上 下
25 / 48

24 落涙

しおりを挟む
 それから五日間かけて、薫たちはユチソンドの王都に入った。
 この街に入る前から薄々気付いてはいたけれど、街の規模も、活気も、クリュメエナとは格段に違う。やはりクリュメエナは田舎なんだな、と思い知らされたのだ。

 そしてエヴァンは、そんな賑やかな大通りから裏へ入り、こぢんまりした喫茶店らしき店に入っていく。
 カウンター席しかないその店には、店主らしい紳士しかおらず、薫は「ここで休憩でもするのかな」と店内を見回した。

「いらっしゃい」
「……手紙を出したのですが、届いていますか?」
「……手紙?」

 エヴァンの言葉に、紳士は眉を顰める。しかしエヴァンは動じず、「ええ」と続けた。

「ユチソンドの奴隷解放に尽力した、ウーリーさんにお会いしたいのです」

 ここに来ればお会いできると聞いて、とエヴァンは手の大きさほどの、パンパンに膨らんだ巾着袋をカウンターに置いた。ジャリ、と音がして、中には硬貨が入っていると知る。すると店主は中身をチラリと見て、呆れたようにため息をついた。

「どれだけ持ってきたと思ったら……クリュメエナの硬貨じゃ話にならないですね」
「……っ、お願いします! せめてこの子だけでも……城の中で性奴隷として買われていました。助けてください!」

 薫はエヴァンに肩を掴まれ、店主の前に突き出される。彼の必死さに圧倒されながらも、薫は頭を下げた。しかし、店主は取り合わない。

「あいにく、ウーリーは今出かけてます」
「でも……!」
「今の情報だけでこの巾着袋ひとつ分ですね。居場所が知りたければ、この硬貨を十倍にしてまた来てください」

 これは頂いておきます、と巾着袋をしまう店主。そんな、とエヴァンが息を飲むのが分かった。

 店主は出入口のドアを指す。

「お帰りはあちらですよ」
「……っ」

 エヴァンは薫の手を取ると、足早に店を出ていった。彼がこんなに感情を出すのは珍しく、グイグイ引っ張られる腕が痛いと思いながら、小走りで彼についていく。

(もしかして、当てがあるって言ってたのは、さっきのウーリーさんって人だったのかな?)

 だとしたら、エヴァンは当てが外れたということだろう。そうなれば、これからどうしたらいいのか。

 しばらくして、エヴァンが立ち止まった。そこは裏路地で薄暗く、静かな場所だ。しんとしているものの、彼から発せられる空気はピリピリと張り詰めている。

 エヴァンは薫を振り返らず、薫の手を握った手を震わせていた。

「……ごめんなさい……っ」

 そんな声がしたかと思ったら、いつかと同じように温かな体温に包まれていた。その腕は強く、薫は苦しいと思うけれど、エヴァンの吐息が震えていたので拒否できない。

「ごめんなさい、当てが……外れてしまいました。もう、さっきのが有り金全てです……」

 ごめんなさい、ともう一度エヴァンは言う。

「でも、貴方は……貴方だけは、絶対に死なせません」

 何がなんでも、守ってみせますから、とエヴァンは泣いていた。どうしてそこまでして、自分を守ろうとするのだろう、と薫は思う。

 薫はエヴァンの背中に腕を回した。ここまでエヴァンは本当に気を遣ってくれたし、生きる気力を失くしかけた薫を叱咤してくれた。

 不器用なだけで、優しいひとなのだと感じたのだ。

「……ぇ、……だ……」

 掠れた声で、「エヴァンさん、大丈夫ですよ」と言ったけれど、音としてちゃんと出てこなくて、悔しくて彼に回した腕に力を込める。

 きっと、エヴァンはウーリーが最後の希望だと思ったのだろう。だからこんなに落胆し、それでも薫を守ってみせると言ってくれている。

 不器用だ。けれど、優しくて、強い。

 自分もこんな強さを持てたら。そう思った。薫はエヴァンの腕の中で身動ぎし、両手を彼の頬に当て、真っ直ぐ彼を見る。

『大丈夫よ、エヴァン。貴方は酷い目に遭いながらも、ここまで生きてこられた、強い人だもの』

 唐突に、脳裏でベルの声がした。声には出せないけれど、ベルの言葉に同調して、薫は微笑む。
 彼の薄紫色の瞳が見開かれ、みるみるうちにその目が潤んでいく。そしてまた、きつく抱きしめられた。

