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初めての彼氏は高校一年生の時、当時吹奏楽部部長だった男子生徒だった。彼から告白されたのにも関わらず、別れ話も彼から切り出される。
『ごめん、これ以上自分を嫌いになりたくない』と。
次に付き合ったのは高校三年生の時。吹奏楽コンクールで知り合った、他校の男子生徒だ。しかしやはり、彼から告白してきたにも関わらず、別れ話も彼から切り出された。
『お前といると、自分に自信が持てなくなる』と。
三度目の正直で告白されて付き合った彼氏は、大学一年生の時。芸術大学に入学した冬哉は、同じ器楽科のフルート専攻の学生に告白されて付き合った。
しかしいつの間にか連絡が途絶え、気がついたら彼は大学を辞めており、自然消滅となる。
共通しているのは、皆冬哉と付き合うと自信を失っていくのだ。どうして本人の問題なのに、自分のせいみたいに言われなければいけないのか? と木村冬哉は呟いて、ため息をついた。
今重たい息を吐いた唇は薄く薄紅色をしていて、大きな瞳は物憂げだ。細くて軽い天然パーマの髪は明るい茶髪で、ふわふわと空調の風で揺れている。男だけれど少女のような顔をした冬哉は、学内外で人気があり、本人もそれを自覚していた。
すると隣にいた一之瀬春輝はピアノの蓋を開けて、呆れた顔でこちらを見ていた。マッシュヘアに色白で童顔な彼は、背は男性平均はあるものの、言動も相まって幼く見える。でもそれが可愛いと学内でも有名だ。
「は? そりゃ冬哉の実力に嫉妬してるからじゃないのか?」
「嫉妬って……僕だって必死で練習してるんですけどー?」
口を尖らせて言うと、春輝は苦笑した。気付いたら一日八時間、フルートを吹きっぱなしだったという冬哉を、練習量で上回れないからだろ、と譜面台に楽譜を乗せる。
ここは練習室。アップライトピアノが置いてある四畳半も無い防音室で、二人は練習と称したお喋りをしていた。もちろんちゃんと練習もやる。けれど伴奏の学生がこの時間に空いていなくて、代打で春輝に来てもらったので、それくらいの軽い練習で済ませて良いだろう。
「とりあえず、一回合わせよっ」
冬哉は気を取り直してフルートを構えた。春輝はピアノ科のクオリティをオレに求めるなよ、と前置きをし、前奏を弾き出す。
「あ……」
春輝が音を間違えた。しかし笑って誤魔化して続けるので、冬哉も笑いながら吹く。そして、間奏に入ると手を挙げてストップをかけた。
「うん。もう大丈夫かなっ?」
それより聞いて、と冬哉は言うと、春輝は話がメインだったのか、とまた苦笑する。
「僕、恋愛したいっ」
そう、だから元彼たちの話をしたのだ。春輝は高校からの友達であり、初彼と付き合い始めてからしばらくは、彼は冬哉の想い人だった。しかし今は友人として割り切っていて、こうやって恋愛相談もしている。
冬哉の歴代彼氏を知っている春輝は、ニヤニヤと笑った。
「何、しばらく恋愛はいいんじゃなかったのか?」
「だって、毎日大学と、バイト先と、家の往復で飽きてきたんだもん……」
何か寂しくなっちゃってさぁ、と冬哉はため息をついた。
付き合っても最長半年。音楽界隈で友達はともかく、恋人を作るのはやめた方が良いのかな、と冬哉は思う。それを春輝に伝えると、彼は、じゃあまず友達を探してみれば? と言う。
「今どき世界中の誰とでも繋がれるんだからさ、冬哉と相性合う人、絶対いるって」
ニコニコして言う春輝は裏表が無い。純粋に冬哉を応援すると言われて、冬哉も笑った。
「……そうだねっ。でも、どうやって探したら良いのかなぁ?」
「アプリとか? 友達作りに特化した、ライトな出会いのマッチングアプリ、あった気がするよ?」
それだ、と冬哉は早速スマホを出す。検索すると良さそうなアプリが見つかったので、家に帰ったら登録してみる事にした。
