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36 求心
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結局その日は、何だかんだでお祭り騒ぎになって、外でキャンプをしながら夕食を食べることになった。
エヴァンはやはり、占いをしてほしいという男たちに順番待ちをされ、薫は薫でベルが生きていた頃の話を聞かされていた。ベルはとても慕われていたらしく、すぐに生まれ変われたのもベル様の偉業のおかげだな、なんて言われて苦笑した。
けれど、以前はそんな話を聞けば確実に落ち込んでいたのに、今はそれ程気にならない。この気持ちの変化は何だろう? と考えて、薫にも恋愛以外の『好き』が生まれたからじゃないかと思った。好きだから助けたいし、好きだから一緒に悩みたい。そう考えられるのが、少し嬉しい。
「薫」
顔を上げるとエヴァンが隣に座った。あのひとたちはいいのかと聞いたら、キリがないのでしばらく滞在して、ちゃんと聞くようにしました、と返ってくる。それがいいですね、と薫は笑うと、エヴァンも柔らかい視線で見つめてきた。
(やっぱり、綺麗……だなぁ……)
炎の明かりに照らされる彼の肌は滑らかだ。長いまつ毛が作る影は、思わず触れたくなるほどだと思っていると、急に背中に何かがのしかかる。
「なーに見つめ合っちゃってるのぉ?」
見るとすっかりできあがっているウーリーがいた。するとエヴァンはスっと正面を向いてしまって、少し寂しいなと思いながらお酒を啜る。
「あ、エヴァンこれ美味いよ?」
ウーリーは薫の肩に腕を回しながら、エヴァンにコップを渡した。意外とお酒は飲めるエヴァンは、それをひと口飲み、本当だ、美味しいですね、と驚いている。
「何ていうお酒ですか?」
「んん? 俺の特製酒」
いろんなのを混ぜてみた、と言うウーリーは、薫の飲みかけを勝手に飲んだ。まあいいか、と薫はその酒をウーリーに譲ることにする。
人間、どこでもお祭り騒ぎが好きだな、と思って眺めていると、炎のそばで歌って踊り出す連中が出てきた。前世ではこんなどんちゃん騒ぎをすることも、見ることもなかったので新鮮な気持ちだ。
今考えると、自分は前世で、ものすごく狭い世界で生きていたんだな、と思う。母親の「こうであれ」「こうしろ」の声が強かったのもあるけれど、期待に応えようとしていた自分がいたことも確かだ。
「薫……」
「うひゃあ!」
考えごとをしていたところに不意に耳元で喋られ、薫は変な声を上げる。耳を押さえて犯人を見ると、ウーリーはへらへらと絡んできた。
「ふふ、薫は耳弱い?」
反応がかわいいと言われ、返答に困って彼を押し退けようとすると、さらに強い力で腰を抱かれた。上半身だけ逃げるような形で身体を反らすと、まぁまぁ、とウーリーはさらに唇を耳に寄せてくる。
「エヴァンに、ちょっとだけ『素直』になれる薬を盛ったから」
「へっ?」
薫は聞き間違いかと思って彼を見たけれど、その時にはもう、ウーリーは薫から離れて、踊っている連中の輪に入っていった。
一体彼は何を考えているのだろう? 素直ってどういうことだ、とエヴァンを見ると、彼はいつも通り静かに酒を飲んでいる。そのうっすらと見える喉仏が動くのを見て、どうしてそこを見てドキドキするのだろう、と思った。
「薫」
静かに呼ばれて返事をすると、エヴァンは困ったように笑う。
「すみません、酔ったみたいなので先に休みます」
そう言うなりスっと立ち上がって歩き出したエヴァンは、思いのほかしっかりと歩いていた。酔っている感じはないけどなぁ、と薫は思うけれど、二人きりになれるチャンスかも、と後をついて行く。
「エヴァンさん、僕も休みます」
「……そうですか」
いつも通りにこやかに言ったエヴァン。借りた空き家の一室が薫たちの寝る部屋で、今回はちゃんとベッドが二台ある。
「先にシャワーを浴びてきてもいいですか? ちょっと……早く休みたくて」
「あ、はい。それはいいですけど、……大丈夫ですか?」
いつもなら、エヴァンはシャワーを先に譲ってくれるのに、何だか様子がおかしい。先程ウーリーが言っていた、『素直になれる薬』が本当に効いているのだろうか。
「ええ。いつもはこんなに酔わないんですけど……」
そう言って苦笑したエヴァンは、片腕でもう片方の二の腕を掴む。その力はとても強く、痛みを我慢しているのでは、と思う程だ。
「どこか痛いんですか?」
心配になって薫は近付くと、エヴァンはパッとその腕の手を離して、手のひらをこちらに向ける。
「大丈夫です。もう治りました」
「え、本当に痛かったんですか? 怪我とか?」
見せてください、と薫はエヴァンの手を取り袖を捲った。彼は大人しく腕を見せてくれたけれど、どこにも怪我はない。
「だから、もう大丈夫です」
そう言った彼は小さく息を吐いた。薫は、彼が嘘をついていないか確かめるために、じっと目を見つめる。
するとまた、エヴァンは困ったように笑った。
「薫、シャワーを浴びて来ますので、手を離してください」
そうは言うけれど、薫は手を離したくない。せっかく二人きりで、エヴァンの身体の一部に触れることができたのに、またしばらく集団生活をするなら、このチャンスを逃したくない。
