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28 唯一
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また四人で笑って? 無理ですね。貴方は薫であって、ベルではない。
エヴァンの声が頭の中で響く。
「エヴァン……さん……」
ずっと、彼は……彼だけは、初めから薫を見てくれていた。けれど残念ながら、シリルとロレットは違った。
(シリル……。シリル、二人で平等な国をつくろうって、約束したのに……)
「シリル……どうして……」
涙が零れた。やはり街で聞いた噂は本当だった。こうなったら私一人でも、立ち上がらなければ。
もぞりと身動ぎすると、温かい体温にぎゅっと抱きしめられる。けれどシリルやエヴァンに抱きしめられた時のような、安心感はない。甘い香りも、しない。
私を抱きしめているのは、だれ?
目を開けて確認する。目の前にエヴァンがいたけれど、抱きしめているのは彼ではなかった。
「薫……落ち着いて」
ウーリーの声が頭上でする。どうしてユチソンドの王子が自分を抱きしめているのか。私に触れていいのはシリルだけ。──婚約者がいる女性をこんな風に抱きしめるなんて!
「薫! 落ち着け! きみはもう、イザベルじゃない!」
「薫、自分を保ってください!」
シリル死亡の報せをきっかけに、ベルの魂が叫び出した。それは、薫の意識を乗っ取るほどに。
胸が熱くて痛くて苦しい。ベルの泣き叫ぶ声が絶えず脳裏で聞こえ、薫はぎゅっと目を閉じる。
私を邪魔してるのは誰!? シリルに会わせて! シリルがいないなら、私だけでも!
「う……っ」
また胃が勝手に動き出した。今しがた食べた朝食がもったいないと思うほどに吐き、ガタガタと手足が震える。
邪魔よ! 今すぐ消えて! この身体は私のよ!
ベルも正気じゃないのか、激しくウーリーの力に抵抗し、薫はもう、ベルに従った方が楽になるのでは、と思う。
そうだ。もう、この世界でも薫を必要としてくれる人はいないのだ。
せっかく転生して、ここでなら愛されて暮らせると思っていたけど、それはとんでもない間違いだった。やっぱり、疎まれていた存在は、生まれ変わっても疎まれている。それが、どの世界でも共通の真理……。
「薫! しっかりなさい!」
エヴァンの声が聞こえた。はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら必死に目を開け、薄紫色の瞳を見る。
「貴方は、自ら命を落としてはいけません。もう貴方の魂は、転生できないほどボロボロで……っ」
エヴァンの瞳が揺れた。宝石のような瞳からポロポロ落ちる水滴は、やはりキラキラと輝いていて、薫は触りたい衝動に駆られる。
「……ぇ……っ」
薫は手を伸ばした。吐瀉物で汚れた手なのに、エヴァンはしっかりと握ってくれる。
「生きてください薫。私はベルを失い、罪滅ぼしと思って、転生に協力してしまいました」
ごめんなさい、とエヴァンは薫の手を額に当てた。
「その魂が尽きるまで、私は貴方に不自由がないように、お手伝いしますから……っ」
それが私にできる精一杯の罪滅ぼしです。エヴァンはそう言う。
そこで薫は思った。ああ、四人で笑って過ごしたかったと一番思っていたのは、エヴァンだったのかもしれない、と。キラキラしていた青春時代をもう一度と協力したものの、シリルは既に壊れていて、ロレットは謀反を企んでいた。薫を巻き込んでしまった意識が強いのだと感じ、薫は彼を慰めるためにエヴァンの元へと這う。
きつく、綺麗な長い腕が薫を抱きしめた。甘い香りがベルの金切り声を小さくし、薫の意識が戻ってくる。
「こんなことになってしまったのも、私のせいです……!」
