【完結】病んだ愚王の慰みものは、幸せな転生を願う

大竹あやめ

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 また四人で笑って? 無理ですね。貴方は薫であって、ベルではない。

 エヴァンの声が頭の中で響く。

「エヴァン……さん……」

 ずっと、彼は……彼だけは、初めから薫を見てくれていた。けれど残念ながら、シリルとロレットは違った。

(シリル……。シリル、二人で平等な国をつくろうって、約束したのに……)

「シリル……どうして……」

 涙が零れた。やはり街で聞いた噂は本当だった。こうなったら私一人でも、立ち上がらなければ。

 もぞりと身動ぎすると、温かい体温にぎゅっと抱きしめられる。けれどシリルやエヴァンに抱きしめられた時のような、安心感はない。甘い香りも、しない。

 私を抱きしめているのは、だれ?

 目を開けて確認する。目の前にエヴァンがいたけれど、抱きしめているのは彼ではなかった。

「薫……落ち着いて」

 ウーリーの声が頭上でする。どうしてユチソンドの王子が自分を抱きしめているのか。私に触れていいのはシリルだけ。──婚約者がいる女性をこんな風に抱きしめるなんて!

「薫! 落ち着け! きみはもう、イザベルじゃない!」
「薫、自分を保ってください!」

 シリル死亡の報せをきっかけに、ベルの魂が叫び出した。それは、薫の意識を乗っ取るほどに。
 胸が熱くて痛くて苦しい。ベルの泣き叫ぶ声が絶えず脳裏で聞こえ、薫はぎゅっと目を閉じる。

 私を邪魔してるのは誰!? シリルに会わせて! シリルがいないなら、私だけでも!

「う……っ」

 また胃が勝手に動き出した。今しがた食べた朝食がもったいないと思うほどに吐き、ガタガタと手足が震える。

 邪魔よ! 今すぐ消えて! この身体は私のよ!

 ベルも正気じゃないのか、激しくウーリーの力に抵抗し、薫はもう、ベルに従った方が楽になるのでは、と思う。

 そうだ。もう、この世界でも薫を必要としてくれる人はいないのだ。

 せっかく転生して、ここでなら愛されて暮らせると思っていたけど、それはとんでもない間違いだった。やっぱり、疎まれていた存在は、生まれ変わっても疎まれている。それが、どの世界でも共通の真理……。

「薫! しっかりなさい!」

 エヴァンの声が聞こえた。はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら必死に目を開け、薄紫色の瞳を見る。

「貴方は、自ら命を落としてはいけません。もう貴方の魂は、転生できないほどボロボロで……っ」

 エヴァンの瞳が揺れた。宝石のような瞳からポロポロ落ちる水滴は、やはりキラキラと輝いていて、薫は触りたい衝動に駆られる。

「……ぇ……っ」

 薫は手を伸ばした。吐瀉物で汚れた手なのに、エヴァンはしっかりと握ってくれる。

「生きてください薫。私はベルを失い、罪滅ぼしと思って、転生に協力してしまいました」

 ごめんなさい、とエヴァンは薫の手を額に当てた。

「その魂が尽きるまで、私は貴方に不自由がないように、お手伝いしますから……っ」

 それが私にできる精一杯の罪滅ぼしです。エヴァンはそう言う。

 そこで薫は思った。ああ、四人で笑って過ごしたかったと一番思っていたのは、エヴァンだったのかもしれない、と。キラキラしていた青春時代をもう一度と協力したものの、シリルは既に壊れていて、ロレットは謀反を企んでいた。薫を巻き込んでしまった意識が強いのだと感じ、薫は彼を慰めるためにエヴァンの元へと這う。

 きつく、綺麗な長い腕が薫を抱きしめた。甘い香りがベルの金切り声を小さくし、薫の意識が戻ってくる。

「こんなことになってしまったのも、私のせいです……!」

 ごめんなさい、ごめんなさいとエヴァンは何度も言って泣いていた。薫はベルとの意識の狭間で頭がくらくらしながらも、小さく首を振る。

「あな、たの……せいじゃ……」

 いつの間にか、声が戻っていた。目尻から涙が零れ、伝えたかったこと、聞きたかったことを話してみる。

「あなたは……ずっと、僕を……薫だと……」

 愛してくれると言ったシリルは、薫を見ていなかった。ロレットは……。

「ロレット……は、……ベルさんが、エヴァンさんを傷つけた、から……僕を、……殺す、と……」
「ああ、やっぱり……!」

 どうやらエヴァンには思い当たる節があったようだ。エヴァンは薫を掻き抱くように、また腕に力を込める。

「エヴァンさん、だけ、です。……僕を、見てくれてた、の……」
「……落ち着いたみたいだな」

 ウーリーが薫の頭を撫でて立ち上がる。食事をしていた部屋で、床に座り込んでしまっていたらしい。動こうとしたら目眩がして、再びエヴァンの胸にぽすん、と倒れてしまった。

「話が途中ですが、薫がこの状態なので、少しお待ち頂けますか?」

 無論だ、と肩を竦めたウーリーは、薫のためにもう一度湯浴みの準備をしてくれる。
 薫は安心するエヴァンの香りに擦り寄ると、エヴァンははあ、と息を吐いた。

「……ベルが亡くなった事件から、ロレットは関わっていたんです」

 聞けば、エヴァンは自分のことは占えないけれど、焦点を自分以外に向ければ、精度は落ちるが占えることがあるらしい。

 ベルとロレットは何か秘密を共有している。それは何か、時間を見つけては占っていたそうだ。

「なかなか視えないと思っていたら……やはり私のことでしたか」

 でもね、薫、とエヴァンは続ける。

「ロレットの『好き』は、自分にかしずかせ、手枷足枷をして首輪を付けたいという意味ですよ」

 え? と薫はエヴァンを見た。綺麗な顔が困ったように笑う。そんなのはごめんです、と彼は言った。

(エヴァンさんは、気づいてた……?)

 でもそれなら、エヴァンが大人しくロレットに慰められているはずがない。もし気づいていたら、容赦なく「近寄らないでください」とでも言っているだろう。

「……話をしたいのに、なかなか進みませんね。もう動けそうですか?」
「あ、はい……すみません……」

 薫は、名残惜しいと思いながらもエヴァンから離れると、彼はさっと離れて、汚れた服を着替えるために部屋を出て行った。
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