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33 嫌がらせ

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 蓮香とのデートから約一週間後の金曜日、祐輔はいつものように出勤すると、祐輔宛に郵便物が届いたと、庶務課の男性社員が封筒を持ってきた。

 あれから、祐輔は蓮香をひたすら慰めることに注力していた。家に帰るのを嫌がった蓮香を自分の家に泊まらせたが、そもそも蓮香はいつも自分の家にいないか、と苦笑する。

 山積みの段ボール箱には、どんなものが入っているのだろう? そう思ったけれど、それは蓮香が自分で開けられるようになってからだ、と彼の家から着替えを持ってくる日々だった。

 そんな彼は会社では普通に仕事をこなしている。柳が亡くなった時も、あんな風に無理をしていたのかな、なんて思ったら胸が苦しくなった。だからせめて、自分の前では素の彼でいて欲しい。いっぱい甘えさせて、傷を癒してやりたい。

 祐輔は男性社員に礼を言い、差出人を見る……書いていない。表に返して宛名を見ると、確かに祐輔宛だった。

 不審すぎる郵便物だけれど、心当たりはある。重要なのは内容だ。

 大きさはA4が入る角2の茶封筒。早速封を切り、中身を取り出した。

 すると出てきたのは、祐輔と蓮香がラブホテルに入ろうとする場面の写真。それから祐輔の家に二人で入っていく写真と、祐輔が蓮香の家に着替えを取りに行く時の写真、同じく着替えを持って家に戻る写真が、A4用紙に拡大されて印刷されて入っていた。

 そして同じくA4用紙に、手書きらしき字でこう書いてある。

『桃澤課長さんへ。偶然撮れた写真を送りますね』

 何が偶然撮れた写真だ、と思った。祐輔の家に二人で入っていく写真や、蓮香の家を行き来している写真は何とか誤魔化せるかもしれない。だが、ホテルはアウトだ。言い訳のしようがない。

 あのあともご丁寧に後を尾けたのか、と祐輔は感心する。祐輔の役職も知っていることから、恐らく興信所を使っているのだろう。大変だと言っていたのに、嫌がらせのためには金を惜しまないらしい。

(とりあえず、蓮香にこのことを伝えるかどうかだな……)

 言えば間違いなく彼は怒るだろう。けれど、蓮香の頭に血が上れば上るほど、芳川が有利になる。

 彼女はハッキリと脅す訳でもなく、写真を送り付けるだけで、相手が悪い方向へ想像することを期待している。ずっと、蓮香はそれに苦しめられていた。しかし手の内を知っている祐輔には無効だ。そして彼を守るには、祐輔はやはり腹を括らなければならない。

 自分の社会的地位も、信頼も、全てを失くしても蓮香のそばにいたいのか。ヤケじゃなく、今後も二人で歩んでいくために。そこまでの覚悟を祐輔は持っているのか。

「……よし」

 やるしかない。勝算は半々。この会社、この地域を追い出されても、場所を移せばいつだってやり直せる。

 とりあえず、芳川の連絡先も分からないし、向こうからのアクションを待とう。そう思って祐輔は、いつものように仕事をこなした。

◇◇

 それから一週間。ご丁寧に芳川は毎日撮った写真を拡大印刷して送り付けてくれた。蓮香には話していないから彼は知らないけれど、さすがに郵便物を仕分けしている庶務課の社員には不審がられてしまう。

 嫌がらせを受けているから、証拠集めをしているところだ、と言うとみな驚いて心配してくれ、協力できることがあれば言ってください、と言ってくれる。とてもありがたかったけれど、蓮香との関係が分かった時にも、同じことを言ってくれるかは分からないから不安だ。

 芳川はさすがに、祐輔の一番の弱点、動画サイトで小遣い稼ぎをしていることまでは分からなかったようだ。蓮香と出会ってからそちらはアップロードしていないので、もうほとんど収入にはなっていないけれど。

「桃澤課長」

 受付担当の社員から声を掛けられた。彼女も郵便物を受け取る業務をしているので、事情は知っている。

「芳川様という方がいらっしゃってます。アポイントはないそうですが……」

 来た、と祐輔は思った。連絡手段がないのでスルーしておけば何かしらの行動は起こすだろう、と思っていたけれど、一週間しかもたなかったのは少し拍子抜けだ。

 祐輔は受付で待っているという芳川の元へ向かう。ちなみに、一階はロビーなんて大層なものはなく、カウンターがあってパーテーションで区切られているだけなので、声は筒抜けだ。

 そこへ向かう途中、蓮香が血相を変えて飛んでくる。

「桃澤課長、何でアイツが……!」
「蓮香さん、丁度いい」

 祐輔は軽く芳川からの嫌がらせを説明した。彼はすぐに受付へ向かおうとしたが止める。相手の目的は祐輔を怒らせるか従わせ、間接的に蓮香と別れさせることだ。手出し無用だということ、自分を信じて欲しいということを伝える。

 蓮香は何かを言いたそうにしていたが、グッと唇を噛み締めた。その肩を軽く叩くと、件の人が待つ受付へ向かう。

「ちょっと! 客が来てんのに待たせ過ぎじゃないの!?」

 祐輔がパーテーションから出て行くと、芳川は案の定喚いた。アポなしで来ておいて待たせるなとは、社会人としての頭は足りないらしい。まあ、予想通りではあるけれど。

「すみません。突然来られたのですぐに抜けられず……それで、ご要件は何でしょうか?」

 祐輔は営業スマイルで対応する。彼女は待ってましたと言わんばかりに顎を上げた。

「分かってるでしょ? とりあえず、私を応接室に通してよ」
「……分かりました」

 祐輔は笑みを深くすると、芳川をパーテーションの中へと案内する。

 さあ、いよいよだ、と祐輔は短く息を吐いた。
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