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30 お式と王子

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 いよいよ私たちの結婚式の日。私は衣装店の店員に着付けられ、控え室でショウ様を待っていた。
 私の衣装はショウ様に合わせたらしく、『ハカマ』と言うらしい。人間界の東方の国はオコト様もお好きですので、ショウ様も気に入られたご様子。衣装選びの時は私が失敗を犯してしまったため、正直今日までショウ様がどのような衣装をお召になるのか、存じ上げておりません。

「それにしても、この袖は動きにくいですね……襲撃に遭ったら、咄嗟に動けるでしょうか?」

 黒い上品な光沢がある布でできたそれは、袖の部分が無駄に大きく垂れ下がっていた。下穿きは縞模様で裾が広がっていて、こちらは比較的動きやすいですが……大丈夫ですかね?

 結婚式は三日間に渡って行われる。一日目はパレードで街を巡り、二日目、三日目は夜通し行われるパーティーだ。もちろん、必ず徹夜で出席しなければならない、なんてことはないけれど、ショウ様のことですから、早々に引き上げるのは目に見えてますね。

 そんなことを考えていると、ショウ様の更衣室の扉が開いた。数人の使用人とこちらに歩いてくるショウ様の姿に、釘付けになる。

 ショウ様の衣装は全身白色だった。『シロムク』と言う、これも伝統的な民族衣装らしく、頭のてっぺんからつま先まで白だ。ショウ様は白い大きな丸い帽子──『ワタボウシ』というらしい──のようなものを深くかぶり、表情がよく見えない。しかし衣装のせいなのか、しゃんとしたショウ様の佇まいは、魔族なのに神々しささえ感じられます。

「リュート」
「は、はいっ」

 ショウ様はどうやらお化粧もしているようだ。ほんのり紅をさした唇がチラリと帽子から覗いて、私はドギマギしてしまう。

「花嫁が来ても褒めないって、どういうこと?」
「え、あ、すみません……あまりにも綺麗で見惚れてしまって……」

 私の位置からは見えませんが、口を尖らせているショウ様は、きっと拗ねた目をしているのでしょう。率直な感想を申し上げると、ショウ様はそっとその帽子を上にあげ、顔を見せてくださった。大きな愛らしい瞳と視線がぶつかる。

「本当?」
「ええ」

 私は微笑むと、ショウ様はサッと帽子をまた深くかぶり、顔を隠してしまう。……隠されるとつい、見たくなりますね。

「ショウ様?」
「……なに」

 素っ気ないお声。良かった、照れているだけのようです。

「貴方は何を着ても、どんな姿でも可愛らしいですよ」
「……」
「ただ、その帽子は残念ですね。せっかくのお顔があまり見えなくて」
「……新郎以外に顔をあまり見せない意味合いがあるみたいだよ?」

 そう言って、上目遣いで私を見てくるショウ様。衣装も相まって、慎み深い愛らしさが私の鼓動を速くさせます。

「せっかくお披露目のためのパレードなのに、ショウ様の可愛らしいお顔が見られないのは、残念ですね」

 ショウ様から甘い香りがする。私はその香りに誘われて、そっと、帽子が邪魔にならないように口付けようとしたけれど、できなかった。

「……やはり邪魔です」
「ふふ、ダメだよ取ったら」

 ショウ様の顔を覗き込むと、ショウ様は笑っている。白い衣装に黒髪も合っていて、髪飾りでしょうか、白い花が帽子の奥に隠れていた。控えめな美しさと、清廉さ、そしてなぜかとてつもない色香を感じます。

 すると、使用人から出発の時間だと告げられる。私はショウ様の手を取り、外へと歩き出した。

 外はかなりの魔族と歓声でとても騒がしい。私たちがパレード用の車に乗り込むと、ゆっくりとその車が動き出した。

「ショウ様素敵! やっぱりお綺麗ね!」

 門を越えるなりそんな声が聞こえて、私は嬉しくなる。隣のショウ様を見ると、微笑んではいるものの、緊張しているのが見て取れた。
 私はショウ様の緊張を解すために、ショウ様の手を取り、両手で包むように握る。すると歓声が一気に大きくなる。

「きぃいい! リュート様狙ってたのにあの淫魔! 一体どんな手で誑かしたのかしら!?」

 そんな声も聞こえて、私の手の中でショウ様の手に力が込められた。帽子の下で不安そうにこちらを見るショウ様が愛おしくて、唇を寄せてショウ様だけに言葉を紡ぐ。

「私が愛しているのは、ショウ様だけですよ」

 声もなくこくりと頷くショウ様。しかし、

「俺はこの結婚、認めないぞぉおおお!!」

 どこからかそんな声がし、人混みの中から魔族の男が飛び出してきた。……やはり来ましたね。

 結婚に異を唱える者は、パレード中なら襲撃しても構わない。実力主義の魔界のルールです。王族なのでパレードも広範囲。逆に襲撃成功なら、名を上げるチャンスです。

 私はその場で立ち上がると、腕を大きく振りかぶった男に向かって、横一文字に腕を払った。男は上下二つの身体に別れ、勢いを無くしその場に倒れ込む。

 周りの歓声が割れんばかりに大きくなった。

「何てスマートな殺し方! ショウ様の衣装も汚れてないわ!」
「ショウ様だけじゃない、リュート様も綺麗なままよ! 元から綺麗だけど!」

「……やはりこの袖は動きにくいですね」

 私は声がした方へ微笑みかけると、野太い黄色い声が上がった。そこには男性しかいなかったけれど、これで味方が増えたのならよしとしましょう。

「ギャアアアアア! リュート様! 素敵よ!」
「ショウ様を守り抜いてねー!」

 そんな感じで、パレードは何事も無かったかのように進んで行く。

 そして、パレード中の襲撃数歴代二位(一位は現代魔王様とオコト様)を記録した結婚式初日は、無事に終わったのだった。
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