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25 邂逅
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「おーい、おにーさんたちー! 誰か探してるのー?」
不意に遠くから、のんびりした男性の声が聞こえる。
「誰だお前?」
「バカ! ユチソンドの第五王子だろっ。……いえ! 何でもありません!」
薫を探していた男たちは、ユチソンドの王子がなぜここに? と言いながらも、何事もなかったように振る舞った。しかし足音は近付いてきて、「そこに何かあるの?」とか言っている。
「いえ! あの……こいつが! 落し物したって言うんで!」
「本当にー? おにーさんたち、クリュメエナのひとだよね? 困るよー? 国内で争いごとは」
「め、滅相もない! 我らでは絶対に太刀打ちできないユチソンドの方々を、敵に回すなど……!」
どうやら、ロレットの追っ手は国同士の戦いにするつもりはないらしい。何でもいいから早くどこかに行ってくれ、と薫は思っていると、更に足音は近付いてきた。
(やばい、見つかる……!)
薫は爆発しそうな心臓を押さえて、更に息を殺す。
「ねぇ、いいですよね? 貴女のことが好きなんです」
「……っ!」
突然、エヴァンが熱の篭った声でそんなことを言い出した。何を言い出すんだ、と彼を見ると、彼は細く綺麗な人差し指を唇に当てる。静かに、という仕草だろうけれど、それがとても色っぽく見えて、かあっと頬が熱くなった。
「貴女が欲しい、……ずっと貴女のことばかり考えてるんです。ねぇ、良いでしょう?」
薫は思わず悲鳴を上げてしまいそうになり、口を押さえる。
「あー……、ねぇ、お取り込み中の男女しかいないみたいだけどー?」
隙間の外では、王子の呆れた声がした。すると追っ手たちは「そ、そうか」と言ってバタバタと走って去っていく。
薫ははぁーっと大きなため息をついた。しかしエヴァンはまだ腕を離さない。王子がまだそこにいるからだ。
「君たち、出ておいでよ」
「……」
王子の呼び掛けに、エヴァンは応えない。どうするつもりだろう、と薫は思っていると、彼は更に近付いてきた。
「俺に手紙を寄越したエヴァンだろ? あとカオリ? だっけ?」
それを聞いたエヴァンはやっと、薫を抱きしめていた腕を離して、家の隙間から出る。しかし薫には「ここで待っていてください」と言い残して行った。
薫はそっと、外の様子を伺う。
「……はい、私がエヴァンです。まさかユチソンドの第五王子とは知らず、不躾な真似を……」
「あーはいはい、そういう堅苦しいのなしねー。俺放蕩息子だからさ、下町の挨拶の方が慣れてんだわ」
(この人がウーリー? 王子なのに、奴隷解放に尽力したひと?)
陰から見たウーリーは、街にいる気さくなお兄さん、といった風情だ。ブラウンのくせっ毛を七三で分け、彫りの深い顔をしていた。緑の瞳は楽しげに細められ、サスペンダーを付けたズボンのポケットに、両手を入れている。見た目は薫の感覚で言うと三十代くらいだろうか。笑うと幼く見える。
「ごめんごめん、俺が直接会わない限り、あそこからは追い出せって言ってあるからさぁ」
そう言って、ウーリーはポケットから何かを出し、エヴァンに投げた。それが先程喫茶店の店主に渡した巾着袋だと知って、エヴァンは目をみはる。
「もう一人の、……えーと、カオリ? 出ておいで」
「あの、カオリではなく薫なのですが……」
エヴァンは訂正してくれるものの、ウーリーは聞いていない。ご機嫌にこちらへ歩いてきたかと思ったら、ぐい、と腕を引かれた。
「ああ、やっぱりかわい子ちゃんだ」
ニッコリと微笑んだウーリーは、そのまま薫を引き寄せると、ぎゅう、と抱きしめる。薫は何が何だか分からなくて固まっていると、初めまして、とぞくりとする声で耳に吹き込まれた。
ひっ、と吹き込まれた耳を押さえると、ウーリーはまた微笑む。
「ウルリッヒ・シュミットソンだ。ウーリーと呼んでくれ。よろしくな」
「……」
「あの、ウーリー。薫は声を失ってしまってるのです」
エヴァンが薫の失声について説明した。エヴァン共々、世話になっていた主人によくしてもらっていたが、殺されそうになって逃げてきた。薫はショックで声を失ったと。
「そうかぁ、かわいそうになぁ……」
そっと、頭を撫でられた。するとなぜか意識が急に掠れ、ストンと気を失ってしまう。
薫は思う。これはロレットの、魂を落ち着かせる力に似ている、と。
◇◇
気が付くと、薫はベッドの上に寝ていた。辺りは暗く、一体どれだけ眠っていたのだろう、と寝返りをうつ。
「……っ」
目の前に綺麗な顔があって驚いた。隣には、エヴァンが静かに寝ていたのだ。
そういえば、ここに来るまでに彼がしっかり寝ている場面を見たことがなかった。ずっと気を張っていたのだな、と思うと感謝しかない。
「……ん……」
「……っ」
するとエヴァンは身動ぎして、薫を抱きしめてきた。大事そうに、愛おしそうに薫を包み、熱の篭った吐息を吐く。
(え、えええええエヴァンさんっ!?)
