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第三話
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のどかの主な仕事は、化粧品ボトルやパッケージのデザイン、発注だ。前職でも同じような仕事をしていたし、ちょうどデザインに使っているソフトを扱える人材を探していたので、この会社に転職した。
「さすが、仕事も早いし正確だね。ありがとう」
パッケージデザインの修正を頼まれて、できあがったものを寧に渡すと、彼はにっこり微笑んでそう言う。街で会ったような軟派な言動はあるものの、彼の仕事も早くて正確だ。
それに彼は社内でも密かに人気で、三十一歳といういい歳で、結婚を狙う女性からしょっちゅう告白されているらしい、と横川が教えてくれた。
(……私には関係ない話だけど)
「しっかし吉野さんみたいな優秀な人が、どうして転職してきたんです?」
前も同じような仕事をしてたんでしょ? と聞くのは塩見だ。悪気は無いと分かっていても、その質問には身構えてしまい、のどかは上手く答えることができなかった。
「塩見ー。これ営業に持ってって」
すると寧が資料を出して塩見の机に投げ置く。塩見は、城倉さんは、俺の事パシリとしか思ってないですよね? と文句を言いながら席を外して出て行った。
「……」
のどかは深く聞かれなくて良かった、とこっそりホッとすると、吉野さん、と寧に呼ばれる。
「今日仕事終わってから歓迎会したいんだけど、都合はどう?」
寧は思ったより優しい目でこちらを見ていた。そしてのどかが何かを言う前に、無理強いはしないから大丈夫だよ、と言われる。
(本当は、こういう席は苦手なんだけど……)
のどかは逡巡したのち、歓迎会にお呼ばれすることにした。多分寧は、先程の塩見の質問に答えられなかったのどかを助けてくれたのだろう。そして今も、できる限りこちらに気を遣ってくれているのが、分かったからだ。
(思ったより、真面目な人なのかも……)
のどかは少しだけ寧のことを見直した。そしてここなら大丈夫、やっていける、と心の中で深く頷く。
◇◇
定時で上がった開発製作部の面々は、ゾロゾロと連れ立って駅前の居酒屋へと入った。四人席に男女で別れて座ると、塩見が張り切って定番の食べ物を注文していく。
「おい、食べられる分だけにしろよ?」
このままでは見境なく注文すると思ったのか、寧は呆れながら釘を刺す。塩見は人の奢りって美味しいですよね、と調子のいい事を言っていた。
とりあえず注文した最初の一杯で乾杯し、のどかはレモンサワーに口を付ける。正面に座った寧はその様子を見ていて、気まずくなったのどかは、何か? と聞いてみた。
「あ、いや……吉野さん所作が綺麗だなって。ほら、いつも塩見みたいなの見てるから、なんか新鮮で」
「みたいなのってなんですかー」
口を尖らせる塩見に、のどかの隣で横川がクスクスと笑っている。和やかな雰囲気に、のどかの緊張も少し解れた。
「あれー? のどかじゃない?」
しかしその雰囲気は、無粋な女性の声でぶち壊しにされる。聞き覚えのある声に、のどかは顔を上げることができなくなった。
「あれ? 無視? のどかでしょ? 随分雰囲気変わったから、一瞬誰かと思った」
そのまま無視しようと思っていたのどかの思惑も虚しく、女性は続ける。のどかは仕方なく顔を上げた。
そこには艶のいいピュアブラウンの巻き髪を腰まで伸ばし、流行りの色を使って化粧をした、綺麗な女性がいる。
「このみ……」
「やっぱりのどかじゃん。どうしたのそのもっさい格好?」
のどかはテーブルの下で拳を握る。その様子を知ってか、このみは顎を上げてふふんと笑った。
「あ、そうそう、今度私たち結婚することにしたから。招待状送るけど、頼むからそんなもっさい格好で来ないでね」
「……そう。おめでとう……」
のどかは控えめに笑ってこのみを祝うと、彼女はシラケたのかふん、と鼻を鳴らして去っていく。
心臓が早く脈打っていて呼吸が苦しい。場の雰囲気を壊してしまったことが申し訳なくて、謝ろうと口を開きかけた時だった。
「何あの女」
呟いたのは横川だ。穏やかそうな彼女からは想像できない棘のある声で、のどかは驚いて彼女を見ると、塩見も猛禽類女子っすねー、と呆れていた。
「……ああなるほど……」