「ああ……! 貴方は本当にベルの……っ」

 エヴァンは耐えられなくなったのか、声を上げて泣いた。

「私にできることは、貴方を死なせずに一生を見守ることだけ! それが唯一の罪滅ぼしなんです……!」

 エヴァンは強い。強いけれど、脆くもあるのよ。

 そうベルは教えてくれた。不思議だけれど、頭の中でベルの声が響き、身体がエヴァンを慰めようと動く。それはベルの意思であり、薫の意思でもあった。

 彼の背中をそっと撫でると、彼はひく、と肩を震わせる。そしてハッとして周りを窺う様子をみせた。

「そこの影に隠れましょう……!」

 彼がそう言うやいなや、エヴァンは薫の手を引いて家と家の間の隙間に入る。エヴァンを外側にして、彼は薫を隠すように抱きしめた。

「あれ? ここら一帯探したよなぁ? いないぞ?」
「逃げられたかなぁ? ロレット様が行くならそこしかないって言ってたけど」

 薫はその話を聞いてハッとする。ロレットの追っ手が、もうユチソンドに入っていたのだ。彼らは「ここらにいるはずだから、もう一度探してみるか」と去ろうとする。

「あ、おい、そこの影に隠れてたりしないよな?」
「あー、さっきはそこまで見なかったしな。一応見ておくか」

 そんな声とともに、足音が近付いてきた。

(どうしよう……!)

 薫は祈るような気持ちで、息を殺した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる
BL
主人公の陽炎は望まれない子供としてこの世に生を受けた。  産まれたときに親に捨てられ、人買いに拾われた。 奴隷としての生活は過酷なものだった。 主人の寵愛を得て、自分だけが境遇から抜けださんとする奴隷同士の裏切り、嫉妬、欺瞞。 陽炎は親のことを恨んではいない。 ――ただ、諦めていた。 あるとき、陽炎は奉公先の客人に見初められる。 客人が大枚を払うというと、元の主人は快く陽炎を譲り渡した。 客人の肉奴隷になる直前の日に、不思議な妖術の道具を拾う。 道具は、自分の受けた怪我の体験によって星座の名を持つ人間を生み出す不思議な道具で、陽炎の傷から最初に産まれたのは鴉座の男だった。 星座には、愛属性と忠実属性があり――鴉座は愛属性だった。 星座だけは裏切らない、星座だけは無条件に愛してくれる。 陽炎は、人間を信じる気などなかったが、柘榴という少年が現れ――……。 これは、夜空を愛する孤独な青年が、仲間が出来ていくまでの不器用な話。 大長編の第一部。 ※某所にも載せてあります。一部残酷・暴力表現が出てきます。基本的に総受け設定です。 女性キャラも出てくる回がありますので苦手な方はお気をつけください。 ※流行病っぽい描写が第二部にて出ますが、これは現実と一切関係ないストーリー上だとキャラの戦略の手法のうち後にどうしてそうなったかも判明するものです。現実の例の病とは一切関係ないことを明記しておきます。不安を煽りたいわけではなく、数年前の作品にそういう表現が偶々あっただけです。この作品は数年前の物です。 ※タイトル改題しました。元「ベルベットプラネタリウム」

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

【完】悪女と呼ばれた悪役令息〜身代わりの花嫁〜

BL
公爵家の長女、アイリス 国で一番と言われる第一王子の妻で、周りからは“悪女”と呼ばれている それが「私」……いや、 それが今の「僕」 僕は10年前の事故で行方不明になった姉の代わりに、愛する人の元へ嫁ぐ 前世にプレイしていた乙女ゲームの世界のバグになった僕は、僕の2回目の人生を狂わせた実父である公爵へと復讐を決意する 復讐を遂げるまではなんとか男である事を隠して生き延び、そして、僕の死刑の時には公爵を道連れにする そう思った矢先に、夫の弟である第二王子に正体がバレてしまい……⁉︎ 切なく甘い新感覚転生BL! 下記の内容を含みます ・差別表現 ・嘔吐 ・座薬 ・R-18❇︎ 130話少し前のエリーサイド小説も投稿しています。(百合) 《イラスト》黒咲留時(@kurosaki_writer) ※流血表現、死ネタを含みます ※誤字脱字は教えて頂けると嬉しいです ※感想なども頂けると跳んで喜びます! ※恋愛描写は少なめですが、終盤に詰め込む予定です ※若干の百合要素を含みます

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。

櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。 でも成長した今の俺に、その面影はない。 そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……? あなたへの初恋は、この胸に秘めます。 だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。 ※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。 ※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。 ※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

処理中です...