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契の指輪

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 気が付くと、隣に鷹使はいなかった。どこ行った? と視線を巡らせると、磨りガラスの向こうに彼らしき人影がある。

「……分かった。丁重におもてなししろ」

 そんな声がして、緋嶺は起き上がる。すると気配を察したのか、鷹使が寝室に入ってきた。

「緋嶺、起きたか。客人が来る、支度しろ」

「え? ああ、うん。……ってか、今の誰?」

 確か仲間はもう縁を切ると宣言したはず、と思っていると、鷹使は苦笑する。

「コハクだ。お前がセナに眠らされた時、なりふり構っていられず助けを求めた」

 つまりは、コハクたちはまた鷹使の味方になってくれているということだ。

 しかし客人とは誰だろう? と緋嶺は首を傾げる。コハクなら客人とは言わないだろうし、と思っていると、インターホンが鳴る。

「……来た。お前は顔くらい洗ってから来い」

 緋嶺は了解、と立ち上がる。鷹使は長い足で玄関に向かって行った。





 緋嶺が顔を洗い終えると、客人はリビングではなく、まだ玄関にいた。いや、いたというか、強制的に玄関にひざまづかされていた。コハクが客人の腕を、後ろでまとめて掴んでいる。

「セナ?」

「あ、緋嶺~」

 元気そうで良かった、と笑うセナに、お前が言うか、と鷹使は彼を睨む。

「……で? 俺たちの味方になるとは、一体どういう風の吹き回しだ?」

「どうもこうも、言葉のまんまだってぇ。僕、緋嶺のこと気に入っちゃったから」

「は?」

 緋嶺が声を上げるのと同時に、鷹使の眉間の皺が一層深くなった。

「はいそうですか、と言うわけないだろう。お前は悪魔だ、寝首を搔かれる羽目になるだろうからな」

「だからー、そこはもう信じてよぉ。何なら僕の本名教えてもいい」

 それなら契約として緋嶺に仕えることになるから、と言うセナ。緋嶺はどういう事だと鷹使を見る。

「……悪魔は自由に姿を変えられると言っただろ? 人を懐柔するのに必要な技だ。だから本当の姿と本名は知られると不利になるから、決して明かさない」

「そうっ。それに、悪魔は欲しいものを手に入れる為なら、手段を選ばないから」

 ニッコリ笑って言うセナは、本当に悪びれていない。この変わり身の早さには呆れた。

「質問だが、お前は族長か?」

 鷹使がそう聞くと、セナはつーん、とそっぽを向く。

「お前の質問にはもう答えない。緋嶺になら教える」

「……だそうだ、緋嶺」

 どうやら気に入られてしまったらしい。何故なのかは分からないけれど、味方が増えるなら良しとしよう。

「セナ。君の本名教えてくれ」

 すると彼は口を動かした。音は出ていないはずだったのに、彼の声が口の動きに合わせて聞こえる。

 僕の名前はビトルだ、と。

 セナは笑った。いつか本当の姿も見せてあげたいなぁ、と言う。

「緋嶺、聞こえたか?」

「ああ、うん。……で、君は族長なのか?」

「まぁね~。って言っても、最近の悪魔は面倒くさがりでさぁ」

 真面目に人間をたぶらかしているのは、僕くらいだよ、と苦笑した。

「お前が襲ったのは鬼だし、男ばかりだろう」

「陰険束縛男は黙ってて」

 セナは鷹使を睨む。緋嶺はセナの陰険束縛男と言うワードが、的を射ていると思って噴き出した。しかし今度は緋嶺が鷹使に睨まれて、黙る羽目になる。

「とにかく、僕は緋嶺に死なれちゃ困るから緋嶺を護る。で、陰険野郎から緋嶺を奪う」

「やれるものならやってみろ」

 緋嶺を巡って火花を散らす二人をよそに、今まで黙っていたコハクは帰っていいですか、と呆れ顔だ。

「とにかく、コイツが本当に悪魔の族長なら、緋嶺に手出しするなと言えるだろう」

 鷹使はため息をつくと、コイツ、の所で強調し、嫌味っぽく言う。何だか子供っぽい鷹使に、緋嶺は笑ってしまった。

「緋嶺は殺さないけど、お前は別だ」

 むしろ死んでくれた方が良い、とセナは言うので、それはダメだ、と緋嶺は釘を刺す。すぐに頬を膨らませたセナは大人しく分かったと言ったが、またどうして急に、味方になる気になったのだろう?

「んー? 僕、男を相手にしてた方が良いんだよねぇ」

 緋嶺が理由を聞いたら、そんな答えが帰ってきた。それが何の関係があるのかと思うけれど、この話は終わり、と言っているので、今は聞いても答えてくれそうにない。

 するとコハクが、話がまとまったようなので行きますね、とセナを解放して去って行く。セナは押さえられていた腕をさすって、天使はみんな陰険だよねー、と舌を出していた。

「じゃ、僕も今日からここにお世話に……」

「何を言っている。お前はここ以外の寝床を探せ」

 当たり前のように家に上がろうとしたセナは、鷹使に止められる。案の定口を尖らせると、分かったよー、と舌を出して外へ出て行った。

 セナがいなくなってしんとした空気が戻ってくると、鷹使が緋嶺を睨んでいた。

「一体アイツに何をしたんだ? 夢の中で相当良い思いをさせたようだな?」

 ジリジリと寄ってくる鷹使の剣幕に押され、緋嶺は後ずさりする。

「え、いや……」

 普通に鷹使の姿をしたセナに、襲われていただけだと言うと、鷹使の眉間に皺が寄った。何かまずいことを言ったかな、と思っていると、なるほどな、と鷹使は納得している。

「淫魔は夢の中で理想の相手の姿になると聞く。……つまりは……そういう事だな?」

「……」

 緋嶺はカッと頬が熱くなって視線を逸らした。鷹使はクスクスと機嫌が良さそうに笑って、緋嶺の唇にキスをする。

「お前は本当に可愛い奴だな」

「え? ……は?」

 単純にもそれだけでご機嫌になった鷹使は、緋嶺の腕を取り寝室に行こうとした。緋嶺は抵抗するも、鷹使に術をかけられ身動きが取れなくなり、ズルズルと引っ張られていく。

「鷹使! 俺もう無理だから!」


 緋嶺の抵抗が無駄に終わったことは、言うまでもない。



《契の指輪 完》
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