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39 番外編 魔王様と世話係

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「どうして貴方がいるんです?」
「どうしてってぇ? そりゃあリュートに蹴られたいからさ!」

 どやぁ! とでも聞こえそうな表情のトルン。威張って言うことじゃないですよね。

「あ、いえ……でも貴方の正体が分かった今、蹴るなんてことはできません」
「そんなぁ! 吾輩、一度でいいからリュートの蹴りを受けてみたい、なっ!」
「うわっ!」

 相変わらずの変態発言をしていたかと思いきや、いきなりトルンは回し蹴りを仕掛けてくる。間一髪避けたものの、あっという間に懐に入られて胸ぐらを掴まれ、投げ飛ばされる。

「うう……っ!」

 背中を地面に打ち付けて呻くと、ニヤニヤとしたトルンが上から覗いてきた。しかし眼鏡の奥の瞳が笑っていなくてゾッとする。やはりこの方は魔王なのだ、と。

「エキシビションさ!」

 止めに入ろうとしたレフェリーに、トルンはくるり、と両手を広げて回った。

「この通り吾輩は強い! 皆もリュートの強さは今しがた見ただろう? リュートが吾輩に一発でも当てられたら、魔王の座を譲ろう!」

 トルンはよく通る声でそう言うけれど、皆が皆、口をポカンと開けて「何言ってんだこいつ」という表情だ。すると、トルンはスっと目を閉じると、次の瞬間にはあの、黒髪の魔王様の姿になっていた。

「うおおおおお!!」

 いきなり出てきた変態男の正体が魔王様だと知った観客は、闘技場が割れるのではないかと思う程の歓声を上げる。

「……どうして煽るようなことを……」

 私は起き上がって服の埃を払うと、魔王様は「その方が盛り上がるだろ?」と笑う。完全に楽しんでいらっしゃいますね。

「さぁ、どうかな? 我は手を出さないことにしよう!」

 魔力に頼らず、武器にも頼らず、一発だけ。魔王様は大袈裟に空を仰いだ。一見隙だらけに見えますが、全然隙がありません。

「どうしたリュート? 早くしないと日が暮れてしまうよ?」

 ふざけた口調で私の周りを歩き回る魔王様。煽っているくせに少しも隙を見せない魔王様は、私の目の前に来て顔を覗き込む。

「……っ!」

 私はできるだけノーモーションで、拳を突き上げた。──案の定避けられましたね。こうなったらやれるだけやってみましよう。

 私が動いたことで歓声が一層大きくなった。やっちまえリュート! と言う声と、魔王様強い! と言う声が混ざり、大盛り上がりです。

「そうそう! そう来なくてはな!」

 魔王様の瞳が楽しそうに輝いた。しかし、私はあれこれ手を出してみるけれど、どれも避けるかいなされてしまいます。これは、完全に実力が違いますね。

「リュート! 頑張って!」

 すると、ショウ様の声が聞こえた。怒号のような歓声の中、ショウ様の声がハッキリ聞こえるなんてと驚いていると、いきなり目の前を拳が突き抜ける。

「考え事していていいのかな?」
「……っ」

 私はその腕を払うと、魔王様は笑ったまま足を払ってきた。バランスを崩した私は何とか転ばずにしゃがんだものの、すぐさま次の攻撃が来て後ろに飛び去る。

 やはり力の差は圧倒的ですね。魔王様は余裕ですし……だからと言って、このままやられっぱなしという訳にはいきません。

「あなたー! 頑張ってぇ!」

 オコト様の声も聞こえる。魔王様にもオコト様の声が聞こえたのか、オコト様に向かって手を振っていた。

「頑張るから、ご褒美ちょうだいー!」
「──今だ!」

 私は一気に距離を詰め、魔王様のみぞおち目掛けて拳を突く。しかし。

「甘いよ」

 シュッと風を切る音がした。魔王様は私の突きを左腕でいなしながら笑う。不覚にも、その絶対的に相手を従える強い眼に怯んでしまい、その時にはもう、魔王様の拳が私の顎に当たろうとしていた。

 しまった、と覚悟を決めた、その時。

「お父様! リュートに怪我させたら許さないしニコも抱かせてあげないからね!!」

 ピタリ、と魔王様の動きが止まる。──辛うじて、魔王様のアッパーは免れました。

 止まった魔王様は、ギギギギ、と油の切れた機械のように首をショウ様に向け、次にはだぱぁ、と大量の涙を流す。

「そ、そ、そ、それはやだぁ! ショウ、それはあんまりだよ!」

 魔王の威厳の欠けらも無い泣きっぷりに、観客もシーンとなっている。

「ニコたんは抱っこしたい!」
「じゃあ一発当てるだけって言いながら、お父様も手を出してるのは何で!?」
「うぐっ!」

 いきなり始まった親子喧嘩……というか、一方的にショウ様が魔王様を責めている様子に、誰も口を挟めなかった。

 ◇◇

 『血祭り』が終わった後、魔王様が「リュートが強いから、つい本気になってしまった」と口にすると、ショウ様は烈火のごとく怒りだしました。まぁ、魔王様の自業自得ですね。

「なぁ、ショウたん、機嫌直して? ニコたんだっこさせて?」

 ……こう、くねくねと気持ち悪いほどに相手に擦り寄る姿は、トルンと同一人物だと納得しますね。所詮魔王様も、一人のおじいちゃんってことですか。初孫ですし。

「やだ。お父様、リュートを狙っていたでしょう」
「え?」

 突然のことに私は思わず聞き返すと、魔王様はあからさまに慌てだした。
 
「そそそそそんなこと、ないよ? だからニコたんを我に……」
「やだ。リュートで遊ぼうとした罰です」
「ああ~ん……」

 つまり私はこの魔王親子に好かれていたということですか? ショウ様はともかく、魔王様の方は全く気付きませんでした。ただただ気持ち悪いとばかり……すみません、魔王様。

「あ、リュート、今酷いこと考えたでしょ?」

 魔王様が涙目でこちらを見てくる。私はそっと視線を逸らした。

「リュートは僕のだからね!」

 ショウ様が魔王様の耳を引っ張って、私から遠ざけています。痛い痛いと叫びながら、ショウ様に逆らえない様子の魔王様。


 なんだかんだ、最強なのはショウ様なのでは、と思った瞬間でした。


[完]
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みんなの感想(42件)

歌川ピロシキ
ネタバレ含む
大竹あやめ
2022.08.03 大竹あやめ

ピロシキさん、いつもありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
ええ、魔王様にとって、目に入れても痛くない存在ですね(*^^*)ドMな上に、親バカ、じじバカ要素も加わりました(盛りすぎw)
ドラゴンは……どうでしょうね(笑)多分生えてると思いますwww

解除
ミドリ
2022.08.02 ミドリ

ショウ様の勝利(∩︎´∀︎`∩︎)!

大竹あやめ
2022.08.02 大竹あやめ

ミドリさん、ありがとう!
ええ、二人ともショウ様には勝てませんwww

解除
ミドリ
2022.08.01 ミドリ

キタキタギター\(//∇//)\!!

大竹あやめ
2022.08.01 大竹あやめ

ミドリさんありがとう!
強くてかっこいいリュートと魔王VSリュート、もりもりだよー(笑)

解除
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