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「男って時々、本当に何も考えずに発言しますよねー」
雅樹と慰め合いの関係が始まって一ヶ月。いずみは施術が終わってソファーで伸びをするなり、そう言う。
「また旦那さんですか?」
黒兎は苦笑して尋ねると、そう、といずみは口を尖らせた。
「子供たちのお出かけの準備であたふたしてるのに、『明後日の買い物リストちょうだい』って……」
明後日のことは明後日でいいじゃん! ってつい怒っちゃいました、と苦笑するいずみ。どうやら旦那さんだけで買い物に行くらしく、ついでに買ってきて欲しいものをお願いしたようだ。丁度その事を考えていたらしい旦那さんは、つい口から出てしまったとのこと。
「……男性は一度にあれこれできない生き物ですから……」
黒兎は苦笑しながら温かいお茶を出すと、いずみは両手の指先で受け取ってフーフーとお茶を冷ます。
「でも先生はほんと優しいっていうか、人を癒すために生まれたっていうか」
「あはは……」
乾いた笑い声を上げると、いずみは、もっと前に出れば良いのに奥手なんだから、とまだお茶をフーフーしている。
「……ところで、先生?」
いずみは視線を落として黒兎を呼んだ。何か、と彼女を見ると、いかにも言いにくそうに口を開く。
「内田さんって覚えてます?」
「……ああ……はい……」
黒兎は歯切れ悪く返事をした。思い出したくない過去を思い出しかけて、ペットボトルの水を飲む。
「会社、辞めたみたいです」
耳に入れた方が良いと思って、といずみはお茶を飲んだ。しかし熱かったらしく、またフーフーとお茶を冷ましている。
「……氷、入れますか?」
猫舌のいずみには熱すぎたようだ、氷を小皿に入れて持ってくると、彼女は先生のこういうところが良いんですよねー、と笑った。
「ありがとうございます。……内田さんの件も」
黒兎は微笑んで礼を言うと、いずみはホッとしたようだった。あの頃の黒兎からすれば、今はだいぶ落ち着いたと思う。多分いずみもそう思っているだろう。
過去のことだと思いつつも、生活を全て変えざるをえなかった黒兎にとって、それは重要な情報だった。そして、そのためにいずみが未だにそばにいてくれることも。
「本当に、皆川さんには足を向けて寝られません」
黒兎はそう言うと、いずみはいやいや、と笑う。
「言ったでしょ? 私は人間的に綾原さんが好きなんです」
いつもの敬称ではなく、苗字で呼ばれたことで、彼女も本気で言っていることが分かった。それだけで、そこまでしてくれる事に申し訳なさを感じて、黒兎はペットボトルを持つ手に力を込める。
「本当に、すみません……」
「謝るより、お礼が良いです」
からっと笑ういずみに、黒兎は力なく首を振った。
「いえ……ここまでして頂きながら、本当のことを俺は話していないので……」
そう言うと、彼女はなんだ、そんなことか、とまた笑う。
「客観的に見ても、被害者は綾原さんでした。それだけで充分です」
「……」
言外に、何も言わなくて良いと言われ、ますます申し訳なくなってきた。すると彼女は優しく微笑む。
「……すみません。私は綾原さんが何も言わない事が、答えだと思ってたんですけど……」
違いますか? と問われ、黒兎は苦笑した。
「……はい。俺はゲイですよ」
いずみはやっぱり、といった感じで長く息を吐く。そしてこれ以上は聞かない方がいいですね、とマグを置いて立ち上がった。
「内田さんの事、また新しい情報が入ったら報告します」
「ありがとうございます……」
大事なお客様なので、こちらが気を遣わなければいけないのに、いずみには助けられてばかりだ、と黒兎は自嘲した。そのままいずみはいつものように、元気にマンションを出て行く。
(内田さん……会社辞めたんだ)
内田は黒兎が前にいた会社の先輩だ。彼とは業務内容は違っていたけれど、同部署だったのでそれなりに仲良くしていた。
しかし、黒兎がいま、紹介制でサロンを開いているのも、友達がいないのも、原因は内田にある。
(元々友達はそんなにいなかったんだけど)
そう内心で呟いて、黒兎は次の客に向けての準備を始めた。
