【完結】天使の愛は鬼を喰らう

大竹あやめ

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契の指輪

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 次の日は雨だった。少し春に向けて上がっていた気温も雨で下がり、冬に逆戻りしたような寒さだ。

 緋嶺たちは起きて朝食を済ませたあと、悪魔を追うべく出掛ける準備をしていた。

「緋嶺」

 準備は良いか、と聞かれ頷いて、外に出ようとした時、鷹使のスマホが鳴る。

 こんなタイミングで、と思ったけれど相手は大野だったらしく、先に車に乗ってろ、と言われ、言う通りに外へ出た。

 傘をさして車まで行くと、生垣の向こうに人影がある。この雨の中傘もささずに歩いているので、緋嶺は反射的にその人の所へ駆け寄っていた。

「セナ! どうした? 傘もささずに」

「……あ」

 ボーッとして歩いていたらしいセナは、緋嶺の傘の中に入ると、ようやく自分が傘をさしていないことに気付いたらしい。

「……ごめん、ボーッとしてて……」

 しかしそう言う彼は初めてあった時程の元気はなく、困ったように笑っていた。緋嶺は彼が普通の精神状態じゃないことを悟る。

「謝らなくていい。どうしたんだ? この間といい、様子がおかしいから心配で……」

「……心配してくれたんだ」

 彼はまた困ったように笑った。ずぶ濡れになるまで気付かないなんて、相当の事があったのだろう、と緋嶺は家に入れて話を聞こうとする。

 しかし彼は濡れてるから迷惑になる、とそれを拒否した。

「何言ってんだ、寒いからとりあえず中に入ろう?」

「……ここで僕の話を聞いて」

 セナの縋るような目に、緋嶺は逆らえなかった。聞くからその後は家に入って身体を拭こう、と言うと、彼は緊張したように頷く。

「……僕、緋嶺の事が……」

 好きになっちゃったみたい、とセナは緋嶺の首に腕を回し、唇を重ねた。ふわりと羽のような感触は鷹使のとはまた違う。

 え? と思うのと同時に目眩がする。足の力が抜けてふらつくと、傘が落ちた。

 緋嶺を抱きとめたセナは、緋嶺より小さな身体をしているのに、しっかりと支えている。

「……セナ……?」

 顔に雨粒が落ちてくる。霞んでいく視界で彼を見ると、綺麗な顔で微笑んでいた。

「おやすみ、緋嶺」

 そんな声がして、緋嶺は意識を失った。





 気が付くと、緋嶺は寝室の布団で寝ていた。なぜここに、と思って起き上がると、鷹使が部屋に入ってくる。

「ようやく起きたか。お前、三日も寝てたんだぞ?」

「え?」

 そう言えば、さっきまで外にいて雨に降られたはずなのに、着替えもしているし部屋の外はいい天気だ。

「……セナは?」

「セナ?」

 名前を聞いて眉根を寄せた鷹使に、緋嶺は頷く。

 寝る直前、セナと会って告白された、と。

「さあ? お前は外で一人、倒れていただけだったが?」

「……」

 それよりも、一人で結界の外に出るなと言っただろう、と鷹使に言われ、首を竦めた。

「そう言えば、悪魔の件はどうなった?」

「お前が倒れたから進展はない」

「う、ごめんなさい……」

 もっともなことを言われ、緋嶺はまたまた首を竦める。鷹使は緋嶺の頭を撫で、飯を持ってくる、と寝室を出て行った。

 それにしても不思議だ、セナはあれから自分を置いて去ったらしい。あんな雨の中にだ。

(ま、無事だったから良しとするか)

 そう思っていると、鷹使がお盆を持って戻って来た。お盆にはおじやが入った丼があり、差し出してくる。これを食べろということらしい。

「なぁ、もっとまともな食事ないのか?」

「作ってもらっておいて文句を言うな。いきなり肉など、食う訳にはいかないだろう」

 緋嶺は不満に思いながらもおじやを口にする。そう言えば、食事をいつも作るのは鷹使だ。緋嶺が作るとこってりガッツリな料理になるので、見かねて料理担当は鷹使にしたのだった。

「……美味いか?」

「薄味で消化も良い料理をアリガトウゴザイマス」

 嫌味っぽく言うと、鷹使はクスクスと笑う。そんな風に笑うのは珍しいな、と彼をまじまじと見てしまう。

 改めて、本当に綺麗な顔をしているなと思う。髪の毛も肌も、特に何もしていないようなのに、どうしてこんなにも艶があるのだろうと。

「……どうした?」

「……いや」

 そんな緋嶺に気付いた鷹使が首を傾げる。緋嶺は慌てておじやを再び食べ始めた。

(何だろう? 何か落ち着かない)

 その原因が何なのか、緋嶺は分からないでいた。

「なぁ、セナの事が気になるし、家に行ってみても良いか?」

 告白されたのに、そのまま置いていくなんて普通なら考えられない。何かあったのかも、と言うと、鷹使は分かった、と了承した。

「とりあえず食え」

「ああ、うん」

 何だかとてつもないものを見落としている気がする。しかしそれが何なのか分からない。少しの気持ち悪さを感じながらも、まあいいか、と流していく。

 緋嶺はおじやをたいらげると、鷹使は緋嶺の頭を撫で、丼を片付けにいく。

「なぁ、子供じゃないんだから。それやめろよな」

「……そうか、悪い」

 素直に鷹使に謝られて面食らっていると、違和感は鷹使にあると気付く。けれど勘に近いものなので決定的な何かがある訳ではなく、緋嶺は鷹使の後を追いかけ、キッチンで食器を洗う鷹使を観察した。

「……どうした?」

「……いや」

 また同じ会話をすると、鷹使のスマホが鳴った。彼は食器洗いを緋嶺に任せ、電話をしながらリビングへ入っていく。

 緋嶺はさっと食器を洗い終えると、鷹使が電話をしている間にそっと家を出た。外は春らしい天気で暖かく、庭の緑も濃くなっている。

 そのまま庭を出ると、突然身体の中でプツンと何かが切れる感覚がした。足を止めて何だろう、と考えるけれど、自分の身体には変化がない。

(靴紐が切れた訳でもないし……何が切れた?)

 しばらく自分の身体を見てみるけれど、やっぱり異常はなかった。気のせいか、と再び足を進めると、十分ほど歩いた所に印旛の表札を見つける。

 緋嶺は一呼吸し、玄関の前でインターホンを押した。
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