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花は好きですか?
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診断メーカーお題
大竹あやめのお話は
「花なんか別に好きじゃなかった」で始まり「さあ、どうだったかな」という台詞で終わります。
#こんなお話いかがですか
━━━━━━━━━━━━━━━
花なんか別に好きじゃなかった。
けど、ある時からオレの興味は道端に咲いている花にも注がれるようになった。
原因は、花屋のお兄さん。オレはその人に一目惚れした。我ながら単純な理由だろ?
花と同じように綺麗なその人は、いつも嬉しそうに花を世話してたんだ。花を慈しむ目でオレを見てほしい、その杜若の葉のような細く長い指を絡め取りたい、と思いながら、その店の前を通り過ぎる日々。
でも、ある日勇気を出して話しかけてみたんだ。
「あのっ、……その花、何ていうんですか?」
買うつもりなんてさらさらないのに、オレはお兄さんの持っていた白い花を指す。お兄さんはいつも通り穏やかな顔で笑って、答えてくれた。
「ああ、これは……ストックっていう花です」
その花は女の子が使うシュシュのように、丸くてクシュっとした花だ。枝の先にいくつか集まって咲いていて、たくさん持っていると少し重そうだった。
「……花に興味があるんですか?」
そう聞かれ、オレは慌てて返事をして話題を探す。話しかけることに精一杯で、会話が続くと思っていなかったオレは、春は野花がかわいくて散歩も長くなりますよね、なんて思ってもいないことを話す。
するとお兄さんは少し考えて、持っていた白のストックを一本、オレに渡した。
「毎日通りがかりに花を見てくださってますよね。店の花をかわいがってくださって、ありがとうございます」
「え、でもこれ……売り物じゃ……」
さすがにタダでもらえない、と言うと、お兄さんは良いんです、と眉を下げる。
「またお会いできたら、お話ししてくれますか?」
「えっ? は、はいっ、もちろん!」
では仕事がありますので、と言われ、オレは邪魔してしまったことを詫びつつ店を後にした。しばらく会話を反芻し、ドキドキが収まらなくて、帰るはずの家を通り過ぎてしまったことは内緒だ。
オレは帰って、貰った白のストックを、とりあえず洗面台に水を溜めて置いておく。次の休日に花瓶でも買って、定期的にあの店へ花を買いに行こうか、と考え、お兄さんの名前や連絡先をそれとなく知る方法を一晩中考えていた。
しかし、次の日に店の前を通ってオレは愕然とする。
下ろされたシャッターには、突然の閉店をお詫びする張り紙。理由も、店主であろうお兄さんの名前も書いてはいない。
そのまま回れ右して自宅に戻る。仕事だったけどそれどころじゃない。洗面台に寂しく置かれた白のストックを目にした瞬間、オレの目から涙が溢れ出た。
「どうして……っ」
また会えたら話そうって、言ってくれたのに!
オレは感情の赴くまま白のストックを乱暴に取った。そして振り上げ──そのまま抱き締める。あのひとから貰ったものを、床に叩きつけるなんてできなかった。
ひんやりとした花弁が、あのひととの最後の言葉を思い出させる。眉を下げたお兄さんが、良いんです、と。
「オレにこれをくれたのは、閉店するからもういらないってことだったのか……っ」
処分されるより、人の手に渡って愛でてもらった方がいい。花に優しいあのひとなら、考えそうなことだ。
オレはその日、仕事を休んで一日中泣いた。
◇
「パパ! おはなやたん!」
それから六年後。オレは娘と一緒に散歩がてら近所を歩いていた。娘が指したお花屋さんは、俺にとって失恋の場所になっていて、苦い思い出があるあの店だ。
「……え?」
オレは目を疑う。その店はずっと閉まっていたのに、今日は店先に花が出ていて、シャッターが半分開いていたのだ。そして中から、忘れようもないあの人が、プランターを持って出てくる。
オレは早鐘のように打つ心臓を宥めながら、娘の手を引いて花屋の前に来た。気付いた店主が、笑顔を見せかけ、娘に気付いて苦笑する。
「お久しぶりです」
オレから声を掛けると、お兄さんは笑っているものの、少し寂しそうだった。
そう、あれからオレは、本当に花が好きになり園芸好きの彼女ができて結婚した。その間に、白のストックの花言葉を知る機会があったのだ。
花言葉は、『思いやり』、『ひそやかな愛』。
お兄さんがオレにあの花を渡した意図は、分からない。白のストックの花言葉を、オレに贈ったのかもしれないけれど──分かっても、もう遅いのだ。
「お店、再開されるんですか?」
「ええ。介護で実家に戻ってたんですが、必要なくなりまして」
そうですか、とオレは感情を込めずに言う。娘が手を引っ張ったので行こうとすると、お兄さんがオレを呼び止めた。
「もう遅いかもしれないですけど……花言葉、ご存知でしたか?」
ドキリとする。やっぱり彼はあの花に想いを託していたのだ、と胸と目頭が熱くなった。
どうして……どうして今なんだ、とオレは内心唇を噛む。オレだって、娘がいなければ……いや、妻がいなければ今頃……。
でも、オレには守るものがある。右手にかかる軽くて重い命を、一人前になるまで守るという義務が。だからもう、お兄さんとは決別しなければ。
オレは深呼吸をして、お兄さんを見た。その視界が少し滲んだけれど、……お兄さん、どうか気付かないふりをしてくれ。
震える声を振り絞る。
「……さあ、どうだったかな」
[完]
大竹あやめのお話は
「花なんか別に好きじゃなかった」で始まり「さあ、どうだったかな」という台詞で終わります。
#こんなお話いかがですか
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花なんか別に好きじゃなかった。
けど、ある時からオレの興味は道端に咲いている花にも注がれるようになった。
原因は、花屋のお兄さん。オレはその人に一目惚れした。我ながら単純な理由だろ?
