上 下
18 / 44
契の指輪

18

しおりを挟む
 緋嶺が気が付くと、いつもの雨漏りの跡がある天井が見えた。いつの間に帰ってきたんだ、と起き上がると、何やら怒鳴り声が聞こえる。緋嶺は声のする方向へ行くと、リビングに天使族の少年がいた。

「立場が悪くなる前に見捨てろって……ふざけてんですかっ!?」

「ふざけていない。豪鬼を殺してしまった以上、鬼との衝突は避けられない」

 今のうちに俺とは一切関係ないと言え、と鷹使は少年の頭を撫でる。すると少年はあっという間に目に涙を浮かべ、ボロボロとそれを落とした。

「嫌だ……、ねぇ、ヒスイ……」

「その名前で呼ぶのはやめろ」

「どうして!? みんなでここまでやってきたのに……っ」

 緋嶺は二人の近くに行くと、少年は緋嶺を睨んだ。

「そこの混血さえいなければ、サラさんだって死ぬことは無かったし、ヒスイさんだって……」

「コハク。それ以上言うならお前も俺の敵だ」

 鷹使は少年の言葉を遮る。少年の名前はコハクというらしい。しかし彼は更に言い募る。

「僕は! サラさんとヒスイさんだからついてきたんです! 他のみんなもそう!」

 それを聞いた鷹使は目を伏せた。

「……サラを殺したのは俺だ」

「僕たちはそう思っていません!」

「帰れ!」

 珍しく鷹使は声を荒らげたかと思うと、コハクは足を進めた。しかし本人の意思ではないことが、表情で分かる。

「ちょ! ヒスイさん!」

 騒ぎながらコハクが家を出ていくと、しんとした空気が流れた。

 何だろう? 鷹使はいつになく頼りない雰囲気だ。そう思って、緋嶺は思わず彼を抱きしめる。いつも人をからかってばかりの鷹使が大人しくなると、何だか放っておけない。

「俺がお前を護っていれば済む話だと、そう思っていたのは間違いだったな……」

「何だよらしくない」

 最初はあれだけ強引に、緋嶺を自分のそばに置くという態度だったのに、今の鷹使はそれが揺らいでいるように見える。

 緋嶺はそっと、かかとを上げた。そして彼の薄くて綺麗な唇に、自分のを重ねる。

「なぁ、俺ちゃんとお前の話聞いてない。どういう経緯で俺を護る事になったのかとか……」

「……そうだな」

 そう言ってから、自分から鷹使にキスをした事に気付き、顔が一気に熱くなった。慌てて彼から離れると、鷹使は珍しくからかわずに苦笑しただけだった。

 鷹使はリビングで、と言うので移動すると、二人でコタツに入る。と言っても、もうそろそろ暖かくなるので片付けてもいいかな、と緋嶺はぼんやり思った。

「俺の夢に入った時の事は覚えているか?」

「ああ」

「あの時はもう、逃亡生活だった」

 それはその時に聞いた。緋嶺が人間界に落とされるまでに何年かあるので、長い逃亡生活だったようだ。

「俺は……族長の立場でありながら、私情でお前たちを匿っていた」

 でも、と鷹使は続ける。

「時間が経てば経つほど、隠し通すのは難しくなってな。ついには俺が匿っていることもバレた」

 族長会議で、サラを突き出せば匿った事を不問にすると言われ、ふざけるな、と喧嘩を売ったのだ。彼らに他の部族を攻撃する意思はない。本当に、ただ愛し合っているだけだというのに、なぜ殺されなければいけないのか、と。

「当たり前だが、そうしたら天使族全体の立場が悪くなって……みかねたサラが自ら処分される事を望んだ」

「……っ」

 緋嶺は息を飲んだ。鷹使がサラを殺したのは自分だと言い張るのは、そういう事だったのか、と。

「もちろんそれは拒否した。けど昔からこうと決めたら曲げない性格でな。緋月にも説得できなかった」

 だからサラは遺言で、緋嶺を絶対に護ってねと言ったのだ。

「そうしたら緋月まで、俺の立場を心配して緋嶺と共に行方を眩ませた」

 すると緋月はすぐに、豪鬼に処刑されたと聞く。緋嶺は行方不明だとも。

 鷹使は再三族長会議で掛け合った。しかし結果は変わらず、鷹使は族長の座をコハクに譲り、緋嶺探しに世界を飛び回ったと言う。

「……って、あの子が族長?」

 あの、年端もいかない少年が? と思っていると、鷹使は苦笑した。

「天使族の見た目は人間にしてみれば、若作りらしいからな」

 あれでまだ百六十歳だと言われて、若作りどころの話じゃないと緋嶺は狼狽える。それでは鷹使は一体何歳なのだろう? 聞いてみたらコハクの倍だと言われた。聞かなかった事にしよう。

「鬼の見た目と寿命は、人間とそれほど変わらないんだったな」

 鷹使はどこか寂しそうに呟いた。なぜ、と思って鷹使を見ると、彼はじっと緋嶺を見ている。

「そ、それは別にアンタとは関係ないだろ?」

 それよりも、大切なサラの遺言を守る方が先決だろ、と慌てて視線を逸らすと、それはそうだが、と歯切れの悪い返事がくる。

「ってか、遺言だけでそこまでするって、よっぽど母さんのこと大事なんだな」

 俺には記憶が無いから、よく分からないけどさ、と言うと、鷹使は緋嶺を見つめたまま僅かに眉間に皺を寄せた。

「何か勘違いしていないか?」

「へっ? 何が?」

「まさかとは思うが、お前……まだ自覚していないのか?」

「自覚って何だよ……?」

 すると鷹使はため息をついて、緋嶺の隣に来る。警戒して身を引くと、おい、と不機嫌な顔をされた。

「サラは俺の妹だ。大切な存在ではあるが、嫁にする対象ではない」

「……はぁ……」

「いくら妹の遺言でも、それ以上の付加価値が無ければ自ら探しに行ったりしない」

 でなければ人を遣って探す、と言われ、それ以上の付加価値とは、と緋嶺は考えた。そしてサラが鷹使の妹だと知って、どこか安堵している自分がいる。

「俺はお前が産まれた時に、どうしようもなく愛おしいと思ったんだ」

 そう言われて、緋嶺はカーッと顔が熱くなるのを自覚した。そしてその反応に戸惑う。

「そっ、それは……妹の子供だからじゃないのか?」

 そう言って緋嶺はハッとした。妹の子供という事は、鷹使は自分の伯父ということになる。

 初めて自分の家族にちかしい存在を知って、緋嶺は憧れていた家族への気持ちが一気に満たされた気がした。

「……本当に、俺の家族なのか……」

 母の兄という間柄ではあるけれど、血縁はちゃんといた。それが嬉しくて緋嶺は熱くなった顔を片手で隠す。しかし鷹使はまた眉間に皺を寄せていた。

「鷹使は、俺の伯父さんなんだな」

 緋嶺はそう呟くと、鷹使は不機嫌な顔をしたまま、ため息をついた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

零れる

午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー あらすじ 十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。 オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。 ★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。 ★オメガバースです。 ★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...