【完結】天使の愛は鬼を喰らう

大竹あやめ

文字の大きさ
上 下
11 / 44
契の指輪

11

しおりを挟む
「……被害者は胸から下腹部まで真っ直ぐ皮膚を切り裂かれていて、内蔵を取り出されています」

 しかし内蔵は近くに落ちておらず、おびただしい血の跡だけが残っています、と現場まで歩きながら男は説明した。

「……これで何件目ですか?」

「七件目。そのうち三件がここ三週間以内に県内で起こっていて、手口は同じなので同一犯かと」

 緋嶺が罠の結界に掛かったのが二週間前。もし本当に鬼の仕業で緋嶺を探しているのだとしたら、辻褄が合うし、居場所の検討を付け始めている。

「ところで彼は?」

 男は後ろにいた緋嶺をチラリと見た。ずっと鼻を覆っているので、無理してついてこなくても、と心配してくれる。

「彼はアシスタントだ。現場は初めてだから、血の臭いに慣れていない」

 そうですか、と男は頷いた。しかし現場はまだ先なのに、鼻が利く方なんですね、と男は苦笑する。どうやら鷹使たちが平気な訳ではなく、緋嶺が過剰反応しているだけだと気付かされた。

 すると男は立ち止まる。この先です、と言われて見ると、黒いもやがかかったようにそこは暗かった。

「遺体は既に運ばれていますが、写真で良ければお見せします」

 私たちはもう撤収するので、と来た道を戻って行った男を、緋嶺たちは見送った。

 「……腹が減ったって言ってたな。それでそんなに血の臭いに反応してるのか」

「……」

 緋嶺は視線を逸らす。すると鷹使は緋嶺の背中をひと撫でした。するとすっと身体が楽になり、何が起きたと鷹使を見る。

「……何で警察がアンタを知ってんだよ?」

「言っただろう? 何でも屋だって」

 それにしても警察と繋がっているだなんて、誰が思うだろうか? そう思っていると、人ならざる者の事件解決は、主に俺がしているからな、と鷹使は言った。

「……まだ遺体があれば、お前にも少し喰わせてやれたんだけどな」

「……っ、そんなの、絶対に嫌だ!」

 緋嶺は冗談でもそんな事を言うな、と思わず声を荒らげると、鷹使は笑って行くぞ、と歩き出す。何故笑うんだ、と後ろから鷹使を睨むと、彼はニヤリと笑いながら振り向いた。

「あんな顔で俺の指をしゃぶっておきながら、まだ意地を張るか」

「……っ」

 緋嶺はカッと頬が熱くなるのを感じる。いつものからかいだと流せば良かったのに、何故かできなくて黙っていると、鷹使は緋嶺を不思議そうに見つめた。

 しかし彼は何も言わず、また前を向いて歩き出す。

 現場に着いた緋嶺は、とある木の根元が真っ赤に染められているのを見て、胃が勝手に動き出したのを力を込めて抑えた。

「遺体は運んだって言ってたな」

 鷹使はまた固まりきっていない血を指で掬うと、その固さを見るように指を擦り合わせた。

「変だと思わないか?」

「……何で」

 こんなに残忍な事をするなんて、人間ではそうそういないだろう。これは鬼の仕業ではないのか?

「鬼なら遺体すら残らない。何故なら全部食べるだろうからだ」

 お前だってそうするだろう? と言われて、緋嶺は無言で鷹使を睨んだ。しかし彼は気にせず話を続ける。

「考えられるのは、内蔵にしか興味が無かったか、そもそも鬼の仕業ではない、かだな……」

 鷹使は緋嶺の元へやって来て、血が付いた指を目の前に差し出してくる。

「やめろっ」

 緋嶺はその手を払った。すると鷹使は眉間に皺を寄せ、鼻を覆った緋嶺の腕を退かして、無理やり口の中へとねじ込もうとしてくる。

 嫌だと言っているのに、どうして嫌がらせのようにこんな事をしてくるのか、と緋嶺は唇に擦り付けてくる鷹使の指を噛んだ。すると人間の血の味がして吐きそうになるのと同時に、じわりと鷹使の血の味がして目眩がする。

「……上司の言うことは絶対だぞ、緋嶺」

 緋嶺の膝の力が抜けた。強い酒でも飲んだように酩酊し、また勝手に動く両手で鷹使の指を引き寄せる。

 その様子を見た鷹使は笑った。

「緋嶺……ひょっとして俺の血の方が好きか?」

 その問いに、緋嶺は答えず鷹使の指から僅かに出てくる血を、もどかしく思いながら吸い続ける。ああ、また指を傷付けてしまった、と頭の片隅で思って、はたと気付いた。

 今自分が吸っている指は、どちらの手だ?

 緋嶺は確かめるために指を引き抜く。ボーッとする頭で確認すると……左手だ。

「どうした? もう終わりか?」

 鷹使は笑っている。その白く細い指は血と緋嶺の唾液で濡れているけれど、傷は一つしかない。

「……あれ……?」

 確か鷹使は絆創膏を貼っていたはず。傷を付けたはずなのに、と思っていると、鷹使はまた笑った。

「お前が絆創膏を見る度罪悪感に苛まれるなら、いくらでも貼ってやるぞ?」

 一応、痛いには痛いからな、と言う鷹使が、わざと大袈裟に絆創膏を貼っていたと知り、緋嶺は一気に頭が冴える。そして彼の手を払うと、睨んだ。

「……そんな事して楽しいかよ?」

「……そもそも、俺を人間と同じように考えてる事が間違いだ。この程度の傷ならすぐ治る」

 緋嶺はカッと頬が熱くなる。こんな奴の血に、一瞬でも夢中になってしまった自分が恥ずかしくて悔しくて、唇を噛んだ。

 鷹使は鼻を鳴らすと、資料をもらって帰るぞ、と踵を返す。緋嶺は無言でその後を追った。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

月と太陽

Guidepost
BL
その日、俺たちは一線を越えた―― 『黒江 那月』と『秋尾 日陽』は中学時代からの友人関係で、恋人同士でも何でもない。 それはほんの好奇心からの出来事だった。 だがその後は互いに、一切そのことに触れない。 まるでなかったことに――それが暗黙のルールのような。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

【完結】偽装結婚の代償〜リュシアン視点〜

伽羅
BL
リュシアンは従姉妹であるヴァネッサにプロポーズをした。 だが、それはお互いに恋愛感情からくるものではなく、利害が一致しただけの関係だった。 リュシアンの真の狙いとは…。 「偽装結婚の代償〜他に好きな人がいるのに結婚した私達〜」のリュシアン視点です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

処理中です...