上 下
3 / 39

第三話

しおりを挟む
まもる!」

 ゴールデンウィーク明け。透は大学のフードコートで、待ち合わせていた瀬戸せと守に声を掛けると、切れ長の目がこちらを向いて、目を細められた。

「悪い。教授に捕まって遅くなった」

 透は申し訳なさそうに眉を下げて彼を見上げる。一九〇センチを超える彼は、身長も相まってかなり細く見えるが、顔が良くてサッカーも上手いので、女子の人気者だ。現に今も遠巻きに女子の視線を感じて、透は居心地の悪さに移動しよう、と歩き出す。

「教授に? 何で?」
「ゴールデンウィーク中の課題、出すの忘れてたからさぁ」

 引越しだなんだとバタバタしていて、すっかり失念していた透に落ち度があるのはもっともだ。けれど、暇な時間に何をしていたかと言うと、伸也とずっとくっついていた。さすがにこれは話せないし自重しないとな、と反省する。

 しかしそれを聞いた守は眉間に皺を寄せた。

「え? お前、ゴールデンウィークはバイト休んでたよな?」

 稼ぎ時なのに、と咎めるような視線を向けられ、透は首をすくめる。忙しいから出てくれ、と言われたのにも関わらず、用事があるからと断っていたのを、同じ店で働く守も知っているのだ。

「バイトも課題もやらずに、何してたんだよ?」
「ごめんって。課題は提出期限伸ばしてもらったし、バイトも今日からシフト入ってるから」
「俺は謝れって言ってるんじゃなくて、理由を聞いてるんだけど?」
「そ、それよりさぁ! 昼何食べる?」

 透は強引に話を変えると、守は深いため息をつく。そして低い声で、「また幼なじみの所か」と呟いた。

「ほ、ほら! 新しいサッカーゲーム買ったんだよ。二人でやってたら白熱しちゃってさぁ!」

 なぜか守は、透が伸也の話をすると不機嫌になる。だから知られたくなかったのに、嘘が下手な透はすぐに白状してしまうのだ。

「よりによってサッカーゲームって……お前それより、サークルに戻れって……」
「試合に……練習すらまともにさせてくれないのに? だったら俺は趣味でプレイしてた方がいい」

 守の言葉を遮るように言う透。
 透の弱点は身長の低さと筋力のなさだ。もちろんそれは自覚しているし、それでも楽しめるなら、と進学する度に部活やサークルに入ってはみるものの、結果はいつも同じだった。

「透……」

 何かを言いたげな守に、透は笑ってみせる。

「あ、そう言えばまた守、告白されたんだって?」

 またあからさまに話題を変えた透に、守もまた深いため息をついた。それでもニコニコと守を見ていると、彼は諦めたのかガシガシと頭を掻く。

「……断ったよ」
「なんだーつまんないの」

 透はそう言ってから、守がこちらを睨んだことに気付いて両手で口を塞ぐ。

「透こそ、幼なじみとじゃなく、彼女と遊んだら?」

 面白がって、冗談が過ぎた意趣返しに、守はそんなことを言ってきた。もちろん、透は彼女なんていないし、作る気もない。

「オレがモテないの知っててそれ言うとか……」
「うん。俺に片想いの子がいるって知っててからかうからだろ?」

 ごめんなさい、と透は素直に謝ると守はうん、と頷く。

 守に片想いの子がいるのは、こうやって雑談しているうちに知った。大学生になってからの仲だけれど、守はそこそこ面倒見がよく、透のことを心配してくれる。その身長と顔と性格で、やはり女性から告白されるのはしょっちゅうだけれど、当の本人は、好きな子以外はあまり興味がないらしい。

(好きな子ってどんな子? って聞いても、絶対教えてくれないし……)

 面白半分で聞いてくる奴には教えない、と以前ピシャリと言われた。それ程真面目に相手を想っていることが意外だったけれど、どうしても気になることではないので、こうして時々からかう程度だ。

「……で、昼飯何にする?」

 待ち合わせをした本来の理由を思い出し、透は問うと、彼はコンビニかな、と早速そちらの方へ足を向けた。

「……節約しなきゃだし、明日から弁当持ってこようかな」

 正直、フードコートの方が安いけれどと透はそう呟くと、何でまた急に、と守は驚いている。

「あ、いや……一人暮らししようと思ってお金貯めてんの」

 しまった、と思った時にはもう遅く、透は慌てて誤魔化した。その様子に、また守の表情は険しくなる。

「一人暮らしって……お母さんがうるさくて出られないって言ってたじゃないか」
「あーうん、説得したら意外にあっさり許してくれたんだ」

 ラッキーだよ、と透は笑うけれど、守は笑わなかった。なので透は更に笑顔を崩さずに言う。

「もー、守まで……。過保護過ぎだろ? オレ子供っぽく見えるけど、ちゃんとイロイロ考えてるから大丈夫だって」

 透は内心、嘘ではないから大丈夫だよな、と冷や汗をかいていた。伸也の話をするだけで不機嫌になるのに、一緒に暮らし始めたなんて言ったら、守はどう反応するのか、見るのが怖い。

「な、なに? まさかオレを疑ってる? 守はオレのこと、信じてくれないの?」

 そう言って上目遣いで守を見れば、彼は何度目かの大きなため息をついた。せっかく苦労して、伸也の所に転がり込むことに成功したのだ、これ以上誰にも邪魔されたくない。

「……金銭面は助けてやれないけど。引越しとか他のことなら手伝えるから、その時は言えよ?」

 どうやら守は、追求するのを諦めたらしい。くしゃくしゃと頭を撫でてきたので、透はその手を払った。

「子供扱いすんなし」
「悪い。つい」

 透は睨むと、背の高い彼はしれっと前を向いている。とりあえず、その場を乗り切ることができたらしいので安堵した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、あの場所で

いまさら小次郎
BL
!大人向け。同性愛表現(BL/ML)、を含みます! 夢の中に出てくる、まぼろし。 まぼろしは、まぼろしのまま、終わらない。 夢を見る男(30歳)×現実を生きる男(30歳)。 桜を舞台にしたお話。 ※物語はフィクションです。 登場する人物、場所、表現は全て作者の想像するところによります。実在のものとは関係ありません。お話の中で一部暴力的な発言が出てきますが、個人を誹謗中傷するものではないことを、ご理解下さいませ。

生意気オメガは年上アルファに監禁される

神谷レイン
BL
芸能事務所に所属するオメガの彰(あきら)は、一カ月前からアルファの蘇芳(すおう)に監禁されていた。 でも快適な部屋に、発情期の時も蘇芳が相手をしてくれて。 俺ってペットか何かか? と思い始めていた頃、ある事件が起きてしまう! それがきっかけに蘇芳が彰を監禁していた理由が明らかになり、二人は……。 甘々オメガバース。全七話のお話です。 ※少しだけオメガバース独自設定が入っています。

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

華麗に素敵な俺様最高!

モカ
BL
俺は天才だ。 これは驕りでも、自惚れでもなく、紛れも無い事実だ。決してナルシストなどではない! そんな俺に、成し遂げられないことなど、ないと思っていた。 ……けれど、 「好きだよ、史彦」 何で、よりよってあんたがそんなこと言うんだ…!

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...