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18 出逢い
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それから大学在学中に、蓮香は何人かの女性と付き合うことになったが、ことあるごとに芳川がしゃしゃり出て、彼女との仲を疑われて別れる、ということを繰り返した。
初めは偶然かと思ったけれど、みな一様に蓮香を責めて別れを切り出され、一方的に連絡が取れなくなる、というのが続く。
芳川とは何もないのにと言えば、芳川が「私たちはただの友達だよ?」と腕にまとわりついてきて、喧嘩になって別れるパターンや、芳川の存在が面倒だと言って離れていくパターンも多かった。
その都度芳川に止めろと言うけれど、彼女はどこ吹く風で、そんなことで別れる彼女なんて、そこまでの関係なんだよ、と言われれば、そうなのかもなんて思ったりもする。まだ蓮香も未熟だったのだ。
しかし、芳川に好きな人が現れると、彼女はそちらに夢中になるので、その間にこっそり付き合ってみると、これが案外上手くいくことに気付いた。
「バイト先の店長に、家に誘われたんだー。奥さんいるのにいいの? って聞いたけど、私の方が落ち着くんだって」
ある日の昼食時、食堂で芳川に捕まり一緒に食べていると、彼女は今夢中になっているひとの話を始める。
芳川は、特定の人に夢中になっている間は、その人の話しかしない。あれだけ好きだったゲームも、今回の人はそんなに好きじゃないらしく、「ゲーム? そんなの好きな時期あったなー」なんて言っている。
「私ねぇ、店長のおかげで競馬詳しくなったよー」
どうやらバイト先の店長はギャンブルが好きらしく、よく一緒にパチンコや競馬に行っているらしかった。
「なぁ、それって不倫ってことだろ? さすがによくないんじゃないか?」
離れようとしている蓮香のことを察しているのか、定期的に呼び出されたり、捕まってはこういう話をされて、蓮香は少しうんざりしていた。しかしすでに彼女の手の中にいて、なかなか抜け出せないでいる。
「え? 好きならそんなの関係ないじゃん。別れてくれるって言ってるし」
それは不倫男の常套句だ、と思いながら、蓮香は諭すように言った。
「なぁ、もうちょっと、お前を大事にしてくれるひとと付き合った方がいいんじゃないか? どっちも得しないよそんなの」
何かあってからじゃ遅い。そう思って言ったけれど、芳川は首を傾げるだけだ。そしてこの時の蓮香は、芳川のことを本気で心配して、諭せば何とかなるのでは、と思っていた。
「大事? 大事にしてくれてるよ? いつも愛してるって言ってくれるし、奥さんよりいい食事に連れてってくれる」
蓮香は頭を抱える。それも不倫相手への常套手段で、二番手は二番手以上になれることはない、と芳川に伝える。すると、彼女はやはり涙を溜め始めるのだ。
「どうしてそんなに酷いことを言うの? 自分が幸せだからって、他人を蹴落とすの、よくないよ!」
わあわあと泣く芳川に、蓮香は慌てて宥める。そして彼女の存在をいつの間に知ったんだ、と冷や汗をかいた。
「そういうことじゃない。不倫は法的にも訴えられるから、もしお前が訴えられたらって思ったんだ」
「それでも私は店長といたいの! お金ならパパが何とかしてくれるし!」
そう言って泣く芳川に、蓮香は「そう言えば社長令嬢で家は金持ちだった」と思い出す。そして、不倫の責任を親に肩代わりさせるつもりなのか、と頭が痛くなった。
「違う。不倫の責任は、お前が自分で払うんだよ」
「苦学生のバイトなのに、どうやって払うの? そんなこと、店長はさせないし、奥さんから私を守ってくれるはずだよ?」
あくまで店長は自分と付き合いたいと思っているはず、と疑わない芳川に、蓮香は諭す。
「店長は店長で責任は別だよ。もし守ってくれなかったら? 働いて返すしかないだろう。お前が持ってる車売ったり……」
蓮香は、最初こそ芳川は苦学生かと思っていたけれど、彼女のバイト代は自分の趣味に使うためのものであって、一人暮らしの生活費、光熱費に加え、車も買い与えられていた。ガソリン代などの維持費も親が払っている、と大声で言っていたのを思い出し、それを例に挙げると案の定芳川は首を左右に振る。
「そんなことしたくない! まだ訴えられてないのに、どうして嫌なことばっか言うの!?」
興奮して声のボリュームが上がる芳川に、蓮香は思わず周りを見渡した。はたから見れば、蓮香が芳川を責めているように見えないか、そう思って蓮香はため息をつく。
「分かった。そんなに好きなら好きにしなよ」
「何その言い方。人のことどうなってもいいって言うの!?」
「じゃあ何で俺にこの話したんだ」
「蓮香なら聞いてくれると思ったのに!」
ゲームの話だって、いつだって聞いてくれたじゃん、どうして急に冷たくなったの? と泣く芳川。
