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全力で愛してくれ6
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そんなモヤモヤした気分で過ごした夏休みが、今日で終わろうとしていた。やっと亮介に会えると思った櫂斗だが、気掛かりなのは相原に言い寄られていること、そして未だに引いてくれないことを、話せていないことだ。
「先生、今日で講座も終わりですね」
いつもより緊張した面持ちの相原が言う。最初は笑顔を見せていた彼も、今はどこか追い詰めたような表情をしていて、櫂斗は胸が苦しくなった。
「相原、本当に……付き合えないんだ、デートも無理。分かってくれないか?」
「これから、先生の自宅の最寄り駅に行きます。それで、先生を待ちます」
今日中に来てください、何時まででも待ってますから、と言い残し、相原は走って行った。
櫂斗は舌打ちをする。こんな強硬手段に出るなんて、思いもしなかったからだ。しかもここは全寮制、無断で外出したとバレれば罰則がある。そしてそれは、生活態度の減点として成績に付いてしまうのだ。
先生としてそれは見過ごせない。けれど、彼の願いを聞き入れられないのも事実だ。
「……」
亮介が帰るのは、夜から深夜になると言っていた。車は置いて行っているから電車で帰ってくるはずだ、今から行って相原を諦めさせて帰れば、鉢合わせせず家で亮介を迎え入れる事ができるかもしれない。
櫂斗は荷物をまとめ、ショルダーバッグを掛ける。図書室の鍵を閉めようとして鍵を落とし、動揺していることに気付く。
今度こそ、本当の事を話さないと。
櫂斗は鍵を拾って改めて鍵を掛け、それを職員室に返し学校を出る。
どんな速さで向かったのだろう、相原の姿はもうどこにもなく、櫂斗はいつも通りの道で最寄り駅を目指した。
電車に乗っている間もソワソワして落ち着かない。相原を上手く説得できるかどうか、その為には本当の事をどこから話そうか、と考える。
電車を降り、早足で改札に向かうと、改札を出た所に相原がいた。
待てよ、と櫂斗は立ち止まる。
このまま彼を無視して家に帰ることもできる。説得して帰らせる事よりも楽じゃないか。
でも、と櫂斗の中の教師が言う。
自分の行動で、彼の未来を潰してしまっては教師失格だ。そんなに大それた人間ではないけれど、少なくともこんな行動に出るくらい、相原は自分を慕っている。
ここに来て櫂斗はまた迷ってしまった。時間を掛ければ掛けるほど、亮介と鉢合わせる確率が高くなる。それならさっさと……何がなんでも相原を帰らせなければ。
櫂斗は足を進めた。
「相原」
声を掛けると、相原はホッとしたように微笑んだ。
「良かった、意外と早く来てくれて」
櫂斗は首を横に振る。
「早く寮に帰れ」
「嫌です」
そう言って、相原は櫂斗に近付いた。
相原の腕が、櫂斗の背中に回る。
「ちょ……っ」
抱きしめられている、と櫂斗は慌てて相原の身体を離そうと胸を押すけれど、彼は更に腕の力を込めた。
男同士だとか、公衆の面前でとか、櫂斗はそれで頭がいっぱいになって、パニックになる。顔が熱くなって何がなんでも抜け出そうともがくけれど、相原は離してくれなかった。
「先生、好きなんです……特別な理由が無いなら、お情けでも良いのでデートしてください……」
お願いします、と相原は消え入りそうな声で囁いた。
周りの視線が痛い。櫂斗はギュッと目を閉じ、今度こそ、と腕に力を込めた時だった。
「お前ら、何してる」
横から聞いたことも無いくらい冷たい声がする。櫂斗はヒュッと息を飲んだ。
聞き間違えることなんて無い、亮介の声だ。
「離せよ!!」
思わぬ来客に、相原は櫂斗を解放してくれた。
よりによって一番見られたくない相手に、最悪な所を見られた、と櫂斗は地面から視線が外せない。
