上 下
10 / 44
契の指輪

10

しおりを挟む
 結局、緋嶺はどんな時も、鷹使の近くにいるということになった。大野の家に行く時は特に、そばを離れるなと言われる。

 言われなくてもずっと一緒にいるし、強制的に帰る場所も奪っておいて何を言っているんだ、とも思ったけれど、大切なサラの遺言を守ろうとしている鷹使を、緋嶺は無下にはできなかった。

(って言うか、アイツには逆らえないしな)

 どうやら緋嶺と鷹使の力の差はかなりあり、緋嶺の力ではどうにも抗えない。ならば大人しく従っておくのが賢明だろう。ただし、力で抗えない代わりに文句は言うけれど。

「なぁ、腹減った」

「……さっき食べたばかりだろう」

 庭で車の手入れをしていた鷹使は、そばで見ている緋嶺を見もせず、そう返してきた。随分ボロボロの車なので、いっそ新しく買った方が安く済むのではないかと思う程だ。

 この車と家は、緋嶺を探す為に買ったものだと聞いた。世界を転々とする予定だったので、こだわらず値段で決めたという。

「そう言われても、空くもんは空く」

「まったく……食費がかかる部下だな」

 鷹使は呆れた声で言うと、彼のスマホが鳴った。電話に出て背中を向けた鷹使に、緋嶺はため息をついた。

 意外にも、お年寄りが多いこの地域では、鷹使の仕事は人気らしい。それでいて、料金は高くないというから鷹使は利用者に好かれている。そして鷹使のここでの生活は、質素そのものだ。

(だから腹が減るんだよなぁ)

 そんな事を考えていると、生垣の向こうに見覚えのある人物が見えた。緋嶺はすぐにその人の元へ向かう。

「セナ!」

 どこかへ出掛ける様子だったセナは緋嶺を見ると、笑顔でこちらに来てくれた。

「こんにちはー。今日は何してるの?」

「車の手入れ。っつっても、俺は見てるだけだけど」

 先日と同じように、生垣を挟んで会話をする。セナは笑った。

「じゃあ今日はここの住人さん、いるんだ?」

「ああ、今は電話中だけど。……呼ぶか?」

 緋嶺はそう言うと、忙しそうだからいいよ、と手を振る。

「……残念だけど僕行かなきゃだから……また話そう?」

「あ、うん。改めて鬼まんじゅうのお礼が言いたかったんだ、ありがとうな」

 そう言うと、セナは笑って手を振っていいえー、と去って行く。緋嶺は元の位置へ戻ると、鷹使はまだ電話をしていた。しかも彼の表情からして、あまり良くない内容らしい。

「……ああ。一度現場を見てみる」

 しかもそんな事を言っているので、どうやら出掛けることになりそうだ。

「おい、出掛けるぞ」

 支度しろ、と案の定言い出した鷹使は、工具をしまい始める。左手人差し指の絆創膏を眺めてしまい、緋嶺はハッとして視線を逸らした。

「全国でお前くらいの歳の男性が、行方不明になってるらしい。被害が増える前に、犯人を探さないと」

「……え?」

 緋嶺は嫌な予感がした。

「先日の罠で、相手はお前がどの辺にいるのか、検討を付けたようだ」

 被害が県内に集中し始めた、と冷静に話す鷹使は、一度家に入った。緋嶺もついて行き、出掛ける準備をする。そして車に乗り込むと、すぐに発進した。

「……多分やり方からして、鬼だろうな」

 静かに呟いた鷹使に、緋嶺の心臓は跳ね上がった。相手の鬼は、緋嶺がどんな特徴を持っているのか分からないので、手当り次第連れ去っているのだろう。

(俺のせいで……)

 何の罪もない人を巻き添えにしてしまった。行方不明ということだけれど、鬼の仕業なら多分喰われている。

「緋嶺」

 鷹使が名前を呼んだ。

「あまり自分を責めるな。お前は望まれて産まれてきたし、お前自身にはなんの罪もない」

 鷹使は緋嶺が考えようとしていた事を先回りして言い当て、お前のせいじゃない、と言ってくれる。

「……面倒な運命ってこういう事かよ……」

 両親には望まれて産まれてきたけれど、周りがそれを許さない。不確定要素が多い緋嶺は力も不安定で、いつ爆発するか分からない、時限爆弾のようなものだと考えている。

 それなら自分を殺したい、と思うのも当然だよな、と思う。

「お前は俺が必ず護る」

 鷹使は静かに言った。これが少女漫画なら、恋が始まるところだけれど、緋嶺はため息をつく。口を開けば嫌味が多く、人をからかい許可なく身体に触る鷹使に言われてもなぁ、と思った。思っただけで言わないけれど。

(けど……)

 緋嶺は鷹使の左手人差し指を見る。鷹使の血は、少し舐めるだけでも、全身に鳥肌が立つほどだった。その時の恍惚感は今まで感じたことのないくらい甘く、そして抜け出せなくなりそうなほど酩酊した。

 あれだけの快感を伴うにも関わらず、長く人間として生きてきた緋嶺は、それを素直に受け入れることができないでいる。自分はやっぱり鬼なんだな、と自覚させられるからだ。

(鷹使……鷹使の血と肉なら……)

 そんな事を考えかけて、緋嶺はハッとした。鷹使の血と肉なら口にしたいだなんて、人間の考える事じゃない、と視線を窓の外に送る。

 鷹使の車は一度市街に出たけれど、再び山の方へ走っていく。そして車が進むにつれて、覚えのある臭いが濃くなっていくのだ。

 緋嶺は腕で鼻を塞ぐ。鉄のような臭いと、何かが腐ったような臭いがする。

「なぁ、この先って……」

「警察に協力する代わりに、発見したばかりの現場を見せてもらうことになった」

 やっぱり、と緋嶺は顔を顰める。既にむせ返るような臭いを放つ現場は、どれだけ凄惨なのかが想像つく。

 するとパトカーが数台、停まっている場所に着いた。緋嶺はもう鼻から腕を外す事ができずに、鷹使と共に車を降りる。そう言えば、鷹使もここにいる人間も、こんなに異臭が漂っているのに平気そうに見えた。

「お疲れ様です天野さん。あなたが来るって事は、やはり人間の仕業じゃないんですね」

 こんな山中なのに、スーツにダッフルコートを着た男性が話しかけてくる。多分普段から署にいる立場の人なのだろう。そしてその人は、なぜか鷹使を知っている様子だ。

「ああ。現場を見させてもらっても良いですか?」

「どうぞ」

 男は鷹使を案内する。緋嶺も腕で鼻を覆ったまま、二人について行った。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

零れる

午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー あらすじ 十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。 オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。 ★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。 ★オメガバースです。 ★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

処理中です...