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第四話
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「結構です!」
「そんなぁ、だってあのお友達? に言われっぱなしでいいの?」
歓迎会から一週間、寧はそれはそれはしつこく、のどかに綺麗にならないかと言い寄ってくる。
最初は横川も塩見も、あの失礼な女を見返してやろう、と寧と一緒に言ってきたものの、のどかが頑なに首を縦に振らないので諦めたようだ。
「城倉さーん……あんまりしつこくすると、嫌われちゃいますよ?」
そう言ったのは横川だ。彼女は取引先の工場からの見積もりを、城倉の机にペしっと叩きつける。
「先方さん、もう少し発注単位上げてくれないと無理って言ってます」
「……うーん……在庫抱えるのもなぁ……」
頭を抱えた寧は、隠した顔を腕の間から覗かせ、チラリとのどかを見てくる。その子犬のような目にうっ、と狼狽えながらも、のどかは気付かないふりをしてキーボードを叩いた。
「そこを交渉するのがリーダーですよね」
「……都合のいい時だけリーダーって呼ばないでよぉ……」
助けて吉野さん、と泣きつかれ、のどかはため息をついた。
「というか、うちの商品見て思ったことですけど……ボトルもパッケージも、大きさバラバラですよね?」
この会社は、ハイブランドの基礎化粧品メーカーだ。容器もパッケージも高級感を出すためにこだわっていて、変わった形をしたボトルの商品だってある。そういったものはコストが当然かかるので、工場も『特別規格』だからと足下を見ることが多いのだ。
「いっそ、シンプルが売りのブランドみたいに、規格は同じで、印刷だけを変えるという形にはできないのでしょうか?」
のどかは自分の好きなブランドを例に挙げて、それならコストも在庫も抑えられるのでは、と寧に提案してみた。この業界に入って分かったことだけれど、本当に成分にコストをかけている化粧品メーカーはそれほど無い。酷いところは、原材料が定価の三割にも満たない商品さえある。
この会社は、中身にコストをかけていることが強みなのだ。それなら、コストを抑えるべきところは他にある。
すると寧は驚いたようにのどかを見た。そしてその目が優しく細められて、思わずドキリとする。
「……営業が渋りそうだけど、提案してみる価値はありそうだね……」
とはいえ、それをするなら大規模なリニューアルになる。すぐには無理だろうけど、と寧は苦笑した。
「……この業界に入って、パッケージにコストをかけるなら、中身にかけた方が良いなって、ずっと思っていましたから……」
中身が本当にいい物ならば、例に挙げたブランドのように、顧客は必ずついてきます、とのどかは言うと、寧はにっこり笑う。
「ああ……吉野さん、好きだわー……」
「えっ?」
「は?」
のどかは聞き間違えたかと思って聞き返す。横川も思わずなのか反応していた。ちなみに塩見は営業と打ち合わせで、ここにはいない。
「んんっ!」
しかし我に返った横川が、わざとらしい咳払いをしたことで寧も同じく我に返ったらしい。ああ、仕事中だったね、と席を立ってどこかへ去って行く。
その、寧の様子にのどかは冷や汗が止まらなかった。今の告白は、本気なのだろうか、と。そして過去にのどかがぶつけられた言葉が、脳内で再生される。
「え、ちょっと……吉野さん大丈夫?」
完全に手が止まって、顔色が悪いのどかに気付いた横川が声をかけてくれる。のどかは何とか笑顔で応えると、横川はため息をついた。
「あの軽い言動がなければ、いい上司なんだけどねぇ……」
嫌だったら私からも言うから、教えてねと言われ、その優しさにのどかは意図せず涙が出てしまった。こんな風に優しくされたのは久しぶりで、こんなかざりっけのない自分でも、ここにいる価値があると思ってしまったのだ。
「ええっ!? ちょっと!」
案の定慌てた横川に、のどかはすみません、と謝る。そばに来て背中を撫でてくれる横川に、今度は礼を言うと、休憩しておいで、と促された。
