22 / 24
22
しおりを挟む
それから二週間とちょっと経ち、冬哉は無事に初仕事を終える。
「冬哉、お疲れ様。まるでベテランのような貫禄だったね」
「もー。リアン、冗談は止めてください。ついさっきだって、コンマスにちょっとは緊張しろって言われたんですから」
緊張してない訳ないじゃないですか、と口を尖らせると、リアンは声を上げて笑った。
今日はクリスマスコンサート。冬哉の初仕事で、団員最年少ともあり、団員たちは声を掛けて来てくれる。
幸いにも、冬哉はここでも沢山の事を学べそうで、学校にいる時よりも知的好奇心をそそられ、リハーサルの時からとても充実した日々を送っていた。
「ところで、冬哉はこの後予定は?」
リアンにそう聞かれ、冬哉は微笑む。察した彼はああ、と笑った。
「先約ありか。……まぁでも、私はきみを諦めるつもりはないけど」
「え?」
冬哉は思わず聞き返す。自分の勘が働かなかった事にも驚いたけれど、リアンの気持ちにも驚いた。単純に、フルートの腕を買われたと思っていたのだ。
冬哉は満面の笑みを浮かべる。
「それは難しいですね。何せ僕の彼氏はゴキブリみたいにしぶとくて、蟻みたいに僕のために働いてくれますから」
そんな彼に僕はぞっこんなんです、と言うと、妙な例えだね、とリアンはまた笑った。
帰り支度をし会場を出ると、会場そばの広場に冬哉の彼氏はいた。夕方からの公演だったため、外は所々で街頭が点いているだけで暗い。小走りで近付くといつものようにスマホをじっと見つめていて、こちらには気付いていないようだ。
「しゅーうくんっ」
彼の腰に抱きつくと、勢い余って彼はよろけた。それでも顔を見るなり頭を撫でてくれるので、嬉しかったらしい。冬哉は笑う。
「見に来てくれてありがとうねっ」
彼を見上げると冷たい風が通り過ぎた。寒くて彼の腕にしがみつくと、彼の手が冷えていることに気付く。
「寒かったね、ごめんね?」
そう言って手を繋ぐと、冬哉はコートのポケットの中に彼の手を導いた。秀はその様子をじっとみつめて、行こう、とゆっくり歩き出す。
「……秀くん、温かいもの食べたくない?」
寄り道しようよ、と言うと、彼はダメだ、と短く言った。
今日はクリスマス。冬哉の初仕事のお祝いにと、両親が自宅で秀と冬哉を待っているのだ。
「待たせちゃ悪いだろう」
「むー……。確かに紹介するって言ったけどさぁ……」
冬哉は口を尖らせる。先日、秀と自宅でまったりしていた時に、いつものように突然来た莉子は、すぐに二人が付き合い始めた事を言い当て驚かせた。前回秀に会った時に不思議そうにしていたのは、両想いなのに何で? と思っていたらしい。莉子の勘は冬哉より鋭かったようだ。
そしてそんな彼女に、紹介しろとしつこく迫られ……仕方なく冬哉が折れた感じだ。
「冬哉」
秀が突然立ち止まる。冬哉も止まって彼を見上げた。
街頭の明かりに照らされて、秀の前髪の奥の瞳が揺れる。綺麗だなと思って見ていると、それがそっと近付いた。
ちゅ、と唇を吸う音がする。温かくて柔らかいそれは直ぐに離れ、行こう、と秀は歩き出した。
「も、もう……秀くんいきなりすぎるよ……」
「……家に帰ってもできないから」
今のうち、と彼は甘い声で囁く。
ポケットの中の彼の手がじわりと温かくなった。冬哉も冷たい空気の中、顔が熱くなるのを自覚する。
「秀くん、好きだよ」
「うん」
落ち着いたその声が、ますます冬哉の心を弾ませる。
このままこの幸せな時間が続きますように。
ぎゅっと握られた手を、冬哉はそっと握り返した。
「冬哉、お疲れ様。まるでベテランのような貫禄だったね」
「もー。リアン、冗談は止めてください。ついさっきだって、コンマスにちょっとは緊張しろって言われたんですから」
緊張してない訳ないじゃないですか、と口を尖らせると、リアンは声を上げて笑った。
今日はクリスマスコンサート。冬哉の初仕事で、団員最年少ともあり、団員たちは声を掛けて来てくれる。
幸いにも、冬哉はここでも沢山の事を学べそうで、学校にいる時よりも知的好奇心をそそられ、リハーサルの時からとても充実した日々を送っていた。
「ところで、冬哉はこの後予定は?」
リアンにそう聞かれ、冬哉は微笑む。察した彼はああ、と笑った。
「先約ありか。……まぁでも、私はきみを諦めるつもりはないけど」
「え?」
冬哉は思わず聞き返す。自分の勘が働かなかった事にも驚いたけれど、リアンの気持ちにも驚いた。単純に、フルートの腕を買われたと思っていたのだ。
冬哉は満面の笑みを浮かべる。
「それは難しいですね。何せ僕の彼氏はゴキブリみたいにしぶとくて、蟻みたいに僕のために働いてくれますから」
そんな彼に僕はぞっこんなんです、と言うと、妙な例えだね、とリアンはまた笑った。
帰り支度をし会場を出ると、会場そばの広場に冬哉の彼氏はいた。夕方からの公演だったため、外は所々で街頭が点いているだけで暗い。小走りで近付くといつものようにスマホをじっと見つめていて、こちらには気付いていないようだ。
「しゅーうくんっ」
彼の腰に抱きつくと、勢い余って彼はよろけた。それでも顔を見るなり頭を撫でてくれるので、嬉しかったらしい。冬哉は笑う。
