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「……という訳で、ごめんね」
次の日、洋はえみを呼び出して、告白の返事をした。一応彼女に配慮して、人けのない構内にいるけれど、雨の音が激しくてうるさい。
えみは眉を下げた。
「即答じゃなかったからそんな気はしてた。でも、ちゃんと考えてくれて嬉しかったよ、ありがとう」
極力洋に、罪悪感を持たせないようにしてくれているのだろう、彼女は笑顔でそう言ってすぐに去っていく。背中を見せたえみが、どういう表情をしているかはわからない。けれど、ピンと伸びたその背中が、彼女の心情をそのまま表しているのかというと、そうは思えなかった。ごめん、と洋はもう一度呟き、直樹たちが待つ研究室にトボトボと向かう。
「おー洋、話せたか?」
「ああ、……うん」
事情を知らない哲也が無邪気に話しかけてきた。その隣に白川の姿もあって、ドキリとする。なるべく彼の前ではこの話題は出したくないけれど、仕方がない。
「付き合うんだろ? 羨ましい死ねばいいのに」
「いや、断ってきた」
「はあっ!?」
ガタン、と大きな音を立てて立ち上がる哲也。彼女欲しいって言ってたのに、と哲也は心底不思議そうな顔をしている。
「……どういう心境の変化?」
ポツリと鋭い質問をしてくるのはやはり直樹だ。洋は苦笑する。
「ちょっと……好き、というか、気になる人ができたというか……」
「マジか! 誰!?」
洋の回答にまた騒いだのは哲也だ。洋は白川の反応が気になって彼を見ると、目が合った瞬間顔を逸らされた。胸が締めつけられて苦しくなり、意識的に肺の空気を短く吐き出す。
「でも、絶望的だからまあ、諦めよかな。それより、哲也は好きな子……」
「おーい哲也、教授が呼んでる。レポートの件」
口角を上げて話題を変えようとすると、研究室の出入口から呼ぶ声がした。哲也は慌ただしく「この間直しただろ!」と叫びながら出ていく。
「あ、そういやシャーペンの芯切らしてたんだった。購買行って買ってくる」
賑やかだなぁと思っていると、直樹もそんなことを言って研究室を出て行ってしまった。急に静かになった研究室に二人きりになってしまい、気まずい、と洋は身体を硬直させる。
相変わらず外は雨で、滝のような音がしている。けれど今は少しその音に助けられていた。自分の心臓の音が大きくて、白川に聞こえやしないかと心配だったからだ。
「……外、すごい雨だな」
「そ、だね……」
洋はなんとか会話をしようとすると、白川もぎこちなく答えてくれる。二人の間に流れる微妙な空気に、洋は戸惑った。
(あ、れ? 会話って、どうやってするんだっけ?)
いつもなら考えなくてもスラスラ出てくる言葉が、なぜか出てこない。何を話そう、とばかり考えて、考えれば考えるほど、言葉が出なくなる。
「て、哲也たち、戻って来ないな……」
「そう、だね。……直樹は購買まで行ってるから、まだ、かかるんじゃ、ないかな……」
「そ、そうだよなっ」
あはは、と乾いた笑い声が出る。なんだこのぎこちない会話は、と自分につっこみながら、洋は話題を探した。
「あの、……好きな子は、諦めなくてもいいと、おも、う……」
「え……?」
その白川の発言が、さきほど洋が言ったことに対しての言葉だと理解するのに、数秒かかる。途端に胸が痛くなって、洋は声が上擦るのを自覚した。
「な、んだよ、俺のことはもういいって……。それより白川は? そろそろ好きな子教えてくれよ」
あえて明るく言うけれど、緊張でハッキリと声が出ない。会話をするのにこんなに緊張したのは初めてで、自分が自分じゃないような気がしてさらに焦る。
そして、続いた白川の言葉に、洋の心臓は止まるかと思った。
「……い、言いたくない……」
「……」
洋は完全に言葉を失ってしまう。
言いたくないってなんだろう、と考えてしまった。
今までも、白川の好きな人について聞いたことが何度かあったはず。その時は恥ずかしいから、と言っていたのに、今回ははっきりと拒絶された。
「……なんで?」
気が付いたら、そんな言葉が口をついて出てくる。白川をじっと見つめると、彼は視線を落としてしまった。その態度にも拒絶を感じて、カッと顔が熱くなる。
「友達なら教えてくれたって良いだろ? そんなに信用できない?」
声がはっきりと震えた。もしかして、洋に憧れてはいるものの、まだ彼の中では友達認定されてないのかも、と思ったら納得してしまった。
だって、そうでなければ、いつまでもおかしな態度を取られる理由がわからない。元々押しに弱い白川だ、今までは洋の勢いに負けて、仕方なく付き合っていたのかもしれない。
「そ、そういうわけじゃ……」
けれど白川は口では否定してくる。今も、洋がなんとなく不機嫌なのは感じ取っているのだろう、落ち着かなく視線を泳がせていた。
洋は白川の言動の矛盾に、彼がわからなくなる。そして、本当は好かれてなんかいないのではという疑念と恐怖に、また顔とお腹の辺りが熱くなった。
「そういうわけじゃないなら何? はっきり言ってよ」
洋の語気が強くなる。だめだと思うけれど、もう止まれなかった。
次の日、洋はえみを呼び出して、告白の返事をした。一応彼女に配慮して、人けのない構内にいるけれど、雨の音が激しくてうるさい。
えみは眉を下げた。
「即答じゃなかったからそんな気はしてた。でも、ちゃんと考えてくれて嬉しかったよ、ありがとう」
極力洋に、罪悪感を持たせないようにしてくれているのだろう、彼女は笑顔でそう言ってすぐに去っていく。背中を見せたえみが、どういう表情をしているかはわからない。けれど、ピンと伸びたその背中が、彼女の心情をそのまま表しているのかというと、そうは思えなかった。ごめん、と洋はもう一度呟き、直樹たちが待つ研究室にトボトボと向かう。
「おー洋、話せたか?」
「ああ、……うん」
事情を知らない哲也が無邪気に話しかけてきた。その隣に白川の姿もあって、ドキリとする。なるべく彼の前ではこの話題は出したくないけれど、仕方がない。
「付き合うんだろ? 羨ましい死ねばいいのに」
「いや、断ってきた」
「はあっ!?」
ガタン、と大きな音を立てて立ち上がる哲也。彼女欲しいって言ってたのに、と哲也は心底不思議そうな顔をしている。
「……どういう心境の変化?」
ポツリと鋭い質問をしてくるのはやはり直樹だ。洋は苦笑する。
「ちょっと……好き、というか、気になる人ができたというか……」
「マジか! 誰!?」
洋の回答にまた騒いだのは哲也だ。洋は白川の反応が気になって彼を見ると、目が合った瞬間顔を逸らされた。胸が締めつけられて苦しくなり、意識的に肺の空気を短く吐き出す。
「でも、絶望的だからまあ、諦めよかな。それより、哲也は好きな子……」
「おーい哲也、教授が呼んでる。レポートの件」
口角を上げて話題を変えようとすると、研究室の出入口から呼ぶ声がした。哲也は慌ただしく「この間直しただろ!」と叫びながら出ていく。
「あ、そういやシャーペンの芯切らしてたんだった。購買行って買ってくる」
賑やかだなぁと思っていると、直樹もそんなことを言って研究室を出て行ってしまった。急に静かになった研究室に二人きりになってしまい、気まずい、と洋は身体を硬直させる。
相変わらず外は雨で、滝のような音がしている。けれど今は少しその音に助けられていた。自分の心臓の音が大きくて、白川に聞こえやしないかと心配だったからだ。
「……外、すごい雨だな」
「そ、だね……」
洋はなんとか会話をしようとすると、白川もぎこちなく答えてくれる。二人の間に流れる微妙な空気に、洋は戸惑った。
(あ、れ? 会話って、どうやってするんだっけ?)
いつもなら考えなくてもスラスラ出てくる言葉が、なぜか出てこない。何を話そう、とばかり考えて、考えれば考えるほど、言葉が出なくなる。
「て、哲也たち、戻って来ないな……」
「そう、だね。……直樹は購買まで行ってるから、まだ、かかるんじゃ、ないかな……」
「そ、そうだよなっ」
あはは、と乾いた笑い声が出る。なんだこのぎこちない会話は、と自分につっこみながら、洋は話題を探した。
「あの、……好きな子は、諦めなくてもいいと、おも、う……」
「え……?」
その白川の発言が、さきほど洋が言ったことに対しての言葉だと理解するのに、数秒かかる。途端に胸が痛くなって、洋は声が上擦るのを自覚した。
「な、んだよ、俺のことはもういいって……。それより白川は? そろそろ好きな子教えてくれよ」
あえて明るく言うけれど、緊張でハッキリと声が出ない。会話をするのにこんなに緊張したのは初めてで、自分が自分じゃないような気がしてさらに焦る。
そして、続いた白川の言葉に、洋の心臓は止まるかと思った。
「……い、言いたくない……」
「……」
洋は完全に言葉を失ってしまう。
言いたくないってなんだろう、と考えてしまった。
今までも、白川の好きな人について聞いたことが何度かあったはず。その時は恥ずかしいから、と言っていたのに、今回ははっきりと拒絶された。
「……なんで?」
気が付いたら、そんな言葉が口をついて出てくる。白川をじっと見つめると、彼は視線を落としてしまった。その態度にも拒絶を感じて、カッと顔が熱くなる。
「友達なら教えてくれたって良いだろ? そんなに信用できない?」
声がはっきりと震えた。もしかして、洋に憧れてはいるものの、まだ彼の中では友達認定されてないのかも、と思ったら納得してしまった。
だって、そうでなければ、いつまでもおかしな態度を取られる理由がわからない。元々押しに弱い白川だ、今までは洋の勢いに負けて、仕方なく付き合っていたのかもしれない。
「そ、そういうわけじゃ……」
けれど白川は口では否定してくる。今も、洋がなんとなく不機嫌なのは感じ取っているのだろう、落ち着かなく視線を泳がせていた。
洋は白川の言動の矛盾に、彼がわからなくなる。そして、本当は好かれてなんかいないのではという疑念と恐怖に、また顔とお腹の辺りが熱くなった。
「そういうわけじゃないなら何? はっきり言ってよ」
洋の語気が強くなる。だめだと思うけれど、もう止まれなかった。
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