なぁ白川、好き避けしないでこっち見て笑って。

大竹あやめ

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 それからゴールデンウィークは無事に過ぎ、慌ただしかった休日が終わる。また大学に通う日々に戻り、洋は目の前で繰り広げられる会話にうんざりしていた。

「ねぇ白川くん、週末買い物に付き合ってよ」
「ごめんね、その日は予定があって……」
「は? 昨日はメッセージで空いてるって言ってたじゃん」

 朝から白川と一緒にいるけれど、今日一日で何度繰り返されたかわからないやり取り。そしてまあまあ、と女の子を宥めながら、会話に入るのも何度目だろう、と洋は思う。
 座っていた学内の外階段で、威圧感を放つ女の子を洋は笑顔で見上げた。

「ごめんごめん。俺が白川に部屋の模様替え手伝ってって言っちゃったからさー」
「はあ? チャラ崎余計なことすんなよ」

 正直、かわいい女の子から汚い言葉遣いで言われて嫌悪感が増した。洋はそれでもニコニコと笑って、心の中で「誰がチャラ崎だ」と言い返す。

「あ、もし良かったら手伝ってくれる? ベッドとか、本棚とか移動させたいんだ~」

 白川といたいなら好都合でしょ、と言わんばかりに笑顔で言うと、女の子は何も言わずに去っていった。あら、と洋は笑う。

「自分の買い物の荷物持ちはやらせるのに、困ってる男子には手を差し伸べてくれないんだなー?」
「……ごめん」

 今朝から何度も繰り返される光景に、同じようにして追い返した洋に謝る白川。洋は苦笑した。白川は相手に期待させるのもよくない、と誘いには乗らないようにしているらしいけれど、今みたいに押し切ろうとする女の子にはやっぱり弱いらしい。見かねた洋が「自分との予定がある」と嘘をついて乗り切っているけれど、こうも女の子が寄って来ているとは思わなかった。

「いや。白川、ほんとにモテるんだなー。しかもあわよくばって思いを隠さない子ばっかり」
「ご、ごめん……迷惑、かけて」

 申し訳なさそうに視線を落とす白川に、洋は両手を振った。

「いやいや。迷惑じゃないよ? ただ、白川もハッキリ言わないと自分のためにならないぞ?」
「そう、だよね……」

 ごめん、と白川はさらに肩を落としてしまった。落ち込ませるつもりはなかった洋は、慌てて彼の背中を叩く。すると白川は小さく肩を震わせ、身体を硬直させるのだ。

「まあ、それができたら苦労はしないか。そういうのが苦手なのも、白川だしなぁ」

 そのまま肩に腕を乗せて寄りかかると、白川は気まずそうに顔を背ける。責められているように感じてるのかな、と洋は彼の顔を覗き込んだ。

「白川?」
「う、うん。……俺、がんばるね」

 白川の声色は明るい。けれど合わない視線にやっぱりモヤモヤする。彼が変わりたいと思っているなら、友人としてそれを応援する以外の道はないけれど……。

(……まだ壁があるなぁ……)

 どうして自分にだけ、壁を感じるのだろう? そう思って、心臓が嫌な感じに跳ね上がった。全身の毛穴が開いて汗が出たのを感じ、慌てて「違う」と心を落ち着ける。

「あ、あの……」

 遠慮がちな白川の声がしてハッとした。見ると、やはり彼は視線を泳がせている。

「ち、近いよね、距離感……」
「え? あっ、ごめん!」

 こういう友情間でのスキンシップもダメだったか、と洋は腕を外した。しかし白川は「違くて」とさらに忙しなく視線を動かす。

「お、俺……新歓の時から見てて……。こんなふうに、なれたら、なって、……お、思ってた……」
「……」

 洋は息をのむ。白川の表情は彼の綺麗な髪で隠されて見えないけれど、赤い耳が彼の本音だと示している。そして、彼が自分にだけ緊張すると言っていたことにも、洋は納得した。

