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次の日、いつものように学校に行き、いつものようにバイト先に来ると、肇はそっとロッカー室を覗いた。
(よし、湊はいないな)
そう思って素早く着替える。そして厨房も同じように覗くと、珍しく志水がいた。そしてホールには湊も。
「よぉ、待ってたぜ小木曽」
みんなが開店準備をしている中、志水は大声で肇を呼ぶ。なんだってこんな時に絡んでくるんだ、と志水を睨むと、彼はニヤニヤとスマホを出した。
「これ、だーれだ?」
「……っ!」
志水が見せたものは、女性キャラクターのコスプレをする、肇の姿だった。
肇は志水のスマホを奪おうとするが、その手は虚しく空をかいただけだ。
「みんな見てみろよ! コイツ、女装趣味があるんだぜ!」
志水が厨房とホールの間にあるカウンターに、スマホを置いた。他のスタッフが興味津々でそれを覗いている。
肇はカッと頬が熱くなった。
「気持ち悪いよな。お前、文化祭でも女装してたって噂じゃん? 男が好きなのか? ホモかよ」
「……っ」
肇は何も言えなかった。感情が先に来てしまい、言葉が出ない。
湊以外のスタッフは、志水のスマホを見て笑う。それは、侮蔑の入った、嘲笑だった。
「ってか、こんな事して何が楽しいわけ? 化粧とかカツラまでかぶって、どれだけ本気だよ、キモオタが」
肇は拳を握った。何も言い返せない。そんな事言われる筋合いはないって分かっているのに、動けない。
「志水さん」
湊の声がする。彼はスマホを志水に突き返すと、真っ直ぐ志水を睨んだ。
「人の好き嫌いは色々あると思います。けど、人が本気になっているものを、笑う権利は一切無いですよ」
「………………あ?」
「しかもこうして晒し者にして……どっちが気持ち悪い人間か、考えたら分かりますよね?」
「何だ多賀やるのか!?」
「止めなさい志水くん! 多賀くんも!」
横から店長の声がする。店長は肇の様子を見て「今日は帰りなさい」と言ってくれる。正直、助かった。
のろのろとロッカー室に行くと、コック服を脱ごうとボタンに手をかける。しかし、手が震えてしまって上手く外せない。
(志水さんがオレの事嫌いなのは知ってたけど、まさかわざわざコスプレの事を持ち出してくるとか……)
ありえない、と肇は思った。まだ顔が熱いのは、怒りで震えているからだと知る。
「……大丈夫?」
「……っ」
湊が声を掛けてくる。彼は肇のそばまで来ると、肩で息をする肇の両手を取った。
「手、開いて。息、吐いて」
無理やり握っていた手を開かされ、優しい声で身体が落ち着く方法を教えてくれる。その声の心地良さに、肇は腰の辺りがゾクッとするのを感じた。
(え、ちょっと待て。今のは何だ?)
覚えがあるその感覚は、肇をまた別の意味で落ち着かなくさせる。怒りで身体が戦闘態勢になってるから、勘違いしたんだ、と思う事にした。
「肇、俺はコスプレに夢中になっている君が好きだし、羨ましいと思ってたよ。可愛いし、真っ直ぐで不器用な所も好き。返事は……気が向いたらちょうだい」
湊はそう言って、気を付けて帰ってねとロッカー室を出ていった。
「……っ」
肇はまた別の意味で顔が熱くなる。口元を押さえ、たった今、口走りそうになった言葉を飲み込んだ。
好意は嬉しい。それは今まで告白してくれた人と変わらない。けれど今、湊だけは、その好意に応えたいと思ったのだ。
(オレ、湊の事……好き、なのか?)
ハッキリと脳内で言葉にした時、肇の中でそれがストンと胸の中に落ちた。
そしてまたしても顔が熱くなる。何だか一人で百面相をしていて疲れたな、とコック服を脱いだ。
今頃気付くとか、鈍いにも程がある、と思ってロッカー室を出ると、真っ直ぐ家に帰った。
家に入ると、バイトに行ったハズの肇がすぐに帰ってきたので心配されたが、店が暇だったからと誤魔化し、部屋に入る。
(返事、気が向いたらちょうだいって言ってたな……)
気が向いたらとはどういう事だろう? 照れてパニックになる肇を気遣ったのだろうか?
