上 下
14 / 48

13 牽制

しおりを挟む
「薫、今日はエヴァンと一緒に過ごしてくれ」

 薫はシリルとロレット、それからエヴァンと朝食を摂っていると、ロレットにそう言われた。今日彼は、シリルと一緒に城の外で仕事があるらしい。

「貴族の葬儀があるんだ。なるべく早く帰ってくるつもりだが、……あいつらは話が長いからな」

 シリルの言葉に、ロレットは苦笑していた。二人の態度に、今日の仕事はあまり乗り気でないことが分かる。

「……エヴァンさんは行かないのですか?」

 貴族の葬儀なら、王や城の人間が出向くことは重要性を持つ。何気なく聞いた薫の質問に、エヴァンは微笑んで返した。

「私は、身分不相応ですから」

 どういうことだろう? と薫は思っていると、ロレットは説明してくれる。

「薫、エヴァンは元々奴隷だ」
「え……」

 彼の説明に薫は一気に冷や汗をかいた。そして、こんな綺麗なひとが実は虐げられていた身だと知って、泣きそうになる。

 シリルがそれに気付き、席を立ってそばに来てくれた。

「ベルが教えてくれたんだ。貴賤の差、貧富の差、教育の差を無くしたら、この国はもっと豊かになれるって」

 彼はそう言い、やっぱりうさぎちゃんは優しいね、と目尻にキスをくれる。
 シリルはその為に、今は忙しく動いているのだと話した。

 そういえば、そんな彼らがなぜ幼なじみとして過ごしていたのかとか、シリルのことや仕事のことを、あまり知らないことに気付く。まだこの世界に来て三日目なのだから、当然と言えば当然だ。けれど、薫は知る必要があると思った。

「……時間は大丈夫ですか?」

 エヴァンが静かに問う。時計を見たシリルは慌てて席に戻り、食事を再開した。


 ◇◇


 シリルとロレットが出発すると、薫は早速手持ち無沙汰になる。隣のエヴァンを見上げると、彼はため息をついて「私も暇じゃないんですけどね」と呟いて歩き始めてしまった。

 その発言が悲しくて立ち止まっていると、それに気付いたエヴァンが振り返る。

「何してるんです? 行きますよ」

 薫は慌ててエヴァンの後を追うと、彼はこちらを見もせず歩き出した。
 暇じゃないと言いながら、薫が追いかけるのを確認するのは、やはりチグハグな言動に思えてならない。

「え、え、え、エヴァンさん……っ」
「何ですか」

 間髪入れない冷たい反応。薫は涙目になりながら、勇気を振り絞って聞いてみた。

「ぼぼぼ、ぼっ、僕のこと、……き、きききききら、嫌いですか……っ?」
「……愚問です」

 突き刺すような鋭い声に、薫はぶわっと涙が溢れてしまった。しかしエヴァンは歩調を変えず歩いていく。

「あのっ、エヴァン様」

 こんなことで泣くなんて情けない、と思っていると、エヴァンは途中で使用人らしき女性に声を掛けられていた。女性は緊張した面持ちで手を胸の辺りで握っている。

「少しだけお時間頂けますか? 私の将来をて頂きたいのです」
「……何でしょう?」
「その前に。薫様は……どうして泣いてらっしゃるのです?」

 びく、と薫の肩が震える。薫は彼女に背中を向けると、エヴァンは先程の冷たい声が嘘かのように、優しい声音で答えた。

「ああ、朝食に入っていた香辛料が鼻に入ったみたいで……お気になさらず」
「そうですか……。では、これで」

 チャリ、と硬貨の音がする。もちろん、エヴァンは占いを生業にしているから当たり前のことだと思った。けれど、それを躊躇いもなく受け取った彼の、生々しい部分を見てしまったようで、何となく気まずい。

「聞きたいことは何ですか?」
「私に近い将来、婚期は訪れますか?」

 彼女の声は思ったより真剣だった。エヴァンはひとつ頷くと口を開く。

「貴女に大切な人がいるなら。彼を想う気持ちを、どうか忘れずに」
「……! ありがとうございますっ」

 薫は驚いた。占いと言うから、てっきりもう少し未来を視ている演出をするのかと思えば、彼は記憶を思い出すくらいの早さで結果を彼女に話したのだ。

 彼女は仕事を抜けたのがバレないようにと、走って去ると、またエヴァンは足早に歩いて行く。

「いつまで泣いているのです?」
「すすすす、すす、す……っ」

 薫は涙を拭いながら、ああ、すみませんも言えなくなってしまった、と焦った。何とか取り繕おうとすればする程、吃音が酷くなるばかりで更に泣けてくる。
 エヴァンはまたため息をついて振り返ると、「行きますよ」と薫がついて行くのを待っていた。

