【完結】天使の愛は鬼を喰らう

大竹あやめ

文字の大きさ
上 下
5 / 44
契の指輪

5

しおりを挟む
 次の瞬間、緋嶺は昨日と同じように景色がひっくり返り、背中を床に打ち付ける。短く呻いて鷹使を睨んだ。彼は緋嶺の攻撃した手を掴んでいて、床に押さえつける。

「……本当に、世話の焼ける奴だな」

 上に乗った鷹使は無傷だった。ただ、鷹使の瞳は琥珀色ではなく、金色に輝いている。その瞳を赤く染めたくて、緋嶺はもう一度掴まれた手を鷹使に伸ばそうと、力を込めた。しかしビクともしない。

 すると鷹使はまた緋嶺のジーパンのボタンとチャックを外した。また内蔵を掻き回されるのかと思って、力の限り抵抗する。すると、緋嶺の手を押さえていた手が少し動いた。

「緋嶺、止めろ。お前の罪が重くなる」

「罪って何だよっ! 俺はただ普通に暮らしてただけだ!」

 緋嶺は叫ぶと、鷹使の金色の瞳がより輝いた。そして緋嶺を押さえつけたのとは反対の手で、そっと下腹部を撫でる。

「う、……あっ!」

 緋嶺は大きく背中を反らした。そよそよと優しい風が吹き、同時にやはり臓器をいじくり回される感覚がする。しかしある箇所に触れられた瞬間、緋嶺はひくんと腰が震えた。初めてなのに覚えのある感覚は、緋嶺から攻撃の意志を削いでいく。

「吸ってもキリがない。なら自ら吐き出させるまで」

 鷹使は言った。その言葉で、やはり口付けで緋嶺の力を吸っていた事が分かる。けれど吐き出させるとはどういう事だ、と鷹使を睨んだ。するとより強くその場所を触られる感覚がして、力の入った呼吸が、次第に甘く濡れていく。

「あ……っ」

 自分でも驚く程甘い声が出たかと思うと、緋嶺は下腹部を見た。そこはやはり鷹使が手を置いて撫でているだけで、どうしてこれだけで、性器の奥を探られている感覚がするのだろう? と唇を噛んで耐える。そして、吐き出させるとはそういう事か、と緋嶺はやってきた感覚に背中を震わせた。

