24 / 46
24 留守番電話
しおりを挟む
そして六月。蓮香は礼服に身を包み、鏡の前で自身を見る。多少疲れているけれど、誤魔化せる範囲だ。
「美嘉、行ってきます」
スマホに向かってそう呟く。二ヶ月前にお願いして撮った二人の写真を、蓮香は待ち受け画面にしていた。
画面の二人は笑顔だ。こうしていると、いつもそばにいるみたいでいいな、と自然に口角が上がる。
今日は夕方にしか行けないから、と柳に伝えたら、結婚式楽しんでおいで、と笑って送り出してくれた。式、挙げたかった? と聞いたら、柳はそっと首を横に振ったけれど。
「よし、今日も乗り切るぞ」
半分は自分へ、半分は柳へのエールを送り、自宅を出る。
芳川からは、あのあとメールで出欠の確認があった。出席せずに、そのままずっと執着されるのも嫌なので、挙式披露宴だけは出て、二次会は辞退することにしたのだ。
気が進まないまま電車に乗り、人の群れと逆行して港方面へ向かう。空は生憎の曇りで、せっかくのオーシャンビューも魅力半減かな、とか思った。
会場に着くと事務的に受付を済ませ、何の感動もないまま挙式が始まる。新郎は気の弱そうな顔をしていて、ペコペコとお辞儀をしきりにしていたのが気になった。対して芳川は私を見てと言わんばかりの態度だ。元々お世辞にも美人とは言えない顔や身体つきなので、白い布を着たところで荒れた肌が目立つだけで、綺麗だとは思わなかった。
そして心の中で自嘲する。ひとの幸せを喜べないなんて、ひととして終わっている。本当にその通りだ、と。
嫌いな相手にはとことん冷たくできる人間だったなんて、初めて知った。そしてやはり、早く帰って柳の元へ行きたいと思うのだ。
挙式は滞りなく終わり、披露宴会場に移動する。何となく気付いていたけれど、席次表を見てやはりと思った。
参列者のほとんどが、芳川の父親の会社関係のひとなのだ。大学でつるんでいた仲間もいなければ、芳川の今の勤め先のひともいない。話す相手もいない蓮香は、ますます帰りたくなる。
『それでは蓮香様、前へお越しください』
司会者が突然、蓮香を読んだ。どういうことだ、と周りを見渡すと、スタッフがこちらへ、と誘導してくる。上の空で司会の話を聞いておらず、混乱するばかりだ。
何のつもりだ、と言われた通りにすると、芳川は手紙を持ち、語り出した。
「親友の蓮香へ」
それを聞いた途端、全身に鳥肌が立つ。親友? 誰が? どうやら芳川は親友との強い絆を語り、感動的演出をするつもりらしい。
「大学で知り合って、いつもくだらない話をしていたね。蓮香はこんな私の話もよく聞いてくれて、感謝でいっぱいです」
蓮香は俯いて感情を押し殺した。こんなの、お涙頂戴の茶番にも程がある。いつも一方的に話しては、聞かないと酷いと泣いたり詰ったりしていたのは、どこのどいつだったか。
永遠にも思えたその時間を耐え、刺さる視線が痛いと思いながら席に座る。それもそうだ、結婚式で新婦が異性に、特別な間柄だったと言ったのだ。そこにやましい感情がないか、疑うひともいるだろう。しかも参列者は歳上のひとばかりだ、そういうことに敏感なひともいるはず。
しかし、ハプニングはそれだけで、あとは比較的和やかに披露宴は進んだ。
そして芳川が、またわざとらしく泣いて両親への手紙を読んでいる頃、蓮香のスマホが震える。
まさか、と思ってこっそり見ると、柳からだった。ホッとしたものの、今日は結婚式だと伝えてあるし、ここのところ電話を掛けるなんてことはしていなくて、やはり珍しいと思い、嫌な予感が大きくなる。
(どうしよう、今は抜け出せそうにない……)
そう思っていると、そのうちに着信は切れた。焦燥感がピークになり、終わるなり会場を走って出ようとする。
「蓮香! どこ行くの?」
蓮香の腕を捕まえたのは芳川だった。蓮香の慌てように、彼女は察したのかニヤリと笑う。
「ねぇ、二次会出るよね? 蓮香の食事も用意してるから」
「は? 俺欠席だって伝えたよな?」
「えっ? 親友の結婚式なのに、二次会も出ないの? 酷い!」
そう言って、芳川がまたわざとらしく泣こうとした時、蓮香のスマホが再び震える。──今度は、病院からだ。
「芳川ごめん、本当に無理だ。病院から電話が掛かってきた」
