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第二十三話
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透は深い眠りから目が覚めると、隣に温かなものを感じた。
時刻はまだ早朝のようだ。部屋のデジタル時計の光が、妙に明るく見える。
心身がすごくスッキリしていた。こんなに深く眠ったのは、リョウスケとの一夜で疲れ果てて眠った以来だ、と起き上がる。
見覚えのある景色。隣には伸也がいる。彼の家に来て、話をせずに寝てしまったのだと気付き、トイレに行きたくなってベッドから降りようとした。
「どこに行くの?」
不意に腕を掴まれて、透は振り返る。やはり、優しいけれど強い瞳をした伸也が起きていて、透は苦笑した。
「トイレだよ」
そう言うと、伸也はごめん、と言って手を離してくれる。
用を足して部屋に戻ると、伸也はベッドの上に座って待っていた。どうやら、また逃げると思ったのだろう、そこまで思い詰めさせてしまったことに申し訳なさを感じ、透はベッドの端に座る。
「透……」
後ろから伸也が抱きついてきた。以前は伸也から来ることなんてなかったのに、と思っていると、何があったの? と尋ねてくる。
「それより、今日は平日でしょ? しんちゃん仕事なら、もう少し寝てた方がいいんじゃない?」
「……透の方が大事。……話してくれるって言ってたじゃない」
「……」
それを聞いて、また透の目頭が熱くなった。話したい気持ちと、話したら嫌われそうで怖い気持ちがせめぎ合い、透の吐く息が震える。
透は自分の腰に回された、伸也の手を握った。
「しんちゃん……オレ、性病の検査に引っかかった……」
ぽとりと、伸也の手に透の涙が落ちる。今のところ自覚症状は全くない。だから今この瞬間にも、感染症が進んでいるのかも、と思ったら怖かった。
伸也が静かな声で言う。
「引っかかった、というのは? ちゃんと調べたの?」
透は首を小さく横に振った。
「再検査だって……でも本当に感染してたらと思うと怖くて……っ」
気を付けていたとはいえ、そこまで徹底していたわけではなかったし、自業自得と言える。伸也は優しく透の手を握ると、もっと詳しく聞かせて、と言うのだ。
「引っかかったのは二つ……B型肝炎と……HIV……」
どちらも無症状の潜伏期間がある感染症で、と透はそれぞれ調べたことを説明する。
「つまり、B型肝炎ウイルスは重い病気に発展することもあって、HIVは……最悪AIDSに、か……」
「ふ、不特定多数とのセックスとか、ちょっと危ないこともしたことあったし……」
それに、と透は涙が止まらなくなった。
「しんちゃんに再会する直前、インフルエンザみたいな風邪で寝込んでたんだ。調べたらHIVに感染すると、そんな症状が出るって書いてあって……っ」
透は耐えきれなくなり、伸也を振り返って抱きつく。伸也はそんな透の背中を優しく撫でてくれ、ますます透は涙が止まらなくなった。
「もうどうでもいいって思ってたのに、いざとなったら怖くなった。死にたくない……オレまだ死にたくないよ! 唯一続いてた仕事もできなくなって、ほんとにオレ、このまま野垂れ死にするしかないのかなって……!」
「透……」
伸也の声は優しい。けれどこんなことになって、彼は引いていないだろうか? ほら見たことか、と呆れていないだろうか?
なんの取り柄もない、身体を売ることしか能がなかったのに、それすらも絶たれてしまった。
そう思って伸也の顔を見ると、両頬を手で包まれた。そして──。
チュッと軽い音を立てて、それは離れる。柔らかくて温かい感触が、伸也の唇だと気付くのに数秒かかってしまった。
なぜなら、それが触れたところは透の唇だったからだ。
「……涙は止まった?」
目の前の優しい顔。透はサッと血の気が引く。
「な、にしてんのしんちゃんっ、オレ今説明したよね!?」
性交渉や傷口から感染するウイルスなのだ、もし感染したら、と慌てる透。しかし伸也はそんな透を見て、呑気にクスクスと笑っている。
「うつったらうつったで、僕も一緒に治療するよ」
だから一緒に検査に行こう、と言われ、透はまた泣けてきた。
そして単純にも、それだけで伸也の全てを許してしまえたのだ。突き放しておいて今更とか、何でそこまで付き合ってくれるのかとか、色々と言いたいことはあったけれど、やっぱりこのひとからは、離れて生きていけない、と思ってしまう。
「しんちゃんごめん、……付き合わせてごめん……っ」
泣いてそう謝ると、伸也はまたキツく抱きしめて、頭を撫でてくれた。疲れてるだろうから、もう一度眠ったら? と言う伸也の言葉に甘えて、透は伸也に抱きしめられながら横になる。
◇◇
後日、然るべき医療機関を受診した透は確認検査をしたところ、やはりB型肝炎ウイルスに感染していた。しかし成人してからの感染のうえ、自覚症状が無いため、経過観察することになる。今のところ、肝臓にも問題はないらしい。
一方HIVは、奇跡と言うべきか不幸中の幸いと言うべきか、どうやら偽陽性だったらしく、少し肩の荷が下りた透はその場でまた泣き崩れた。
伸也も、透が付き合わなくていい、と言ったにも関わらず一通りの性病検査を受けていた。予想通り彼には何の異常も見つからず、こちらも一安心だ。
(……というか、付き添いもだけど、予防接種までしなくてもいいのに)
わざわざ透と予定を合わせて、B型肝炎の予防接種をしている伸也を待っている間、透は近くの廊下のベンチに座って待つ。
いくら責任を感じているとはいえ、ここまでする必要があるだろうか?
感染症が見つかった時点で、透は店を辞めざるを得なかったので、当然下宿先にも居られなくなった。そこで伸也が「戻っておいで」と言うので、またしばらく伸也の家に居候することにしたのだけれど。
(やっぱり、いつまでもしんちゃんに頼ってはいられないよな)
そう思って、透は今度こそ自立を目指そうと決意する。
大丈夫、前回は焦ったから上手くいかなかったんだ、と自分に言い聞かせ、予防接種から戻ってきた伸也を笑顔で迎えた。
時刻はまだ早朝のようだ。部屋のデジタル時計の光が、妙に明るく見える。
心身がすごくスッキリしていた。こんなに深く眠ったのは、リョウスケとの一夜で疲れ果てて眠った以来だ、と起き上がる。
見覚えのある景色。隣には伸也がいる。彼の家に来て、話をせずに寝てしまったのだと気付き、トイレに行きたくなってベッドから降りようとした。
「どこに行くの?」
不意に腕を掴まれて、透は振り返る。やはり、優しいけれど強い瞳をした伸也が起きていて、透は苦笑した。
「トイレだよ」
そう言うと、伸也はごめん、と言って手を離してくれる。
用を足して部屋に戻ると、伸也はベッドの上に座って待っていた。どうやら、また逃げると思ったのだろう、そこまで思い詰めさせてしまったことに申し訳なさを感じ、透はベッドの端に座る。
「透……」
後ろから伸也が抱きついてきた。以前は伸也から来ることなんてなかったのに、と思っていると、何があったの? と尋ねてくる。
「それより、今日は平日でしょ? しんちゃん仕事なら、もう少し寝てた方がいいんじゃない?」
「……透の方が大事。……話してくれるって言ってたじゃない」
「……」
それを聞いて、また透の目頭が熱くなった。話したい気持ちと、話したら嫌われそうで怖い気持ちがせめぎ合い、透の吐く息が震える。
透は自分の腰に回された、伸也の手を握った。
「しんちゃん……オレ、性病の検査に引っかかった……」
ぽとりと、伸也の手に透の涙が落ちる。今のところ自覚症状は全くない。だから今この瞬間にも、感染症が進んでいるのかも、と思ったら怖かった。
伸也が静かな声で言う。
「引っかかった、というのは? ちゃんと調べたの?」
透は首を小さく横に振った。
「再検査だって……でも本当に感染してたらと思うと怖くて……っ」
気を付けていたとはいえ、そこまで徹底していたわけではなかったし、自業自得と言える。伸也は優しく透の手を握ると、もっと詳しく聞かせて、と言うのだ。
「引っかかったのは二つ……B型肝炎と……HIV……」
どちらも無症状の潜伏期間がある感染症で、と透はそれぞれ調べたことを説明する。
「つまり、B型肝炎ウイルスは重い病気に発展することもあって、HIVは……最悪AIDSに、か……」
「ふ、不特定多数とのセックスとか、ちょっと危ないこともしたことあったし……」
それに、と透は涙が止まらなくなった。
「しんちゃんに再会する直前、インフルエンザみたいな風邪で寝込んでたんだ。調べたらHIVに感染すると、そんな症状が出るって書いてあって……っ」
透は耐えきれなくなり、伸也を振り返って抱きつく。伸也はそんな透の背中を優しく撫でてくれ、ますます透は涙が止まらなくなった。
「もうどうでもいいって思ってたのに、いざとなったら怖くなった。死にたくない……オレまだ死にたくないよ! 唯一続いてた仕事もできなくなって、ほんとにオレ、このまま野垂れ死にするしかないのかなって……!」
「透……」
伸也の声は優しい。けれどこんなことになって、彼は引いていないだろうか? ほら見たことか、と呆れていないだろうか?
なんの取り柄もない、身体を売ることしか能がなかったのに、それすらも絶たれてしまった。
そう思って伸也の顔を見ると、両頬を手で包まれた。そして──。
チュッと軽い音を立てて、それは離れる。柔らかくて温かい感触が、伸也の唇だと気付くのに数秒かかってしまった。
なぜなら、それが触れたところは透の唇だったからだ。
「……涙は止まった?」
目の前の優しい顔。透はサッと血の気が引く。
「な、にしてんのしんちゃんっ、オレ今説明したよね!?」
性交渉や傷口から感染するウイルスなのだ、もし感染したら、と慌てる透。しかし伸也はそんな透を見て、呑気にクスクスと笑っている。
「うつったらうつったで、僕も一緒に治療するよ」
だから一緒に検査に行こう、と言われ、透はまた泣けてきた。
そして単純にも、それだけで伸也の全てを許してしまえたのだ。突き放しておいて今更とか、何でそこまで付き合ってくれるのかとか、色々と言いたいことはあったけれど、やっぱりこのひとからは、離れて生きていけない、と思ってしまう。
「しんちゃんごめん、……付き合わせてごめん……っ」
泣いてそう謝ると、伸也はまたキツく抱きしめて、頭を撫でてくれた。疲れてるだろうから、もう一度眠ったら? と言う伸也の言葉に甘えて、透は伸也に抱きしめられながら横になる。
◇◇
後日、然るべき医療機関を受診した透は確認検査をしたところ、やはりB型肝炎ウイルスに感染していた。しかし成人してからの感染のうえ、自覚症状が無いため、経過観察することになる。今のところ、肝臓にも問題はないらしい。
一方HIVは、奇跡と言うべきか不幸中の幸いと言うべきか、どうやら偽陽性だったらしく、少し肩の荷が下りた透はその場でまた泣き崩れた。
伸也も、透が付き合わなくていい、と言ったにも関わらず一通りの性病検査を受けていた。予想通り彼には何の異常も見つからず、こちらも一安心だ。
(……というか、付き添いもだけど、予防接種までしなくてもいいのに)
わざわざ透と予定を合わせて、B型肝炎の予防接種をしている伸也を待っている間、透は近くの廊下のベンチに座って待つ。
いくら責任を感じているとはいえ、ここまでする必要があるだろうか?
感染症が見つかった時点で、透は店を辞めざるを得なかったので、当然下宿先にも居られなくなった。そこで伸也が「戻っておいで」と言うので、またしばらく伸也の家に居候することにしたのだけれど。
(やっぱり、いつまでもしんちゃんに頼ってはいられないよな)
そう思って、透は今度こそ自立を目指そうと決意する。
大丈夫、前回は焦ったから上手くいかなかったんだ、と自分に言い聞かせ、予防接種から戻ってきた伸也を笑顔で迎えた。
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