起きている時は、薫に厳しい態度を取ることが多かったエヴァンの抱擁に、薫は身体が固まってしまって動けない。
(あ……でも、やっぱり安心する……)
やはりエヴァンは甘い香りがする。髪に何か付けているのだろうか、と擦り寄ると、更にその香りは強くなった。
エヴァンが起きたら、自分をここまで連れて来た目的と、先日の話の続きを聞かないとな、と薫は目を閉じた。
不意に遠くから、のんびりした男性の声が聞こえる。
「誰だお前?」
「バカ! ユチソンドの第五王子だろっ。……いえ! 何でもありません!」
薫を探していた男たちは、ユチソンドの王子がなぜここに? と言いながらも、何事もなかったように振る舞った。しかし足音は近付いてきて、「そこに何かあるの?」とか言っている。
「いえ! あの……こいつが! 落し物したって言うんで!」
「本当にー? おにーさんたち、クリュメエナのひとだよね? 困るよー? 国内で争いごとは」
「め、滅相もない! 我らでは絶対に太刀打ちできないユチソンドの方々を、敵に回すなど……!」
どうやら、ロレットの追っ手は国同士の戦いにするつもりはないらしい。何でもいいから早くどこかに行ってくれ、と薫は思っていると、更に足音は近付いてきた。
(やばい、見つかる……!)
薫は爆発しそうな心臓を押さえて、更に息を殺す。
「ねぇ、いいですよね? 貴女のことが好きなんです」
「……っ!」
突然、エヴァンが熱の篭った声でそんなことを言い出した。何を言い出すんだ、と彼を見ると、彼は細く綺麗な人差し指を唇に当てる。静かに、という仕草だろうけれど、それがとても色っぽく見えて、かあっと頬が熱くなった。
「貴女が欲しい、……ずっと貴女のことばかり考えてるんです。ねぇ、良いでしょう?」
薫は思わず悲鳴を上げてしまいそうになり、口を押さえる。
「あー……、ねぇ、お取り込み中の男女しかいないみたいだけどー?」
隙間の外では、王子の呆れた声がした。すると追っ手たちは「そ、そうか」と言ってバタバタと走って去っていく。
薫ははぁーっと大きなため息をついた。しかしエヴァンはまだ腕を離さない。王子がまだそこにいるからだ。
「君たち、出ておいでよ」
「……」
王子の呼び掛けに、エヴァンは応えない。どうするつもりだろう、と薫は思っていると、彼は更に近付いてきた。
「俺に手紙を寄越したエヴァンだろ? あとカオリ? だっけ?」
それを聞いたエヴァンはやっと、薫を抱きしめていた腕を離して、家の隙間から出る。しかし薫には「ここで待っていてください」と言い残して行った。
薫はそっと、外の様子を伺う。
「……はい、私がエヴァンです。まさかユチソンドの第五王子とは知らず、不躾な真似を……」
「あーはいはい、そういう堅苦しいのなしねー。俺放蕩息子だからさ、下町の挨拶の方が慣れてんだわ」
(この人がウーリー? 王子なのに、奴隷解放に尽力したひと?)
陰から見たウーリーは、街にいる気さくなお兄さん、といった風情だ。ブラウンのくせっ毛を七三で分け、彫りの深い顔をしていた。緑の瞳は楽しげに細められ、サスペンダーを付けたズボンのポケットに、両手を入れている。見た目は薫の感覚で言うと三十代くらいだろうか。笑うと幼く見える。
「ごめんごめん、俺が直接会わない限り、あそこからは追い出せって言ってあるからさぁ」
そう言って、ウーリーはポケットから何かを出し、エヴァンに投げた。それが先程喫茶店の店主に渡した巾着袋だと知って、エヴァンは目をみはる。
「もう一人の、……えーと、カオリ? 出ておいで」
「あの、カオリではなく薫なのですが……」
エヴァンは訂正してくれるものの、ウーリーは聞いていない。ご機嫌にこちらへ歩いてきたかと思ったら、ぐい、と腕を引かれた。
「ああ、やっぱりかわい子ちゃんだ」
ニッコリと微笑んだウーリーは、そのまま薫を引き寄せると、ぎゅう、と抱きしめる。薫は何が何だか分からなくて固まっていると、初めまして、とぞくりとする声で耳に吹き込まれた。
ひっ、と吹き込まれた耳を押さえると、ウーリーはまた微笑む。
「ウルリッヒ・シュミットソンだ。ウーリーと呼んでくれ。よろしくな」
「……」
「あの、ウーリー。薫は声を失ってしまってるのです」
エヴァンが薫の失声について説明した。エヴァン共々、世話になっていた主人によくしてもらっていたが、殺されそうになって逃げてきた。薫はショックで声を失ったと。
「そうかぁ、かわいそうになぁ……」
そっと、頭を撫でられた。するとなぜか意識が急に掠れ、ストンと気を失ってしまう。
薫は思う。これはロレットの、魂を落ち着かせる力に似ている、と。
◇◇
気が付くと、薫はベッドの上に寝ていた。辺りは暗く、一体どれだけ眠っていたのだろう、と寝返りをうつ。
「……っ」
目の前に綺麗な顔があって驚いた。隣には、エヴァンが静かに寝ていたのだ。
そういえば、ここに来るまでに彼がしっかり寝ている場面を見たことがなかった。ずっと気を張っていたのだな、と思うと感謝しかない。
「……ん……」
「……っ」
するとエヴァンは身動ぎして、薫を抱きしめてきた。大事そうに、愛おしそうに薫を包み、熱の篭った吐息を吐く。
(え、えええええエヴァンさんっ!?)
起きている時は、薫に厳しい態度を取ることが多かったエヴァンの抱擁に、薫は身体が固まってしまって動けない。
(あ……でも、やっぱり安心する……)
やはりエヴァンは甘い香りがする。髪に何か付けているのだろうか、と擦り寄ると、更にその香りは強くなった。
エヴァンが起きたら、自分をここまで連れて来た目的と、先日の話の続きを聞かないとな、と薫は目を閉じた。
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