「ありがとう春輝。進展あったらまた話してもいい?」
うん、と笑う春輝はピアノの蓋を閉める。じゃあ僕これから早速帰ってダウンロードするよ、と練習室を出て、彼と別れた。
冬哉は歩きながら、考え事をする。
自分で言うのも何だが、自分はある程度容姿が整っていて、どちらかと言えば可愛いと言われる方だ。人の機微には敏感な方だし、敢えて相手が望む態度を取る事もある。なのに恋人とは最長半年しかもたないのは何故だろう? 原因として考えたのは、音楽に関して妥協は一切せず、首席の地位をキープしている事が相手へのプレッシャーと嫉妬の対象になっていた可能性だ。そうだとしたら、春輝の言う通りだと思った。
(じゃあ、やっぱり音楽界隈から離れた人間関係を作るのが良いのか……)
確かに、お互いライバルで友人というのは春輝くらいで貴重な存在だ。十九年生きてきて友人でその確率なら、恋人はもっと見つけにくいだろう。
そんな事を考えているうちに、家に着いた。冬哉の実家は財閥で、ここは家族が管理する防音室付きの一軒家だ。もちろん、家賃はバイト代で払っているし、できるだけ早く金銭的援助も終わらせたいと思っている。
リビングに行くと、ダイニングテーブルにメモがあった。冬哉は無意識のうちに口を尖らせ、そのメモを読む。
『冬哉へ。夕飯を作っておきました。温めて食べてね。世界一冬哉を愛してる母より』
「余計なお世話だってーのっ」
冬哉はそのメモを丸めてゴミ箱に捨てた。しかし少し考えて冷蔵庫を覗くと、好物のレンコンのはさみ揚げが入っている。嬉しいやら恥ずかしやらで、冷蔵庫を閉める勢いも強くなる。
「あっ、アプリっ」
冬哉はアプリをダウンロードする事を思い出し、カバンと楽器をソファーのそばに置くと、座ってスマホを開いた。早速アプリをダウンロードして、登録する。顔写真も登録できたので、オーディション用の宣材写真を小さくして載せた。
そしてしばらく、どんな人がいるのかなと一覧を見てみる。すると早速反応があって、通知を見てみた。
『あなたにいいねが付きました』
「え、うそ……早速?」
誰だろう? と思って見てみると、『ありんこ』という名前で登録した人だった。アイコンはありんこの名の通り、蟻の画像だ。するとすぐに、そのアプリを通してメッセージが届く。
そこで冬哉は気付いた。ありんこの名前を見た通り、正直に本名で登録しなくても良かったのだと。大学名も住んでいる町の名前も正直に登録してしまったので、後で変えようと思ってメッセージを確認すると、こんにちは! と明るいイメージの題名で届いていた。
『初めまして、ありんこと申します。大学が近いようなので、いいねを押させて頂きました。良かったら仲良くしてください』
初めてのメッセージで当たり障りのない内容だったけれど、冬哉は何となく好感が持てた。なのですぐに返信する。
『初めまして。こちらこそ、僕で良ければ仲良くしてください』
冬哉は少し考えた。友達になりたいなら、もう少し会話をしなければ。
今のメッセージにもう少し文章を足す。
『大学が近いとの事ですが、どちらの大学ですか?』
こうやって何回かやり取りして、気が合いそうなら会えば良いのか、と冬哉はこのアプリの使い方を学ぶ。このアプリには通称「ごめんなさい」機能が付いていて、交流を持ちたくない人にこのボタンをタップすれば、定型文が相手に送られ、お互いにアプリを通しては連絡が取れなくなる仕組みがある。本当に、マッチングアプリの友達版のようだ。
すると、ありんこからメッセージが返ってきた。しかし冬哉はその内容にドキリとする。
『早速ですが、リアルで会いませんか?』
先程の冬哉の質問には、確かに近くの大学名が書かれていた。しかしいきなり、メッセージのやり取りもそこそこに会いたいなどと言うありんこは、まともな人なのだろうか?
