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契の指輪

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 緋嶺はハッとして目を開けると、そこは見覚えのない部屋だった。

 白い壁にダークブラウンの床。勉強机に、今緋嶺が寝ているのはベッドだ。

 緋嶺はのそりと起き上がる。

 心臓が痛いほど早く動いている。あれは現実だったのか? と考えて身震いした。

「おはよう。どうだった? 目の前で好きな人を殺される夢は」

 突然横から声がしてハッとそちらを見ると、ニヤニヤと笑ったセナがいた。緋嶺は思わず睨むと、まだ元気そうだね、と近付いてくる。

「近寄るな。……趣味悪ぃ夢見せやがって」

 緋嶺は、正直夢で良かった、と内心ホッとする。そして今緋嶺がいる場所も、夢の中なのだと悟った。

 セナはクスクスと笑って緋嶺の言葉を無視し、ベッドの端に座る。気を失う前に見た、怒気を孕んだ顔は、今の顔からは想像できない。

「じゃ、しよっか緋嶺。あの天使の姿が良いかな?」

 そう言ってセナは鷹使の姿になった。

「待て。俺がお前に従うって言ったら、現実に戻してくれるのか?」

 鷹使の姿のセナは笑う。そんな見え透いた嘘、聞くわけないだろ、と。

「大体、俺だって指輪の使い方、分かってねぇのに」

「そんなの、手に入れてから考えるさ」

 扱えるようになるまでに、俺なしじゃ生きられない身体にしてやる、と言われ、緋嶺の言い逃れ作戦は呆気なく崩れた。

「……指輪がどこにあるのか分かってるのか?」

 それでも抵抗しようと、まだ言葉を繋げる。セナは声を上げて笑うと、バカにしないでよ、と言った。

「僕は淫魔だよ? その辺りに異物があったら、すぐに気付くってーの」

 またすごいところに隠したよねー、と鷹使の姿と声で話すセナに、緋嶺は眉間に皺を寄せる。

「そもそも何で俺の居場所が分かったんだ? まさか、豪鬼と手を組んでたとか?」

 セナはそうだねーと髪を払った。鬼は単純で助かるよ、と笑い、面白いからネタばらししちゃおうかな、とベッドに乗ってきた。

「人間の家にあった、白い石。あれは力がある者が触ると壊れるんだ」

 まさか、と緋嶺は息を飲んだ。大野のひ孫が拾ってよこしたという、あの石か、と。あの時から布石は打たれていたのだ。そしてそのようなものを、セナは世界中にばらまいたと言う。

「そして、鬼の食べかすを利用して結界を張ったのも僕。先に緋嶺を見つけた方が彼を手に入れられる。後は手出し無用って約束で」

 そうしたら天使と同行する人間くさい鬼がいた、とセナは緋嶺の頬を撫でた。

「僕が緋嶺のこと好きなのは本当だよ?」

 いい体してるもんねー、と鷹使の顔で言うから違和感しかない。

 すると緋嶺のそばの壁を、何かが突き破ってきた。それは鷹使の姿をしたセナを巻き込み、反対側の壁を同じように突き破って去って行く。

 何が起きた、とベッドから降りて穴の空いた壁から外を見ると、木々をなぎ倒し、土煙を上げながら二人の鷹使が戦っているのだ。

(……まさか、俺を助けに来た!?)

 緋嶺はその穴から外へ飛び出すと、土煙で二人は見えなくなっていた。どんな状況なのか分からず、緋嶺は鷹使を呼ぶ。

 すると土煙の中から悠然と鷹使がこちらに向かって歩いてきた。その鷹使が言う。

「緋嶺、帰るぞ」

 その言葉に、緋嶺は駆け寄りそうになって止めた。もう一つの影が、鷹使の後ろから現れたのだ。そして鷹使の首元に手刀を添えると、その影も鷹使の声で騙されるな、と言うのだ。

「……っ」

 後ろから来た人影も鷹使だった。同じ顔が二つ並び、どちらが本物なのか分からない。違いを挙げるとすれば、後ろの鷹使は髪や服が乱れてボロボロだということだ。

「緋嶺、こいつを殺せ」

 ボロボロの鷹使が言う。

「まさか、どっちが本物なのか、分からないとでも言うのか?」

 涼しい顔をした鷹使が言った。

 緋嶺は内心頭を抱える。見た目では判断できない、ならどうすれば、と考える。

「それなら、選んでもらおうか」

 涼しい顔をした鷹使は、もう一人の鷹使の手をそっと外し、もう一人の鷹使の隣に並んだ。ボロボロの鷹使もそれに賛同したのか、大人しく立っている。

「どちらかを攻撃しろ」

 ボロボロの鷹使が言った。緋嶺は首を振る。そんな事をして、もし本物を傷付けてしまったらと思うとできない。

 そうやって迷ったのがいけなかった。ボロボロの鷹使はその一瞬をつき、涼しい顔をした鷹使の脇腹に腕を突き刺す。

「……っ」

「鷹使!!」

 突き刺した所から血が溢れた瞬間、緋嶺の心臓がドクンと大きく脈打った。一気に血が沸騰するほど身体が熱くなり、反射的に緋嶺は地面を蹴る。

 そして脳内にあの声がした。


 ──許サナイ、コイツヲ殺セ!!


「セぇぇぇナぁぁぁ!!」

 緋嶺は迷わず、腕を突き刺したボロボロの鷹使の方へ向かった。そしてその整った顔に、渾身の力を込めて拳をぶつける。彼は吹き飛んで数メートル先の木にぶつかったが、緋嶺は尚も追いかけようと地面を蹴ると、急に視界の景色が変わった。

「……っ、はぁっ!」

 呼吸が乱れて大きくそれを繰り返す。汗がどっと出て気持ちが悪い。心臓もこれ以上ないくらい早く脈打っていて、緋嶺はすぐに視線を巡らせた。

 緋嶺は寝室にいた。見覚えのある天井。どうやら戻って来たようだ。

「……っ、鷹使っ」

 緋嶺は隣に鷹使も寝ていたことに気付く。しかしぐったりしていて動かない。ヒヤリとしたものが、緋嶺の背中を伝った。まさか夢の中でのダメージが、現実にも引き継がれているのだろうか。

 緋嶺は鷹使に、目を覚ましてくれ、と言う気持ちで口付ける。

 危険を承知で自分を護り、助けてくれた鷹使。お前に罪は無いと言ってくれた。こんなにも愛されているのに、どうして好きにならずにいられる?

 唐突にそんな感情が奥から湧き上がり、声が震える。

「鷹使……っ」

 そっと彼の唇を吸った。すると意識が戻ったのか、彼の腕が動く。しかし弱っているらしい、緋嶺の首まで腕を上げることはできず、優しく二の腕を撫でただけに終わった。

 それでも少しずつ回復しているようだ、次第に鷹使に流れていく力の量が増えているような感覚がして、あの蜜のような甘い味が濃くなっていく。

 息継ぎのために少し顔を離すと、うっすらと目を開けた鷹使がいる。

「……世話の焼ける甥だな……」

 彼が笑ったので、緋嶺は一気に目頭が熱くなった。そしてそのまま彼を抱きしめる。

「鷹使……っ、良かった……!」

 肩口に顔をうずめて泣く緋嶺の頭を、鷹使は優しく撫でてくれた。
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