「それ嘘でしょ? 今日の主役は私なのに、私より彼女を優先するって言うの!?」
そう言ってぐい、と腕を引っ張られて、蓮香の中で何かが切れる。
「いい加減にしろ!」
強引にその手を振りほどくと、両家の両親に頭を下げた。
「申し訳ありませんっ、妻が危篤なのでこれで失礼します!」
そう言って踵を返したあと、後ろでパシッと音がして、芳川が「何で叩くのよパパ!」と叫んでいる。しかしもう知らない。気にしている場合じゃない、と蓮香は走った。
蓮香は病院に連絡すると、やはり柳が危ない状態だという報せだった。そして移動中のタクシーで、柳からの留守番電話が入っていることに気付く。
祈るような気持ちでスマホを操作する。指が震えて三回間違えて画面を消してしまった。視界が滲んで操作がしにくく、礼服で涙を拭って、やっと留守番電話を再生することができる。
定型文が流れる時間も長く感じ、発信音のあとにすぐ聞こえたのは、柳の吐息だった。それが三秒くらいあり、そして。
『貴徳くん、愛してる……』
留守番電話の内容は、それだけだった。
「美嘉、行ってきます」
スマホに向かってそう呟く。二ヶ月前にお願いして撮った二人の写真を、蓮香は待ち受け画面にしていた。
画面の二人は笑顔だ。こうしていると、いつもそばにいるみたいでいいな、と自然に口角が上がる。
今日は夕方にしか行けないから、と柳に伝えたら、結婚式楽しんでおいで、と笑って送り出してくれた。式、挙げたかった? と聞いたら、柳はそっと首を横に振ったけれど。
「よし、今日も乗り切るぞ」
半分は自分へ、半分は柳へのエールを送り、自宅を出る。
芳川からは、あのあとメールで出欠の確認があった。出席せずに、そのままずっと執着されるのも嫌なので、挙式披露宴だけは出て、二次会は辞退することにしたのだ。
気が進まないまま電車に乗り、人の群れと逆行して港方面へ向かう。空は生憎の曇りで、せっかくのオーシャンビューも魅力半減かな、とか思った。
会場に着くと事務的に受付を済ませ、何の感動もないまま挙式が始まる。新郎は気の弱そうな顔をしていて、ペコペコとお辞儀をしきりにしていたのが気になった。対して芳川は私を見てと言わんばかりの態度だ。元々お世辞にも美人とは言えない顔や身体つきなので、白い布を着たところで荒れた肌が目立つだけで、綺麗だとは思わなかった。
そして心の中で自嘲する。ひとの幸せを喜べないなんて、ひととして終わっている。本当にその通りだ、と。
嫌いな相手にはとことん冷たくできる人間だったなんて、初めて知った。そしてやはり、早く帰って柳の元へ行きたいと思うのだ。
挙式は滞りなく終わり、披露宴会場に移動する。何となく気付いていたけれど、席次表を見てやはりと思った。
参列者のほとんどが、芳川の父親の会社関係のひとなのだ。大学でつるんでいた仲間もいなければ、芳川の今の勤め先のひともいない。話す相手もいない蓮香は、ますます帰りたくなる。
『それでは蓮香様、前へお越しください』
司会者が突然、蓮香を読んだ。どういうことだ、と周りを見渡すと、スタッフがこちらへ、と誘導してくる。上の空で司会の話を聞いておらず、混乱するばかりだ。
何のつもりだ、と言われた通りにすると、芳川は手紙を持ち、語り出した。
「親友の蓮香へ」
それを聞いた途端、全身に鳥肌が立つ。親友? 誰が? どうやら芳川は親友との強い絆を語り、感動的演出をするつもりらしい。
「大学で知り合って、いつもくだらない話をしていたね。蓮香はこんな私の話もよく聞いてくれて、感謝でいっぱいです」
蓮香は俯いて感情を押し殺した。こんなの、お涙頂戴の茶番にも程がある。いつも一方的に話しては、聞かないと酷いと泣いたり詰ったりしていたのは、どこのどいつだったか。
永遠にも思えたその時間を耐え、刺さる視線が痛いと思いながら席に座る。それもそうだ、結婚式で新婦が異性に、特別な間柄だったと言ったのだ。そこにやましい感情がないか、疑うひともいるだろう。しかも参列者は歳上のひとばかりだ、そういうことに敏感なひともいるはず。
しかし、ハプニングはそれだけで、あとは比較的和やかに披露宴は進んだ。
そして芳川が、またわざとらしく泣いて両親への手紙を読んでいる頃、蓮香のスマホが震える。