何で、帰ってくるのはもっと後だと思っていたのに。
「櫂斗」
そのままの声で亮介は呼んだ。櫂斗の肩が震える。
櫂斗は大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出すと、うちの生徒、と震える声で答えた。
「先生……誰ですか、この人は?」
二人のただならぬ雰囲気に、相原は戸惑っている。櫂斗は本当の事を話すのは今しかない、と口を開いた。
心臓が壊れるんじゃないかと思うほど、大きく早く動いている。ショルダーバッグの肩紐を胸の辺りでギュッと握ると、もう一度深呼吸をした。
二人の視線が痛い。亮介は滅多に無いくらい不機嫌だ。
「……オレの……彼氏だよ」
相原が息を飲むのが気配で分かった。じゃあ、と相原は言った、その声が震えている。
「特別な、理由があったんじゃないですか……」
何で話してくれなかったんですか、と言われ、櫂斗は緊張で目眩がした。それをグッと足に力を込め、堪えると櫂斗はようやく、本当の事を話す。
「オレはゲイで、この人と一緒に暮らしてる。話せなかったんだ……教師がゲイだとか、男と暮らしてるとか……噂を立てられるのが怖かった」
「俺は……嘘をつかれた方がショックでした」
相原の言葉に、櫂斗はハッと彼を見た。悔しそうに顔を歪めた目から、涙が落ちる。
「ごめん……ずっと隠してきたし、これからもカミングアウトするつもりは無い」
納得できたか? と櫂斗は言うと相原は頷いた。そして彼は亮介へ深々と頭を下げる。
「すみませんでした。お二人の邪魔するつもりは無いので、俺は帰ります」
相原はそのまま改札を通って駅の構内へ入って行った。櫂斗は彼の行方を追えず、地面を見たままだ。
「櫂斗」
まだ冷たい亮介の声がする。
「お前、俺がいない間にずいぶんモテてたんだな」
「……っ」
「しかも嘘までついて。言い寄られるのがそんなに気持ちよかったのか?」
「お前だって! 小井出とか言う奴に言い寄られてただろっ」
櫂斗は弾かれたように亮介を見る。そしてその表情にゾクッとした。
彼は見た事も無いくらい、鋭い目つきで櫂斗を睨んでいたのだ。櫂斗は視線を逸らしてしまう。
(怖い……)
確かに、ハッキリと本当の事を言わずにズルズルきてしまったのは良くなかったと思う。けれど、亮介も同じような状況になっていたじゃないか、と櫂斗は思った。自分だけ責められる筋合いは無い。
「毎回毎回、猫なで声で呼ばれてただろ」
「俺は全部小井出に話してる。お前みたいにずるくない」
「だからって、毎回通話を邪魔されたら、こっちだってムカつくんだよっ」
「だから?」
櫂斗は言葉に詰まった。
「今回は小井出が主役だって話したよな? 奴の機嫌を損ねたら、今日この時間に帰って来れなかった」
ま、お前は俺が遅く帰る方が良かったみたいだけどな、と亮介はため息をつく。
櫂斗はそんな事ない、小井出に嫉妬していただけで、早く帰って来て欲しかった、と言えれば良かった。けれど、言えなかった。
亮介の視線にいつもはドキドキするのに、今は恐怖しか感じられない。
はぁ、と亮介はため息をついた。彼は無言で踵を返すと、再び改札を通って構内へ歩いていく。
「待って……どこ行くんだよっ」
自宅の最寄り駅はここなのに。櫂斗は呼び止めようとしたけれど、亮介は振り向きもせず歩いて、見えなくなってしまった。
あんなに怖い亮介は初めてだ、櫂斗が自殺未遂する前でさえ、あんなに怒らなかったのに。
(そうだ、亮介は怒ってた)
突き刺すような声で名前を呼んで、睨んで説明しろと無言の圧力で伝えてきた。普段は穏やかな亮介だから、余計に怖かった。
櫂斗はハッとして改札をもう一度通る。スマホを取り出し、亮介に電話をかける。
辺りを見回しながら亮介を探した。どこにもいない。
(嫌だ、亮介……っ)
