なぁ白川、好き避けしないでこっち見て笑って。

大竹あやめ

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 二人は洋の家に着くと、早速洋はシャワーを浴びる。サッパリして部屋に戻ると、白川はラグの上に膝を抱えて座り、スマホを眺めていた。

「お待たせ」

 大きな身体を小さくしている白川がかわいいなと思って、洋は彼の隣に座った。すると彼はわかりやすく身体を硬直させる。

「そんなに緊張するなよー、傷付くだろ?」
「ご、ごめん……」

 冗談めかしてそう言うと、白川は顔を伏せてしまった。耳が赤いな、と思って見ていると、彼がボソリと呟く。

「ま、……前も、思ったけど。…………いい匂いがする、から……」
「……っ」

 洋の全身が熱くなった。今しがたシャワーを浴びたのに、汗が出るのを感じて洋は慌てる。前、というのは、以前直樹と家に遊びに来た時のことを言っているのだろう。その時はもう、白川は洋を意識していたという事実に照れてしまい、つい誤魔化してしまった。

「おま、そういうのは正直に言わなくてもいいんだよっ」

 そう言うと、白川は顔を少し動かして、目だけこちらに向けた。髪の間から見えるその目は少し恨めしそうにしていて、なぜか洋の心臓はまた跳ねる。

「な、なんだよ……」

 そう言いながら、洋は鼓動が大きくなっていくのを自覚した。その音が白川に聞こえやしないかと思って、喋るのを止められなくなる。

「言いたいことがあるなら言う。約束だろっ?」
「言えって言ったり言うなって言ったり……。本当に言っていいの?」

 そう言う白川の瞳には、今まで見たことがない光が宿っていた。洋は本能的に危険を感じ、顎を引く。
 しかし白川は再び顔を伏せてしまった。

「……」

 初めて見る白川の目に、洋は動揺してしまう。今のは一体なんだったのか。恨めしそうではあったけれど、こちらを嫌ったり、攻撃したりするような目ではなかった。少なくとも怒ってはいなさそうだけれど、と洋は白川の顔を覗き込む。

「白川……?」
「……もう遅いし寝ようよ」
「……そっ、そうだよな! 寝よう! うん、そうしよう!」

 洋は慌てて立ち上がると、ローテーブルを片付けるぞ、と持つ。けれど白川は、顔を伏せたまま動かない。

「おい言い出しっぺ。手伝えよ」
「…………無理」

 はあ? と洋は青筋を立てる。白川の勝手な言い分に、洋は再び彼のそばまで四つん這いで近付いた。

「なんなんだよ。わけわからんぞ?」
「…………距離近い。心臓もたない……」
「……恵士けいじ~?」
「う……っ」

 洋は先程と同じように、顔を掴んで無理やり上げた。そこには拗ねたような顔をした恋人がいる。気まずそうに視線を逸らす瞳と、少しだけ尖った唇がかわいいと思って、洋は微笑んだ。

「ず、ずるい……ここで、名前呼びとか……」
「そうか? そういや、俺、恵士に名前呼ばれたことないなぁ」

 呼んでくれたら嬉しいなぁ、と笑う。実際、苗字すら呼ばれたことがないので、呼んで欲しいとは思っていたのだ。彼のことだから照れて言えないのだろう、と思っているけれど。
 洋は彼の髪を梳きながら、呼んで、と促してみる。しかし白川は、呻いたまま固まってしまった。

「ほらほら~、俺の名前は洋だよ? さんはいっ」

 洋は笑いながら彼の手を握った。指を絡めて力を込めれば、白川も握り返してくれる。

「……っ、ひ、……洋……」

 囁くような小さな声だったけれど、洋にはしっかりと聞こえた。途端に胸の中が熱いもので満たされて、思わず笑みが零れる。
 この、照れ屋で奥手な恋人を大切にしたい。そんな気持ちになって、両手で彼の手を握った。