「見に来てくれてありがとうねっ」
彼を見上げると冷たい風が通り過ぎた。寒くて彼の腕にしがみつくと、彼の手が冷えていることに気付く。
「寒かったね、ごめんね?」
そう言って手を繋ぐと、冬哉はコートのポケットの中に彼の手を導いた。秀はその様子をじっとみつめて、行こう、とゆっくり歩き出す。
「……秀くん、温かいもの食べたくない?」
寄り道しようよ、と言うと、彼はダメだ、と短く言った。
今日はクリスマス。冬哉の初仕事のお祝いにと、両親が自宅で秀と冬哉を待っているのだ。
「待たせちゃ悪いだろう」
「むー……。確かに紹介するって言ったけどさぁ……」
冬哉は口を尖らせる。先日、秀と自宅でまったりしていた時に、いつものように突然来た莉子は、すぐに二人が付き合い始めた事を言い当て驚かせた。前回秀に会った時に不思議そうにしていたのは、両想いなのに何で? と思っていたらしい。莉子の勘は冬哉より鋭かったようだ。
そしてそんな彼女に、紹介しろとしつこく迫られ……仕方なく冬哉が折れた感じだ。
「冬哉」
秀が突然立ち止まる。冬哉も止まって彼を見上げた。
街頭の明かりに照らされて、秀の前髪の奥の瞳が揺れる。綺麗だなと思って見ていると、それがそっと近付いた。
ちゅ、と唇を吸う音がする。温かくて柔らかいそれは直ぐに離れ、行こう、と秀は歩き出した。
「も、もう……秀くんいきなりすぎるよ……」
「……家に帰ってもできないから」
今のうち、と彼は甘い声で囁く。
ポケットの中の彼の手がじわりと温かくなった。冬哉も冷たい空気の中、顔が熱くなるのを自覚する。
「秀くん、好きだよ」
「うん」
落ち着いたその声が、ますます冬哉の心を弾ませる。
このままこの幸せな時間が続きますように。
ぎゅっと握られた手を、冬哉はそっと握り返した。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
彼はオタサーの姫
穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。
高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。
魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。
☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました!
BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。
大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。
高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。
処女姫Ωと帝の初夜
切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。
七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。
幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・
『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。
歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。
フツーの日本語で書いています。
俺を食べればいいんじゃない?
夢追子
BL
大学生の隼人は、腹をへらして学生寮へと帰宅する。だが、いつもは騒がしい学生寮は静かで、中にいたのはマイペースな怜一人であった。他のみんなは揃って先に近くの定食屋に行ってしまったらしい。
がっかりした隼人が、しょうがなく共用の冷蔵庫を漁っていると背後から音もなく、怜が忍び寄ってきて・・・・。(漫画版も公開中です。良かったら見てくださいね。)
絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが
古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。
女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。
平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。
そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。
いや、だって、そんなことある?
あぶれたモブの運命が過酷すぎん?
――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――!
BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる