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壊すなら、貴方の手で16

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 それから二年後、季節は冬。

「何か、緊張する……」

 黒兎は波がありながらも回復し、仕事に復帰できるまでになった。しかし仕事自体久しぶり、雅樹以外の人と話すこともそんなになかったので、心臓が口から飛び出そうだ。

「大丈夫だよ。黒兎の状況も、私との関係も、みんな理解して、認めてくれてるひとばかりだから」

 雅樹はそう言うと綺麗に微笑む。その顔にドキリとしながら、黒兎はそっと視線を外した。

 結局、黒兎は雅樹の事務所に、癒し要員として入社することとなった。自宅も元住んでいたマンションを引き払い、雅樹の自宅へ引越し済みだ。

(毎日、朝から晩まで同じ場所にいるって……変な感じ)

 今は朝の忙しい時間だからか、事務所兼稽古場の廊下には人はいない。漏れ聞こえる音楽やセリフは聞き覚えのあるもので、黒兎はドキリとした。そして、その音がする稽古場の防音ドアを、雅樹は躊躇わずに開けて入っていく。

(これって、俺が見損ねた二年前の舞台……!)

 もちろん雅樹がブルーレイを自宅に持ってきてくれて、療養中それを何回か観ていたけれど──生で観られるとは。

 雅樹に続いて中に入ると、出番待ちの役者と、スタッフが一斉にこちらを見る。いたたまれなくなって肩を竦めていると、丁度すぐるの出番だった。

「そんなんだったら、揉んでおけばよかった……!」
「「やめろ」」

 この世の終わりかのように打ちひしがれる英と、彼にツッコミを入れる脇役。毎度不思議なほど、英の舞台の上と普段とのギャップに驚かされるけれど、コミカルな役もできるのか、と黒兎は感動したほどだ。

「再公演が決まったんだ。だからきみもカンパニーの一員として、サポートして欲しい」
「うん……あ、はいっ」

 危うく今の立場を間違えそうになり、黒兎は返事を改めてする。すると丁度稽古が一段落ついたので、雅樹はその場にいた全員に向けて声を上げた。

「今日から入った綾原くんだ。彼は整膚師で、主に疲労回復と怪我予防に力を入れている。あと……」

全員が注目するなか、雅樹は黒兎の肩を引き寄せる。

「私の恋人はずっとこのひとだ。このひと以外との将来はないと思っている」

 二年前の騒動で、私が彼を傷付けてしまった、と雅樹は心情を吐露した。
 雅樹が胸のうちを明かすのは珍しいな、と黒兎は彼を見上げる。雅樹もこの二年間、変わらずにいた訳じゃなかったらしい。

「残念ながら、その騒動で決別せざるを得なくなったひとたちがいる。それは、一つの舞台を創る上で大きな障害だった」

 私は、今Aカンパニーにいるみんなと、改めて一枚岩になって舞台を創りたい、協力してください、と雅樹は頭を下げたのだ。

「社長」

 すぐに声を上げたのは英だ。

「オレたちは社長の人柄、ついでに月成つきなり監督の脚本が好きでここにいます」
「ついでってなんだ、おい」

 どっと笑いが起きる。雅樹も苦笑した。

「縁があっての事です。次の公演も、頑張りましょう」

 さあ、練習再開! と声を上げた英は、そのまま演技プランの打ち合わせに入っていった。月成もスタッフもそれに合わせて稽古を再開し、黒兎は雅樹と一緒に稽古場を出て行く。

「さあ、次は内勤スタッフの所へ行こうか」

 そう言われて、黒兎は雅樹の声がどことなく硬いような気がした。どうしたのだろう? と見上げると、雅樹はまた苦笑している。

「……みんな、優しいね」
「……どういうこと?」

 その問いに、雅樹は答えなかった。不思議に思っていると、ある部屋に通される。そこはデスクが並んでいる、事務所だった。

「お疲れ様です」

 入るなり挨拶をしてきたのは菅野だ。相変わらず感情が読めない冷静な顔と声で、雅樹も「お疲れ様」と返す。

「二年前もお世話になっただろう? 彼は今、私の秘書をしてくれている」
「綾原さん、ご無沙汰しております。良かったです、無事で」

 その節はありがとうございました、と黒兎は頭を下げると、結果的に最悪な状況になってしまったので、お礼を言われる筋合いはないです、と言われ肩を竦めた。

「むしろ……」

 しかし菅野の言葉はそこで終わらず、黒兎は再び彼を見る。すると菅野は目を伏せ、すみませんでした、と頭を下げたのだ。

「あっ、いやっ、菅野さんは悪くないですからっ」

 黒兎は慌てて頭を上げてください、と言うと、菅野は仕事がありますから失礼します、と去っていく。その様子を、雅樹はため息をついて見ていた。

「黒兎、ここのメンバーに挨拶をしたら、話がある」
「……はい」

 そう言った雅樹に付いて、挨拶を済ませると、事務所の隣の社長室に案内される。

 社長室はシンプルなものの、来客を迎えるためのソファーだけはいい物だった。沈み込みそうな程の柔らかいそれに、黒兎はホッと息をつく。

「さて黒兎」

 雅樹は対面に座り膝に肘をつく。前のめりになった雅樹の顔を、やっぱりカッコイイなと思って見ていると、そんなに見つめられると穴が開くよ、と言われて慌てて黒兎は視線を外した。

「うちの社員としての契約は済ませたけれど、実はもうひとつ、提案があるんだ」
「え、なに……?」

 その前に、説明しなければならないことがある、と雅樹が言ったところでドアをノックされる。雅樹が返事をすると、入ってきたのは菅野だ。手にはお盆があり、湯のみに入ったお茶が載っていた。

 菅野はお茶をローテーブルに置くと、雅樹は「きみもいてくれ」と言う。菅野ははい、と返事をし、ドア付近に静かに立った。

「黒兎も大分落ち着いたし、二年前の全貌を話してもいいかなと思ってね」

 雅樹はそう言って、一枚の写真を見せた。
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