「ねぇ恵士、こっち見て笑って?」

 洋の言う通り、そろそろと視線を上げた白川。そして口角を上げようとして――すぐに顔を伏せてしまった。どうしたと思ったら髪の間から雫が落ちるのが見えて、洋は彼の手を撫でる。

「こんなふうに、両想いになれるなんて思いもしなかった……!」

 夢みたいだ、とポロポロと泣く白川を、洋は抱き寄せた。戸惑うことなく素直に腕の中に来た彼は、洋の背中に腕を回すと、痛いほど抱きついてくる。

「俺もだよ。俺は……」

 そう言いかけて洋も目頭が熱くなった。こうして相思相愛に……祖父母のような関係になることを、どれだけ望んでいたか。
 そして洋は決意する。自分の最も弱い部分を、白川に話そう、と。直樹と哲也くらいしか知らない、洋の一番深い部分を見せよう、と。
 洋は長く息を吐く。

「……俺な、家に居場所がなかったんだ。だから……」

 だから祖父母に面倒を見てもらっていたのだ。実は声を失った時も、初めに気付いたのは直樹だった。初めて洋の異変に気付いたのが親ではなく、同級生だったという事実を、直樹はずっと気にしてくれている。
 でも、祖父母のおかげで彼らのような関係に憧れたし、祖母の言葉を信じて友人を作ってきた。

「でも、やっぱ特別に愛されたいって思うんだよ。ずっと、そんな人が欲しいって思ってた」

 それが彼女という立場の人だったのだ。しかし結果的に、洋を想ってくれる人ができて、それが白川で良かったなと思う。
 恵士に会えて良かった、と洋は笑った。すると、彼は「知ってた」と言うのだ。驚いて彼から離れると、白川は気まずそうに視線を逸らす。

「直樹に……ひ、洋は本当はものすごく寂しがり屋だからって……」

 直樹から洋のことが好きなのかと聞かれて頷いた時、どうか変わらず好きでいてあげてくれと言われたそうだ。洋はお節介め、と思うけれど、彼は洋にも発破をかけて励ましてくれたので、やっぱり感謝しかない。

「……一番俺を守って愛してくれてたのは、じいちゃんだった」

 でも、それを知った時には祖父はこの世におらず、祖母もお星様になろうとしていた。こんなことなら寡黙な祖父に苦手意識なんか持たず、積極的に関われば良かったと、洋は今でも後悔している。
 洋には何不自由なく。祖父はそう言って実の息子と大喧嘩して洋を引き取ったらしい。あんなお父さんは初めて見た、と祖母が話していたのを思い出す。
 だからこそ、人と関わる時は会話だ、と強く思うようになったのだ。

「親父の連れ子なの。悪い別れ方したから俺も邪魔だったみたいでさ」

 そう言うと、白川は眉を下げた。物心つく前のことだから、気付けば祖父母の元に洋はいたのだ。
 そして、保護者と言えばいつも祖母が来る洋の家庭環境を、直樹は察したのだろう。そして、声を失った時にそれが決定打になった。
 正直、ちゃんと自分を見てくれなかった両親には不満がある。けれど大きくなって自分で責任が取れるようになったら、この関係も楽でいいなと思うようになったのだ。ある程度の距離を保っているほうが、お互い穏やかでいられるなら、そのほうがいい。

「……強いね」

 白川はごく自然に、洋の頭を撫でてくれる。洋は笑って「いや」と言うと、白川から離れた。

「強くないよ。……見ただろ? 俺は白川の憧れの俺になれない! って叫んでたじゃないか」
「……ううん。やっぱり、洋は俺の憧れだ」

 そう言うと、白川は目を細めた。それが笑ったのだと気付いて、胸から頭までぶわっと熱くなる。

「……ふふっ」

 そして、耐えられなくなって洋も笑った。照れくさくて、でも嬉しくて、二人で笑い合う。

 ――こんな瞬間がずっと続けばいいのに。
 そう思いながら、洋たちは気が済むまで色々なことを語り明かした。
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