雅樹と慰め合いの関係が始まって一ヶ月。いずみは施術が終わってソファーで伸びをするなり、そう言う。
「また旦那さんですか?」
黒兎は苦笑して尋ねると、そう、といずみは口を尖らせた。
「子供たちのお出かけの準備であたふたしてるのに、『明後日の買い物リストちょうだい』って……」
明後日のことは明後日でいいじゃん! ってつい怒っちゃいました、と苦笑するいずみ。どうやら旦那さんだけで買い物に行くらしく、ついでに買ってきて欲しいものをお願いしたようだ。丁度その事を考えていたらしい旦那さんは、つい口から出てしまったとのこと。
「……男性は一度にあれこれできない生き物ですから……」
黒兎は苦笑しながら温かいお茶を出すと、いずみは両手の指先で受け取ってフーフーとお茶を冷ます。
「でも先生はほんと優しいっていうか、人を癒すために生まれたっていうか」
「あはは……」
乾いた笑い声を上げると、いずみは、もっと前に出れば良いのに奥手なんだから、とまだお茶をフーフーしている。
「……ところで、先生?」
いずみは視線を落として黒兎を呼んだ。何か、と彼女を見ると、いかにも言いにくそうに口を開く。
「内田さんって覚えてます?」
「……ああ……はい……」
黒兎は歯切れ悪く返事をした。思い出したくない過去を思い出しかけて、ペットボトルの水を飲む。
「会社、辞めたみたいです」
耳に入れた方が良いと思って、といずみはお茶を飲んだ。しかし熱かったらしく、またフーフーとお茶を冷ましている。
「……氷、入れますか?」
猫舌のいずみには熱すぎたようだ、氷を小皿に入れて持ってくると、彼女は先生のこういうところが良いんですよねー、と笑った。
「ありがとうございます。……内田さんの件も」
黒兎は微笑んで礼を言うと、いずみはホッとしたようだった。あの頃の黒兎からすれば、今はだいぶ落ち着いたと思う。多分いずみもそう思っているだろう。
過去のことだと思いつつも、生活を全て変えざるをえなかった黒兎にとって、それは重要な情報だった。そして、そのためにいずみが未だにそばにいてくれることも。
「本当に、皆川さんには足を向けて寝られません」
黒兎はそう言うと、いずみはいやいや、と笑う。
「言ったでしょ? 私は人間的に綾原さんが好きなんです」
いつもの敬称ではなく、苗字で呼ばれたことで、彼女も本気で言っていることが分かった。それだけで、そこまでしてくれる事に申し訳なさを感じて、黒兎はペットボトルを持つ手に力を込める。
「本当に、すみません……」
「謝るより、お礼が良いです」
からっと笑ういずみに、黒兎は力なく首を振った。
「いえ……ここまでして頂きながら、本当のことを俺は話していないので……」
そう言うと、彼女はなんだ、そんなことか、とまた笑う。
「客観的に見ても、被害者は綾原さんでした。それだけで充分です」
「……」
言外に、何も言わなくて良いと言われ、ますます申し訳なくなってきた。すると彼女は優しく微笑む。
「……すみません。私は綾原さんが何も言わない事が、答えだと思ってたんですけど……」
違いますか? と問われ、黒兎は苦笑した。
「……はい。俺はゲイですよ」
いずみはやっぱり、といった感じで長く息を吐く。そしてこれ以上は聞かない方がいいですね、とマグを置いて立ち上がった。
「内田さんの事、また新しい情報が入ったら報告します」
「ありがとうございます……」
大事なお客様なので、こちらが気を遣わなければいけないのに、いずみには助けられてばかりだ、と黒兎は自嘲した。そのままいずみはいつものように、元気にマンションを出て行く。
(内田さん……会社辞めたんだ)
内田は黒兎が前にいた会社の先輩だ。彼とは業務内容は違っていたけれど、同部署だったのでそれなりに仲良くしていた。
しかし、黒兎がいま、紹介制でサロンを開いているのも、友達がいないのも、原因は内田にある。
(元々友達はそんなにいなかったんだけど)
そう内心で呟いて、黒兎は次の客に向けての準備を始めた。
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