なぁ白川、好き避けしないでこっち見て笑って。

大竹あやめ

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「すごくデリケートな問題なんだ。しかも白川はあの性格だし、俺に話すのもかなり勇気がいったと思う」
「なんだよそれ。俺そんなに軽くないぞ!?」

 ここまできて、洋は白川にとことん信用されていないのだと思い知らされた。好きな人にそんなふうに思われるなんて、完全に絶望的じゃないか、とまた泣きそうになる。

「……洋、白川のこと意識してるよね」

 ずばり直樹に胸の裡を言い当てられた洋はドキリとした。いきなり切り出されて、直樹に文句を言おうとしていた気持ちは急激に萎み、項垂れる。最終的には小さく頷くと、じゃあちゃんと話し合いな、と彼に言われた。

「……っ、だから、さっき拒否されたんだって!」

 弾かれたように直樹を見ると、思ったより優しい目をした彼がいた。なんで、という顔をしていたのだろう、直樹は「雨の勢いが弱くなってきたね」と笑う。

「白川、……彼はゲイなんだ」
「え……?」

 直樹の言葉の意味がわからず聞き返すと、彼は立ち上がった。

「もうこれ以上ヒントは出さないよ。あとは白川と話すの。わかった?」
「わ、かった……」

 どういうことだ? と洋は頭の中で考える。
 直樹は白川がゲイだと言った。確かにデリケートな話で、そう易々と人に言うべき問題じゃない。だから直樹は黙っていたのだ、それは納得した。

(直樹は知ってた……好きな人のことは本人に聞けって言ってたし……)

 もちろんそれが道理だろう。では、白川の好きな人は男性だということだ。

(ん? ……あれ?)

 それでも、白川に本命がいることに変わりはない。やっぱり絶望的じゃないか、と思っていると、様子を見ていたらしい直樹にため息をつかれる。

「憧れって、好意の一種だよね?」
「え……?」

 洋は驚く。言われてみれば確かにそうだ。洋は白川本人から憧れていると言われたし、一緒にいると緊張すると言っていた。では、好きなのに視線を合わせてくれなかったり、自然な笑顔を見せてくれなかったりしたのは、憧れが強すぎて戸惑い、逃げてしまうのが彼の癖なのだとしたら? 奥手な白川ならやりそうな行動だ。

「……っ」

 ――ぶわっと全身が熱くなった。

「え、……うわ……、え? うそ……」
「だから、嘘かどうかは白川と話ししなって……」

 呆れたように言う直樹。彼はスマホを取り出すと、誰かに電話をかけ始める。すぐに哲也だと思い、ちょっと待ってと慌てるけれど、素直に聞く直樹ではない。

「もしもし? ……うん。五号館の裏にいる。洋の荷物も持ってきてくれる?」

 そう言ってスマホの通話を切った直樹は、ちなみに、と付け足した。

「哲也こそ本当に何も知らないからね。まずは白川と話して、出た答えを彼に話すかは二人で決めな」
「な、なんだよそれ……」

 それではまるで、二人が同じ答えを出すかのようだ。洋はまた顔が熱くなり、いやまだ確定じゃないし、と首を振る。

「おーいたいた。なんだ洋、ずぶ濡れじゃん」

 すると、建物の中から哲也と白川が出てきた。元いた建物から、連絡通路で繋がっている場所があり、彼らもそこを通って来たようだ。しかし洋は、白川の姿を見ただけで心臓が跳ね上がり、落ち着かなくなる。

「ほら、こんなこともあろうかと……タオル貸してやる」
「サン、キュー……」

 洋は哲也にタオルを手渡された。遠慮なくそれで顔を拭くと、ふわふわの感触にホッとする。雨が降るというだけで、そこまでは準備しないよね、と直樹に哲也の用意周到さをつっこまれていた。

「おう。替えの靴下もあるし傘の他に合羽かっぱもあるぞ?」

 貸そうか? と聞かれ洋は遠慮した。どのみちこれだけ濡れてしまっては、靴下だけ替えても意味がないだろう。そして何も事情を知らない哲也の存在に、身体の力が抜けるのを感じる。本当に、自分は直樹と哲也に助けられているな、と思うのだ。――中学の時のあのころのように。