 何とかエヴァンについて行った先は、シリルはもちろん、ロレットの部屋よりもずっと簡素な部屋だ。誰にも見られない所に来たと思ったら、また涙腺が緩む。

「……何をそんなに泣いているのですか」
「うっ、うっ、……ええええエヴァンさん、……ま、まっ、また、よよよ四人で、わら、笑って……っ」
「ああもう、落ち着きなさい」

 そう言って、彼はハンカチでグイグイと薫の顔を拭った。雑な仕草だけれど、こちらを見てくれたことが嬉しくて、また泣けてしまう。

「四人で笑って? 無理ですね。だって貴方は薫であってベルじゃない」
「…………え?」

 意外な言葉に薫は顔を上げると、苦々しい顔をしたエヴァンがいる。どうしてそんな顔をしているのだろう、と涙を引っ込めると、彼は続けた。

「シリルのわがままに、貴方は巻き込まれたんですよ」

 私たちも、それなりに時間を掛けて仲良くなった。だからこちらに来て間もない、事情も知らない貴方に、すぐにどうこうできるなんて考えていません、とエヴァンは言う。

「で、でっ、でっ、でもっ……」

 だからといって、冷たい態度を取られたら悲しくなる、そう言おうとした時、彼はため息をついた。

「……善処します。あと、先程愚問だと言ったのも同じ理由です。会って間もないのに、好きも嫌いもありません」

 嘘だ、と薫は思うけれど、これ以上この話をするのははばかられて、黙る。こういう時に、占いの能力で先回りして答えられると、何も言えなくなるのに、彼は分かってやっているのだろうか?

「とりあえず、本でも読んでいましょうか。この部屋の本は、自由に読んでいいですよ」

 エヴァンはそう言うと、話は終わりだとばかりに部屋の奥へ行ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる
BL
主人公の陽炎は望まれない子供としてこの世に生を受けた。  産まれたときに親に捨てられ、人買いに拾われた。 奴隷としての生活は過酷なものだった。 主人の寵愛を得て、自分だけが境遇から抜けださんとする奴隷同士の裏切り、嫉妬、欺瞞。 陽炎は親のことを恨んではいない。 ――ただ、諦めていた。 あるとき、陽炎は奉公先の客人に見初められる。 客人が大枚を払うというと、元の主人は快く陽炎を譲り渡した。 客人の肉奴隷になる直前の日に、不思議な妖術の道具を拾う。 道具は、自分の受けた怪我の体験によって星座の名を持つ人間を生み出す不思議な道具で、陽炎の傷から最初に産まれたのは鴉座の男だった。 星座には、愛属性と忠実属性があり――鴉座は愛属性だった。 星座だけは裏切らない、星座だけは無条件に愛してくれる。 陽炎は、人間を信じる気などなかったが、柘榴という少年が現れ――……。 これは、夜空を愛する孤独な青年が、仲間が出来ていくまでの不器用な話。 大長編の第一部。 ※某所にも載せてあります。一部残酷・暴力表現が出てきます。基本的に総受け設定です。 女性キャラも出てくる回がありますので苦手な方はお気をつけください。 ※流行病っぽい描写が第二部にて出ますが、これは現実と一切関係ないストーリー上だとキャラの戦略の手法のうち後にどうしてそうなったかも判明するものです。現実の例の病とは一切関係ないことを明記しておきます。不安を煽りたいわけではなく、数年前の作品にそういう表現が偶々あっただけです。この作品は数年前の物です。 ※タイトル改題しました。元「ベルベットプラネタリウム」

【完】悪女と呼ばれた悪役令息〜身代わりの花嫁〜

BL
公爵家の長女、アイリス 国で一番と言われる第一王子の妻で、周りからは“悪女”と呼ばれている それが「私」……いや、 それが今の「僕」 僕は10年前の事故で行方不明になった姉の代わりに、愛する人の元へ嫁ぐ 前世にプレイしていた乙女ゲームの世界のバグになった僕は、僕の2回目の人生を狂わせた実父である公爵へと復讐を決意する 復讐を遂げるまではなんとか男である事を隠して生き延び、そして、僕の死刑の時には公爵を道連れにする そう思った矢先に、夫の弟である第二王子に正体がバレてしまい……⁉︎ 切なく甘い新感覚転生BL! 下記の内容を含みます ・差別表現 ・嘔吐 ・座薬 ・R-18❇︎ 130話少し前のエリーサイド小説も投稿しています。(百合) 《イラスト》黒咲留時(@kurosaki_writer) ※流血表現、死ネタを含みます ※誤字脱字は教えて頂けると嬉しいです ※感想なども頂けると跳んで喜びます! ※恋愛描写は少なめですが、終盤に詰め込む予定です ※若干の百合要素を含みます

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった

ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。 生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。 本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。 だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか… どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。 大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。

櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。 でも成長した今の俺に、その面影はない。 そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……? あなたへの初恋は、この胸に秘めます。 だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。 ※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。 ※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。 ※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。

処理中です...