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契の指輪
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「……被害者は胸から下腹部まで真っ直ぐ皮膚を切り裂かれていて、内蔵を取り出されています」
しかし内蔵は近くに落ちておらず、おびただしい血の跡だけが残っています、と現場まで歩きながら男は説明した。
「……これで何件目ですか?」
「七件目。そのうち三件がここ三週間以内に県内で起こっていて、手口は同じなので同一犯かと」
緋嶺が罠の結界に掛かったのが二週間前。もし本当に鬼の仕業で緋嶺を探しているのだとしたら、辻褄が合うし、居場所の検討を付け始めている。
「ところで彼は?」
男は後ろにいた緋嶺をチラリと見た。ずっと鼻を覆っているので、無理してついてこなくても、と心配してくれる。
「彼はアシスタントだ。現場は初めてだから、血の臭いに慣れていない」
そうですか、と男は頷いた。しかし現場はまだ先なのに、鼻が利く方なんですね、と男は苦笑する。どうやら鷹使たちが平気な訳ではなく、緋嶺が過剰反応しているだけだと気付かされた。
すると男は立ち止まる。この先です、と言われて見ると、黒い靄がかかったようにそこは暗かった。
「遺体は既に運ばれていますが、写真で良ければお見せします」
私たちはもう撤収するので、と来た道を戻って行った男を、緋嶺たちは見送った。
「……腹が減ったって言ってたな。それでそんなに血の臭いに反応してるのか」
「……」
緋嶺は視線を逸らす。すると鷹使は緋嶺の背中をひと撫でした。するとすっと身体が楽になり、何が起きたと鷹使を見る。
「……何で警察がアンタを知ってんだよ?」
「言っただろう? 何でも屋だって」
それにしても警察と繋がっているだなんて、誰が思うだろうか? そう思っていると、人ならざる者の事件解決は、主に俺がしているからな、と鷹使は言った。
「……まだ遺体があれば、お前にも少し喰わせてやれたんだけどな」
「……っ、そんなの、絶対に嫌だ!」
緋嶺は冗談でもそんな事を言うな、と思わず声を荒らげると、鷹使は笑って行くぞ、と歩き出す。何故笑うんだ、と後ろから鷹使を睨むと、彼はニヤリと笑いながら振り向いた。
「あんな顔で俺の指をしゃぶっておきながら、まだ意地を張るか」
「……っ」
緋嶺はカッと頬が熱くなるのを感じる。いつものからかいだと流せば良かったのに、何故かできなくて黙っていると、鷹使は緋嶺を不思議そうに見つめた。
しかし彼は何も言わず、また前を向いて歩き出す。
現場に着いた緋嶺は、とある木の根元が真っ赤に染められているのを見て、胃が勝手に動き出したのを力を込めて抑えた。
「遺体は運んだって言ってたな」
鷹使はまた固まりきっていない血を指で掬うと、その固さを見るように指を擦り合わせた。
「変だと思わないか?」
「……何で」
こんなに残忍な事をするなんて、人間ではそうそういないだろう。これは鬼の仕業ではないのか?
「鬼なら遺体すら残らない。何故なら全部食べるだろうからだ」
お前だってそうするだろう? と言われて、緋嶺は無言で鷹使を睨んだ。しかし彼は気にせず話を続ける。
「考えられるのは、内蔵にしか興味が無かったか、そもそも鬼の仕業ではない、かだな……」
鷹使は緋嶺の元へやって来て、血が付いた指を目の前に差し出してくる。
「やめろっ」
緋嶺はその手を払った。すると鷹使は眉間に皺を寄せ、鼻を覆った緋嶺の腕を退かして、無理やり口の中へとねじ込もうとしてくる。
嫌だと言っているのに、どうして嫌がらせのようにこんな事をしてくるのか、と緋嶺は唇に擦り付けてくる鷹使の指を噛んだ。すると人間の血の味がして吐きそうになるのと同時に、じわりと鷹使の血の味がして目眩がする。
「……上司の言うことは絶対だぞ、緋嶺」
緋嶺の膝の力が抜けた。強い酒でも飲んだように酩酊し、また勝手に動く両手で鷹使の指を引き寄せる。
その様子を見た鷹使は笑った。
「緋嶺……ひょっとして俺の血の方が好きか?」
その問いに、緋嶺は答えず鷹使の指から僅かに出てくる血を、もどかしく思いながら吸い続ける。ああ、また指を傷付けてしまった、と頭の片隅で思って、はたと気付いた。
今自分が吸っている指は、どちらの手だ?