「うーん……」
冬哉は悩む。どうしよう、これは慎重に返した方が良いのかもしれない、とメッセージの返事はせずに、春輝に相談してから返すことにした。
やっぱり、写真と本名を載せたのはまずかったかな?
とりあえず今は考えるのを止めて、母の作ったレンコンのはさみ揚げを食べる事にした。
『ごめん、これ以上自分を嫌いになりたくない』と。
次に付き合ったのは高校三年生の時。吹奏楽コンクールで知り合った、他校の男子生徒だ。しかしやはり、彼から告白してきたにも関わらず、別れ話も彼から切り出された。
『お前といると、自分に自信が持てなくなる』と。
三度目の正直で告白されて付き合った彼氏は、大学一年生の時。芸術大学に入学した冬哉は、同じ器楽科のフルート専攻の学生に告白されて付き合った。
しかしいつの間にか連絡が途絶え、気がついたら彼は大学を辞めており、自然消滅となる。
共通しているのは、皆冬哉と付き合うと自信を失っていくのだ。どうして本人の問題なのに、自分のせいみたいに言われなければいけないのか? と木村冬哉は呟いて、ため息をついた。
今重たい息を吐いた唇は薄く薄紅色をしていて、大きな瞳は物憂げだ。細くて軽い天然パーマの髪は明るい茶髪で、ふわふわと空調の風で揺れている。男だけれど少女のような顔をした冬哉は、学内外で人気があり、本人もそれを自覚していた。
すると隣にいた一之瀬春輝はピアノの蓋を開けて、呆れた顔でこちらを見ていた。マッシュヘアに色白で童顔な彼は、背は男性平均はあるものの、言動も相まって幼く見える。でもそれが可愛いと学内でも有名だ。
「は? そりゃ冬哉の実力に嫉妬してるからじゃないのか?」
「嫉妬って……僕だって必死で練習してるんですけどー?」
口を尖らせて言うと、春輝は苦笑した。気付いたら一日八時間、フルートを吹きっぱなしだったという冬哉を、練習量で上回れないからだろ、と譜面台に楽譜を乗せる。
ここは練習室。アップライトピアノが置いてある四畳半も無い防音室で、二人は練習と称したお喋りをしていた。もちろんちゃんと練習もやる。けれど伴奏の学生がこの時間に空いていなくて、代打で春輝に来てもらったので、それくらいの軽い練習で済ませて良いだろう。
「とりあえず、一回合わせよっ」
冬哉は気を取り直してフルートを構えた。春輝はピアノ科のクオリティをオレに求めるなよ、と前置きをし、前奏を弾き出す。
「あ……」
春輝が音を間違えた。しかし笑って誤魔化して続けるので、冬哉も笑いながら吹く。そして、間奏に入ると手を挙げてストップをかけた。
「うん。もう大丈夫かなっ?」
それより聞いて、と冬哉は言うと、春輝は話がメインだったのか、とまた苦笑する。
「僕、恋愛したいっ」
そう、だから元彼たちの話をしたのだ。春輝は高校からの友達であり、初彼と付き合い始めてからしばらくは、彼は冬哉の想い人だった。しかし今は友人として割り切っていて、こうやって恋愛相談もしている。
冬哉の歴代彼氏を知っている春輝は、ニヤニヤと笑った。
「何、しばらく恋愛はいいんじゃなかったのか?」
「だって、毎日大学と、バイト先と、家の往復で飽きてきたんだもん……」
何か寂しくなっちゃってさぁ、と冬哉はため息をついた。
付き合っても最長半年。音楽界隈で友達はともかく、恋人を作るのはやめた方が良いのかな、と冬哉は思う。それを春輝に伝えると、彼は、じゃあまず友達を探してみれば? と言う。
「今どき世界中の誰とでも繋がれるんだからさ、冬哉と相性合う人、絶対いるって」
ニコニコして言う春輝は裏表が無い。純粋に冬哉を応援すると言われて、冬哉も笑った。
「……そうだねっ。でも、どうやって探したら良いのかなぁ?」
「アプリとか? 友達作りに特化した、ライトな出会いのマッチングアプリ、あった気がするよ?」
それだ、と冬哉は早速スマホを出す。検索すると良さそうなアプリが見つかったので、家に帰ったら登録してみる事にした。
