なぁ白川、好き避けしないでこっち見て笑って。

大竹あやめ

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30 番外編

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「あっつい~、恵士、なんとかして~?」

 八月。夏休みも真っ只中の洋と恵士は、洋の家でダラダラしていた。お互いバイトがある中、時間さえ合えば一緒にいて、充実した夏休みを送っていたのだが。

「なんとかって言われても……」

 恵士は眉を下げる。
 納涼祭りにプラネタリウム、映画館に水族館。遊園地やショッピングモール、ほかにも色んなところに行った。もちろん二人で。けれど早々にネタが尽きてしまい、今日はお家デートに落ち着いたのだ。
 昼は恵士の手料理のパスタを食べ、ひと息ついたまでは良かった。しかしやることが何もないと、落ち着かないのが洋で。

「……洋が離れたらいいと思う」

 恵士はそう言うと、洋の頭を撫でた。心地良さに目を細めると、洋はやだ、と目を閉じる。
 今、洋は寝そべっていて、恵士に膝枕をしてもらっているのだ。想像していたより硬い恵士の太ももに、洋はこれはこれでいいな、と思う。いかにも恋人同士らしいことをしているのに、離れるのはもったいない。

「……あ」

 そう思っていると、いい考えが浮かんだ。夏だというのに、どうしてここへデートに誘わなかったのだろう、と起き上がる。

「プール行かねぇ?」
「プール……」

 もちろん有名な、大きなプールは今から行くのは無茶だ。市民プールも……混んではいるだろうけれど、行けなくはない。

「あ、でも今から準備すると遅くなるか? いっそナイトプールとかやってるとこ……」
「絶対だめ! そんなとこ!」

 洋がワクワクとこのあとの予定を考えていると、恵士は勢いよく前のめりになる。顔を思い切り近付けられ、その必死さに洋は少し引いた。

「ナイトプールなんて、あんなの肉食系男女が行くところだよ!」
「お、……おう……」

 ひょっとして、行ったことがあるのだろうかと思うほどの力説ぶりに、洋は恐る恐る聞いてみる。

「……行ったことあるのか?」
「……う」

 言葉を詰まらせて呻いた恵士。その態度こそが答えだった。例に漏れず、女の子に押し切られて行ったらしい。

「だめ。危ない」
「……そんな子供に言うみたいに言うなよ……。わかったから」

 洋は諦めると、恵士はあからさまにホッとしたようだった。一体どんな目に遭ったんだ、と思ったけれど、聞くのは躊躇われる。

「……じゃあ、何する?」

 そう言って、洋は恵士に抱きついた。すると彼の腰に洋の手が当たり、恵士は「うっ」と呻いて身体を硬直させる。

「……」

 洋はニヤリとした。そのまま彼の腰をくすぐると、案の定、恵士は声を上げて逃げようとする。

「うわ……っ、あは! やだ! やめてよ!」
「なんだぁ恵士、くすぐり弱いのか?」

 ほれほれ、と彼の腰を掴んで揉むと、笑いながら悲鳴を上げる恵士。強引に笑わせているけれど、その顔がもっと見たくて、洋は色んなところをくすぐった。

「あはははは! ちょ、やめてってば……!」

 恵士は必死になって身を捩り、洋の手を止めようとする。けれど楽しくなってきた洋は、恵士の守りをかいくぐり、これでもかと責め立てた。

「やだ! ……マジでやめて……!」
「恵士がくすぐり弱かったなんて知らなかったなぁ。……こことかどうだ?」
「あははははははは!」

 こんなに笑う恵士は初めてだ。ひー! と悲鳴を上げる恵士の耳をくすぐると、両手首を掴まれてしまった。

「……」

 はあはあと、お互いの荒い息遣いの音がする。二人とも必死になって攻防したからか、身体が熱い。

「もう……っ」

 洋は恵士と目が合ってドキリとした。笑ったからであろう顔は赤く染まり、瞳は涙で潤んでいる。彼は困ったように眉を下げているけれど、その瞳の奥に強い光を見つけてしまったのだ。
 それは、納涼祭りの前の日に見た、あの目と似ている。困惑と本能が入り交じったその目は、確実に恵士が男だと、思い知らされるものだった。

「くすぐるのは、やめて?」
「お、おう……。ごめん……」

 洋は反射的に謝ると、恵士ははあ、と息を吐いて手を放してくれた。ふい、と顔を逸らした彼は、膝を抱えてしまう。

(……あ、あれ……?)

 洋の心臓の音がうるさい。なぜ恵士のあの目を見て、自分はドキドキしているのだろう、と動揺する。

(全部、飲み込まれそうな目だった……)

 多分、あのまま恵士と目を合わせていたら、洋は彼に全部を明け渡してしまいたくなっただろう。そのあとどうなるかを想像し、顔が爆発するかと思うほど熱くなる。

「……」

 よもや自分が恵士に対し、好き以上の感情を持つとは思わなかったのだ。確かに一般的には、好きになったら相手が欲しいと思うもの。特に男はその二つの感情が、割とストレートに繋がっている。
 当然、洋も恵士も男だ。しかし恋人になって、そのあとのことを考えていなかった洋は、その辺りの感情について話し合う必要性が出てきたのかも、と照れてしまう。
 でも、どうやって切り出せばいいのかわからない。あれだけ会話が好きだと思っていたのに、やはりこういう深い話は避けたくなってしまうのだ。

「……や、やっぱり暑いな。ホラー映画でも観て涼むか」

 わざとらしく洋はテレビのリモコンを握る。しかし、恵士は黙ったままだ。

「お、おい、なんか言えよ……」

 洋は恵士を振り返ると、やっぱり先日見せた、あの恨めしそうな顔をしている。目には強い意志が見え隠れしているように見えて、反射的に顔を逸らした。

「……そうやって逃げるの、良くないよ……?」

 それを聞いて、恵士も同じ気持ちなんだ、と洋は悟る。
 お互い初めての恋人。どうやって関係を深めていけば良いのかもわからない。けれど、お互い前を向くには、この話題はきっと避けては通れないだろう。
 洋は大きく息を吐き出した。

「……ごめん」

 ううん、と言った恵士は穏やかだ。洋はそんな恵士に背中を押される。
 彼はもうきっと、洋とちゃんと話し合う覚悟ができている。それならば、自分も向き合わなければ失礼だ。

「……ちゃんと話、するか」
「……うん」

 お互いに探りあっている空気感がいたたまれない。けれどそれを越えられたら、恵士とはさらに仲良くなれるだろう。

 お互いが納得いくまで、とことん。
 言わなければ、伝わらないから。聞かなければ、わからないから。

「あのな……俺、お前と……」

 洋は正座をして口を開くと、顔を上げて恵士の優しい瞳を真っ直ぐ見つめた。
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