こんな状態でいるのは嫌だ。何とか話をしなければ。
しかし、駅のどこを探しても亮介はいなかった。
とりあえず、家に帰って待とう。それなら、亮介と話せる確率は高い。
櫂斗は踵を返して家に向かった。その間も何度も亮介に電話をかけるが、応答も折り返しもない。
「先生、今日で講座も終わりですね」
いつもより緊張した面持ちの相原が言う。最初は笑顔を見せていた彼も、今はどこか追い詰めたような表情をしていて、櫂斗は胸が苦しくなった。
「相原、本当に……付き合えないんだ、デートも無理。分かってくれないか?」
「これから、先生の自宅の最寄り駅に行きます。それで、先生を待ちます」
今日中に来てください、何時まででも待ってますから、と言い残し、相原は走って行った。
櫂斗は舌打ちをする。こんな強硬手段に出るなんて、思いもしなかったからだ。しかもここは全寮制、無断で外出したとバレれば罰則がある。そしてそれは、生活態度の減点として成績に付いてしまうのだ。
先生としてそれは見過ごせない。けれど、彼の願いを聞き入れられないのも事実だ。
「……」
亮介が帰るのは、夜から深夜になると言っていた。車は置いて行っているから電車で帰ってくるはずだ、今から行って相原を諦めさせて帰れば、鉢合わせせず家で亮介を迎え入れる事ができるかもしれない。
櫂斗は荷物をまとめ、ショルダーバッグを掛ける。図書室の鍵を閉めようとして鍵を落とし、動揺していることに気付く。
今度こそ、本当の事を話さないと。
櫂斗は鍵を拾って改めて鍵を掛け、それを職員室に返し学校を出る。
どんな速さで向かったのだろう、相原の姿はもうどこにもなく、櫂斗はいつも通りの道で最寄り駅を目指した。
電車に乗っている間もソワソワして落ち着かない。相原を上手く説得できるかどうか、その為には本当の事をどこから話そうか、と考える。
電車を降り、早足で改札に向かうと、改札を出た所に相原がいた。
待てよ、と櫂斗は立ち止まる。
このまま彼を無視して家に帰ることもできる。説得して帰らせる事よりも楽じゃないか。
でも、と櫂斗の中の教師が言う。
自分の行動で、彼の未来を潰してしまっては教師失格だ。そんなに大それた人間ではないけれど、少なくともこんな行動に出るくらい、相原は自分を慕っている。
ここに来て櫂斗はまた迷ってしまった。時間を掛ければ掛けるほど、亮介と鉢合わせる確率が高くなる。それならさっさと……何がなんでも相原を帰らせなければ。
櫂斗は足を進めた。
「相原」
声を掛けると、相原はホッとしたように微笑んだ。
「良かった、意外と早く来てくれて」
櫂斗は首を横に振る。
「早く寮に帰れ」
「嫌です」
そう言って、相原は櫂斗に近付いた。
相原の腕が、櫂斗の背中に回る。
「ちょ……っ」
抱きしめられている、と櫂斗は慌てて相原の身体を離そうと胸を押すけれど、彼は更に腕の力を込めた。
男同士だとか、公衆の面前でとか、櫂斗はそれで頭がいっぱいになって、パニックになる。顔が熱くなって何がなんでも抜け出そうともがくけれど、相原は離してくれなかった。
「先生、好きなんです……特別な理由が無いなら、お情けでも良いのでデートしてください……」
お願いします、と相原は消え入りそうな声で囁いた。
周りの視線が痛い。櫂斗はギュッと目を閉じ、今度こそ、と腕に力を込めた時だった。
「お前ら、何してる」
横から聞いたことも無いくらい冷たい声がする。櫂斗はヒュッと息を飲んだ。
聞き間違えることなんて無い、亮介の声だ。
「離せよ!!」
思わぬ来客に、相原は櫂斗を解放してくれた。
よりによって一番見られたくない相手に、最悪な所を見られた、と櫂斗は地面から視線が外せない。
何で、帰ってくるのはもっと後だと思っていたのに。
「櫂斗」
そのままの声で亮介は呼んだ。櫂斗の肩が震える。