ごめんなさい、ごめんなさいとエヴァンは何度も言って泣いていた。薫はベルとの意識の狭間で頭がくらくらしながらも、小さく首を振る。
「あな、たの……せいじゃ……」
いつの間にか、声が戻っていた。目尻から涙が零れ、伝えたかったこと、聞きたかったことを話してみる。
「あなたは……ずっと、僕を……薫だと……」
愛してくれると言ったシリルは、薫を見ていなかった。ロレットは……。
「ロレット……は、……ベルさんが、エヴァンさんを傷つけた、から……僕を、……殺す、と……」
「ああ、やっぱり……!」
どうやらエヴァンには思い当たる節があったようだ。エヴァンは薫を掻き抱くように、また腕に力を込める。
「エヴァンさん、だけ、です。……僕を、見てくれてた、の……」
「……落ち着いたみたいだな」
ウーリーが薫の頭を撫でて立ち上がる。食事をしていた部屋で、床に座り込んでしまっていたらしい。動こうとしたら目眩がして、再びエヴァンの胸にぽすん、と倒れてしまった。
「話が途中ですが、薫がこの状態なので、少しお待ち頂けますか?」
無論だ、と肩を竦めたウーリーは、薫のためにもう一度湯浴みの準備をしてくれる。
薫は安心するエヴァンの香りに擦り寄ると、エヴァンははあ、と息を吐いた。
「……ベルが亡くなった事件から、ロレットは関わっていたんです」
聞けば、エヴァンは自分のことは占えないけれど、焦点を自分以外に向ければ、精度は落ちるが占えることがあるらしい。
ベルとロレットは何か秘密を共有している。それは何か、時間を見つけては占っていたそうだ。
「なかなか視えないと思っていたら……やはり私のことでしたか」
でもね、薫、とエヴァンは続ける。
「ロレットの『好き』は、自分に傅かせ、手枷足枷をして首輪を付けたいという意味ですよ」
え? と薫はエヴァンを見た。綺麗な顔が困ったように笑う。そんなのはごめんです、と彼は言った。
(エヴァンさんは、気づいてた……?)
でもそれなら、エヴァンが大人しくロレットに慰められているはずがない。もし気づいていたら、容赦なく「近寄らないでください」とでも言っているだろう。
「……話をしたいのに、なかなか進みませんね。もう動けそうですか?」
「あ、はい……すみません……」
薫は、名残惜しいと思いながらもエヴァンから離れると、彼はさっと離れて、汚れた服を着替えるために部屋を出て行った。
エヴァンの声が頭の中で響く。
「エヴァン……さん……」
ずっと、彼は……彼だけは、初めから薫を見てくれていた。けれど残念ながら、シリルとロレットは違った。
(シリル……。シリル、二人で平等な国をつくろうって、約束したのに……)
「シリル……どうして……」
涙が零れた。やはり街で聞いた噂は本当だった。こうなったら私一人でも、立ち上がらなければ。
もぞりと身動ぎすると、温かい体温にぎゅっと抱きしめられる。けれどシリルやエヴァンに抱きしめられた時のような、安心感はない。甘い香りも、しない。
私を抱きしめているのは、だれ?
目を開けて確認する。目の前にエヴァンがいたけれど、抱きしめているのは彼ではなかった。
「薫……落ち着いて」
ウーリーの声が頭上でする。どうしてユチソンドの王子が自分を抱きしめているのか。私に触れていいのはシリルだけ。──婚約者がいる女性をこんな風に抱きしめるなんて!
「薫! 落ち着け! きみはもう、イザベルじゃない!」
「薫、自分を保ってください!」
シリル死亡の報せをきっかけに、ベルの魂が叫び出した。それは、薫の意識を乗っ取るほどに。
胸が熱くて痛くて苦しい。ベルの泣き叫ぶ声が絶えず脳裏で聞こえ、薫はぎゅっと目を閉じる。
私を邪魔してるのは誰!? シリルに会わせて! シリルがいないなら、私だけでも!
「う……っ」
また胃が勝手に動き出した。今しがた食べた朝食がもったいないと思うほどに吐き、ガタガタと手足が震える。
邪魔よ! 今すぐ消えて! この身体は私のよ!