(いや、違うぞ……)
肇は嫌な汗が出るのを感じた。
湊は諦めているのだ。自分が両想いになれないと、思い込んでいる。その証拠に、文化祭で肇に好きな人がいるのか確かめていた。
(オレは何て言った? 恋愛とかよく分からないって……)
肇は頭を抱える。自覚するのが遅かったばかりに、湊に諦めさせる方向へ向かわせてしまった。
(もう遅いのか? 多分きっかけは文化祭だ……今回も厳しいって……あれオレの事だったのかっ)
こうやって、悶々と考えているくらいなら、電話でもして伝えれば良いのだけれど、あいにくそこまでの勇気が出ない。
(漫画なら、都合よく向こうから連絡が来たりするんだけど……)
そう思ってスマホを眺めていたけれど、誰からも連絡が来なかった。肇はため息をつく。
「何だよ湊……」
出会った頃は結構強引に来ていたのに。いざとなったら諦めるのかよ、と肇は唇を噛む。
(……よし、次に会ったら言おう)
俺も湊が好きだと。肇の初めての恋は、湊の初めての両想いにしてやる、と。
(よし、湊はいないな)
そう思って素早く着替える。そして厨房も同じように覗くと、珍しく志水がいた。そしてホールには湊も。
「よぉ、待ってたぜ小木曽」
みんなが開店準備をしている中、志水は大声で肇を呼ぶ。なんだってこんな時に絡んでくるんだ、と志水を睨むと、彼はニヤニヤとスマホを出した。
「これ、だーれだ?」
「……っ!」
志水が見せたものは、女性キャラクターのコスプレをする、肇の姿だった。
肇は志水のスマホを奪おうとするが、その手は虚しく空をかいただけだ。
「みんな見てみろよ! コイツ、女装趣味があるんだぜ!」
志水が厨房とホールの間にあるカウンターに、スマホを置いた。他のスタッフが興味津々でそれを覗いている。
肇はカッと頬が熱くなった。
「気持ち悪いよな。お前、文化祭でも女装してたって噂じゃん? 男が好きなのか? ホモかよ」
「……っ」
肇は何も言えなかった。感情が先に来てしまい、言葉が出ない。
湊以外のスタッフは、志水のスマホを見て笑う。それは、侮蔑の入った、嘲笑だった。
「ってか、こんな事して何が楽しいわけ? 化粧とかカツラまでかぶって、どれだけ本気だよ、キモオタが」
肇は拳を握った。何も言い返せない。そんな事言われる筋合いはないって分かっているのに、動けない。
「志水さん」
湊の声がする。彼はスマホを志水に突き返すと、真っ直ぐ志水を睨んだ。
「人の好き嫌いは色々あると思います。けど、人が本気になっているものを、笑う権利は一切無いですよ」
「………………あ?」
「しかもこうして晒し者にして……どっちが気持ち悪い人間か、考えたら分かりますよね?」
「何だ多賀やるのか!?」
「止めなさい志水くん! 多賀くんも!」
横から店長の声がする。店長は肇の様子を見て「今日は帰りなさい」と言ってくれる。正直、助かった。
のろのろとロッカー室に行くと、コック服を脱ごうとボタンに手をかける。しかし、手が震えてしまって上手く外せない。
(志水さんがオレの事嫌いなのは知ってたけど、まさかわざわざコスプレの事を持ち出してくるとか……)
ありえない、と肇は思った。まだ顔が熱いのは、怒りで震えているからだと知る。
「……大丈夫?」
「……っ」
湊が声を掛けてくる。彼は肇のそばまで来ると、肩で息をする肇の両手を取った。
「手、開いて。息、吐いて」
無理やり握っていた手を開かされ、優しい声で身体が落ち着く方法を教えてくれる。その声の心地良さに、肇は腰の辺りがゾクッとするのを感じた。
(え、ちょっと待て。今のは何だ?)
覚えがあるその感覚は、肇をまた別の意味で落ち着かなくさせる。怒りで身体が戦闘態勢になってるから、勘違いしたんだ、と思う事にした。
「肇、俺はコスプレに夢中になっている君が好きだし、羨ましいと思ってたよ。可愛いし、真っ直ぐで不器用な所も好き。返事は……気が向いたらちょうだい」
湊はそう言って、気を付けて帰ってねとロッカー室を出ていった。
「……っ」
肇はまた別の意味で顔が熱くなる。口元を押さえ、たった今、口走りそうになった言葉を飲み込んだ。
好意は嬉しい。それは今まで告白してくれた人と変わらない。けれど今、湊だけは、その好意に応えたいと思ったのだ。
(オレ、湊の事……好き、なのか?)
ハッキリと脳内で言葉にした時、肇の中でそれがストンと胸の中に落ちた。
そしてまたしても顔が熱くなる。何だか一人で百面相をしていて疲れたな、とコック服を脱いだ。
今頃気付くとか、鈍いにも程がある、と思ってロッカー室を出ると、真っ直ぐ家に帰った。
家に入ると、バイトに行ったハズの肇がすぐに帰ってきたので心配されたが、店が暇だったからと誤魔化し、部屋に入る。
(返事、気が向いたらちょうだいって言ってたな……)
気が向いたらとはどういう事だろう? 照れてパニックになる肇を気遣ったのだろうか?
(いや、違うぞ……)
肇は嫌な汗が出るのを感じた。
湊は諦めているのだ。自分が両想いになれないと、思い込んでいる。その証拠に、文化祭で肇に好きな人がいるのか確かめていた。
(オレは何て言った? 恋愛とかよく分からないって……)
肇は頭を抱える。自覚するのが遅かったばかりに、湊に諦めさせる方向へ向かわせてしまった。
(もう遅いのか? 多分きっかけは文化祭だ……今回も厳しいって……あれオレの事だったのかっ)
こうやって、悶々と考えているくらいなら、電話でもして伝えれば良いのだけれど、あいにくそこまでの勇気が出ない。
(漫画なら、都合よく向こうから連絡が来たりするんだけど……)
そう思ってスマホを眺めていたけれど、誰からも連絡が来なかった。肇はため息をつく。
「何だよ湊……」
出会った頃は結構強引に来ていたのに。いざとなったら諦めるのかよ、と肇は唇を噛む。
(……よし、次に会ったら言おう)
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