「ありがとう春輝。進展あったらまた話してもいい?」
うん、と笑う春輝はピアノの蓋を閉める。じゃあ僕これから早速帰ってダウンロードするよ、と練習室を出て、彼と別れた。
冬哉は歩きながら、考え事をする。
自分で言うのも何だが、自分はある程度容姿が整っていて、どちらかと言えば可愛いと言われる方だ。人の機微には敏感な方だし、敢えて相手が望む態度を取る事もある。なのに恋人とは最長半年しかもたないのは何故だろう? 原因として考えたのは、音楽に関して妥協は一切せず、首席の地位をキープしている事が相手へのプレッシャーと嫉妬の対象になっていた可能性だ。そうだとしたら、春輝の言う通りだと思った。
(じゃあ、やっぱり音楽界隈から離れた人間関係を作るのが良いのか……)
確かに、お互いライバルで友人というのは春輝くらいで貴重な存在だ。十九年生きてきて友人でその確率なら、恋人はもっと見つけにくいだろう。
そんな事を考えているうちに、家に着いた。冬哉の実家は財閥で、ここは家族が管理する防音室付きの一軒家だ。もちろん、家賃はバイト代で払っているし、できるだけ早く金銭的援助も終わらせたいと思っている。
リビングに行くと、ダイニングテーブルにメモがあった。冬哉は無意識のうちに口を尖らせ、そのメモを読む。
『冬哉へ。夕飯を作っておきました。温めて食べてね。世界一冬哉を愛してる母より』
「余計なお世話だってーのっ」
冬哉はそのメモを丸めてゴミ箱に捨てた。しかし少し考えて冷蔵庫を覗くと、好物のレンコンのはさみ揚げが入っている。嬉しいやら恥ずかしやらで、冷蔵庫を閉める勢いも強くなる。
「あっ、アプリっ」
冬哉はアプリをダウンロードする事を思い出し、カバンと楽器をソファーのそばに置くと、座ってスマホを開いた。早速アプリをダウンロードして、登録する。顔写真も登録できたので、オーディション用の宣材写真を小さくして載せた。
そしてしばらく、どんな人がいるのかなと一覧を見てみる。すると早速反応があって、通知を見てみた。
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「え、うそ……早速?」
誰だろう? と思って見てみると、『ありんこ』という名前で登録した人だった。アイコンはありんこの名の通り、蟻の画像だ。するとすぐに、そのアプリを通してメッセージが届く。
そこで冬哉は気付いた。ありんこの名前を見た通り、正直に本名で登録しなくても良かったのだと。大学名も住んでいる町の名前も正直に登録してしまったので、後で変えようと思ってメッセージを確認すると、こんにちは! と明るいイメージの題名で届いていた。
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初めてのメッセージで当たり障りのない内容だったけれど、冬哉は何となく好感が持てた。なのですぐに返信する。
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冬哉は少し考えた。友達になりたいなら、もう少し会話をしなければ。
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すると、ありんこからメッセージが返ってきた。しかし冬哉はその内容にドキリとする。
『早速ですが、リアルで会いませんか?』
先程の冬哉の質問には、確かに近くの大学名が書かれていた。しかしいきなり、メッセージのやり取りもそこそこに会いたいなどと言うありんこは、まともな人なのだろうか?
「うーん……」
冬哉は悩む。どうしよう、これは慎重に返した方が良いのかもしれない、とメッセージの返事はせずに、春輝に相談してから返すことにした。
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