ベルも正気じゃないのか、激しくウーリーの力に抵抗し、薫はもう、ベルに従った方が楽になるのでは、と思う。
そうだ。もう、この世界でも薫を必要としてくれる人はいないのだ。
せっかく転生して、ここでなら愛されて暮らせると思っていたけど、それはとんでもない間違いだった。やっぱり、疎まれていた存在は、生まれ変わっても疎まれている。それが、どの世界でも共通の真理……。
「薫! しっかりなさい!」
エヴァンの声が聞こえた。はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら必死に目を開け、薄紫色の瞳を見る。
「貴方は、自ら命を落としてはいけません。もう貴方の魂は、転生できないほどボロボロで……っ」
エヴァンの瞳が揺れた。宝石のような瞳からポロポロ落ちる水滴は、やはりキラキラと輝いていて、薫は触りたい衝動に駆られる。
「……ぇ……っ」
薫は手を伸ばした。吐瀉物で汚れた手なのに、エヴァンはしっかりと握ってくれる。
「生きてください薫。私はベルを失い、罪滅ぼしと思って、転生に協力してしまいました」
ごめんなさい、とエヴァンは薫の手を額に当てた。
「その魂が尽きるまで、私は貴方に不自由がないように、お手伝いしますから……っ」
それが私にできる精一杯の罪滅ぼしです。エヴァンはそう言う。
そこで薫は思った。ああ、四人で笑って過ごしたかったと一番思っていたのは、エヴァンだったのかもしれない、と。キラキラしていた青春時代をもう一度と協力したものの、シリルは既に壊れていて、ロレットは謀反を企んでいた。薫を巻き込んでしまった意識が強いのだと感じ、薫は彼を慰めるためにエヴァンの元へと這う。
きつく、綺麗な長い腕が薫を抱きしめた。甘い香りがベルの金切り声を小さくし、薫の意識が戻ってくる。
「こんなことになってしまったのも、私のせいです……!」
ごめんなさい、ごめんなさいとエヴァンは何度も言って泣いていた。薫はベルとの意識の狭間で頭がくらくらしながらも、小さく首を振る。
「あな、たの……せいじゃ……」
いつの間にか、声が戻っていた。目尻から涙が零れ、伝えたかったこと、聞きたかったことを話してみる。
「あなたは……ずっと、僕を……薫だと……」
愛してくれると言ったシリルは、薫を見ていなかった。ロレットは……。
「ロレット……は、……ベルさんが、エヴァンさんを傷つけた、から……僕を、……殺す、と……」
「ああ、やっぱり……!」
どうやらエヴァンには思い当たる節があったようだ。エヴァンは薫を掻き抱くように、また腕に力を込める。
「エヴァンさん、だけ、です。……僕を、見てくれてた、の……」
「……落ち着いたみたいだな」
ウーリーが薫の頭を撫でて立ち上がる。食事をしていた部屋で、床に座り込んでしまっていたらしい。動こうとしたら目眩がして、再びエヴァンの胸にぽすん、と倒れてしまった。
「話が途中ですが、薫がこの状態なので、少しお待ち頂けますか?」
無論だ、と肩を竦めたウーリーは、薫のためにもう一度湯浴みの準備をしてくれる。
薫は安心するエヴァンの香りに擦り寄ると、エヴァンははあ、と息を吐いた。
「……ベルが亡くなった事件から、ロレットは関わっていたんです」
聞けば、エヴァンは自分のことは占えないけれど、焦点を自分以外に向ければ、精度は落ちるが占えることがあるらしい。
ベルとロレットは何か秘密を共有している。それは何か、時間を見つけては占っていたそうだ。
「なかなか視えないと思っていたら……やはり私のことでしたか」
でもね、薫、とエヴァンは続ける。
「ロレットの『好き』は、自分に傅かせ、手枷足枷をして首輪を付けたいという意味ですよ」
え? と薫はエヴァンを見た。綺麗な顔が困ったように笑う。そんなのはごめんです、と彼は言った。
(エヴァンさんは、気づいてた……?)
でもそれなら、エヴァンが大人しくロレットに慰められているはずがない。もし気づいていたら、容赦なく「近寄らないでください」とでも言っているだろう。
「……話をしたいのに、なかなか進みませんね。もう動けそうですか?」
「あ、はい……すみません……」
薫は、名残惜しいと思いながらもエヴァンから離れると、彼はさっと離れて、汚れた服を着替えるために部屋を出て行った。
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