「哲也、洋と白川、喧嘩したらしい」
「えっ? そうなのか?」

 驚いた様子の哲也に、「だから話し合ってもらおう」と哲也を再び屋内へと連れて行く。仲直りしろよ! と哲也に手を振られ、洋は苦笑しながら軽く手を振り返した。

「……」

 しん、と空気が張り詰める。いつの間にか雨は止んでいて、空は重いし湿度も高い。張り付くTシャツが鬱陶しくて、洋は裾をパタパタと動かしてみた。
 ――白川に何を話したら良いのかわからなかった。自分の気持ちの整理もついていないのに、話せるわけがない、と思う。
 けれどとりあえず、先程のことは謝ろう、と覚悟を決めて顔を上げる。

「その、……さっきはごめんな。怒鳴ったり、……い、いきなり、あんなことして……」

 順番が間違いだったことは反省した。思えば、洋は肝心の言葉を言っていないのだ。
 ここで笑って誤魔化して、さっきのキスは冗談でした、と言うこともできる。けれど、それでは今までの洋と同じだ。
 白川とはもっと仲良くなりたい、と伝えなければ。恋愛感情で好きで、自分を見て笑って欲しい、と。

「白川にもっと笑って欲しい、こっち見て欲しいって思ってたら、いつの間にか好きになってたみたいだ」

 洋は白川を見るけれど、こうして告白しているあいだも、彼の視線はこちらを向かない。けれど耳がこれ以上なく真っ赤になっていて、洋は笑った。
 今度こそ、と洋は緊張する身体を宥め、お腹に力を込める。

「白川は? 良かったら付き合ってくれないか?」

 ――はっきり言って、自分は狡いなと思った。直樹から話を聞かなければ、きっと告白する勇気すら出なかっただろう。けれど、もし直樹のヒントが本当の話なら、チャンスは逃したくない。
 これからは二人で、笑い合いたい。これが今の洋の正直な気持ちだ。

「お、俺は……っ」

 白川の声は震えていた。今までにない彼の緊張具合に、こちらまでつられてしまう。

「前にも、言ったけど。……ずっと、遠くから見てるばっかだった……。そもそも、好きな人と、話したことがなくて……」

 それを聞いて洋は息をのむ。ではあの時、洋から声をかけなければ……そもそも告白の場面を見て、白川のことが気にならなければ、こうしてつるむこともなかったのだ。あの時の自分の行動力を、洋は褒めてやりたいと思う。

「新歓で楽しそうに話してるのを見て、あんな人と付き合えたらいいな、楽しいだろうなって。気付いたら目で追ってた」

 そう言うと、白川は大きく息を吐いた。そのまま脱力して座り込んでしまったので、洋は慌てる。

「え、え? どうした白川っ?」
「……緊張した……っ」

 顔を突っ伏してしまった白川は、うなじまで真っ赤だ。そこにかかる髪がサラサラしていて、洋は触りたい衝動に駆られる。しかし今そんなことをしてしまえば、せっかく勇気を出して話してくれている白川の、邪魔をしてしまうだろう。

「まさか、好きになってもらえるとは思わなかったから……」

 白川は本当に、好きな人と付き合えるとは思っていなかったらしい。遠慮がちに、少しだけ顔を上げた彼の顔は真っ赤で、かわいくて笑ってしまう。

「……じゃあ、付き合おうよ白川。俺、白川とこれから色んなことしたい」
「……お、俺こそ。……俺で良ければ、だけど……っ」
「ん」

 相変わらず、白川は顔を上げても視線は合わない。けれどその理由をきちんと知った今、そんな彼がかわいくて仕方がないと思うのだ。
 じゃあ、仲直りの握手しよう、と笑って手を出すと、ごめん今はいっぱいいっぱいで……! と白川は顔を両手で隠してしまい、洋は声を上げて笑った。
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