そう思って、薫は一歩、踏み出した。
エヴァンはやはり、占いをしてほしいという男たちに順番待ちをされ、薫は薫でベルが生きていた頃の話を聞かされていた。ベルはとても慕われていたらしく、すぐに生まれ変われたのもベル様の偉業のおかげだな、なんて言われて苦笑した。
けれど、以前はそんな話を聞けば確実に落ち込んでいたのに、今はそれ程気にならない。この気持ちの変化は何だろう? と考えて、薫にも恋愛以外の『好き』が生まれたからじゃないかと思った。好きだから助けたいし、好きだから一緒に悩みたい。そう考えられるのが、少し嬉しい。
「薫」
顔を上げるとエヴァンが隣に座った。あのひとたちはいいのかと聞いたら、キリがないのでしばらく滞在して、ちゃんと聞くようにしました、と返ってくる。それがいいですね、と薫は笑うと、エヴァンも柔らかい視線で見つめてきた。
(やっぱり、綺麗……だなぁ……)
炎の明かりに照らされる彼の肌は滑らかだ。長いまつ毛が作る影は、思わず触れたくなるほどだと思っていると、急に背中に何かがのしかかる。
「なーに見つめ合っちゃってるのぉ?」
見るとすっかりできあがっているウーリーがいた。するとエヴァンはスっと正面を向いてしまって、少し寂しいなと思いながらお酒を啜る。
「あ、エヴァンこれ美味いよ?」
ウーリーは薫の肩に腕を回しながら、エヴァンにコップを渡した。意外とお酒は飲めるエヴァンは、それをひと口飲み、本当だ、美味しいですね、と驚いている。
「何ていうお酒ですか?」
「んん? 俺の特製酒」
いろんなのを混ぜてみた、と言うウーリーは、薫の飲みかけを勝手に飲んだ。まあいいか、と薫はその酒をウーリーに譲ることにする。
人間、どこでもお祭り騒ぎが好きだな、と思って眺めていると、炎のそばで歌って踊り出す連中が出てきた。前世ではこんなどんちゃん騒ぎをすることも、見ることもなかったので新鮮な気持ちだ。
今考えると、自分は前世で、ものすごく狭い世界で生きていたんだな、と思う。母親の「こうであれ」「こうしろ」の声が強かったのもあるけれど、期待に応えようとしていた自分がいたことも確かだ。
「薫……」
「うひゃあ!」
考えごとをしていたところに不意に耳元で喋られ、薫は変な声を上げる。耳を押さえて犯人を見ると、ウーリーはへらへらと絡んできた。
「ふふ、薫は耳弱い?」
反応がかわいいと言われ、返答に困って彼を押し退けようとすると、さらに強い力で腰を抱かれた。上半身だけ逃げるような形で身体を反らすと、まぁまぁ、とウーリーはさらに唇を耳に寄せてくる。
「エヴァンに、ちょっとだけ『素直』になれる薬を盛ったから」
「へっ?」
薫は聞き間違いかと思って彼を見たけれど、その時にはもう、ウーリーは薫から離れて、踊っている連中の輪に入っていった。
一体彼は何を考えているのだろう? 素直ってどういうことだ、とエヴァンを見ると、彼はいつも通り静かに酒を飲んでいる。そのうっすらと見える喉仏が動くのを見て、どうしてそこを見てドキドキするのだろう、と思った。
「薫」
静かに呼ばれて返事をすると、エヴァンは困ったように笑う。
「すみません、酔ったみたいなので先に休みます」
そう言うなりスっと立ち上がって歩き出したエヴァンは、思いのほかしっかりと歩いていた。酔っている感じはないけどなぁ、と薫は思うけれど、二人きりになれるチャンスかも、と後をついて行く。
「エヴァンさん、僕も休みます」
「……そうですか」
いつも通りにこやかに言ったエヴァン。借りた空き家の一室が薫たちの寝る部屋で、今回はちゃんとベッドが二台ある。
「先にシャワーを浴びてきてもいいですか? ちょっと……早く休みたくて」
「あ、はい。それはいいですけど、……大丈夫ですか?」
いつもなら、エヴァンはシャワーを先に譲ってくれるのに、何だか様子がおかしい。先程ウーリーが言っていた、『素直になれる薬』が本当に効いているのだろうか。
「ええ。いつもはこんなに酔わないんですけど……」
そう言って苦笑したエヴァンは、片腕でもう片方の二の腕を掴む。その力はとても強く、痛みを我慢しているのでは、と思う程だ。
「どこか痛いんですか?」
心配になって薫は近付くと、エヴァンはパッとその腕の手を離して、手のひらをこちらに向ける。
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「え、本当に痛かったんですか? 怪我とか?」
見せてください、と薫はエヴァンの手を取り袖を捲った。彼は大人しく腕を見せてくれたけれど、どこにも怪我はない。
「だから、もう大丈夫です」
そう言った彼は小さく息を吐いた。薫は、彼が嘘をついていないか確かめるために、じっと目を見つめる。
するとまた、エヴァンは困ったように笑った。
「薫、シャワーを浴びて来ますので、手を離してください」
そうは言うけれど、薫は手を離したくない。せっかく二人きりで、エヴァンの身体の一部に触れることができたのに、またしばらく集団生活をするなら、このチャンスを逃したくない。
そう思って、薫は一歩、踏み出した。
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