なぁ白川、好き避けしないでこっち見て笑って。

大竹あやめ

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 指先に、白川の髪が触れる。途端に声を上げて離れた彼にハッとした。

「ご、ごめん……」
「おい」

 隣で冷ややかな声がして見ると、直樹がこちらを冷たい目で見ている。

「同性でもセクハラはあるからな?」
「へっ? あっ? いや! そういうつもりじゃ……!」

 じゃあどういうつもりだったんだ、と自分で言って気付いた。ただ綺麗な髪で、触ってみたいと思っただけで……。
 そう考えて、無遠慮に触ろうとしていたことに気付く。そしてそれは女性相手じゃなくても、失礼だったのは間違いない。パーソナルスペースが広めな白川ならなおさらだろう。

「いや! マジごめん!」

 謝りながら、自分は男の綺麗な髪にすら反応するほど、恋人に飢えているのか、と内心項垂れた。いくらなんでも節操なさすぎる、と眉を下げて白川を見ると、彼は強く握った拳を胸に当てて、はあ、と大きく息を吐いていた。

「びっくりしたよな? ホントごめん……っ」
「だ、大丈夫……」

 そうは言うものの、白川の視線は明後日の方向だ。

「……洋の悪いところは、何も考えずに行動するところ」
「はいそのとおりですごめんなさい」

 直樹にも突っ込まれ、洋は両手を合わせる。相手への距離感を保たずグイグイいってしまうのは、好奇心ゆえだとわかっているのについやってしまうのだ。反省しつつも、こんなふうに人に触りたいと思ったのは初めてだな、と思う。やっぱり自分はそこまで飢えていたのかな、と内心肩を落とした。

 その後世間話をしながらしばらく歩き、洋の家に着くと、バイトで汗をかいたからと、軽くシャワーを浴びさせてもらう。浴室から出て脱衣所で身体を拭いていると、笑い声が聞こえた。
 そしてやっぱり違和感を持つ。白川らしいなと思うのは、笑い声も控えめなところだろうか。けれど、洋はそんな彼の笑った顔を、そばで見たことがないなと思ったのだ。

(俺といるの緊張するって言ってたよな……)

 それは一気に距離を詰めようとする、洋の性格のせいだと思う。確かに引っ込み思案な人なら、グイグイ来られたら引いてしまうのもわかる。
 けれど、そのせいでいつまでも慣れてもらえないのは、悲しい。

(どうしたら、もっと仲良くなれるんだろ……)

 ――長い時間をかけてお互いを知って、「ここはこうかな?」ってやってきたんだよ。

 祖母の言葉が蘇る。
 それは洋もやっているつもりだ。けれど、やっぱり直樹や哲也のように長く付き合ってくれる人は、そうそういない。
 そこに、白川も加わったらいいのに、と洋は思うのだ。

「悪い、どーもバイト上がりはシャワー浴びたくて」

 部屋に戻ると、白川と直樹はそれぞれスマホを見ていた。何か話せよとは思うものの、二人ともそんなに話す奴じゃないか、と白川の隣に座る。

「い、いやっ。……お疲れ様」
「おー、……早速飲もうぜー」

 やはり身体を強ばらせた白川は、洋の言葉に頷いて、袋からローテーブルの上に、買ったものを出して置いていく。サンドイッチにおにぎり、サラダとお菓子。――ドリンクがソフトドリンクなのは二十歳未満だから仕方がない。

「白川は何食べる? 好きなの取って?」
「えっ、これはお疲れ様会だから……」

 やっぱり遠慮した白川をよそに、洋はサラダを直樹に渡す。直樹は葉物野菜が好きで、いつも食事に取り入れているから、サラダは彼のチョイスだとわかった。

「いいからいいから。苦手なものとかあるだろ?」
「……じゃあ、サンドイッチで」
「ん」

 素直に手を伸ばした白川に、洋は満足しておにぎりを取る。まだあるからどれを取っても良いけれど、白川の好みを知りたい。

「サンドイッチのほうが好き?」
「えっ? いや、特には……」
「そうなの? 俺おばあちゃん子でさ、おやつとかにおにぎり食べてたから落ち着くんだよね」

 そう言いながら、おにぎりの個包装を開けてかぶりつく。中身は鮭だったらしく、塩気が疲れた身体に沁みた。

「あ、お茶貰っていい?」
「ど、どうぞ……」

 緑茶を取ってくれた白川に礼を言いつつ、それでおにぎりを流し込む。すると、視線を感じた。
 見ると、白川がこちらを見ている。洋の視線に気付くと慌てたように目を逸らしたけれど、こちらに興味があるのが見て取れて、洋は笑う。
 仲良くしたいと思われている、とホッとした。

「何?」
「い、いや別に……」
「何もないのに見てたの?」

 あえて視線に気付いたと言えば、白川はなんでもないと否定する。そういう言動も、洋はもったいないと思うのだ。

「相手に興味があるなら、それを示さないと仲良くなれないぞー? 好きな子いるんだろ?」
「お、俺は……付き合えたら、素敵なことだと思う……。けど、無理かな……」
「……え、なんで?」

 洋は身を乗り出した。好きな子と付き合うことに消極的な、その心が知りたい。

「……」

 白川は一度口を開いて、またぎゅっと閉じる。その間、直樹が野菜を食べる音だけがして、洋は思わず直樹を見た。

「おま、……もうちょっと白川に興味持てよー」
「……自分なんかと付き合えるわけないと思ってるし、付き合えたとしても、話が下手だから盛り上げられる自信がない、でしょ?」

 サラダを食べながら、いつもの平静な顔で言う直樹。こくんと頷いた白川を見て、なぜ直樹がそこまで知っている、と洋は頬を膨らませる。

「え、普通に教えてくれたけど?」
「なんでだよー、俺白川の恋愛応援したいと思ってるのにー」
「……そういうところじゃない?」

 周りに言いふらされそうだもん、と直樹は容赦がない。本気なのになー、と呟くと彼は呆れたようで、ため息をついた。

「言動が軽そうなんだよ。俺ら古い友達は、洋が見たほど軽くないのは知ってるから」

 付き合ったら、大事にしてくれそうって思うよ、と真面目な顔で言われ、洋は熱くなる顔を自覚しながら「やめろよー」と笑う。

「……と、言うわけで白川、洋はこう見えて人を大事にしてるよ」
「お、俺の代わりにPRありがとう」

 笑いながら洋はおにぎりを一つ、直樹の前に置いた。直樹はそういうのいいから、と置かれたおにぎりを洋の前に戻す。

「直樹良い奴~。俺直樹なら付き合ってもいい」
「ありがとう。でもごめん、友達以上には思えなくて……」
「速攻で振られた!」

 いつも洋が言われるセリフを直樹が言ったのはわざとだろう。こういうノリも好きだなと思って、ふと白川を見ると、彼はサンドイッチを両手で持って咀嚼しながら、我関せずな顔でボーッとしていた。
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