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契の指輪

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 帰り道、車の中で二人は、一言も話さなかった。

 鷹使は緋嶺の様子に気付いているのだろう、いつもの冷たい雰囲気ではなく、そっと見守るようなスタンスで運転席にいる。

(本当に、俺が弱ると優しくなるんだから)

 いつも優しくしろよ、とか思うけれど、それはそれで気持ちが悪いので言わないでおく。そして、優しい鷹使に安心している自分がいるのも、黙っておこうと思った。

「……ステーキでも食べに行くか?」

 しかも鷹使はそんな事を言い出すから、緋嶺は素直になれず、窓の外を見る。

「……大野さんにもらった白菜、消費しないといけないだろ?」

 それはそうだが、と鷹使は呟く。しかし次の瞬間、車を急停車させた。

「……っ、なに……っ!?」

「緋嶺!」

 鷹使を振り返った緋嶺は、視界の端でフロントガラスが割れるのを見た。ハッとした時には遅く、続いてお腹に鈍い衝撃がある。

 なにごとだ、と息を詰めた緋嶺は衝撃があったお腹を見た。そこには太い、浅黒い肌の腕が自分の身体を突き刺していて、フロントガラスがあった場所に、人間ではそうそう無い体格の大きな人型が見えた。

 緋嶺は胃から込み上げたものを吐く。べちゃべちゃと音を立てて口から落ちたのは、血だった。鷹使が慌てた様子で緋嶺を呼ぶ。

「……指輪はどこだ?」

「……は……?」

 車のフレームを片手で曲げて、中に身を乗り出して来た大男は、運転席にいる鷹使を睨む。

「この男は指輪共々破壊する。そう族長同士で決めたはずだが?」

 なぜお前が護っている、大男は尋ねた。緋嶺は目線だけそちらに巡らせると、鷹使は数人の角が生えた男に押さえ付けられ、動けないでいる。鬼たちか。それではこれが鬼の族長か。

豪鬼ごうき、コイツに罪はない……っ」

「また押し問答を続ける気かヒスイ。コイツが正気を保てなくなったら、世界が滅びるんだぞ?」

(……指輪? 豪鬼? ヒスイ? 何なんだ? 何の話だ?)

 豪鬼とはこの大男のことか? 鬼の族長は豪鬼というのか、と緋嶺は朦朧とする意識の中で、重たい腕を動かし、突き刺さった腕を掴んだ。緋嶺の両手でも余るほどの太さのそれを、抜こうと力を込める。

「……ぬ?」

 大男は緋嶺が腕を自力で抜き始めたことに驚いたようだ。もう片方の腕を添え支えるが、緋嶺の力の方が強いのか、どんどんそれは抜けていく。

 すると、鷹使のそばにいた鬼たちが悲鳴を上げた。大男も同じで、一気に腕が引き抜かれ、その手が奴の目元を覆った。どうやら鷹使が彼らの目を攻撃したらしい。それと同時に爆風が吹き荒れる。竜巻に巻き込まれたような風圧に息ができなくなると、ふわりと身体が浮いて、一気に辺りが静かになった。

 緋嶺は霞んだ目で見ると、鷹使に抱かれて空を飛んでいるのが分かる。彼の背中には純白の羽があり、時折羽ばたいては前に進んでいた。天使の風を操る力か、と緋嶺は少し咳をする。

「……っ、か……」

 喋ろうとして、ごぽっと嫌な音を立てて出てきたのは言葉ではなく血だ。鷹使は喋るな、とだけ言って地面に降り立った。

 建物に入ってようやく、家に帰ってきたのだと知る。そのまま寝室まで行き布団に寝かされると、珍しく眉を下げた鷹使がいた。

「緋嶺……」

 そっと彼の顔が近付く。唇が触れ合い、緋嶺は酷く安心して全身の力が抜けた。

「緋嶺……緋嶺、ダメだ、寝るな……っ」

 緋嶺の様子を見た鷹使は慌ててまた顔を近付ける。再び鷹使の唇を受け入れながら、緋嶺はどうして彼はこんなにも慌てているのだろう、と思う。いつもは皮肉な笑みをたたえているのに、らしくない、と気分が良くなり、自然と笑みがこぼれた。

「……アンタ……俺に、死んでほしくない……のか……?」

「当たり前だ!」

 鷹使は叫ぶ。しかし、その後に続いた彼の言葉に、比喩ではなく、本当に血の気が引いた。

「サラとの約束が守れなくなる……っ」

(……ああ、そうか……)

 彼はサラの遺言を守ろうとしているだけなのだ。決して、緋嶺自身をまもろうとしている訳じゃない。

 嘘でもいいから、緋嶺が大切だからと言ってくれる人はいないのだろうか? そう思って薄れていく意識を手放そうとする。

「んぅ……っ」

 すると鷹使に唇を噛まれて意識が引き戻された。先程から彼は口付けばかりしているけれど、これは緋嶺から力を抜いた時の応用で、逆に力を送り込んでいるのだと、唇を重ねるごとにハッキリしてくる。

「た……かし……」

「……血が止まっただけだ。まだ無理するな」

 天使の力は万能だな、と緋嶺は内心苦笑する。元々気のコントロールを主にした術に長けているだけあって、自分の力を色んなものに応用できるのはすごいな、と思った。

 しばらく口付けを繰り返し、部屋には濡れた音と湿った息づかいの音が響く。しかし緋嶺の意識はまた落ちようとしていた。

「……ん……」

 甘い声が緋嶺の口から零れる。クラクラする頭で緋嶺は力を振り絞って鷹使の首に腕を回すと、自分でも思っても見なかった言葉が出てきた。

「鷹使……俺の、家族になって……?」

「……ああ」

 切れ切れの息の中そう言うと、鷹使はそう言ってまた口付けをする。緋嶺はその答えに安心し、とうとう意識を落とした。
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