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契の指輪

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 山、山、山──何処へ行っても山ばかりだ。緋嶺は鷹使の車から、流れる景色を見てそう思った。道の両側は植林された杉ばかりで、手入れも行き届いていないため鬱蒼としている。

「なあ、本当に大丈夫なのか?」

「何だ? 鬼のくせに怖いのか?」

 違うし、と緋嶺は鷹使を睨む。

 あれから、鷹使は緋嶺の元住んでいたアパートから、荷物を運んで来てくれた。バイトも円満に退社できたというので、一体どんな手を使ったんだと聞いたけれど、彼は答えてくれなかった。

 そして鷹使の家に本格的に居候することになったのだが、彼は頑として寝室を一緒にする事を譲らなかった。理由は緋嶺の護衛がしやすいからだ、と。他にも部屋があるのにどうしてと泣く泣くそれは譲ったが、鷹使は眠ってしまうと微動だにせず、死んだように眠るので、緋嶺は腹いせに、鷹使の額に値札シールを貼って溜飲を下げた。

 当然、起きた時には鷹使に睨まれ、子供か、と言われたのだが。

 そして今向かっているのは大野の土地の山だ。ただでさえ悪路なのに、このオンボロ車で走るのは壊れそうで怖い。

 それに、と緋嶺は車内から辺りを見渡す。

(嫌な雰囲気だな)

 生い茂る木々のせいで道路にはあまり光が届かず、雑草も生え放題なので鬱々とした雰囲気がある。

 すると、鷹使は車を停めた。降りるぞ、と言われ、緋嶺は何でここで、と思う。できることなら早く通り過ぎたいと思うくらい薄暗く、淀んだ空気が漂っていた。そして鷹使は、更に嫌な雰囲気がする方向へ歩いて行くのだ。

「おい、本当にこっちなのか? 嫌な雰囲気しかしないけど……」

「間違いない。嫌な雰囲気なのは当然だ、鬼に連れ去られているからな」

「え……」

 緋嶺は思わず聞き返した。そう、大野の息子の捜索をしようと鷹使が言い出したので、山に入る許可をもらったのだ。

 大野の息子が行方不明になったきっかけは、畑用の水が出なくなったからだ。山から水路を引いて使っていたので、どこかが詰まったのだと思って確認しに行ったという。しかし息子が確認しに行ってすぐ水が出たので、すぐに戻ってくると思っていた大野は、その日の夕方になって捜索願いを出したらしい。

 けれど結局見つからないまま、捜査は打ち切られる。

「緋嶺、俺の後ろにいろ」

 鷹使が緋嶺を後ろへ追いやると、右腕を左から右へと素早く払った。すると、巨大なうちわで仰いだかのように、風がざあっと吹いて木を揺らす。天使の、風を操る能力だ。

「……」

 鷹使は辺りを観察する。今の風で草木は揺れ、カサカサと乾いた音を立てたが、一箇所だけ揺れない場所があった。彼はその葉を取る。

「……ダメだ、痕跡が古過ぎて追えない」

 お前、追えるか? と鷹使は緋嶺を振り返った。鬼の世界で育ったなら、その具体的な方法も知っていたかもしれないけれど、と鷹使は肩を竦める。

「嫌な雰囲気の方へ行けば良いんだな?」

 そう言って、緋嶺は足を進めた。すると、ある場所に来たとたん、強い不快な臭いがしたのだ。生臭い鉄の臭い──血の臭いだ。そしてそこから先は、嫌な雰囲気がしない。

 緋嶺はグッと息を詰める。多分ここ、と鷹使に言うと、腕で鼻を覆った。

「……この様子じゃ、喰われてるな」

 鷹使は何ともないのか、平然として辺りを見渡している。そして、緋嶺の様子に気付いた。

「どうした?」

「……血の臭いがする……」

 緋嶺の返答に眉を顰めた鷹使は、目を閉じて何かに集中したようだった。そしてすぐに目を開けると、早くここから離れるぞ、と来た方向へ歩き出す。緋嶺もその後を追うけれど、血の臭いに誘発されたのか、また覚えのある感覚が迫ってきた。

(血が飲みたい……一滴でも良い)

 緋嶺がまたある箇所から抜けると、血の臭いはパッと無くなった。しかし緋嶺の血と肉への渇望はどんどん増していき、ダメだとお腹に力を入れる。

「おい、力が暴走している訳でもないのに、何故そんな顔をしている?」

 振り返った鷹使は冷静だった。気付かれた事に驚いたけれど、緋嶺は無言で首を振る。

 すると鷹使は意外な質問をしてきた。

「お前、もしかして成人してるのか?」

「……は? ついこの間二十歳になったけど……」

 それを聞いた鷹使はため息をついた。また面倒だな、とでも言うような態度に、緋嶺は少しイラッとする。

「鬼の世界では十六歳が成人だと聞く。そして成人の儀式として、肉を喰らうという風習があるそうだな」

 鷹使が何故鬼の風習を知っているかなど、この時は考えもしなかったけれど、その儀式をしないと成人とは認められないらしい。でもそれはきちんとした理由があって、そうしないと緋嶺みたいに暴走してしまうからだ、と鷹使は言った。

「四年間、どうしていたんだ……」

 呆れたように言う鷹使。

「時々無性に肉が食いたくなるから、ステーキとか食べまくってた。そういう事だったのか……」

 焼いた肉でも、一応腹は満たせるので良かったらしい。しかし本来生肉を食べる鬼だ、それだと次第に物足りなさを感じるだろう、と鷹使はため息をついた。

「これも天使と鬼のハーフだからか……?」

 まあいい、と鷹使は再び歩き出す。そのスピードがあまりにも早かったので、緋嶺は小走りでついて行った。車に乗り込むと、これもまた急いだ様子で走り出したので、堪らず緋嶺は鷹使に聞く。

「なあ、何でそんなに急いでるんだ?」

「罠に掛かった」

「は?」

 罠とは? と緋嶺は聞き返す。あそこには鬼に反応する結界が張ってあった、と鷹使は言った。

「本来は俺たちが感じた臭いや嫌悪感だった。けれど意図的に隠され、緋嶺が入った途端弾けて消えた」

「じゃあ、大野さんの息子さんを食ったのも……」

 いや、と鷹使は否定する。

「血が流れたであろう時期と、結界が張られた時期はズレていた。結界は比較的新しかったからな」

 鷹使は珍しく唇を噛んでいた。そして、その理由を教えてくれる。

「俺の他にも鬼を……お前を探している奴がいるって事だ」
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