緋嶺は確かめるために指を引き抜く。ボーッとする頭で確認すると……左手だ。
「どうした? もう終わりか?」
鷹使は笑っている。その白く細い指は血と緋嶺の唾液で濡れているけれど、傷は一つしかない。
「……あれ……?」
確か鷹使は絆創膏を貼っていたはず。傷を付けたはずなのに、と思っていると、鷹使はまた笑った。
「お前が絆創膏を見る度罪悪感に苛まれるなら、いくらでも貼ってやるぞ?」
一応、痛いには痛いからな、と言う鷹使が、わざと大袈裟に絆創膏を貼っていたと知り、緋嶺は一気に頭が冴える。そして彼の手を払うと、睨んだ。
「……そんな事して楽しいかよ?」
「……そもそも、俺を人間と同じように考えてる事が間違いだ。この程度の傷ならすぐ治る」
緋嶺はカッと頬が熱くなる。こんな奴の血に、一瞬でも夢中になってしまった自分が恥ずかしくて悔しくて、唇を噛んだ。
鷹使は鼻を鳴らすと、資料をもらって帰るぞ、と踵を返す。緋嶺は無言でその後を追った。
しかし内蔵は近くに落ちておらず、おびただしい血の跡だけが残っています、と現場まで歩きながら男は説明した。
「……これで何件目ですか?」
「七件目。そのうち三件がここ三週間以内に県内で起こっていて、手口は同じなので同一犯かと」
緋嶺が罠の結界に掛かったのが二週間前。もし本当に鬼の仕業で緋嶺を探しているのだとしたら、辻褄が合うし、居場所の検討を付け始めている。
「ところで彼は?」
男は後ろにいた緋嶺をチラリと見た。ずっと鼻を覆っているので、無理してついてこなくても、と心配してくれる。
「彼はアシスタントだ。現場は初めてだから、血の臭いに慣れていない」
そうですか、と男は頷いた。しかし現場はまだ先なのに、鼻が利く方なんですね、と男は苦笑する。どうやら鷹使たちが平気な訳ではなく、緋嶺が過剰反応しているだけだと気付かされた。
すると男は立ち止まる。この先です、と言われて見ると、黒い靄がかかったようにそこは暗かった。
「遺体は既に運ばれていますが、写真で良ければお見せします」
私たちはもう撤収するので、と来た道を戻って行った男を、緋嶺たちは見送った。
「……腹が減ったって言ってたな。それでそんなに血の臭いに反応してるのか」
「……」
緋嶺は視線を逸らす。すると鷹使は緋嶺の背中をひと撫でした。するとすっと身体が楽になり、何が起きたと鷹使を見る。
「……何で警察がアンタを知ってんだよ?」
「言っただろう? 何でも屋だって」
それにしても警察と繋がっているだなんて、誰が思うだろうか? そう思っていると、人ならざる者の事件解決は、主に俺がしているからな、と鷹使は言った。
「……まだ遺体があれば、お前にも少し喰わせてやれたんだけどな」
「……っ、そんなの、絶対に嫌だ!」
緋嶺は冗談でもそんな事を言うな、と思わず声を荒らげると、鷹使は笑って行くぞ、と歩き出す。何故笑うんだ、と後ろから鷹使を睨むと、彼はニヤリと笑いながら振り向いた。
「あんな顔で俺の指をしゃぶっておきながら、まだ意地を張るか」
「……っ」
緋嶺はカッと頬が熱くなるのを感じる。いつものからかいだと流せば良かったのに、何故かできなくて黙っていると、鷹使は緋嶺を不思議そうに見つめた。
しかし彼は何も言わず、また前を向いて歩き出す。
現場に着いた緋嶺は、とある木の根元が真っ赤に染められているのを見て、胃が勝手に動き出したのを力を込めて抑えた。
「遺体は運んだって言ってたな」
鷹使はまた固まりきっていない血を指で掬うと、その固さを見るように指を擦り合わせた。
「変だと思わないか?」
「……何で」
こんなに残忍な事をするなんて、人間ではそうそういないだろう。これは鬼の仕業ではないのか?
「鬼なら遺体すら残らない。何故なら全部食べるだろうからだ」
お前だってそうするだろう? と言われて、緋嶺は無言で鷹使を睨んだ。しかし彼は気にせず話を続ける。
「考えられるのは、内蔵にしか興味が無かったか、そもそも鬼の仕業ではない、かだな……」
鷹使は緋嶺の元へやって来て、血が付いた指を目の前に差し出してくる。
「やめろっ」
緋嶺はその手を払った。すると鷹使は眉間に皺を寄せ、鼻を覆った緋嶺の腕を退かして、無理やり口の中へとねじ込もうとしてくる。
嫌だと言っているのに、どうして嫌がらせのようにこんな事をしてくるのか、と緋嶺は唇に擦り付けてくる鷹使の指を噛んだ。すると人間の血の味がして吐きそうになるのと同時に、じわりと鷹使の血の味がして目眩がする。
「……上司の言うことは絶対だぞ、緋嶺」
緋嶺の膝の力が抜けた。強い酒でも飲んだように酩酊し、また勝手に動く両手で鷹使の指を引き寄せる。
その様子を見た鷹使は笑った。
「緋嶺……ひょっとして俺の血の方が好きか?」
その問いに、緋嶺は答えず鷹使の指から僅かに出てくる血を、もどかしく思いながら吸い続ける。ああ、また指を傷付けてしまった、と頭の片隅で思って、はたと気付いた。
今自分が吸っている指は、どちらの手だ?
緋嶺は確かめるために指を引き抜く。ボーッとする頭で確認すると……左手だ。
「どうした? もう終わりか?」
鷹使は笑っている。その白く細い指は血と緋嶺の唾液で濡れているけれど、傷は一つしかない。
「……あれ……?」
確か鷹使は絆創膏を貼っていたはず。傷を付けたはずなのに、と思っていると、鷹使はまた笑った。
「お前が絆創膏を見る度罪悪感に苛まれるなら、いくらでも貼ってやるぞ?」
一応、痛いには痛いからな、と言う鷹使が、わざと大袈裟に絆創膏を貼っていたと知り、緋嶺は一気に頭が冴える。そして彼の手を払うと、睨んだ。
「……そんな事して楽しいかよ?」
「……そもそも、俺を人間と同じように考えてる事が間違いだ。この程度の傷ならすぐ治る」
緋嶺はカッと頬が熱くなる。こんな奴の血に、一瞬でも夢中になってしまった自分が恥ずかしくて悔しくて、唇を噛んだ。
鷹使は鼻を鳴らすと、資料をもらって帰るぞ、と踵を返す。緋嶺は無言でその後を追った。
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