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第八話
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「……ほんと、最初っからあんたのこと嫌いだったんだよ」
このみは心底イラついたように、頭を掻いた。
「いい? 一番可愛いのは私なの。男にチヤホヤされるのも、私一人でいいの!」
なのにあんたときたら、男から声をかけられてもしれっと躱しちゃって、高嶺の花気取ってんじゃないよ、とこのみはまくし立てる。
「そん……そんなつもりは……」
「ないところが余計腹立つって言ってんの! こっちは努力して可愛いを作ってんのに、やっと引っ掛けた男もあんたに夢中になる!」
河井とかね! だから嵌めてやったの! とこのみは叫ぶ。その後は痛いほどの沈黙と、このみの荒い息遣いだけが残った。のどかは何も考えられずに、ただ涙を流すだけだ。
「……今後は、目立たないようにひっそりとしてなさいよね。美人で仕事ができるみんなの憧れの的が、祝福されて結婚する……そうなるのはこの私なんだから」
あんたは指くわえて見てなさい、とこのみは吐き捨てて去って行った。
◇◇
「……そのあと、仕事場で私が泥棒猫だと噂されて……陰湿、ビッチだと……本当は目立ちたがり屋で、男の視線を浴びてないと気が済まないとか……色々……」
だからのどかは敢えて、もさっとした身なりをした。自ら製作部門に異動願いを出したけれど、会社にはのどかの味方はおらず、逃げるように退職する。それからは目立たないように、目立たないように過ごしてきた。
噂を流したのはこのみだろうことは予想できた。けれど反論する気力もなく、そもそも身だしなみに気を遣う気力すらなくなった。
「あのまま、結婚すれば何とかなるって思ってた私もアレでしたけど……」
恋人と親友に裏切られて、人付き合いが億劫になってしまったんです、とのどかは苦笑する。
すると寧は、とても苦しそうな顔をした。
ちょうど自宅のマンションの玄関先に着いたところで、のどかは立ち止まる。そして、聞いてくれてありがとうございました、と頭を下げた。
「……そういう訳で、まだ恋愛とか考えられないんです、ごめんなさい」
そう言うと、ふわりと空気が動いた。視界が寧のシャツだけになり、えっ? と身体が思わず硬直する。
寧の大きな手が、のどかの後頭部と背中を支えていて、そこで初めて、抱きしめられているのだと理解した。
「ごめん。……あまりにも辛そうだったから」
彼の言葉を聞いた途端、のどかは涙が止まらなくなってしまう。シャツを濡らしてしまう、と離れようとすると、汚していいから、と更に腕に力を込められた。
しっかりした腕になぜかとても安心して、それがまた涙を誘い、今度こそ声を上げて泣いてしまう。
すると、二軒先の家から人が出てきた。のどかは少しだけ冷静になって、涙を引っこめる。その人は不審そうにこちらをチラチラ見ながら、エレベーターに乗り込んで行った。
「……すみません、ほんと……」
「いや……」
そう言いながら、寧は離れようとしない。のどかも彼を突っぱねることができなくて、再び身体が固まってしまった。
(城倉さんの心臓の音……すごく早くて大きい……)
今更ながらそれを意識してしまい、顔が熱くなる。
「……あー……」
頭上で寧の躊躇う声がした。
「ずるいよなぁ……うん」
その言葉が、涙で寧を誘っている自分のことだと思い、のどかは慌ててすみません、と謝る。しかし寧はいやいや、と苦笑したようだ。
「弱ってるところにつけ込んでるから、俺がずるいんだって話」
そして、嫌じゃなければ、と前置きして寧は囁く。
「部屋、入ってもいい?」
のどかは小さく頷いた。
このみは心底イラついたように、頭を掻いた。
「いい? 一番可愛いのは私なの。男にチヤホヤされるのも、私一人でいいの!」
なのにあんたときたら、男から声をかけられてもしれっと躱しちゃって、高嶺の花気取ってんじゃないよ、とこのみはまくし立てる。
「そん……そんなつもりは……」
「ないところが余計腹立つって言ってんの! こっちは努力して可愛いを作ってんのに、やっと引っ掛けた男もあんたに夢中になる!」
河井とかね! だから嵌めてやったの! とこのみは叫ぶ。その後は痛いほどの沈黙と、このみの荒い息遣いだけが残った。のどかは何も考えられずに、ただ涙を流すだけだ。
「……今後は、目立たないようにひっそりとしてなさいよね。美人で仕事ができるみんなの憧れの的が、祝福されて結婚する……そうなるのはこの私なんだから」
あんたは指くわえて見てなさい、とこのみは吐き捨てて去って行った。
◇◇
「……そのあと、仕事場で私が泥棒猫だと噂されて……陰湿、ビッチだと……本当は目立ちたがり屋で、男の視線を浴びてないと気が済まないとか……色々……」
だからのどかは敢えて、もさっとした身なりをした。自ら製作部門に異動願いを出したけれど、会社にはのどかの味方はおらず、逃げるように退職する。それからは目立たないように、目立たないように過ごしてきた。
噂を流したのはこのみだろうことは予想できた。けれど反論する気力もなく、そもそも身だしなみに気を遣う気力すらなくなった。
「あのまま、結婚すれば何とかなるって思ってた私もアレでしたけど……」
恋人と親友に裏切られて、人付き合いが億劫になってしまったんです、とのどかは苦笑する。
すると寧は、とても苦しそうな顔をした。
ちょうど自宅のマンションの玄関先に着いたところで、のどかは立ち止まる。そして、聞いてくれてありがとうございました、と頭を下げた。
「……そういう訳で、まだ恋愛とか考えられないんです、ごめんなさい」
そう言うと、ふわりと空気が動いた。視界が寧のシャツだけになり、えっ? と身体が思わず硬直する。
寧の大きな手が、のどかの後頭部と背中を支えていて、そこで初めて、抱きしめられているのだと理解した。
「ごめん。……あまりにも辛そうだったから」
彼の言葉を聞いた途端、のどかは涙が止まらなくなってしまう。シャツを濡らしてしまう、と離れようとすると、汚していいから、と更に腕に力を込められた。
しっかりした腕になぜかとても安心して、それがまた涙を誘い、今度こそ声を上げて泣いてしまう。
すると、二軒先の家から人が出てきた。のどかは少しだけ冷静になって、涙を引っこめる。その人は不審そうにこちらをチラチラ見ながら、エレベーターに乗り込んで行った。
「……すみません、ほんと……」
「いや……」
そう言いながら、寧は離れようとしない。のどかも彼を突っぱねることができなくて、再び身体が固まってしまった。
(城倉さんの心臓の音……すごく早くて大きい……)
今更ながらそれを意識してしまい、顔が熱くなる。
「……あー……」
頭上で寧の躊躇う声がした。
「ずるいよなぁ……うん」
その言葉が、涙で寧を誘っている自分のことだと思い、のどかは慌ててすみません、と謝る。しかし寧はいやいや、と苦笑したようだ。
「弱ってるところにつけ込んでるから、俺がずるいんだって話」
そして、嫌じゃなければ、と前置きして寧は囁く。
「部屋、入ってもいい?」
のどかは小さく頷いた。
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