「お……、お前早く言えよーそういうことは! 俺だけ嫌われてんのかと思ったじゃん!」
「ご、ごめんっ」

 照れ隠しに白川の背中をバシバシ叩くと、彼は小声で呻く。さすがに強すぎたか、と謝りながらそこを撫でると、なぜか白川はプルプル震えた。

「良かったー嫌われてるんじゃなくて。じゃあ、俺らの親睦を深めるために、週末の予定、本当にするか?」
「えっ?」

 本当は、憧れて緊張していたのだとわかれば、一緒にいれば仲良くなれるだろう。白川に寄ってくる女の子を追い払うためについた嘘を、本当にしてしまえばいいと提案すると、彼は躊躇ったようだ。

「模様替え、するの?」
「……あー、それはさすがにしないな。どこかにデートするとか」
「でっ、デートっ!?」

 なぜだか白川の耳はずっと赤いままだ。声をひっくり返した彼に、洋は笑う。

「え、友達でもデートって言わない? さすがに雰囲気あるレストランでご飯とかはしないけど」
「そっ、……そうだよね! 友達でも、言うことあるって、俺知らなかったから!」
「あれ? そう? 待って俺がおかしいのかもしれない……」
「い、いや! おかしくないっ。大丈夫!」

 今までノリが似ている人と付き合ってきたからか、二人で遊びに行くことをデートと言っても、笑って流してくれる人ばかりだったのだ。もしかして、冗談があまり通じないのかも、と洋は白川の認識を改める。

「そっか。じゃあ……どこ行く?」
「う、……えと……」

 話を少し強引に進めると、やはり白川はしどろもどろになった。まだ耳は赤いままだし、忙しなく視線を泳がせる彼が、かわいいと思う。
 洋は笑った。

「そんな難しいことじゃないんじゃない?」
「う、だって、……もし『そんなところ?』って言われたら……」
「あー、なるほど」

 多分彼は、そう言われることが多いのだろう。彼の姉や妹、彼の周りにいる女の子は確かに言いそうだ。けれど、友達の洋相手でもこの感じなら、好きな子の前ではどうなることやら、だ。
 洋は目を細めて笑う。

「大丈夫。俺、白川の行きたいところ、知りたい」
「うっ……」
「……とりあえず、俺と視線合わせてみる?」
「な、なななななんでっ?」

 わかりやすく慌てた白川は、面白いほどソワソワしだした。あまりからかってもかわいそうかなと思うけれど、自分より背が高くてかっこいい男が、自分に憧れてモジモジしているのが、かわいくて面白い。

「だってー、目ぇ合わしてくんないと俺寂しいもん」
「うう……」

 こっち見て、笑ってくれたら俺は嬉しいな、と洋は言うと、白川は両手で顔を隠してしまった。言うまでもなく耳はやっぱり赤いし、頬も……なんなら手まで赤い。
 正直、自分がここまで好かれていることに、洋は嬉しくて浮かれていた。これが女の子なら押し切ってすぐ付き合うのにな、と考える。

(でもなぁ。俺女の子が好きだし)
「ご、ごめん……」

 そんなことを考えていると、白川からそんな言葉が聞こえた。見ると、白川が視線を落としてこちらに顔を向けている。両手が白くなるほどギュッと握りしめ、顔を赤く染めている彼を見て、洋はなぜかドキリとした。

「こっ! これが今は精一杯で! お、追々でもいいかな!?」

 彼なりの精一杯なのは見ていて十分にわかる。追々視線を合わせて笑うことも頑張ると宣言してくれて、洋の胸がきゅう、と締めつけられた。それがなんなのかわからないまま、洋は笑う。

「わかった。追々、な」

 この、少し苦しいけれど甘い締めつけはなんだろう? 一生懸命な白川を見て、もっと応援したくなる気持ちが膨らんだ。もっと好きな子に話しかけて笑顔を見せることができたら、白川はその子と絶対に付き合うことができるだろう、と思ったのだ。

(あれだ。産まれたての仔鹿が立ち上がるのを応援する、みたいな感情?)

 頑張れ、と微笑ましく思いながら、白川が自己表現できるよう、自分が少しでも手伝いができたら良いなと洋は思った。
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