やっぱり私が幸せになるのが気に入らないんだ、蓮香って冷たいひとだったんだね、と喚く彼女に呆れる。
「じゃあ、一体どうしたらお前は納得するんだ?」
「店長にお願いしてよ。奥さんと別れて、私と付き合うようにゆって」
何で俺が、と蓮香は天を仰いだ。関係ない第三者まで巻き込んで、不倫の手伝いをしろとでもいうのか。
「なあ芳川、俺はお前とまたゲームの話したいよ。その方が俺は楽しい」
「私は楽しくない! もういい、蓮香なんか、彼女に振られればいいんだ!」
しっかり捨て台詞を吐いて、芳川は去っていく。
「あーあ。お前、すっかり敵認定されたな」
近くで見ていたらしい同期の男子学生が、苦笑しながら話しかけてきた。よく見る顔だけれど、名前も覚えていないので曖昧に答えると、その男はまだ話を続ける。
「あいつの妹、かなりかわいいって噂だけど、あのブサイクに似たかわいい妹って、想像できないよな」
下世話な話をする男子学生を、蓮香は睨んだ。それだけで彼は怯み、何だよ、とすごすごと去っていく。
確かに、芳川はお世辞にも美人とは言えない。かわいいとも言えない。けれど、話せば楽しいし、ノリがよくて慕われてもいた。けれど、恋愛をしている時の彼女は、いつも一人でいる。
好きなひと以外、本当に何も要らないと思う性格なのかもしれない。けれどその度友達を失くしては、いつか待ち受けるのは、本当に孤独な日々だ。
そして数日後、蓮香は彼女から突然の別れを切り出され、理由を問い詰める気力もなく別れる。女の子に酷いことを言うひとだったなんて、とか言っていたから、多分芳川が何か言ったのだろう。どうして彼女の存在を知ったのか、分からないけれど。
それから、蓮香は大学を卒業するまで彼女を作らなかった。そんな気にならなかったのが大きな理由だけれど、また芳川が絡んでくるのを避けたいのもあった。実際、直接彼女はいないのか芳川に聞かれたりもした。
就職し、芳川と離れてホッとしたら、俄然やる気が出てきた。就活中に見た、祐輔のコメントが忘れられなくてその会社に入社したけれど、残念ながら配属は本社ではなかった。
それでもいつか、とがむしゃらに働いていると、キーボードを叩いていた蓮香の机にそっと、缶コーヒーが置かれる。
「入って早々気合い入れすぎると、疲れちゃいますよ?」
見ると、綺麗な黒髪を下の方でひとつに結った、色白の女性がいた。身なりは地味にしているけれど、醸し出す雰囲気や品の良さは、ひと目で分かる。
大きな瞳には長いまつ毛があって、柔らかそうな頬には軽くチークが乗っていた。形のいい唇は少し口角が上がっていて、蓮香は一瞬でこの女性に恋をした。
これがのちに妻となる、柳美嘉との出会いである。
初めは偶然かと思ったけれど、みな一様に蓮香を責めて別れを切り出され、一方的に連絡が取れなくなる、というのが続く。
芳川とは何もないのにと言えば、芳川が「私たちはただの友達だよ?」と腕にまとわりついてきて、喧嘩になって別れるパターンや、芳川の存在が面倒だと言って離れていくパターンも多かった。
その都度芳川に止めろと言うけれど、彼女はどこ吹く風で、そんなことで別れる彼女なんて、そこまでの関係なんだよ、と言われれば、そうなのかもなんて思ったりもする。まだ蓮香も未熟だったのだ。
しかし、芳川に好きな人が現れると、彼女はそちらに夢中になるので、その間にこっそり付き合ってみると、これが案外上手くいくことに気付いた。
「バイト先の店長に、家に誘われたんだー。奥さんいるのにいいの? って聞いたけど、私の方が落ち着くんだって」
ある日の昼食時、食堂で芳川に捕まり一緒に食べていると、彼女は今夢中になっているひとの話を始める。
芳川は、特定の人に夢中になっている間は、その人の話しかしない。あれだけ好きだったゲームも、今回の人はそんなに好きじゃないらしく、「ゲーム? そんなの好きな時期あったなー」なんて言っている。
「私ねぇ、店長のおかげで競馬詳しくなったよー」
どうやらバイト先の店長はギャンブルが好きらしく、よく一緒にパチンコや競馬に行っているらしかった。
「なぁ、それって不倫ってことだろ? さすがによくないんじゃないか?」
離れようとしている蓮香のことを察しているのか、定期的に呼び出されたり、捕まってはこういう話をされて、蓮香は少しうんざりしていた。しかしすでに彼女の手の中にいて、なかなか抜け出せないでいる。
「え? 好きならそんなの関係ないじゃん。別れてくれるって言ってるし」
それは不倫男の常套句だ、と思いながら、蓮香は諭すように言った。
「なぁ、もうちょっと、お前を大事にしてくれるひとと付き合った方がいいんじゃないか? どっちも得しないよそんなの」
何かあってからじゃ遅い。そう思って言ったけれど、芳川は首を傾げるだけだ。そしてこの時の蓮香は、芳川のことを本気で心配して、諭せば何とかなるのでは、と思っていた。
「大事? 大事にしてくれてるよ? いつも愛してるって言ってくれるし、奥さんよりいい食事に連れてってくれる」
蓮香は頭を抱える。それも不倫相手への常套手段で、二番手は二番手以上になれることはない、と芳川に伝える。すると、彼女はやはり涙を溜め始めるのだ。
「どうしてそんなに酷いことを言うの? 自分が幸せだからって、他人を蹴落とすの、よくないよ!」
わあわあと泣く芳川に、蓮香は慌てて宥める。そして彼女の存在をいつの間に知ったんだ、と冷や汗をかいた。
「そういうことじゃない。不倫は法的にも訴えられるから、もしお前が訴えられたらって思ったんだ」
「それでも私は店長といたいの! お金ならパパが何とかしてくれるし!」
そう言って泣く芳川に、蓮香は「そう言えば社長令嬢で家は金持ちだった」と思い出す。そして、不倫の責任を親に肩代わりさせるつもりなのか、と頭が痛くなった。
「違う。不倫の責任は、お前が自分で払うんだよ」
「苦学生のバイトなのに、どうやって払うの? そんなこと、店長はさせないし、奥さんから私を守ってくれるはずだよ?」
あくまで店長は自分と付き合いたいと思っているはず、と疑わない芳川に、蓮香は諭す。
「店長は店長で責任は別だよ。もし守ってくれなかったら? 働いて返すしかないだろう。お前が持ってる車売ったり……」
蓮香は、最初こそ芳川は苦学生かと思っていたけれど、彼女のバイト代は自分の趣味に使うためのものであって、一人暮らしの生活費、光熱費に加え、車も買い与えられていた。ガソリン代などの維持費も親が払っている、と大声で言っていたのを思い出し、それを例に挙げると案の定芳川は首を左右に振る。
「そんなことしたくない! まだ訴えられてないのに、どうして嫌なことばっか言うの!?」
興奮して声のボリュームが上がる芳川に、蓮香は思わず周りを見渡した。はたから見れば、蓮香が芳川を責めているように見えないか、そう思って蓮香はため息をつく。
「分かった。そんなに好きなら好きにしなよ」
「何その言い方。人のことどうなってもいいって言うの!?」
「じゃあ何で俺にこの話したんだ」
「蓮香なら聞いてくれると思ったのに!」
ゲームの話だって、いつだって聞いてくれたじゃん、どうして急に冷たくなったの? と泣く芳川。
やっぱり私が幸せになるのが気に入らないんだ、蓮香って冷たいひとだったんだね、と喚く彼女に呆れる。
「じゃあ、一体どうしたらお前は納得するんだ?」
「店長にお願いしてよ。奥さんと別れて、私と付き合うようにゆって」
何で俺が、と蓮香は天を仰いだ。関係ない第三者まで巻き込んで、不倫の手伝いをしろとでもいうのか。
「なあ芳川、俺はお前とまたゲームの話したいよ。その方が俺は楽しい」
「私は楽しくない! もういい、蓮香なんか、彼女に振られればいいんだ!」
しっかり捨て台詞を吐いて、芳川は去っていく。
「あーあ。お前、すっかり敵認定されたな」
近くで見ていたらしい同期の男子学生が、苦笑しながら話しかけてきた。よく見る顔だけれど、名前も覚えていないので曖昧に答えると、その男はまだ話を続ける。
「あいつの妹、かなりかわいいって噂だけど、あのブサイクに似たかわいい妹って、想像できないよな」
下世話な話をする男子学生を、蓮香は睨んだ。それだけで彼は怯み、何だよ、とすごすごと去っていく。
確かに、芳川はお世辞にも美人とは言えない。かわいいとも言えない。けれど、話せば楽しいし、ノリがよくて慕われてもいた。けれど、恋愛をしている時の彼女は、いつも一人でいる。
好きなひと以外、本当に何も要らないと思う性格なのかもしれない。けれどその度友達を失くしては、いつか待ち受けるのは、本当に孤独な日々だ。
そして数日後、蓮香は彼女から突然の別れを切り出され、理由を問い詰める気力もなく別れる。女の子に酷いことを言うひとだったなんて、とか言っていたから、多分芳川が何か言ったのだろう。どうして彼女の存在を知ったのか、分からないけれど。
それから、蓮香は大学を卒業するまで彼女を作らなかった。そんな気にならなかったのが大きな理由だけれど、また芳川が絡んでくるのを避けたいのもあった。実際、直接彼女はいないのか芳川に聞かれたりもした。
就職し、芳川と離れてホッとしたら、俄然やる気が出てきた。就活中に見た、祐輔のコメントが忘れられなくてその会社に入社したけれど、残念ながら配属は本社ではなかった。
それでもいつか、とがむしゃらに働いていると、キーボードを叩いていた蓮香の机にそっと、缶コーヒーが置かれる。
「入って早々気合い入れすぎると、疲れちゃいますよ?」
見ると、綺麗な黒髪を下の方でひとつに結った、色白の女性がいた。身なりは地味にしているけれど、醸し出す雰囲気や品の良さは、ひと目で分かる。
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