28 / 48
27 混乱
しおりを挟むウルリッヒ・シュミットソン(ウーリー)
──────
ウーリーがいるという部屋に向かうと、彼は昨日の気さくさが嘘かのように、神妙な面持ちで薫たちを迎えた。
「おはよう、カオリ。よく眠れたかな?」
それでも薫をカオリと呼ぶことは止めないらしい。でも、気遣いは嬉しいので、薫は頭を下げる。
「話は朝食を食べてからにしよう」
そう言って出されたのは、クリュメエナにいた時よりも豪勢で、美味しい料理だった。香辛料が効き過ぎていない肉や、新鮮な果物……クリュメエナの城にいても、それほど頻繁に食べられるものではなかった。
満足するほど食べたら、ウーリーがニコニコと薫を見ている。あまりに夢中で食べていたので恥ずかしくなり、食後のお茶を飲んで誤魔化した。
「やっぱり、カオリは可愛いね」
「ふご……っ」
挙句の果てにウーリーはそんなことを言うものだから、薫は噎せてますます彼の視線から逃れるように縮こまる。
「んんっ」
エヴァンが咳払いをした。話をしましょう、と促したので薫もホッとする。
「そうだね。じゃあまず、君たちはどこの家に世話になってたのかな?」
「……それは、話す必要ありますか?」
空気が一気に冷たくなった。やはりウーリーも、飄々としているけれど、それは見せかけだけなんだと分かる。
「あるね。きみたちがスパイかもしれないし、身分を偽って、甘い汁を吸いに来た輩かもしれない」
簡単に信じる訳にはいかないのさ、とウーリーは口角を上げて言った。けれど目は笑っていなくて、薫はぞくりとする。やはり、大国の王子……しかも、奴隷解放を実現させただけのことはある。
「……あなたも、葬送師の力を持っているなら、薫の魂が元は誰のものだったか、お分かりでしょう?」
薫は息を飲んだ。やはり彼に触れられた時、半ば強制的に落ち着かされたのは、彼の力のせいだったらしい。
しかし、ウーリーは緊張を解かずに話を続ける。
「……イザベル・ヴランゲル……クリュメエナ国王の婚約者だった女性だね。それで? きみはどこの誰だ?」
ウーリーの強い声に、エヴァンはまつ毛を震わせ、細く息を吐く。薫にはウーリーの意図が全く見えないけれど、エヴァンはきちんと名乗るのが嫌なようだ。
「……エヴァン・ルーチスです……」
弱々しいエヴァンの声に、ウーリーの視線は更に強くなる。反対に、エヴァンの声は更に弱くなっていった。
「ルーチス家の……養子で……」
「公の場にはいつも出ないが名前は知ってるぞ。……国王の左腕が、どうして亡くなった婚約者の魂を守ってる?」
エヴァンの言葉を遮るウーリー。エヴァンが責められているように感じるのは、薫の気のせいだろうか?
するとウーリーは、大袈裟にため息をついた。
「……助けてください。私には、もう彼を止められません」
「国家間の問題にしろと? カオリに罪はないが、お前たちが撒いた種だろ」
「三ヶ月以内に大人数の難民がこちらに来ます。クリュメエナはもう……崩壊する道しかありません」
ウーリーは呆れたように言うと、エヴァンが語気を強めた。これだけは確信しているようで、ハッキリとウーリーを見つめている。「占いの力か……」とウーリーは呟き、シニカルな笑みを浮かべた。
「俺はお前が嫌いだ。こうなることも分かって、手紙を寄越しただろう?」
「人権を大切にする御仁なら、難民もその広い御心で助けて頂けると思いまして。それに、私は私のことは占えません」
どうやらウーリーはエヴァンの言葉を受け入れることにしたようだ。エヴァンは下手に出ているものの、その言葉の端々に嫌味が混ざっている。
「まったく。父上にどう説明すればいいんだ、こんなの」
ああ嫌い、嫌いだ、とウーリーはエヴァンに舌まで出して不機嫌を露わにした。けれどエヴァンの言う通り、ウーリーは難民が来たら何とかして受け入れるのだろう、と薫は感じる。なぜなら、彼はガシガシと頭を掻きながら、ブツブツと今後のことを呟いているからだ。
「薫」
エヴァンに呼ばれて彼を見ると、彼は微笑む。けれどそれはなぜか、悲しい笑みだった。そんな笑みさえも綺麗だな、なんて思って、薫は惚けている自分に気付き、居住まいを正す。
「注意すべきは、ロレットです。私は彼を止めなければならなかった」
シリルも、と呟いたエヴァンに、そういえばシリルは無事なのか尋ねなければ、とウーリーを見る。
ウーリーはまだブツブツと呟いていたけれど、エヴァンに促されて、シリルの状況を話した。
「クリュメエナ国王は、亡くなったよ。三日前に国葬があって……うちの兄が出席した」
それを聞いた途端、薫はバン! と机を叩いて立ち上がる。
「シリルが亡くなったなんて嘘よ! どうして!?」
(ちょっと待って……僕、声は出ないはずじゃ……!)
