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第一話
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「……っ!」
年度始めの浮かれた世間が落ち着いてきた頃、吉野のどかはベッドの上で飛び起きた。
額と背中に気持ち悪い汗を感じ、今何時? と時計を見る。デジタル時計は、アラームが鳴る三十分前を示していた。
のどかは額の汗を袖で拭う。顔に貼り付いた髪が鬱陶しくて、シャワーでも浴びよ、と独り言を呟いた。
今日は日曜日。別段早く起きる必要はないけれど、明日から新しい職場に行くので、必要な物を買い揃えたい。のどかは軽くシャワーを浴びると、新しい部屋着に着替えて1Kのキッチンへ向かった。
朝食はパン派。目玉焼きにサラダとヨーグルト、フルーツも付ける。健康には気を使っているからか、ここ十数年風邪を引いたことはない。
スマホをいじりながらダラダラと朝食を食べ、後片付けまで終えると今度は身支度だ。ファッションセンターで買ったキャラクターもののシャツに、同じくそこで買ったジーパンをはくと、顔に日焼け止めを塗って終了。
髪は伸ばしっぱなしでまとめることもしない。眉毛も自然のままで化粧なんてもってのほか。二十七でそろそろ結婚の文字も見えてきているのに、のどかはどこか他人事のように、鏡に映る自分の姿を見つめた。
「……よし」
世間のキラキラ女子からすれば、何がよしなんだ? だ。しかしのどかは望んでこの格好をしている。他人にとやかく言われる筋合いはない。
そしてこれまた服に不釣り合いな、黒い肩掛けカバンを掛け、履き潰したスニーカーを履いて、のどかは家を出た。春の陽気はまだ朝には無く、カバンに入っていたストールを羽織る。
(必要なもの買ったら速攻帰ろう)
そう思ってストールを握り直した。前の職場に、のどかの私物は全て置いてきてしまったのだ。文房具と、内履きと、あと何が必要かな、と考えながら歩みを進める。
街中に来ると、さすが日曜日なのか、人が多かった。百貨店や飲食店、ファッションビルが立ち並ぶ中を、のどかは目的地まで真っ直ぐ歩く。あるビルに入っている、シンプルなデザインの自社ブランド専門店が気に入っていて、店に着くなり目的の物を次々とカゴに入れていった。
(……よし、あらかた揃えたから、会計済ませて帰ろ)
そう思って、のどかはいそいそと店を出る。人混みは嫌いだし、こういう不特定多数が行き交う場所は特に、息が詰まりそうで早く帰りたい。
外に出て新鮮な空気を吸うと、幾分気分がマシになった。後は帰るだけだ、と一歩踏み出した時、声を掛けられる。
「すみません、化粧品のモニターを探してるんですけど、ご協力お願いできませんか?」
のどかは思わず立ち止まってしまった。見ると背が高く、流行りのファッションに身を包んだ、清潔感のある男性がいる。明るめの茶髪は綺麗にセットされていて、切れ長の目が優しげにのどかを見ていた。
この、いかにも外見に気を遣っています、というような男性が、のどかは苦手だ。直ぐに視線を逸らすと、無視して歩き出す。
「あ、ちょっと! ねぇきみ肌綺麗だからさ、もっと綺麗になりたくないです?」
「結構です」
のどかはできるだけ冷たい声で男を突き放した。しかし彼はしつこく付いてきて、話し掛けてくる。
「そんなぁ、もったいない。……なんつーか、俺の勘が言ってるんですよね。身なり整えたらもっと……」
思わずのどかは立ち止まって男を睨んだ。さすがに失礼な事を言ったと自覚したらしい彼は、のどかの視線にうっ、と動きを止める。
「他を当たって下さい」
のどかはそう言ってまた歩き出した。
男は諦めたのか付いてこなかった。
年度始めの浮かれた世間が落ち着いてきた頃、吉野のどかはベッドの上で飛び起きた。
額と背中に気持ち悪い汗を感じ、今何時? と時計を見る。デジタル時計は、アラームが鳴る三十分前を示していた。
のどかは額の汗を袖で拭う。顔に貼り付いた髪が鬱陶しくて、シャワーでも浴びよ、と独り言を呟いた。
今日は日曜日。別段早く起きる必要はないけれど、明日から新しい職場に行くので、必要な物を買い揃えたい。のどかは軽くシャワーを浴びると、新しい部屋着に着替えて1Kのキッチンへ向かった。
朝食はパン派。目玉焼きにサラダとヨーグルト、フルーツも付ける。健康には気を使っているからか、ここ十数年風邪を引いたことはない。
スマホをいじりながらダラダラと朝食を食べ、後片付けまで終えると今度は身支度だ。ファッションセンターで買ったキャラクターもののシャツに、同じくそこで買ったジーパンをはくと、顔に日焼け止めを塗って終了。
髪は伸ばしっぱなしでまとめることもしない。眉毛も自然のままで化粧なんてもってのほか。二十七でそろそろ結婚の文字も見えてきているのに、のどかはどこか他人事のように、鏡に映る自分の姿を見つめた。
「……よし」
世間のキラキラ女子からすれば、何がよしなんだ? だ。しかしのどかは望んでこの格好をしている。他人にとやかく言われる筋合いはない。
そしてこれまた服に不釣り合いな、黒い肩掛けカバンを掛け、履き潰したスニーカーを履いて、のどかは家を出た。春の陽気はまだ朝には無く、カバンに入っていたストールを羽織る。
(必要なもの買ったら速攻帰ろう)
そう思ってストールを握り直した。前の職場に、のどかの私物は全て置いてきてしまったのだ。文房具と、内履きと、あと何が必要かな、と考えながら歩みを進める。
街中に来ると、さすが日曜日なのか、人が多かった。百貨店や飲食店、ファッションビルが立ち並ぶ中を、のどかは目的地まで真っ直ぐ歩く。あるビルに入っている、シンプルなデザインの自社ブランド専門店が気に入っていて、店に着くなり目的の物を次々とカゴに入れていった。
(……よし、あらかた揃えたから、会計済ませて帰ろ)
そう思って、のどかはいそいそと店を出る。人混みは嫌いだし、こういう不特定多数が行き交う場所は特に、息が詰まりそうで早く帰りたい。
外に出て新鮮な空気を吸うと、幾分気分がマシになった。後は帰るだけだ、と一歩踏み出した時、声を掛けられる。
「すみません、化粧品のモニターを探してるんですけど、ご協力お願いできませんか?」
のどかは思わず立ち止まってしまった。見ると背が高く、流行りのファッションに身を包んだ、清潔感のある男性がいる。明るめの茶髪は綺麗にセットされていて、切れ長の目が優しげにのどかを見ていた。
この、いかにも外見に気を遣っています、というような男性が、のどかは苦手だ。直ぐに視線を逸らすと、無視して歩き出す。
「あ、ちょっと! ねぇきみ肌綺麗だからさ、もっと綺麗になりたくないです?」
「結構です」
のどかはできるだけ冷たい声で男を突き放した。しかし彼はしつこく付いてきて、話し掛けてくる。
「そんなぁ、もったいない。……なんつーか、俺の勘が言ってるんですよね。身なり整えたらもっと……」
思わずのどかは立ち止まって男を睨んだ。さすがに失礼な事を言ったと自覚したらしい彼は、のどかの視線にうっ、と動きを止める。
「他を当たって下さい」
のどかはそう言ってまた歩き出した。
男は諦めたのか付いてこなかった。
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