そして黙って聞いていた寧も、何かに納得したように頷く。そして続いたにっこり笑う彼の言葉に、のどかはその場から逃げ出したくなった。
「やっぱり吉野さん、俺の手で綺麗になってみない?」
「さすが、仕事も早いし正確だね。ありがとう」
パッケージデザインの修正を頼まれて、できあがったものを寧に渡すと、彼はにっこり微笑んでそう言う。街で会ったような軟派な言動はあるものの、彼の仕事も早くて正確だ。
それに彼は社内でも密かに人気で、三十一歳といういい歳で、結婚を狙う女性からしょっちゅう告白されているらしい、と横川が教えてくれた。
(……私には関係ない話だけど)
「しっかし吉野さんみたいな優秀な人が、どうして転職してきたんです?」
前も同じような仕事をしてたんでしょ? と聞くのは塩見だ。悪気は無いと分かっていても、その質問には身構えてしまい、のどかは上手く答えることができなかった。
「塩見ー。これ営業に持ってって」
すると寧が資料を出して塩見の机に投げ置く。塩見は、城倉さんは、俺の事パシリとしか思ってないですよね? と文句を言いながら席を外して出て行った。
「……」
のどかは深く聞かれなくて良かった、とこっそりホッとすると、吉野さん、と寧に呼ばれる。
「今日仕事終わってから歓迎会したいんだけど、都合はどう?」
寧は思ったより優しい目でこちらを見ていた。そしてのどかが何かを言う前に、無理強いはしないから大丈夫だよ、と言われる。
(本当は、こういう席は苦手なんだけど……)
のどかは逡巡したのち、歓迎会にお呼ばれすることにした。多分寧は、先程の塩見の質問に答えられなかったのどかを助けてくれたのだろう。そして今も、できる限りこちらに気を遣ってくれているのが、分かったからだ。
(思ったより、真面目な人なのかも……)
のどかは少しだけ寧のことを見直した。そしてここなら大丈夫、やっていける、と心の中で深く頷く。
◇◇
定時で上がった開発製作部の面々は、ゾロゾロと連れ立って駅前の居酒屋へと入った。四人席に男女で別れて座ると、塩見が張り切って定番の食べ物を注文していく。
「おい、食べられる分だけにしろよ?」
このままでは見境なく注文すると思ったのか、寧は呆れながら釘を刺す。塩見は人の奢りって美味しいですよね、と調子のいい事を言っていた。
とりあえず注文した最初の一杯で乾杯し、のどかはレモンサワーに口を付ける。正面に座った寧はその様子を見ていて、気まずくなったのどかは、何か? と聞いてみた。
「あ、いや……吉野さん所作が綺麗だなって。ほら、いつも塩見みたいなの見てるから、なんか新鮮で」
「みたいなのってなんですかー」
口を尖らせる塩見に、のどかの隣で横川がクスクスと笑っている。和やかな雰囲気に、のどかの緊張も少し解れた。
「あれー? のどかじゃない?」
しかしその雰囲気は、無粋な女性の声でぶち壊しにされる。聞き覚えのある声に、のどかは顔を上げることができなくなった。
「あれ? 無視? のどかでしょ? 随分雰囲気変わったから、一瞬誰かと思った」
そのまま無視しようと思っていたのどかの思惑も虚しく、女性は続ける。のどかは仕方なく顔を上げた。
そこには艶のいいピュアブラウンの巻き髪を腰まで伸ばし、流行りの色を使って化粧をした、綺麗な女性がいる。
「このみ……」
「やっぱりのどかじゃん。どうしたのそのもっさい格好?」
のどかはテーブルの下で拳を握る。その様子を知ってか、このみは顎を上げてふふんと笑った。
「あ、そうそう、今度私たち結婚することにしたから。招待状送るけど、頼むからそんなもっさい格好で来ないでね」
「……そう。おめでとう……」
のどかは控えめに笑ってこのみを祝うと、彼女はシラケたのかふん、と鼻を鳴らして去っていく。
心臓が早く脈打っていて呼吸が苦しい。場の雰囲気を壊してしまったことが申し訳なくて、謝ろうと口を開きかけた時だった。
「何あの女」
呟いたのは横川だ。穏やかそうな彼女からは想像できない棘のある声で、のどかは驚いて彼女を見ると、塩見も猛禽類女子っすねー、と呆れていた。
「……ああなるほど……」
そして黙って聞いていた寧も、何かに納得したように頷く。そして続いたにっこり笑う彼の言葉に、のどかはその場から逃げ出したくなった。
「やっぱり吉野さん、俺の手で綺麗になってみない?」
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