なぁ白川、好き避けしないでこっち見て笑って。

大竹あやめ

文字の大きさ
上 下
30 / 34

30 番外編

しおりを挟む
「あっつい~、恵士、なんとかして~?」

 八月。夏休みも真っ只中の洋と恵士は、洋の家でダラダラしていた。お互いバイトがある中、時間さえ合えば一緒にいて、充実した夏休みを送っていたのだが。

「なんとかって言われても……」

 恵士は眉を下げる。
 納涼祭りにプラネタリウム、映画館に水族館。遊園地やショッピングモール、ほかにも色んなところに行った。もちろん二人で。けれど早々にネタが尽きてしまい、今日はお家デートに落ち着いたのだ。
 昼は恵士の手料理のパスタを食べ、ひと息ついたまでは良かった。しかしやることが何もないと、落ち着かないのが洋で。

「……洋が離れたらいいと思う」

 恵士はそう言うと、洋の頭を撫でた。心地良さに目を細めると、洋はやだ、と目を閉じる。
 今、洋は寝そべっていて、恵士に膝枕をしてもらっているのだ。想像していたより硬い恵士の太ももに、洋はこれはこれでいいな、と思う。いかにも恋人同士らしいことをしているのに、離れるのはもったいない。

「……あ」

 そう思っていると、いい考えが浮かんだ。夏だというのに、どうしてここへデートに誘わなかったのだろう、と起き上がる。

「プール行かねぇ?」
「プール……」

 もちろん有名な、大きなプールは今から行くのは無茶だ。市民プールも……混んではいるだろうけれど、行けなくはない。

「あ、でも今から準備すると遅くなるか? いっそナイトプールとかやってるとこ……」
「絶対だめ! そんなとこ!」

 洋がワクワクとこのあとの予定を考えていると、恵士は勢いよく前のめりになる。顔を思い切り近付けられ、その必死さに洋は少し引いた。

「ナイトプールなんて、あんなの肉食系男女が行くところだよ!」
「お、……おう……」

 ひょっとして、行ったことがあるのだろうかと思うほどの力説ぶりに、洋は恐る恐る聞いてみる。

「……行ったことあるのか?」
「……う」

 言葉を詰まらせて呻いた恵士。その態度こそが答えだった。例に漏れず、女の子に押し切られて行ったらしい。

「だめ。危ない」
「……そんな子供に言うみたいに言うなよ……。わかったから」

 洋は諦めると、恵士はあからさまにホッとしたようだった。一体どんな目に遭ったんだ、と思ったけれど、聞くのは躊躇われる。

「……じゃあ、何する?」

 そう言って、洋は恵士に抱きついた。すると彼の腰に洋の手が当たり、恵士は「うっ」と呻いて身体を硬直させる。

「……」

 洋はニヤリとした。そのまま彼の腰をくすぐると、案の定、恵士は声を上げて逃げようとする。

「うわ……っ、あは! やだ! やめてよ!」
「なんだぁ恵士、くすぐり弱いのか?」

 ほれほれ、と彼の腰を掴んで揉むと、笑いながら悲鳴を上げる恵士。強引に笑わせているけれど、その顔がもっと見たくて、洋は色んなところをくすぐった。

「あはははは! ちょ、やめてってば……!」

 恵士は必死になって身を捩り、洋の手を止めようとする。けれど楽しくなってきた洋は、恵士の守りをかいくぐり、これでもかと責め立てた。

「やだ! ……マジでやめて……!」
「恵士がくすぐり弱かったなんて知らなかったなぁ。……こことかどうだ?」
「あははははははは!」

 こんなに笑う恵士は初めてだ。ひー! と悲鳴を上げる恵士の耳をくすぐると、両手首を掴まれてしまった。

「……」

 はあはあと、お互いの荒い息遣いの音がする。二人とも必死になって攻防したからか、身体が熱い。

「もう……っ」

 洋は恵士と目が合ってドキリとした。笑ったからであろう顔は赤く染まり、瞳は涙で潤んでいる。彼は困ったように眉を下げているけれど、その瞳の奥に強い光を見つけてしまったのだ。
 それは、納涼祭りの前の日に見た、あの目と似ている。困惑と本能が入り交じったその目は、確実に恵士が男だと、思い知らされるものだった。

「くすぐるのは、やめて?」
「お、おう……。ごめん……」

 洋は反射的に謝ると、恵士ははあ、と息を吐いて手を放してくれた。ふい、と顔を逸らした彼は、膝を抱えてしまう。

(……あ、あれ……?)

 洋の心臓の音がうるさい。なぜ恵士のあの目を見て、自分はドキドキしているのだろう、と動揺する。

(全部、飲み込まれそうな目だった……)

 多分、あのまま恵士と目を合わせていたら、洋は彼に全部を明け渡してしまいたくなっただろう。そのあとどうなるかを想像し、顔が爆発するかと思うほど熱くなる。

「……」

 よもや自分が恵士に対し、好き以上の感情を持つとは思わなかったのだ。確かに一般的には、好きになったら相手が欲しいと思うもの。特に男はその二つの感情が、割とストレートに繋がっている。
 当然、洋も恵士も男だ。しかし恋人になって、そのあとのことを考えていなかった洋は、その辺りの感情について話し合う必要性が出てきたのかも、と照れてしまう。
 でも、どうやって切り出せばいいのかわからない。あれだけ会話が好きだと思っていたのに、やはりこういう深い話は避けたくなってしまうのだ。

「……や、やっぱり暑いな。ホラー映画でも観て涼むか」

 わざとらしく洋はテレビのリモコンを握る。しかし、恵士は黙ったままだ。

「お、おい、なんか言えよ……」

 洋は恵士を振り返ると、やっぱり先日見せた、あの恨めしそうな顔をしている。目には強い意志が見え隠れしているように見えて、反射的に顔を逸らした。

「……そうやって逃げるの、良くないよ……?」

 それを聞いて、恵士も同じ気持ちなんだ、と洋は悟る。
 お互い初めての恋人。どうやって関係を深めていけば良いのかもわからない。けれど、お互い前を向くには、この話題はきっと避けては通れないだろう。
 洋は大きく息を吐き出した。

「……ごめん」

 ううん、と言った恵士は穏やかだ。洋はそんな恵士に背中を押される。
 彼はもうきっと、洋とちゃんと話し合う覚悟ができている。それならば、自分も向き合わなければ失礼だ。

「……ちゃんと話、するか」
「……うん」

 お互いに探りあっている空気感がいたたまれない。けれどそれを越えられたら、恵士とはさらに仲良くなれるだろう。

 お互いが納得いくまで、とことん。
 言わなければ、伝わらないから。聞かなければ、わからないから。

「あのな……俺、お前と……」

 洋は正座をして口を開くと、顔を上げて恵士の優しい瞳を真っ直ぐ見つめた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ
BL
恋愛に疲れ果てた自称社畜でイケメンの犬飼柊一郎が、ある時ふと見つけた「すずらん通り商店街」の一角にある犬山古書店。そこに住む綺麗で賢い黒猫と、その家族である一見すると儚げ美形店主、犬山悠介。 恋に臆病な犬山悠介と、初めて恋をした犬飼柊一郎の物語。 ※猫と話せる店主等、特殊設定あり

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

処理中です...