上 下
3 / 24

3

しおりを挟む
 次の日、冬哉は午前中で終わった大学を後にし、ありんことの待ち合わせ場所に向かった。冬哉が指定したその場所は、スイーツが美味しい喫茶店だ。店の前で待っている、とメッセージが来ていて、冬哉はすぐにありんこらしき人物を見つける。

 遠目に見てもその人は背が高く、冬哉はやはりその人に釘付けになってしまった。

 目が隠れるほどの長い髪はくせっ毛でうねうねしていたが、その下にある顔はとても整っていると直感が訴える。いかにも研究者らしい細い体躯は少し猫背で、片手でスマホを持ってそれをじっと眺めていた。

(この人が、僕の恋人候補……)

 大当たりだ、と冬哉は思う。やはり自分の勘は、自分にも働くらしい。冬哉は決意する。

 この人を必ず落とす、と。

 すると彼の切れ長の目がこちらに向いた。冬哉は満面の笑みを作り、彼の元へ行く。

「こんにちは。あなたがありんこさんですか?」

「……はい。…………木村さん?」

 ありんこの声は低く、この会話だけでもいい声だな、と思う。緊張しているのか言葉は少なめだが、それは慣れればもっと色んな話ができるだろう。

「はい。冬哉って呼んでください」

 中に入りましょう、と促すと、ありんこはドアを開けてくれる。すかさずありがとう、と飛び切りの笑顔を見せると、彼は表情も変えず、うん、と言うだけだった。

(んん? あれ? ……少しイメージと違うなぁ)

 メッセージで会話した時のありんこは、人当たりのいい爽やかな人だった。しかしここにいるありんこは、無愛想ではないものの、冬哉の笑顔につられることもなく、無表情でいる。大抵の人は冬哉が笑顔を見せると、つられて笑ったり、ドギマギしたりするけれど、ありんこは一切反応がない。しかし冬哉の心臓は嬉しそうに跳ねていて、ありんこと一緒に過ごす事を喜んでいるようだった。

「……何だか、緊張しますねっ」

 案内された席に着くと、冬哉はホットのソイラテとチョコレートケーキを、ありんこはホットコーヒーを注文する。

「ところで、なんてお呼びすれば良いですか?」

 ここまで来ても、彼はずっと無表情だ。しかし冬哉は、そんな彼を見つめるだけで楽しいと感じてしまう。

「……しゅう

 やはり低く落ち着いた声でそう答えた彼は、感情が見えない視線で冬哉をじっと見ていた。

「秀くん? 改めて、よろしくお願いします」

 冬哉が深々と頭を下げると、秀も軽く頷いた。どうやらコミュニケーションを取る気はあるらしいので、冬哉は微笑みかける。しかしやはり彼の表情は変わらず、戸惑ってしまった。

「あの、……緊張してます?」

「……少し」

「……ふふっ、一緒だっ」

 冬哉はまた笑うと、秀は軽く頷く。それなら、と冬哉は話をリードする事にした。

「今日は大学からここに来たんですか?」

「……うん」

「午前中は大学で何してたんです?」

「……教授の手伝い」

「教授の手伝い?」

「……うん」

 冬哉は話を広げようと頑張って見るものの、秀は、はいかいいえか単語でしか返さない。アプリではあれだけ話が弾んでいたのに、と戸惑っていると、秀は運ばれてきたコーヒーをすすった。

「……タメ口で良い」

「えっ?」

 ボソリと呟いた声と、その内容に驚いて思わず聞き返すと、変わらず秀は冬哉をじっと見ている。

「……タメ口で」

 意味を理解した冬哉は、自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。

「あ、ああ! タメ口で良いの? じゃあそうするっ」

 何故照れてるんだ、と冬哉は誤魔化すように、ソイラテを口にする。しかしそれは思ったより熱く、舌に刺すような痛みが走った。

「あっつ!」

「大丈夫?」

 秀がそっと水を差し出してくれる。ありがとう、とそれを口に含むと、大した事はなかったらしい、すぐに痛みは引いていった。普段はやらないような失態に恥ずかしくなり、冬哉は笑って誤魔化した。

「秀くんは、苗字はなんていうの?」

 気を取り直して質問すると、秀は答えてくれた。彼の苗字は畔柳くろやなぎと言うらしい。歳は二十二で、アプリに載っていた情報と一致していた。やはりこの人がありんこで間違いないらしい。

「あ、そう言えば誕生日一緒の日なんだねっ。僕勝手に親近感湧いちゃったんだー」

「……俺も」

「……っ」

 冬哉はまたしても、秀の落ち着いた声とその返事に動揺する。何でだろう? どうしてこんなに調子が狂うのだろう、とまたソイラテをすすると、沈黙がおりる。

 いつもなら、もっと余裕で上目遣いをしたり、可愛い笑顔を作れるのに、それが上手くできない。会話は弾んでるとは言い難いのに、冬哉の心は焦るばかりで何を話したら良いのか分からなくなる。