まさか、と思ってこっそり見ると、柳からだった。ホッとしたものの、今日は結婚式だと伝えてあるし、ここのところ電話を掛けるなんてことはしていなくて、やはり珍しいと思い、嫌な予感が大きくなる。
(どうしよう、今は抜け出せそうにない……)
そう思っていると、そのうちに着信は切れた。焦燥感がピークになり、終わるなり会場を走って出ようとする。
「蓮香! どこ行くの?」
蓮香の腕を捕まえたのは芳川だった。蓮香の慌てように、彼女は察したのかニヤリと笑う。
「ねぇ、二次会出るよね? 蓮香の食事も用意してるから」
「は? 俺欠席だって伝えたよな?」
「えっ? 親友の結婚式なのに、二次会も出ないの? 酷い!」
そう言って、芳川がまたわざとらしく泣こうとした時、蓮香のスマホが再び震える。──今度は、病院からだ。
「芳川ごめん、本当に無理だ。病院から電話が掛かってきた」
「それ嘘でしょ? 今日の主役は私なのに、私より彼女を優先するって言うの!?」
そう言ってぐい、と腕を引っ張られて、蓮香の中で何かが切れる。
「いい加減にしろ!」
強引にその手を振りほどくと、両家の両親に頭を下げた。
「申し訳ありませんっ、妻が危篤なのでこれで失礼します!」
そう言って踵を返したあと、後ろでパシッと音がして、芳川が「何で叩くのよパパ!」と叫んでいる。しかしもう知らない。気にしている場合じゃない、と蓮香は走った。
蓮香は病院に連絡すると、やはり柳が危ない状態だという報せだった。そして移動中のタクシーで、柳からの留守番電話が入っていることに気付く。
祈るような気持ちでスマホを操作する。指が震えて三回間違えて画面を消してしまった。視界が滲んで操作がしにくく、礼服で涙を拭って、やっと留守番電話を再生することができる。
定型文が流れる時間も長く感じ、発信音のあとにすぐ聞こえたのは、柳の吐息だった。それが三秒くらいあり、そして。
『貴徳くん、愛してる……』
留守番電話の内容は、それだけだった。
20
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
EDEN ―孕ませ―
豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。
平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。
【ご注意】
※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。
※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。
※前半はほとんどがエロシーンです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
ショタ18禁読み切り詰め合わせ
ichiko
BL
今まで書きためたショタ物の小説です。フェチ全開で欲望のままに書いているので閲覧注意です。スポーツユニフォーム姿の少年にあんな事やこんな事をみたいな内容が多いです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クソザコ乳首くんの出張アクメ
掌
BL
おさわりOK♡の家事代行サービスで働くようになった、ベロキス大好きむっつりヤンキー系ツン男子のクソザコ乳首くんが、出張先のどすけべおぢさんの家で乳首穴開き体操着でセクハラ責めされ、とことんクソザコアクメさせられる話。他腋嗅ぎ、マイクロビキニなど。フィクションとしてライトにお楽しみください。
ネタの一部はお友達からご提供いただきました。ありがとうございました!
pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。
なにかありましたら(web拍手)
http://bit.ly/38kXFb0
Twitter垢・拍手返信はこちらから
https://twitter.com/show1write
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる