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第十二話
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ハローワークはこのご時世なのか、とても混んでいた。透は初めて利用するので、職員にあれこれ尋ねつつ、登録の書類を記入し、検索用のパソコンの順番待ちをする。
しかし、やっとのことでパソコンが使えたと思ったら、やはりなかなか条件が合わず、途方に暮れてしまった。職員さんに、検索には載らない仕事もあると聞いていたので、相談窓口の順番待ちを更にして、やっとのことで話を聞くことができる。
「うーん、住み込みでねぇ……。検索範囲を全国にしたらあるかも」
職員の男性は白髪混じりの頭をペンで掻きながら、そう言った。透はなりふり構っていられないと思いながらも、この土地を離れることには少し抵抗を感じ、プリントアウトした事務系の仕事に応募してみることにする。
「事務の経験は?」
「……ないです。けど、勉強します」
「アルバイトは……全部サービス系かぁ。そっちは応募しないの?」
透は息を詰めた。正直に全て絡まれてクビになっています、なんて言えず、新しいことに挑戦したくて、と前向きな言葉で濁す。
「サービス系なら沢山あるんだけどねぇ。未経験だし、電話してみるけど期待しないでね?」
そう言って、男性職員は電話を掛けてくれた。しかし彼の会話を聞いていると、どうやらもう採用枠が埋まってしまったようだ。電話を切るなりそう説明され、透は他の仕事も探してみます、とハローワークを後にした。
(人に会わない稼げる仕事ってないのかな……)
外に出れば人懐こい雰囲気を敢えて出す透だけれど、本当は伸也だけに笑顔を向けたい。けれど伸也に「他の人とも仲良くね」と言われてから、愛想を振りまくようになったのだ。それが、いらぬ人たちを寄せ付ける原因にもなってしまったのだが。
その後、守の家の近くの公園で時間を潰し、彼の帰宅の連絡を受けてからそこへ向かった。
「透っ、お前、心配したんだぞ……っ」
玄関のドアを開けるなりそう言う守は、透の顔を見てサッと顔を強ばらせる。
「透……顔色悪いけど大丈夫か?」
「え?」
透は驚いた。表情はいい顔を見せていたはずだ。それに、自分でも顔色が悪い自覚がない。
透は笑ってみせる。
「そうかなぁ? 暑かったから、疲れたのかも」
そう言うと、守は一つため息をついて、とりあえず上がれ、と中へ促した。透は元気よくお邪魔しまーす、と上がっていく。
守の部屋は1Kだ。部屋にあるのはサッカーに関連するグッズや雑誌、サッカーボール、そして青年向け漫画雑誌。漫画雑誌にはグラビアが載っていて、透は思わず誰だろう? と見たくなる。
「なぁ、これグラビア目的?」
「んな訳あるか。それに載ってるヤンキー漫画が好きなんだよ」
「……とか言って本当は?」
「……透」
しつこくからかう透に、守はため息をついて低い声で呼んだ。呆れと嫌悪が混ざる彼の表情に、透は思わずわざとらしく両手で口を塞ぎ、ごめんなさーい、と謝る。
すると守はまた大きくため息をついて、とりあえず何か飲むか? と冷蔵庫を開ける。すると中には透が好きな炭酸ジュースが入っていて、これがいい、と喜んだ。
「守もこれ飲むの? 何か意外だけど」
「そうか? たまに飲みたくなるから」
ふーん、と透はそのジュースを受け取る。守はミネラルウォーターを取り出すと、透がペットボトルを開けるのをじっと見ている。
「……なに?」
「……いや」
守の言動に変なのー、と言いながら、透は床に座った。ペットボトルは開けずにローテーブルに置くと、守は飲まないのか? と聞いてくる。
「あー……来る前に同じの飲んで来ちゃったんだよね」
そう言って透は苦笑すると、それなら早く言え、と守は透のペットボトルを冷蔵庫にしまおうとした。
「待ってっ、飲む! 飲むから!」
「ぬるくなると不味いだろ」
「ぬるくなったのがいいの! ここに置いておくから!」
透はペットボトルを掴んでそう訴えると、守は手を離した。そして、強い視線で透を見る。
「……いつから、……どれからが嘘だ、透?」
「……」
透はサッと視線を逸らした。嘘をつくのが下手だと自覚しているけれど、守は今まで何も言わずにいたので、隠せていると思っていた。甘かった。
しかし、ここで他人にもらったジュースが怖くて、なんて言おうものなら、守は全部話すまで許してくれないだろう。
守は一つ短く息を吐く。
「……じゃあ、質問するから答えてくれ。学校来なくなった二ヶ月間、何をしてた?」
有無を言わせない守の強い口調。透はボソボソと呟く。
「……バイト」
「バイト? 学校辞めてまでやってたことが、バイトか?」
透はバッと守を見た。彼の表情は険しい。退学したことまで知っているなら、そんな質問の仕方をするなよ、と透はボヤく。
「お前が言わないからだろ。……で、何でそんなことになってんだ?」
「……お金が必要になったから」
「何で?」
透は続く守の質問に、逃げたくなった。このままでは伸也のことまで話さなくてはいけなくなる。それは避けたい。
「借金?」
透は無言で首を振った。
「家を追い出された?」
「……もう良いだろ守……」
透は膝を抱えて顔を伏せる。しかし、守は話してくれるって言っただろ、と許してくれない。
「どうして? 俺は金銭面以外ならお前を助けたいって言ったよな?」
透は顔を伏せたまま動かなかった。そんな透に、守はもう一度強い口調で透を呼ぶ。
「……じゃあ、借金で五百万必要だから、お前に迷惑掛けられない。今日一日だけで良いから泊まらせてくれ」
透はそう呟くと、守はため息をついた。
「じゃあって何だよ……。もういい、顔上げろ」
詰め寄るような聞き方して悪かった、と守に謝られて、透はそろそろと顔を上げる。守を見ると、彼は傷付いたような表情をしていた。
「俺じゃ頼りにならないか?」
「そん……なことないよ……」
本当にそんなことはない。透はそう思った。伸也程ではないけれど、友達としては今までの誰よりも、透のことを想ってくれている。
そんな彼に嘘ばかりついている自分が、汚くて不平等に思えてきた。
「……」
いっそ全部話したら、少しは楽になれるのだろうか? 家族のことも、伸也のことも。
透は深呼吸をすると、再び顔を伏せ、ボソボソと話し出した。
しかし、やっとのことでパソコンが使えたと思ったら、やはりなかなか条件が合わず、途方に暮れてしまった。職員さんに、検索には載らない仕事もあると聞いていたので、相談窓口の順番待ちを更にして、やっとのことで話を聞くことができる。
「うーん、住み込みでねぇ……。検索範囲を全国にしたらあるかも」
職員の男性は白髪混じりの頭をペンで掻きながら、そう言った。透はなりふり構っていられないと思いながらも、この土地を離れることには少し抵抗を感じ、プリントアウトした事務系の仕事に応募してみることにする。
「事務の経験は?」
「……ないです。けど、勉強します」
「アルバイトは……全部サービス系かぁ。そっちは応募しないの?」
透は息を詰めた。正直に全て絡まれてクビになっています、なんて言えず、新しいことに挑戦したくて、と前向きな言葉で濁す。
「サービス系なら沢山あるんだけどねぇ。未経験だし、電話してみるけど期待しないでね?」
そう言って、男性職員は電話を掛けてくれた。しかし彼の会話を聞いていると、どうやらもう採用枠が埋まってしまったようだ。電話を切るなりそう説明され、透は他の仕事も探してみます、とハローワークを後にした。
(人に会わない稼げる仕事ってないのかな……)
外に出れば人懐こい雰囲気を敢えて出す透だけれど、本当は伸也だけに笑顔を向けたい。けれど伸也に「他の人とも仲良くね」と言われてから、愛想を振りまくようになったのだ。それが、いらぬ人たちを寄せ付ける原因にもなってしまったのだが。
その後、守の家の近くの公園で時間を潰し、彼の帰宅の連絡を受けてからそこへ向かった。
「透っ、お前、心配したんだぞ……っ」
玄関のドアを開けるなりそう言う守は、透の顔を見てサッと顔を強ばらせる。
「透……顔色悪いけど大丈夫か?」
「え?」
透は驚いた。表情はいい顔を見せていたはずだ。それに、自分でも顔色が悪い自覚がない。