ここに来てから、優しくされてばかりだなぁ、とのどかは言葉に甘え、休憩所に向かった。
「そんなぁ、だってあのお友達? に言われっぱなしでいいの?」
歓迎会から一週間、寧はそれはそれはしつこく、のどかに綺麗にならないかと言い寄ってくる。
最初は横川も塩見も、あの失礼な女を見返してやろう、と寧と一緒に言ってきたものの、のどかが頑なに首を縦に振らないので諦めたようだ。
「城倉さーん……あんまりしつこくすると、嫌われちゃいますよ?」
そう言ったのは横川だ。彼女は取引先の工場からの見積もりを、城倉の机にペしっと叩きつける。
「先方さん、もう少し発注単位上げてくれないと無理って言ってます」
「……うーん……在庫抱えるのもなぁ……」
頭を抱えた寧は、隠した顔を腕の間から覗かせ、チラリとのどかを見てくる。その子犬のような目にうっ、と狼狽えながらも、のどかは気付かないふりをしてキーボードを叩いた。
「そこを交渉するのがリーダーですよね」
「……都合のいい時だけリーダーって呼ばないでよぉ……」
助けて吉野さん、と泣きつかれ、のどかはため息をついた。
「というか、うちの商品見て思ったことですけど……ボトルもパッケージも、大きさバラバラですよね?」
この会社は、ハイブランドの基礎化粧品メーカーだ。容器もパッケージも高級感を出すためにこだわっていて、変わった形をしたボトルの商品だってある。そういったものはコストが当然かかるので、工場も『特別規格』だからと足下を見ることが多いのだ。
「いっそ、シンプルが売りのブランドみたいに、規格は同じで、印刷だけを変えるという形にはできないのでしょうか?」
のどかは自分の好きなブランドを例に挙げて、それならコストも在庫も抑えられるのでは、と寧に提案してみた。この業界に入って分かったことだけれど、本当に成分にコストをかけている化粧品メーカーはそれほど無い。酷いところは、原材料が定価の三割にも満たない商品さえある。
この会社は、中身にコストをかけていることが強みなのだ。それなら、コストを抑えるべきところは他にある。
すると寧は驚いたようにのどかを見た。そしてその目が優しく細められて、思わずドキリとする。
「……営業が渋りそうだけど、提案してみる価値はありそうだね……」
とはいえ、それをするなら大規模なリニューアルになる。すぐには無理だろうけど、と寧は苦笑した。
「……この業界に入って、パッケージにコストをかけるなら、中身にかけた方が良いなって、ずっと思っていましたから……」
中身が本当にいい物ならば、例に挙げたブランドのように、顧客は必ずついてきます、とのどかは言うと、寧はにっこり笑う。
「ああ……吉野さん、好きだわー……」
「えっ?」
「は?」
のどかは聞き間違えたかと思って聞き返す。横川も思わずなのか反応していた。ちなみに塩見は営業と打ち合わせで、ここにはいない。
「んんっ!」
しかし我に返った横川が、わざとらしい咳払いをしたことで寧も同じく我に返ったらしい。ああ、仕事中だったね、と席を立ってどこかへ去って行く。
その、寧の様子にのどかは冷や汗が止まらなかった。今の告白は、本気なのだろうか、と。そして過去にのどかがぶつけられた言葉が、脳内で再生される。
「え、ちょっと……吉野さん大丈夫?」
完全に手が止まって、顔色が悪いのどかに気付いた横川が声をかけてくれる。のどかは何とか笑顔で応えると、横川はため息をついた。
「あの軽い言動がなければ、いい上司なんだけどねぇ……」
嫌だったら私からも言うから、教えてねと言われ、その優しさにのどかは意図せず涙が出てしまった。こんな風に優しくされたのは久しぶりで、こんなかざりっけのない自分でも、ここにいる価値があると思ってしまったのだ。
「ええっ!? ちょっと!」
案の定慌てた横川に、のどかはすみません、と謝る。そばに来て背中を撫でてくれる横川に、今度は礼を言うと、休憩しておいで、と促された。
ここに来てから、優しくされてばかりだなぁ、とのどかは言葉に甘え、休憩所に向かった。
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