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27 混乱

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ウルリッヒ・シュミットソン(ウーリー)
──────

 ウーリーがいるという部屋に向かうと、彼は昨日の気さくさが嘘かのように、神妙な面持ちで薫たちを迎えた。

「おはよう、カオリ。よく眠れたかな?」

 それでも薫をカオリと呼ぶことは止めないらしい。でも、気遣いは嬉しいので、薫は頭を下げる。

「話は朝食を食べてからにしよう」

 そう言って出されたのは、クリュメエナにいた時よりも豪勢で、美味しい料理だった。香辛料が効き過ぎていない肉や、新鮮な果物……クリュメエナの城にいても、それほど頻繁に食べられるものではなかった。

 満足するほど食べたら、ウーリーがニコニコと薫を見ている。あまりに夢中で食べていたので恥ずかしくなり、食後のお茶を飲んで誤魔化した。

「やっぱり、カオリは可愛いね」
「ふご……っ」

 挙句の果てにウーリーはそんなことを言うものだから、薫は噎せてますます彼の視線から逃れるように縮こまる。

「んんっ」

 エヴァンが咳払いをした。話をしましょう、と促したので薫もホッとする。

「そうだね。じゃあまず、君たちはどこの家に世話になってたのかな?」
「……それは、話す必要ありますか?」

 空気が一気に冷たくなった。やはりウーリーも、飄々としているけれど、それは見せかけだけなんだと分かる。

「あるね。きみたちがスパイかもしれないし、身分を偽って、甘い汁を吸いに来た輩かもしれない」

 簡単に信じる訳にはいかないのさ、とウーリーは口角を上げて言った。けれど目は笑っていなくて、薫はぞくりとする。やはり、大国の王子……しかも、奴隷解放を実現させただけのことはある。

「……あなたも、葬送師の力を持っているなら、薫の魂が元は誰のものだったか、お分かりでしょう?」

 薫は息を飲んだ。やはり彼に触れられた時、半ば強制的に落ち着かされたのは、彼の力のせいだったらしい。

 しかし、ウーリーは緊張を解かずに話を続ける。

「……イザベル・ヴランゲル……クリュメエナ国王の婚約者だった女性だね。それで? きみはどこの誰だ?」

 ウーリーの強い声に、エヴァンはまつ毛を震わせ、細く息を吐く。薫にはウーリーの意図が全く見えないけれど、エヴァンはきちんと名乗るのが嫌なようだ。

「……エヴァン・ルーチスです……」

 弱々しいエヴァンの声に、ウーリーの視線は更に強くなる。反対に、エヴァンの声は更に弱くなっていった。

「ルーチス家の……養子で……」
「公の場にはいつも出ないが名前は知ってるぞ。……国王の左腕が、どうして亡くなった婚約者の魂を守ってる?」

 エヴァンの言葉を遮るウーリー。エヴァンが責められているように感じるのは、薫の気のせいだろうか?
 するとウーリーは、大袈裟にため息をついた。

「……助けてください。私には、もう彼を止められません」
「国家間の問題にしろと? カオリに罪はないが、お前たちが撒いた種だろ」
「三ヶ月以内に大人数の難民がこちらに来ます。クリュメエナはもう……崩壊する道しかありません」

 ウーリーは呆れたように言うと、エヴァンが語気を強めた。これだけは確信しているようで、ハッキリとウーリーを見つめている。「占いの力か……」とウーリーは呟き、シニカルな笑みを浮かべた。

「俺はお前が嫌いだ。こうなることも分かって、手紙を寄越しただろう?」
「人権を大切にする御仁なら、難民もその広い御心で助けて頂けると思いまして。それに、私は私のことは占えません」

 どうやらウーリーはエヴァンの言葉を受け入れることにしたようだ。エヴァンは下手に出ているものの、その言葉の端々に嫌味が混ざっている。

「まったく。父上にどう説明すればいいんだ、こんなの」

 ああ嫌い、嫌いだ、とウーリーはエヴァンに舌まで出して不機嫌を露わにした。けれどエヴァンの言う通り、ウーリーは難民が来たら何とかして受け入れるのだろう、と薫は感じる。なぜなら、彼はガシガシと頭を掻きながら、ブツブツと今後のことを呟いているからだ。

「薫」

 エヴァンに呼ばれて彼を見ると、彼は微笑む。けれどそれはなぜか、悲しい笑みだった。そんな笑みさえも綺麗だな、なんて思って、薫は惚けている自分に気付き、居住まいを正す。

「注意すべきは、ロレットです。私は彼を止めなければならなかった」

 シリルも、と呟いたエヴァンに、そういえばシリルは無事なのか尋ねなければ、とウーリーを見る。
 ウーリーはまだブツブツと呟いていたけれど、エヴァンに促されて、シリルの状況を話した。

「クリュメエナ国王は、亡くなったよ。三日前に国葬があって……うちの兄が出席した」

 それを聞いた途端、薫はバン! と机を叩いて立ち上がる。

「シリルが亡くなったなんて嘘よ! どうして!?」
(ちょっと待って……僕、声は出ないはずじゃ……!)

 シリルが亡くなったと聞いて胸が痛いのは薫の身体のはずなのに、ベルの気持ちがどんどん口から溢れてくる。

「私たちの夢は……こんな、……夢で終わらせていいはずないのに……!」

 視界が滲んで涙が零れた。違う、これは薫じゃなくてベルの意思だ。そう思うけれど、魂の意思は強く、薫は飲み込まれそうになる。

「エヴァン! ロレットは貴方の言うことなら聞くはず! なのにどうして私を守ってるの!?」

 おかしい、ベルの魂はベルが生きていた頃の記憶しかないはず。じゃあ、これは誰の発言だ? ……自分は、誰だ?

 そう思ったら途端に胃から何かが込み上げてきて、薫は口を押さえた。
 手の隙間から吐瀉物が溢れ、バシャバシャと落ちて薫の膝を汚していく。

 僕は薫だ、と心の中で叫ぶけれど、ベルの叫びはそれをかき消した。嘘よ、私は死んでなんかいない、身体の自由が利かないのは貴方のせいね、出ていって! と脳内でうるさく響く。

「落ち着いて」

 いつの間にかウーリーがそばにいた。背中を撫でられ、薫はまた、抗いがたい眠気に襲われ、意識を落とす。

 その一瞬前に見たのは、エヴァンの驚いたような顔だった。
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