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第二十五話

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 病院に搬送されて処置を受けた透は、医師の言葉に血の気が引いた。

「ええ。家族に迎えに来てもらって、精神科の受診を勧めます」
「…………家族なんていません……」

 透は右手をギュッと握りしめる。伸也は手続きとか何とかで、席を外していた。
 すると医師は大きなため息をつく。いかにも透が厄介な患者だとでも言わんばかりの態度に、透はここから逃げ出したくなった。

「見るからに、あなたは自傷行為が癖になっていますよね? 安全な家族の監督の元、しっかりそれを治したらと言ってるんです」

 そう言われた瞬間、透は目眩がした。何だこの医者は? 家族の元が安全だって? そんなこと、誰が言った?

「失礼します。……透?」

 そこへ戻って来た伸也が、真っ先に透の様子を窺う。彼の声をどこか遠くで聞きながら、透は伸也を見上げた。
 それを見た伸也はハッとして医師を睨みつける。

「……彼に何を言いました?」
「今後の治療のことです。……詳しくは、あなたには話せません」
「あなたは外科医ですよね? それ以外の治療のことですか?」

 すうっと、透の意識が遠くなっていく。透はほぼ無意識に肩に置かれた伸也の手を取り、ギュッと握りしめた。

「……この子は僕のパートナーです。彼を傷付けるなら許しません。怪我以外の治療のことなら、他の先生に聞きます……いや、もう違う先生に担当を替えてもらいますから」

 処置が終わったなら失礼します、と伸也はぼんやりとしている透の腕を引き、廊下へと出る。近くのベンチに腰掛け、伸也は優しく身体を包んでくれた。

「透……戻っておいで」

 温かい体温といい匂い。伸也の声もどこか他人事のように聞いていた透は、もぞもぞと動いて伸也の胸に額を擦り付ける。

(しんちゃん……)

 そう思って彼を抱きしめると、クスクス笑った伸也が、なぁに? と問いかけてきた。

(しんちゃん、大好き)

 心の中でそう呟いて、またグリグリと頭を擦り付けると、くすぐったい、と伸也は笑う。

「うん。僕も透のこと、好きだよ」
(……良かったぁ)

 透は声に出していないはずなのに、伸也と会話ができていることに、ふしぎだなぁ、と笑う。こら、ちょっと離れなよ、と伸也が笑いながら言うので顔を上げた。

「戻っておいで。僕が透の全部、受け止めてあげるから」
「──え……?」

 急に伸也の声が近くで聞こえる。透のその反応に、おかえり、と伸也は頭を撫でてくれた。

「え、今オレ、心の声漏れてた?」
「うん。バッチリ」

 かあっと顔が熱くなる。慌てて身体を離すと、伸也はすんなり解放してくれた。

(え? あれ? じゃあ先生と話してた時のしんちゃんの声も、本物?)

 伸也は透をパートナーだと言った。そして、透の全部を受け止めてくれるとも。

 こんな、精神的に弱くて不安定な自分を? 何もできない、何をしても中途半端な自分を?

 戸惑いの方が大きかった。だって、もう伸也に頼らない生き方をしようと思っていたのに。

「……しんちゃん、さっきの……本気で言ってる?」

 身体を離して座り直すと、伸也は透の顔を覗き込んでくる。視線が合わせられない。

「本気だよ。先走ってパートナーって言っちゃったことには謝るけど」

 伸也の言葉に今度は全身が熱くなった。

「だから、ちゃんとこの癖治そう?」

 そっと左手を取られ、傷跡の上を優しく撫でる伸也。
 透は伸也を見上げると、いつも通りの優しい顔がある。

 再び彼に抱きつくと、伸也も強く抱きしめ返してくれた。すると一気に涙と声が溢れて、情けなくも子供のように泣きじゃくる。

「ゆっくりでいいから。僕はずっと透のそばにいるから」

 伸也の落ち着いた声に、透は更に目頭が熱くなった。ごめん、と謝る伸也に、どうしてしんちゃんが謝るんだ、と彼のシャツが濡れるのも構わず彼の服で目を擦った。

「透がこうなったのも僕の責任だから。僕に依存してる透が、……ずっと可愛くて弟みたいで……」

 離せなかった、と言われ、透は嬉しくてまた泣けてくる。
 病院の廊下で、何をやっているんだとも思った。けれど今を逃したら、最高のタイミングを逃してしまう、と透は口を開く。

「しんちゃん……、オレも……オレも……っ」
「うん……」

 言葉の代わりに漏れた嗚咽に、伸也は背中を撫でてくれた。
 それでも、透は声を絞り出す。

「オレも、しんちゃんが好きだよ……っ」
「……うん」
「ごめん……っ、しんちゃんの人生、オレ一色にさせてごめん!」
「……大丈夫。僕も透がいないと無理だから……」

 透はわんわんと声を上げて泣いた。悲しいとき、辛い時には出なかったのに、どうして今はこんなに出るんだろう? と思う。

「……落ち着くまでこうしてる?」

 しばらく泣いたあと、伸也がそっと問いかけてきた。流石にずっとこうしている訳にもいかない、と思うけれど、伸也から離れたくない。

「そうなったら、オレずっとこうしてないと……」
「……だね。……立てる?」

 透は立ち上がると、伸也は透の手を取り、指を絡めて握る。普通に手を繋ぐより、親密度が高い恋人繋ぎというやつに、透は思わず伸也を見上げた。

「帰ろう」

 透は微笑む伸也に見とれつつ、こんなに大人びた顔をしていたっけ? と思う。再会するまでの三年間、彼も成長していたんだ、と思い、自分も少しずつ踏ん張ろう、と微笑み返した。

「……うん」


 二人は窓から射すオレンジ色の光に向かって、歩いて行った。
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