シリルが亡くなったと聞いて胸が痛いのは薫の身体のはずなのに、ベルの気持ちがどんどん口から溢れてくる。
「私たちの夢は……こんな、……夢で終わらせていいはずないのに……!」
視界が滲んで涙が零れた。違う、これは薫じゃなくてベルの意思だ。そう思うけれど、魂の意思は強く、薫は飲み込まれそうになる。
「エヴァン! ロレットは貴方の言うことなら聞くはず! なのにどうして私を守ってるの!?」
おかしい、ベルの魂はベルが生きていた頃の記憶しかないはず。じゃあ、これは誰の発言だ? ……自分は、誰だ?
そう思ったら途端に胃から何かが込み上げてきて、薫は口を押さえた。
手の隙間から吐瀉物が溢れ、バシャバシャと落ちて薫の膝を汚していく。
僕は薫だ、と心の中で叫ぶけれど、ベルの叫びはそれをかき消した。嘘よ、私は死んでなんかいない、身体の自由が利かないのは貴方のせいね、出ていって! と脳内でうるさく響く。
「落ち着いて」
いつの間にかウーリーがそばにいた。背中を撫でられ、薫はまた、抗いがたい眠気に襲われ、意識を落とす。
その一瞬前に見たのは、エヴァンの驚いたような顔だった。
10
お気に入りに追加
220
あなたにおすすめの小説
【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい
かぎのえみずる
BL
主人公の陽炎は望まれない子供としてこの世に生を受けた。
産まれたときに親に捨てられ、人買いに拾われた。
奴隷としての生活は過酷なものだった。
主人の寵愛を得て、自分だけが境遇から抜けださんとする奴隷同士の裏切り、嫉妬、欺瞞。
陽炎は親のことを恨んではいない。
――ただ、諦めていた。
あるとき、陽炎は奉公先の客人に見初められる。
客人が大枚を払うというと、元の主人は快く陽炎を譲り渡した。
客人の肉奴隷になる直前の日に、不思議な妖術の道具を拾う。
道具は、自分の受けた怪我の体験によって星座の名を持つ人間を生み出す不思議な道具で、陽炎の傷から最初に産まれたのは鴉座の男だった。
星座には、愛属性と忠実属性があり――鴉座は愛属性だった。
星座だけは裏切らない、星座だけは無条件に愛してくれる。
陽炎は、人間を信じる気などなかったが、柘榴という少年が現れ――……。
これは、夜空を愛する孤独な青年が、仲間が出来ていくまでの不器用な話。
大長編の第一部。
※某所にも載せてあります。一部残酷・暴力表現が出てきます。基本的に総受け設定です。
女性キャラも出てくる回がありますので苦手な方はお気をつけください。
※流行病っぽい描写が第二部にて出ますが、これは現実と一切関係ないストーリー上だとキャラの戦略の手法のうち後にどうしてそうなったかも判明するものです。現実の例の病とは一切関係ないことを明記しておきます。不安を煽りたいわけではなく、数年前の作品にそういう表現が偶々あっただけです。この作品は数年前の物です。
※タイトル改題しました。元「ベルベットプラネタリウム」
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く
小葉石
BL
今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。
10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。
妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…
アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。
※亡国の皇子は華と剣を愛でる、
のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。
際どいシーンは*をつけてます。
あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。
櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。
でも成長した今の俺に、その面影はない。
そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……?
あなたへの初恋は、この胸に秘めます。
だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。
※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。
※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。
※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました
尾高志咲/しさ
BL
部活に出かけてケーキを作る予定が、高校に着いた途端に大地震?揺れと共に気がついたら異世界で、いきなり巨大な魔獣に襲われた。助けてくれたのは金髪に碧の瞳のイケメン騎士。王宮に保護された後、騎士が昼食のたびに俺のところにやってくる!
砂糖のない異世界で、得意なスイーツを作ってなんとか自立しようと頑張る高校生、ユウの物語。魔獣退治専門の騎士団に所属するジードとのじれじれ溺愛です。
🌟第10回BL小説大賞、応援していただきありがとうございました。
◇他サイト掲載中、アルファ版は一部設定変更あり。R18は※回。
🌟素敵な表紙はimoooさんが描いてくださいました。ありがとうございました!
恋の終わらせ方がわからない失恋続きの弟子としょうがないやつだなと見守る師匠
万年青二三歳
BL
どうやったら恋が終わるのかわからない。
「自分で決めるんだよ。こればっかりは正解がない。魔術と一緒かもな」
泣きべそをかく僕に、事も無げに師匠はそういうが、ちっとも参考にならない。
もう少し優しくしてくれてもいいと思うんだけど?
耳が出たら破門だというのに、魔術師にとって大切な髪を切ったらしい弟子の不器用さに呆れる。
首が傾ぐほど強く手櫛を入れれば、痛いと涙目になって睨みつけた。
俺相手にはこんなに強気になれるくせに。
俺のことなどどうでも良いからだろうよ。
魔術師の弟子と師匠。近すぎてお互いの存在が当たり前になった二人が特別な気持ちを伝えるまでの物語。
表紙はpome bro. sukii@kmt_srさんに描いていただきました!
弟子が乳幼児期の「師匠の育児奮闘記」を不定期で更新しますので、引き続き二人をお楽しみになりたい方はどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる