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第二十話(閲覧注意)
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※かなりソフトに書いていますが、自傷行為表現があります。嫌な方はそっ閉じしてください。
━━━━━━━━━━━━━━━
透は腕の痛みでハッと目を覚ました。
見えたのは赤。その後すうっと心身が落ち着いていくのが分かり、透は少しうっとりした気分でほう、と息を吐く。
(生きてる……)
そう思ったらシャワーの音が聞こえた。まだハッキリしない意識で辺りを見回すと、自宅の浴室だということが分かる。
(また、やっちゃったなぁ……)
右手にはカッターナイフが握られていた。いつの間にこんなことになったのだろう、透は覚えていない。
緩慢な動きで傷口を洗い、慣れた手つきで止血をする。恍惚感の後の、独特のスッキリした気分で浴室を出ると、布団と、少しの荷物しかない部屋に入った。
昔から、強いストレスを感じると五感が遠のく感覚がしていたけれど、伸也に抱きしめてもらうと「戻って」来られた。あれは本能的に自分を守るため、意識を切り離そうとしていたんだな、と今なら分かる。しかし伸也がいない今、透の逃げ道は自分の身体を痛めつける方向に向かってしまっていた。
左手首から肘に向かって増えていく傷。このままじゃいけないと思いつつも、セックス以外の自傷行為をする時は、意識がどこかへ行ってしまっているので止めようがない。
「えっとー……軟膏あったかな……」
そう言えば先日、もうしないと決めてカッターナイフは捨てたはずだよな、と思い至る。けれど先程透は握っていたので、また無意識のうちにわざわざ買ったらしい。ゴミ箱代わりのビニール袋を見ると、パッケージが雑に破かれ捨てられていた。
カバンの中から軟膏をみつけ、傷口に塗る。ささくれだった古い傷の皮膚が引っ掛かりそうだったので、大きめのガーゼを貼り付けて、新しい傷と一緒に保護しておいた。
どうしたら、伸也に頼らず自傷行為も止められるのだろう?
「……やめやめ。考えても分かんないし」
独り言を言い、やはり自分が生きていく為には、この世界しかない、と考える。
何をしてもダメで、何の取り柄もない自分だから、可愛い容姿と人懐こさくらい活かさないと。
透は布団の上のスマホを見つめる。
そもそも透がこれだけ前後不覚になった理由は、店からの指示で受診した性感染症の、検査結果を見たからだ。きちんとした店だったため、提携している病院がありそこで受けたのだが。
出勤停止命令を食らってしまったのだ。
当たり前だとは思う。気を付けていたものの、この三年間で、透は三桁を超える人数と交わったのだから。
要検査の項目が二つ。どこで感染したのかも分からないし、誰にうつしたかも分からない。慌ててスマホで調べたら、思い当たる節がありすぎた。
(どうしよう……)
本当に何もできなくなった。そう考えていたら意識が飛んで、気付いたら先程の状態で浴室にいたのだ。
『あんたがいるから……あんたさえいなければ……!』
『どうせ何もできないくせに』
両親の言葉が脳裏で再生される。構わず他で男を引っ掛ければ、とも考えたけれど、生きているだけで迷惑な自分が、感染症を撒き散らすなんてことは、できなかった。
本当に、詰んだのだ。
(でも、たまに陽性が間違って出ちゃうってこともあるらしいし……)
──怖い。再検査をして、本当に感染していたら……。
思考が堂々巡りで、透は頭を抱える。しかしすぐに、その腕を下ろした。
こういう時は【アジタート】にでも行って、誰かと話でもすれば、気が紛れる。
そう決めて、透は出掛ける準備をした。外に出ると冷たい風が身体を撫で、ようやく長袖を着ても違和感がない季節が来た、とホッとする。
◇◇
この日の【アジタート】は、いつもより混んでいた。どうやら有名なDJが来ているらしく、店に入った途端ものすごい熱気に圧倒されて、来たことを後悔する。
透は真っ直ぐカウンター席に座ると、顔なじみがいないか視線を巡らせた。
(リンもいない、か……)
そう思ってコークハイを注文すると、声を掛けられた。見ると、先日伸也の目の前でナンパした男がいる。
透は笑顔を見せた。
「あ、おにーさん。どうしたの?」
「またやらせてくれよ。イチゴで」
「んー、あれご新規さん特価なんだけどなぁ」
悪いけど、気分じゃないし他を当たってよ、と透は言うと、男は明らかにムッとした表情をする。
「は? あんた、金さえ払えばやらせてくれるって有名なんだろ?」
明らかに透を侮蔑している態度の男に、透は物怖じせず、笑顔のまま言った。
「オレそんなに有名なの? ま、やれないからって高圧的に出る、アレが小さい男はオレもヤダなぁ」
透は「アレ」の所で男の股間に視線を移す。その意味を理解した男は、今度は顔を真っ赤にした。そして次の瞬間右頬に鈍い衝撃を受ける。
その勢いは強く、透はカウンターチェアから落ちて床に転がった。そして起き上がる隙もなく身体に男がのしかかってきて、透は冷や汗をかく。
いやだ、止めろ、ともがいて叫ぶけれど、男はそんな透の首筋に噛み付いてきた。店員も、客もニヤニヤと見ているだけで、誰も止めようとはしない。
「この間は気持ちよさそうにしてたくせに」
「ひぐ……っ」
強い力で股間を掴まれ、透は痛みに顔を顰めた。しかしすぐに、こんな奴になら病気を感染させてもいいか、と思い始める。
もう、どうにでもなれ。
そう思って身体の力を抜いた。それに気付いた男は、最初からそうしていればいいんだよ、とシャツを捲りあげた、その時。
「その辺にしてやってください」
そこには、強い目をした、伸也がいた。
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透は腕の痛みでハッと目を覚ました。
見えたのは赤。その後すうっと心身が落ち着いていくのが分かり、透は少しうっとりした気分でほう、と息を吐く。
(生きてる……)
そう思ったらシャワーの音が聞こえた。まだハッキリしない意識で辺りを見回すと、自宅の浴室だということが分かる。
(また、やっちゃったなぁ……)
右手にはカッターナイフが握られていた。いつの間にこんなことになったのだろう、透は覚えていない。
緩慢な動きで傷口を洗い、慣れた手つきで止血をする。恍惚感の後の、独特のスッキリした気分で浴室を出ると、布団と、少しの荷物しかない部屋に入った。
昔から、強いストレスを感じると五感が遠のく感覚がしていたけれど、伸也に抱きしめてもらうと「戻って」来られた。あれは本能的に自分を守るため、意識を切り離そうとしていたんだな、と今なら分かる。しかし伸也がいない今、透の逃げ道は自分の身体を痛めつける方向に向かってしまっていた。
左手首から肘に向かって増えていく傷。このままじゃいけないと思いつつも、セックス以外の自傷行為をする時は、意識がどこかへ行ってしまっているので止めようがない。
「えっとー……軟膏あったかな……」
そう言えば先日、もうしないと決めてカッターナイフは捨てたはずだよな、と思い至る。けれど先程透は握っていたので、また無意識のうちにわざわざ買ったらしい。ゴミ箱代わりのビニール袋を見ると、パッケージが雑に破かれ捨てられていた。
カバンの中から軟膏をみつけ、傷口に塗る。ささくれだった古い傷の皮膚が引っ掛かりそうだったので、大きめのガーゼを貼り付けて、新しい傷と一緒に保護しておいた。
どうしたら、伸也に頼らず自傷行為も止められるのだろう?
「……やめやめ。考えても分かんないし」
独り言を言い、やはり自分が生きていく為には、この世界しかない、と考える。
何をしてもダメで、何の取り柄もない自分だから、可愛い容姿と人懐こさくらい活かさないと。
透は布団の上のスマホを見つめる。
そもそも透がこれだけ前後不覚になった理由は、店からの指示で受診した性感染症の、検査結果を見たからだ。きちんとした店だったため、提携している病院がありそこで受けたのだが。
出勤停止命令を食らってしまったのだ。
当たり前だとは思う。気を付けていたものの、この三年間で、透は三桁を超える人数と交わったのだから。
要検査の項目が二つ。どこで感染したのかも分からないし、誰にうつしたかも分からない。慌ててスマホで調べたら、思い当たる節がありすぎた。
(どうしよう……)
本当に何もできなくなった。そう考えていたら意識が飛んで、気付いたら先程の状態で浴室にいたのだ。
『あんたがいるから……あんたさえいなければ……!』
『どうせ何もできないくせに』
両親の言葉が脳裏で再生される。構わず他で男を引っ掛ければ、とも考えたけれど、生きているだけで迷惑な自分が、感染症を撒き散らすなんてことは、できなかった。
本当に、詰んだのだ。
(でも、たまに陽性が間違って出ちゃうってこともあるらしいし……)
──怖い。再検査をして、本当に感染していたら……。
思考が堂々巡りで、透は頭を抱える。しかしすぐに、その腕を下ろした。
こういう時は【アジタート】にでも行って、誰かと話でもすれば、気が紛れる。
そう決めて、透は出掛ける準備をした。外に出ると冷たい風が身体を撫で、ようやく長袖を着ても違和感がない季節が来た、とホッとする。
◇◇
この日の【アジタート】は、いつもより混んでいた。どうやら有名なDJが来ているらしく、店に入った途端ものすごい熱気に圧倒されて、来たことを後悔する。
透は真っ直ぐカウンター席に座ると、顔なじみがいないか視線を巡らせた。
(リンもいない、か……)
そう思ってコークハイを注文すると、声を掛けられた。見ると、先日伸也の目の前でナンパした男がいる。
透は笑顔を見せた。
「あ、おにーさん。どうしたの?」
「またやらせてくれよ。イチゴで」
「んー、あれご新規さん特価なんだけどなぁ」
悪いけど、気分じゃないし他を当たってよ、と透は言うと、男は明らかにムッとした表情をする。
「は? あんた、金さえ払えばやらせてくれるって有名なんだろ?」
明らかに透を侮蔑している態度の男に、透は物怖じせず、笑顔のまま言った。
「オレそんなに有名なの? ま、やれないからって高圧的に出る、アレが小さい男はオレもヤダなぁ」
透は「アレ」の所で男の股間に視線を移す。その意味を理解した男は、今度は顔を真っ赤にした。そして次の瞬間右頬に鈍い衝撃を受ける。
その勢いは強く、透はカウンターチェアから落ちて床に転がった。そして起き上がる隙もなく身体に男がのしかかってきて、透は冷や汗をかく。
いやだ、止めろ、ともがいて叫ぶけれど、男はそんな透の首筋に噛み付いてきた。店員も、客もニヤニヤと見ているだけで、誰も止めようとはしない。
「この間は気持ちよさそうにしてたくせに」
「ひぐ……っ」
強い力で股間を掴まれ、透は痛みに顔を顰めた。しかしすぐに、こんな奴になら病気を感染させてもいいか、と思い始める。
もう、どうにでもなれ。
そう思って身体の力を抜いた。それに気付いた男は、最初からそうしていればいいんだよ、とシャツを捲りあげた、その時。
「その辺にしてやってください」
そこには、強い目をした、伸也がいた。
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