思っていると、彼の腕が薫の身体に巻きついた。
「……エヴァン?」
彼の身体が熱い。これはまた熱が上がったかな、と額に手を当てると、しっとりと汗をかいている。
「エヴァン、あの、スープ食べて寝よう?」
「無理です動けません……」
ボソリと即答したエヴァンはピクリともしない。それなのに薫の身体に回された腕はガッチリとホールドしており、彼の意図を察して薫はジト目でエヴァンを見た。
「嘘だ、今は少し楽になってるんでしょ?」
「そんなことはないです」
「じゃあ何でこの腕外れないのさ!?」
薫はエヴァンの腕を掴んで離そうとするけれど、ビクともしない。しかし、普段こんな風に甘えてくることはないエヴァンの珍しい行動に、やはり本調子ではないことを悟った。それなら甘えさせてあげよう、と薫は諦める。
「……伝染ったら、看病してよ?」
「もちろんです……」
スープを食べよう、と声を掛けたけれど、もう少しこのまま、と言われてしまった。
薫は少し身体の角度を変えて、エヴァンの綺麗な髪を梳く。美しいエヴァンの容姿は、いつまで経っても薫をドキドキさせた。薄紫色の瞳が優しげにこちらを見ていて、胸が温かくなる。
「あけましておめでとう、エヴァン」
「今年も貴方にとって、実りある一年になるよう、祈っています」
新年の挨拶を互いに交わし、顔を思わず近付けそうになり、二人で笑う。でも、これだけ近くにいたらもう同じか、と薫は身体を伸ばした。
後日、薫が発熱して倒れたのは、言うまでもない。
[完]
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致します! 皆さんにとって、良い一年になりますように☆。.:*・゜
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