櫂斗は大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出すと、うちの生徒、と震える声で答えた。
「先生……誰ですか、この人は?」
二人のただならぬ雰囲気に、相原は戸惑っている。櫂斗は本当の事を話すのは今しかない、と口を開いた。
心臓が壊れるんじゃないかと思うほど、大きく早く動いている。ショルダーバッグの肩紐を胸の辺りでギュッと握ると、もう一度深呼吸をした。
二人の視線が痛い。亮介は滅多に無いくらい不機嫌だ。
「……オレの……彼氏だよ」
相原が息を飲むのが気配で分かった。じゃあ、と相原は言った、その声が震えている。
「特別な、理由があったんじゃないですか……」
何で話してくれなかったんですか、と言われ、櫂斗は緊張で目眩がした。それをグッと足に力を込め、堪えると櫂斗はようやく、本当の事を話す。
「オレはゲイで、この人と一緒に暮らしてる。話せなかったんだ……教師がゲイだとか、男と暮らしてるとか……噂を立てられるのが怖かった」
「俺は……嘘をつかれた方がショックでした」
相原の言葉に、櫂斗はハッと彼を見た。悔しそうに顔を歪めた目から、涙が落ちる。
「ごめん……ずっと隠してきたし、これからもカミングアウトするつもりは無い」
納得できたか? と櫂斗は言うと相原は頷いた。そして彼は亮介へ深々と頭を下げる。
「すみませんでした。お二人の邪魔するつもりは無いので、俺は帰ります」
相原はそのまま改札を通って駅の構内へ入って行った。櫂斗は彼の行方を追えず、地面を見たままだ。
「櫂斗」
まだ冷たい亮介の声がする。
「お前、俺がいない間にずいぶんモテてたんだな」
「……っ」
「しかも嘘までついて。言い寄られるのがそんなに気持ちよかったのか?」
「お前だって! 小井出とか言う奴に言い寄られてただろっ」
櫂斗は弾かれたように亮介を見る。そしてその表情にゾクッとした。
彼は見た事も無いくらい、鋭い目つきで櫂斗を睨んでいたのだ。櫂斗は視線を逸らしてしまう。
(怖い……)
確かに、ハッキリと本当の事を言わずにズルズルきてしまったのは良くなかったと思う。けれど、亮介も同じような状況になっていたじゃないか、と櫂斗は思った。自分だけ責められる筋合いは無い。
「毎回毎回、猫なで声で呼ばれてただろ」
「俺は全部小井出に話してる。お前みたいにずるくない」
「だからって、毎回通話を邪魔されたら、こっちだってムカつくんだよっ」
「だから?」
櫂斗は言葉に詰まった。
「今回は小井出が主役だって話したよな? 奴の機嫌を損ねたら、今日この時間に帰って来れなかった」
ま、お前は俺が遅く帰る方が良かったみたいだけどな、と亮介はため息をつく。
櫂斗はそんな事ない、小井出に嫉妬していただけで、早く帰って来て欲しかった、と言えれば良かった。けれど、言えなかった。
亮介の視線にいつもはドキドキするのに、今は恐怖しか感じられない。
はぁ、と亮介はため息をついた。彼は無言で踵を返すと、再び改札を通って構内へ歩いていく。
「待って……どこ行くんだよっ」
自宅の最寄り駅はここなのに。櫂斗は呼び止めようとしたけれど、亮介は振り向きもせず歩いて、見えなくなってしまった。
あんなに怖い亮介は初めてだ、櫂斗が自殺未遂する前でさえ、あんなに怒らなかったのに。
(そうだ、亮介は怒ってた)
突き刺すような声で名前を呼んで、睨んで説明しろと無言の圧力で伝えてきた。普段は穏やかな亮介だから、余計に怖かった。
櫂斗はハッとして改札をもう一度通る。スマホを取り出し、亮介に電話をかける。
辺りを見回しながら亮介を探した。どこにもいない。
(嫌だ、亮介……っ)
こんな状態でいるのは嫌だ。何とか話をしなければ。
しかし、駅のどこを探しても亮介はいなかった。
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