「そ、そうだっ。そもそもどうしてアプリに登録したの?」

 メッセージだとスラスラ会話ができるのに、会ってみるとほとんど喋らない。典型的なコミュ障なのは分かった。なら、どうして友達を募るアプリで、いきなり会おうなどと言ってきたのか。

「……家と、大学の往復で飽きたんだ」

 冬哉はその言葉を聞いて、心臓が跳ね上がった。

 自分と同じだ、と思うのと同時に、何故かこの言葉でこの人が好きだ、と拳を強く握りしめて思う。

 どうしてこんなにもこの人に惹かれてしまうのだろう、と冬哉はこっそり深呼吸した。こんな、会って間もない人なのに。

 そして、やっぱり絶対落としてやる、と心に決める。

「そっか。じゃあ、これからもこうやって時々会おうよ」

「……うん」

 肯定の返事がきて、冬哉はニッコリ笑った。大丈夫、落ち着けばいつも通り話せるし、いつも通り振る舞える。

「……甘いもの、好きなのか?」

 静かな声で尋ねてくる秀は、やはり感情の読めない表情をしているけれど、話の内容で冬哉に興味を持ってくれているのが分かる。そこはアプリを通して感じた事と同じだし、それだけで思わずにやけてしまうほど嬉しい。

「うん。秀くんは?」

「俺も好き」

 冬哉は内心、彼の好きという言葉の響きに悶えながら、ここのスイーツ美味しいんだよー、とチョコレートケーキをひと口食べた。

「注文しなくて良かった?」

「……来る前に、教授からシュークリーム貰って食べた」

 だからもう食べれない、という秀に、冬哉は無表情でシュークリームにかぶりつく彼を想像して笑えた。それだったら、もっと違う場所にしたのに、と冬哉は言うと、彼はそっと目を伏せる。その長い前髪で隠れた目がもっと見たいと思って、下から覗き込むようにして見ると、気付いた彼は何? と冬哉をじっと見つめた。

「んーん? 秀くんって、髪の毛切ったら爽やかイケメンだなーって」

「……そうか」

(うーん、やっぱり反応が無いなぁ)

 これが他の人なら、照れるなり嫌悪するなり何かしらの反応があるのに、秀はやはり眉ひとつ動かさない。それでも焦ってはだめか、と冬哉はニコッと笑った。

 その後いくつか互いの事を話して、二人はお開きにする。

 帰り際、またねと冬哉が言ったら彼は頷いただけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼はオタサーの姫

穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。 高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。 魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。 ☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました! BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。 大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。 高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。

モブだけど貴重なオメガなので一軍アルファ達にレイプされました。

天災
BL
 オメガが減少した世界で、僕はクラスの一軍アルファに襲われることになる。

俺を食べればいいんじゃない?

夢追子
BL
大学生の隼人は、腹をへらして学生寮へと帰宅する。だが、いつもは騒がしい学生寮は静かで、中にいたのはマイペースな怜一人であった。他のみんなは揃って先に近くの定食屋に行ってしまったらしい。 がっかりした隼人が、しょうがなく共用の冷蔵庫を漁っていると背後から音もなく、怜が忍び寄ってきて・・・・。(漫画版も公開中です。良かったら見てくださいね。)

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

花を愛でる獅子【本編完結】

千環
BL
父子家庭で少し貧しい暮らしだけれど普通の大学生だった花月(かづき)。唯一の肉親である父親が事故で亡くなってすぐ、多額の借金があると借金取りに詰め寄られる。 そこに突然知らない男がやってきて、借金を肩代わりすると言って連れて行かれ、一緒に暮らすことになる。 ※本編完結いたしました。 今は番外編を更新しております。 結城×花月だけでなく、鳴海×真守、山下×風見の番外編もあります。 楽しんでいただければ幸いです。

やり直しの人生、今度こそ絶対に成り上がってやる(本編完結)

カイリ
BL
スコット侯爵家の次男として生まれたオリヴァー・フォン・スコットは王族に対する反逆罪で処刑されることとなった。 建国以来の忠臣として名高かったスコット家であったが、領地没収の上、爵位をはく奪されて一族は平民へ落とされた。 はずだった。 眩しい光に目を開けるとそこは見慣れた自室にいたオリヴァー。切られた感触は生々しく、思い出すように首元に手を当てるとそこには傷一つなかった。 ――一体、どういうことだ。 室内の鏡をのぞき込むと、十五年前の自分が映っていた。 大体、21時頃に更新予定です。 ファンタジーは初めてなので設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。

勇者よ、わしの尻より魔王を倒せ………「魔王なんかより陛下の尻だ!」

ミクリ21
BL
変態勇者に陛下は困ります。

処理中です...