花と同じように綺麗なその人は、いつも嬉しそうに花を世話してたんだ。花を慈しむ目でオレを見てほしい、その杜若の葉のような細く長い指を絡め取りたい、と思いながら、その店の前を通り過ぎる日々。
でも、ある日勇気を出して話しかけてみたんだ。
「あのっ、……その花、何ていうんですか?」
買うつもりなんてさらさらないのに、オレはお兄さんの持っていた白い花を指す。お兄さんはいつも通り穏やかな顔で笑って、答えてくれた。
「ああ、これは……ストックっていう花です」
その花は女の子が使うシュシュのように、丸くてクシュっとした花だ。枝の先にいくつか集まって咲いていて、たくさん持っていると少し重そうだった。
「……花に興味があるんですか?」
そう聞かれ、オレは慌てて返事をして話題を探す。話しかけることに精一杯で、会話が続くと思っていなかったオレは、春は野花がかわいくて散歩も長くなりますよね、なんて思ってもいないことを話す。
するとお兄さんは少し考えて、持っていた白のストックを一本、オレに渡した。
「毎日通りがかりに花を見てくださってますよね。店の花をかわいがってくださって、ありがとうございます」
「え、でもこれ……売り物じゃ……」
さすがにタダでもらえない、と言うと、お兄さんは良いんです、と眉を下げる。
「またお会いできたら、お話ししてくれますか?」
「えっ? は、はいっ、もちろん!」
では仕事がありますので、と言われ、オレは邪魔してしまったことを詫びつつ店を後にした。しばらく会話を反芻し、ドキドキが収まらなくて、帰るはずの家を通り過ぎてしまったことは内緒だ。
オレは帰って、貰った白のストックを、とりあえず洗面台に水を溜めて置いておく。次の休日に花瓶でも買って、定期的にあの店へ花を買いに行こうか、と考え、お兄さんの名前や連絡先をそれとなく知る方法を一晩中考えていた。
しかし、次の日に店の前を通ってオレは愕然とする。
下ろされたシャッターには、突然の閉店をお詫びする張り紙。理由も、店主であろうお兄さんの名前も書いてはいない。
そのまま回れ右して自宅に戻る。仕事だったけどそれどころじゃない。洗面台に寂しく置かれた白のストックを目にした瞬間、オレの目から涙が溢れ出た。
「どうして……っ」
また会えたら話そうって、言ってくれたのに!
オレは感情の赴くまま白のストックを乱暴に取った。そして振り上げ──そのまま抱き締める。あのひとから貰ったものを、床に叩きつけるなんてできなかった。
ひんやりとした花弁が、あのひととの最後の言葉を思い出させる。眉を下げたお兄さんが、良いんです、と。
「オレにこれをくれたのは、閉店するからもういらないってことだったのか……っ」
処分されるより、人の手に渡って愛でてもらった方がいい。花に優しいあのひとなら、考えそうなことだ。
オレはその日、仕事を休んで一日中泣いた。
◇
「パパ! おはなやたん!」
それから六年後。オレは娘と一緒に散歩がてら近所を歩いていた。娘が指したお花屋さんは、俺にとって失恋の場所になっていて、苦い思い出があるあの店だ。
「……え?」
オレは目を疑う。その店はずっと閉まっていたのに、今日は店先に花が出ていて、シャッターが半分開いていたのだ。そして中から、忘れようもないあの人が、プランターを持って出てくる。
オレは早鐘のように打つ心臓を宥めながら、娘の手を引いて花屋の前に来た。気付いた店主が、笑顔を見せかけ、娘に気付いて苦笑する。
「お久しぶりです」
オレから声を掛けると、お兄さんは笑っているものの、少し寂しそうだった。
そう、あれからオレは、本当に花が好きになり園芸好きの彼女ができて結婚した。その間に、白のストックの花言葉を知る機会があったのだ。
花言葉は、『思いやり』、『ひそやかな愛』。
お兄さんがオレにあの花を渡した意図は、分からない。白のストックの花言葉を、オレに贈ったのかもしれないけれど──分かっても、もう遅いのだ。
「お店、再開されるんですか?」
「ええ。介護で実家に戻ってたんですが、必要なくなりまして」
そうですか、とオレは感情を込めずに言う。娘が手を引っ張ったので行こうとすると、お兄さんがオレを呼び止めた。
「もう遅いかもしれないですけど……花言葉、ご存知でしたか?」
ドキリとする。やっぱり彼はあの花に想いを託していたのだ、と胸と目頭が熱くなった。
どうして……どうして今なんだ、とオレは内心唇を噛む。オレだって、娘がいなければ……いや、妻がいなければ今頃……。
でも、オレには守るものがある。右手にかかる軽くて重い命を、一人前になるまで守るという義務が。だからもう、お兄さんとは決別しなければ。
オレは深呼吸をして、お兄さんを見た。その視界が少し滲んだけれど、……お兄さん、どうか気付かないふりをしてくれ。
震える声を振り絞る。
「……さあ、どうだったかな」
[完]
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短いのに切なくて素敵でした
ピロんさん、いつもありがとうございます!(´▽`)
うわ最高の褒め言葉です❤半泣きで書いた甲斐がありました(笑)
ああああー(ノω・、) !!
ミドリさん、いつもありがと!
切ないね……(´;ω;`)