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 次の週の週末、冬哉は待ち合わせ場所の水族館に来ていた。親戚の集まりがあったけれど無視し、秀との約束を優先したのだ。もちろん秀にも心配されたけれど、あそこに行って根も葉もない噂や心無い言葉をかけられるより遥かに良い、と冬哉は思う。

(また雅樹くんにとばっちりいっちゃうかな……)

 冬哉は本家大元の長男だ。両親は覚悟の上で冬哉を好きなようにさせているからいいものの、雅樹はとばっちりばかり受けている。せめて冬哉に兄弟がいれば、また話は違ったかもしれないけれど、それは莉子の体質的に無理だった。やっと授かった冬哉が、木村家を継がないと言った時は、どれだけ衝撃的だっただろう、と申し訳なくなる。

(……やめやめ。考えたって無理なものは無理)

 冬哉は首を振って考えを散らすと、横からニコニコと笑った男が声を掛けてきた。

「きみ一人? 可愛いね、俺と一緒に水族館回らない?」

 男は冬哉を女の子だと勘違いしているのだろう、それも当然だ。冬哉は今日も、秀と手を繋いで歩いても違和感が無いような格好をしているのだから。

 それでも、喋れば声で男だと……冬哉の地声は高めではあるが分かるので、曖昧に笑った。

「何? これから彼氏が来るとか? そんなん良いからさ一緒に行こうよ。ご飯奢るし」

 ご飯程度で釣られると思っているのか、失礼な奴だな、と冬哉は思っていると男の後ろから秀が現れる。あの、と秀は声を掛けると、男は急に不機嫌な声で何だよ、と秀に返す。

「……その人と待ち合わせしてる者です」

「え、お前がこの子の彼氏? なあ、俺の方がカッコイイでしょ?」

 男は秀が来たにも関わらず、冬哉と一緒に行こうとしている。もちろん男と回るつもりは無いので、冬哉は秀の手を取って歩き出した。

「……チッ、趣味悪いなアンタも」

 後ろからそんな声が聞こえる。冬哉がなびかないと知ったら急に態度を変えた男は、やはりろくな奴ではなかったらしい。

「……いいタイミングで来てくれたね。ありがとう」

 冬哉は苦笑して秀を見上げると、彼は頷いた。

「……あまり思わせぶりな態度を取らない方がいいんじゃないか?」

 そう言われて、さっさと声を上げれば冬哉が男だと気付いて、去って行ったかもしれないという事に気付く。そして思わせぶりな態度と言えば、秀と手を繋いでいることもそうだ、と冬哉は手を離した。

「そう、だね……」

 苦笑して、でもせっかく来たんだし、と意識を切り替えると、二人で水族館の中に入った。

「わー……」

 入ってすぐの大きな水槽に、冬哉は思わず声を上げる。中にはシロイルカがいて、愛嬌よく客のパントマイムに付き合っていた。

「ふふっ、可愛いなぁ。ね、秀くんは魚とか、動物は好き?」

 水槽からの揺らめく光を、秀はじっと見つめている。

「生物全般好き」

 思った通りの答えが返ってきて、冬哉は笑った。やはり冬哉が考えたこのデートコースは、正解だったらしい。

 すると秀は、今度はじっと冬哉を見る。いつものように前髪で目は見にくいけれど、切れ長の目はやっぱりカッコイイなと思った。

「……冬哉は?」

「えっ?」

「……冬哉の好きな物、教えて」

 冬哉は思わず秀の目を覗き込んだ。しかしやっぱりそこは感情の読めない瞳をしていて、秀が何を考えているのか分からない。

 一体どういう風の吹き回しなのか。不思議に思いながらも、冬哉はニッコリ笑う。

「僕も動物好きだよ」

 二人は薄暗く、じっと見ないと相手の表情が分からない中を歩く。

「……他には?」

 本当に珍しいな、と冬哉は思う。いつもならマイペースで自分の好きな事をするのに、今は冬哉を気遣ってくれているような気がする。

 少し、メッセージでやり取りしている秀に近付いた気がした。

「他? あとはフルートとか?」

「うん」

「人の恋愛話とか」

 あくまで人の、だよ、と念を押すと、秀はやっぱり無表情で、そうか、と言うだけだった。じゃあ何で聞いたんだと突っ込みたかったけれど、珍しく秀から話題を振ってくれたので、それで良しとする。

「……虫にも、色々な恋愛観がある」

 また虫の話か、と思った。けれど冬哉は興味を引かれて、先を促す。

「今の時期、トンボがいるだろ?」

「うん。秋だな~って思うねっ」

「彼らのオスは嫉妬深くて、独占欲が強い」

 意外なトンボの生態に、冬哉はますます興味を持った。それで? と冬哉は聞くと、秀は一度瞬きをする。

「繋がったまま飛ぶのは他のオスに取られないようにするためで、もしメスを奪うことができたら、中の精子を掻き出してまで繋がろうとする」

「へ、へぇ……」

 優雅に飛んで見えるトンボは気性が荒いようだ、と冬哉は苦笑した。では、秀と同じような恋愛観を持つ虫はいるのだろうか? これは聞くチャンスだ、と冬哉は思い切ってみる。

「秀くんは、虫に例えるとどんな恋愛観?」

 すると秀は水槽を見上げた。ゆらゆら揺れる光に、秀の瞳がキラキラしている。

「…………ゴキブリ」

 呟くように、秀は言った。しかし冬哉はゴキブリの恋愛観なんて知らないので、戸惑うだけだ。

 ゴキブリとはどういう事だろう? まさか、節操なく食べ物を探すように、恋愛観も節操ないのだろうか? それとも、しぶとい生命力を持つように、何度断られてもへこたれない粘り強さがあるのだろうか?

「へ、へぇー……ゴキブリってどんな恋愛観なの?」

 すると秀は瞬きをした。

「ゴキブリのメスみたいな恋愛観を持ちたい」

(……うん、答えになってない!)

「し、秀くんは、過去に付き合った人はいないんだっけ?」

 ゴキブリの話を広げるのもなんなので、違う話題を探す。薄暗いからか、緊張して聞けなさそうな事も聞けるので、冬哉はホッと息を吐いた。

「……うん」

 素直な秀に、冬哉は微笑ましくなる。それで少し気分が良くなった冬哉は、もう少し聞いてみる事にした。

「付き合いたいって思ったりしなかったの?」

「……うん」

 こちらもまた予想通りだ。虫の世界だけに浸って生きてきたという感じが、ひしひしと伝わってくる。

「じゃあ、告白された事は?」

「……ない」

 そっかぁ、と冬哉は微笑む。カッコイイのに、と秀を見上げると、彼はゆっくり瞬きをした。

 目は口ほどに物を言う、というけれど、秀はほとんど視線を動かさない。何かを一生懸命観察するようにじっと見つめ、気が済むと他のものをまたじっと見つめる。冬哉はこのデートでそれを発見した。

(何を思っているのかな?)

 虫の研究をしているから、観察癖が付いているのかも、と冬哉は邪魔をしないように隣を歩く。それでも、立ち止まっては観察し、また少し歩いては観察しを無言で続けられると、少しは会話もしたくなる。

「秀くん? イルカショー見ない?」

 冬哉は少し遠慮気味に秀の顔を覗き込んだ。静かに館内を歩くのも良いけれど、冬哉はもっとデートらしいデートをしたい。もっとも、デートと思っているのは冬哉だけだから、自分のわがままなのだけれど。

 秀は冬哉にじっと視線を移すと、うん、と頷いた。
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