透は笑ってみせる。
「そうかなぁ? 暑かったから、疲れたのかも」
そう言うと、守は一つため息をついて、とりあえず上がれ、と中へ促した。透は元気よくお邪魔しまーす、と上がっていく。
守の部屋は1Kだ。部屋にあるのはサッカーに関連するグッズや雑誌、サッカーボール、そして青年向け漫画雑誌。漫画雑誌にはグラビアが載っていて、透は思わず誰だろう? と見たくなる。
「なぁ、これグラビア目的?」
「んな訳あるか。それに載ってるヤンキー漫画が好きなんだよ」
「……とか言って本当は?」
「……透」
しつこくからかう透に、守はため息をついて低い声で呼んだ。呆れと嫌悪が混ざる彼の表情に、透は思わずわざとらしく両手で口を塞ぎ、ごめんなさーい、と謝る。
すると守はまた大きくため息をついて、とりあえず何か飲むか? と冷蔵庫を開ける。すると中には透が好きな炭酸ジュースが入っていて、これがいい、と喜んだ。
「守もこれ飲むの? 何か意外だけど」
「そうか? たまに飲みたくなるから」
ふーん、と透はそのジュースを受け取る。守はミネラルウォーターを取り出すと、透がペットボトルを開けるのをじっと見ている。
「……なに?」
「……いや」
守の言動に変なのー、と言いながら、透は床に座った。ペットボトルは開けずにローテーブルに置くと、守は飲まないのか? と聞いてくる。
「あー……来る前に同じの飲んで来ちゃったんだよね」
そう言って透は苦笑すると、それなら早く言え、と守は透のペットボトルを冷蔵庫にしまおうとした。
「待ってっ、飲む! 飲むから!」
「ぬるくなると不味いだろ」
「ぬるくなったのがいいの! ここに置いておくから!」
透はペットボトルを掴んでそう訴えると、守は手を離した。そして、強い視線で透を見る。
「……いつから、……どれからが嘘だ、透?」
「……」
透はサッと視線を逸らした。嘘をつくのが下手だと自覚しているけれど、守は今まで何も言わずにいたので、隠せていると思っていた。甘かった。
しかし、ここで他人にもらったジュースが怖くて、なんて言おうものなら、守は全部話すまで許してくれないだろう。
守は一つ短く息を吐く。
「……じゃあ、質問するから答えてくれ。学校来なくなった二ヶ月間、何をしてた?」
有無を言わせない守の強い口調。透はボソボソと呟く。
「……バイト」
「バイト? 学校辞めてまでやってたことが、バイトか?」
透はバッと守を見た。彼の表情は険しい。退学したことまで知っているなら、そんな質問の仕方をするなよ、と透はボヤく。
「お前が言わないからだろ。……で、何でそんなことになってんだ?」
「……お金が必要になったから」
「何で?」
透は続く守の質問に、逃げたくなった。このままでは伸也のことまで話さなくてはいけなくなる。それは避けたい。
「借金?」
透は無言で首を振った。
「家を追い出された?」
「……もう良いだろ守……」
透は膝を抱えて顔を伏せる。しかし、守は話してくれるって言っただろ、と許してくれない。
「どうして? 俺は金銭面以外ならお前を助けたいって言ったよな?」
透は顔を伏せたまま動かなかった。そんな透に、守はもう一度強い口調で透を呼ぶ。
「……じゃあ、借金で五百万必要だから、お前に迷惑掛けられない。今日一日だけで良いから泊まらせてくれ」
透はそう呟くと、守はため息をついた。
「じゃあって何だよ……。もういい、顔上げろ」
詰め寄るような聞き方して悪かった、と守に謝られて、透はそろそろと顔を上げる。守を見ると、彼は傷付いたような表情をしていた。
「俺じゃ頼りにならないか?」
「そん……なことないよ……」
本当にそんなことはない。透はそう思った。伸也程ではないけれど、友達としては今までの誰よりも、透のことを想ってくれている。
そんな彼に嘘ばかりついている自分が、汚くて不平等に思えてきた。
「……」
いっそ全部話したら、少しは楽になれるのだろうか? 家族のことも、伸也のことも。
透は深呼吸をすると、再び顔を伏せ、ボソボソと話し出した。
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