 やがてやってきた波に大きく身体をビクつかせると、ダメ押しとばかりに唇に吸いつかれ、力を吸い取られる。

「おま……、この方法何とかならないのか……?」

 落ち着いたから感謝はするけどよ、とぐったりして顔を背けると、鷹使は静かな声で、他に方法は無いな、と言う。

「……で、俺の命が狙われてる上、お前は依頼で俺を守らなきゃならない。だから帰れないし、どうせなら部下になれと?」

 冷静になった頭で説明された事をまとめると、鷹使はそうだ、と返してきた。めまいがして目を閉じると、選択肢は無いんだな、と呟く。

「そうだな」

「……」

 沈黙が降りた。緋嶺は長いため息をついて、うっすら目を開けると、鷹使は上に乗ったまま、こちらを見ている。

「……いつまで乗ってんだよ」

「……嫌か?」

「嫌に決まってんだろっ!」

 すると、クスクスと笑いながら鷹使は緋嶺から降りた。その時にじゅく、と下着の中から水っぽい音がして恥ずかしさで消えてしまいたくなる。しかしまだ指一本動かせない。

「着替え、手伝うか?」

 まだ笑っている鷹使は、からかっているらしい。緋嶺はいらねーよ、とぶっきらぼうに言った。

 しかし、スッキリしたのは確かだ。その頭で考えて、やっぱり選択肢は無さそうだ、とため息をついた。

「……バイト仲間、良いヤツらだったんだよ」

 不意に、緋嶺はそんな事を話す。会ったばかりで、しかも今の今まで緋嶺をからかってきた鷹使に、こんな事を話すべきなのかとも思ったけれど、止まらなかった。

「ホント、家族みたいな存在だって、思わせてくれたんだ。昨日だって、誕生日のお祝いしてくれて……」

 家族がいなかった緋嶺はその存在に憧れた。大切にしたいと思っていたのに、突然、しかも強制的に別れを告げなければいけないなんて。

「もし、俺が戻ればアイツらも危ないんだろ?」

「……そうだ」

 何せ相手は人間ではない。どんな手段で来るか、分からないからだ。緋嶺は目頭が熱くなって、目を閉じ長いため息をつく。

「……バイト先と住んでいた場所は、俺が何とかしておく」

「……」

 緋嶺は腕で顔を隠した。





 それから緋嶺が動けるまで回復するのを待ち、着替えて──何故か緋嶺用の下着類は用意されていた。多分連れて来た時に買ったのだろう──行先も告げられず車に乗り込んだ。

 そしてぶすくれた顔で同行しているのだが。

「お前、そんな顔で客前に出るなよ?」

 俺の部下なんだからな、と運転する鷹使は言う。

 鷹使の仕事とは何でも屋。いわく付きのものを処理したり、訳あり事件を捜査したりする、本当に何でも屋だ。と言っても、ほぼそういった依頼はなく、犬の散歩や老人の相手、家具や建物のちょっとした修繕などが主らしい。

「アンタこそ、そんな冷たい顔して客商売なんてやれるのか?」

「当たり前だ、俺を誰だと思っている」

 鷹使は当然のように言った。緋嶺は面白くなくて頬杖をついて鷹使を見る。やはり天使と言うには、いささか……いや、かなり冷たい容姿をしているな、と思った。天使はみんなこうなのだろうか?

「なぁ、天使ってのは、みんなアンタみたいにいけ好かないのか?」

 嫌味を込めて言ってみても、鷹使は動じた感じもなく、冷静に答える。

「俺がいけ好かないなら、天使は皆、いけ好かないだろうな。俺らの一族は、よそ者を嫌うから」

「ふーん……。でも母さんは父さんとその、……したんだろ?」

 直截的な言葉を使うことは躊躇われ、緋嶺は誤魔化した。その様子を、鷹使は子供だな、と笑う。緋嶺はカッとなって、そう言うお前は何歳なんだよ、と睨んだ。見た目には人間で言う三十代に見えるけれど、本当は老いぼれなんだろ、と挑発した。

 「そもそも人間の年齢に当てはめるのは無意味だぞ」

 そう言って笑われ、ますます緋嶺はムカついて、そーですか! とそっぽを向く。何だかからかって遊ばれているようで、緋嶺は居心地が悪くなり、早く目的地に着かないかな、と思った。

 すると、鷹使はポツリと呟く。

「お前の母親は……人間が持つイメージ通りの天使だった」

「……え?」

 意外な言葉に、緋嶺は振り向いた。鷹使は運転中なので前を見ているけれど、口の端が上がっている。

 そもそも、どうして両親が出会う事になったのだろう? 鷹使は知っているのだろうか? 不可侵だと言うのに、どちらかがそれを破ったに違いない。

 緋嶺はそれを聞こうと口を開きかけたところで、鷹使の車は民家の庭に入っていく。どうやら目的地に着いたらしい。

 そこはやはり昔ながらの家という佇まいで、土地はかなり広く、庭には畑があった。そこには白菜やカブ、大根などが植えられていて、どれも立派に育っている。

「常連の大野さんだ。……行くぞ」

 緋嶺たちは車を降りた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

月と太陽

Guidepost
BL
その日、俺たちは一線を越えた―― 『黒江 那月』と『秋尾 日陽』は中学時代からの友人関係で、恋人同士でも何でもない。 それはほんの好奇心からの出来事だった。 だがその後は互いに、一切そのことに触れない。 まるでなかったことに――それが暗黙のルールのような。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...