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第七話

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(オレがしんちゃんのことを、好き?)

 その日のバイトの時間。透は今朝、守に言われたことを反芻はんすうしていた。

 確かに伸也のことは大好きだ。伸也といるとドキドキする反面、すごく安心する。嫌われたくないと思うし、彼のために何でもしたい。だから将来の為に身を引く覚悟もした。

(ん? あれ?)

 考えれば考えるほど、透のこの感情は恋愛感情にとても似ていると思う。でも、何が違うのかが全く分からない。

 そんなことを考えていて、仕事に身が入っていないことに気付かれたのだろう。いきなりお尻を撫でられ、ぞわっと産毛が逆立った。反射的に後ろを睨み、何するんだよ! と怒鳴る。

 見るといかにもガラの悪そうな男四人組が、ニヤニヤとこちらを見ていた。

「あ、お前男だったのか。可愛い顔してっから、女かと思ったわ」

 どうしてこんな客ばかりに絡まれるのだろう、と嫌な笑い声を上げる男たちを無視しようとすると、いきなり手を引かれ、席に座らされた。

「ちょ……っ」
「学生さんか? お金が欲しいなら、お兄ちゃんたちが遊んであげよっか?」

 にやにやと下卑た笑みを浮かべる男たちは、逃げようとする透の姿さえ楽しそうにわらう。

「……っ、触んな! 気持ち悪い!」

 腰を抱いてきた男とは別の男が、透の頬を指で撫でてきて、思わずそれを思い切り振り払った。それが運悪く透を捕まえていた男の顔に当たり、男は逆上して透の頬を平手打ちする。

「ってえな! 何すんだ、ああ!?」
「透!」

 床に投げ飛ばされた所で、守と店長がやって来た。守は透を男と引き離し、裏へと連れて行く。

「……大丈夫か?」

 透はヒリヒリしだした左頬に耐えながら苦笑した。二日連続で絡まれるとはね、と言うと、守はお手ふきのストックから一つを出して、水で濡らして渡してくれる。

「あはは……また迷惑掛けちゃった」

 守も、透がこれ程までに絡まれやすいとは思ってなかったのだろう。しかもこの店はお酒が入って気が大きくなる客も多い。いくら頑張ってもそこは避けられず、透には合わないバイトだと、悟ってしまった。

「多分店長が後で来るから。頬の腫れが引くまでここにいろよ?」
「……うん」

 そう言って、守は店内へ戻っていく。誰もいない狭い事務所にぽつんと残されて、透は今になってやっと、肌がザワザワして落ち着かなくなり、両肩を抱いた。

 こんな時伸也が居れば、すぐに落ち着くのに……。

 そんなことを考えて、いやいやと首を振る。もう伸也に頼らないと決めたのだ、伸也で落ち着こうとするのは間違っている。

猪井いのいくん」

 しばらくして店長がやって来る。その曇った表情に、良くない話をするんだな、と透は居住まいを正した。

「ご迷惑をお掛けしてすみません。二日連続でこんなことになってしまって……ここはお酒も出しますし、オレには不向きかと思って……」

 辛うじて笑顔で言うと、店長も苦笑する。それで、店長の考えも同じなのだと悟った。透はまたご迷惑をお掛けする前に、とバイトを辞めることを伝えると、店長は頷く。

「悪いね。ああでも、他に縁があれば是非」

 絡まれてトラブルを引き寄せる透だけれど、嫌われてはいないことに安堵し、またお給料日に顔を見せる約束をして店を後にした。

「……またダメだったなぁ……」

 駅前の、夜の喧騒がどこか遠くに感じる。空を見上げると、ビルの合間から黒い空が見え、多分飛行機だろう、点滅する光がゆっくりと動いていた。

『何もできないくせに』

 どこからかそんな声が聞こえて、透は頭を振る。伸也の所に転がり込むために、何だってできたじゃないか。そう思ってあることに気付き、次の瞬間にはどっと冷や汗が出てきた。

 じゃあ、これからは?

 もう伸也には頼れない。これからは、何を目標にして頑張ればいい?

 ──何を支えにして、生きていけばいい?

 今まで伸也に頼りきりで、考えないようにしていた事実が突然、目の前に降りてくる。バイトも辞めた今、自分は本当にただの穀潰ごくつぶしだ。

『あんたがいなければ……っ』

 また脳裏で声がする。透は頭を振ってその声を聞かないようにした。

「ダメだ……このままじゃ……」

 何とかしないと。

 このままじゃ、誰にも必要とされなくなってしまう。透にとって、それは何よりも恐ろしいことだった。

 透は、割れてしまった何かを崩さないようにすることで精一杯だった。もう元には戻らないのに必死で押さえて、倒れないように。その支えに、もう伸也はいない。

 透はザワつく身体を抑えつつ、その足でコンビニや本屋に立ち寄り、バイト情報誌や転職案内などを手当り次第読み漁る。自律と自立を目指すなら、大学にいる意味もない。就職に有利だと思って進学したけれど、サッカーとゲームしか得意なことがない透は、むしろ早めに社会に出ないと、同年代に取り残されてしまうのでは、と思った。

(……やることは沢山ある。しんちゃんと別れるのは寂しいけど)

 それが伸也の望みなら、自分はどうなったっていいのだ。独り立ちする覚悟ができていなかったのは、自分だけなのだから。大丈夫、一人でも生きていける。

 透は小刻みに震えて止まらない両手を、力の限り握った。

 とりあえず、気になる仕事をスマホでも探してみて、明日以降に手当り次第連絡してみよう。面接もするだろうから金髪も黒髪に戻さないとな、と薬局でヘアカラーを買う。

(ちゃんと自立できたら、しんちゃんはきっと褒めてくれる……)

 その考え方こそが、伸也に依存している証拠だとは気付かない透。自分の存在価値を他人に決定してもらうことの危うさを、彼は歪んだ家庭環境のせいで、学ばずに育ってしまった。

 透は重い足取りで、夜の街を金髪を揺らしながら歩いて行くのだった。
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